Lahat ng Kabanata ng 好きじゃないです、と言ったら王命で結婚させられました~恋を知らない魔術師は執着騎士に囚われる~: Kabanata 11 - Kabanata 20

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第1章:前線の魔術師【010】

※ 騎士舎の門を出て数ブロック。 路地の奥に灯りが見える酒場を通り過ぎ、更に進んだ先は行き止まりだった。 石壁に、レオンが手を翳す。 淡い橙の光が広がり――次の瞬間、壁が静かに揺らいだ。 重厚な木の扉が、そこに現れる。レオンが取っ手に手をかけ、押し開けた。 ヴィクトルも続いた。 中は、魔法石の灯りに照らされた静かな酒場だった。 柔らかな光が揺れ、外の喧騒とは切り離された空気が流れている。 奥行きはそれほどない。 壁に沿うように、磨かれた長いカウンターが一本。 客はレオンとヴィクトル二人だけだった。 背後で、扉が静かに閉まる音がしてヴィクトルが振り返る。そこには、先ほどまであったはずの扉はなく、ただの石壁があるだけだった。 「麦酒とつまみはチーズでいいですか?」 「ああ……こんな店があるんだな」 レオンの隣に座ったヴィクトルは、周囲を見渡した。 「ここは魔術師達の行きつけです。といっても、祝いの場でしか訪れませんけどね」 「祝いの場にしては狭いが……」 「今は狭いですよ」 レオンは少し笑った。それ以上は言わなかった。 (今は、という言葉が少し引っかかったが) ヴィクトルは聞かなかった。それよりも気になることがある。 「ミラは来たことはあるのか?」 「ミラさんは……引きこもりという範疇を超えた方なので、顔は出しません。それに、彼女はお酒が嫌いです」 (酒が嫌いか。いいことを聞いた) ヴィクトルはしっかりと頭に叩き込んだ。 「呑めない、という可愛い理由ではありません。お酒で頭がぼんやりして研究のことが考えられないからです」 ミラらしかった。 「ミラのことがやけに詳しいな」 単刀直入過ぎるヴィクトルの言葉に、レオンはグラスに口を付けたまま苦笑した。 「ミラは生活レベルが標準以下です。魔術塔に入る前も魔術のことしか頭になかったので基本家から出ませんでした。それに加えて長の奥様がそれはそれは甘やかしたので、何も言わなくとも食事が出てきて、お風呂にも入れてもらえて、好きな時に寝て起きるという生活を過ごしたことで、一人では何もできない子供が出来上がりました」 「それがミラです」とレオンは麦酒を飲み干した。 「アルバ魔術師長は止めなかったのか?」 「長は奥様には反抗できないのです。惚れていらっしゃい
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第1章:前線の魔術師【011】

「余談ですが、ミラさんはとてもモテます」  ヴィクトルはゆっくりと、グラスを唇から離した。 「分かる。可愛いもんな」  心からそう思うも……ヴィクトルから出たのは低い声だった。 グラスを握る手に力が入る――ピシっと軋む音がした。 レオンはさりげなく、グラスに視線を向けた。 (割れる前に)  指先に、ほんの少し魔力を乗せた。 微かな光が、グラスに触れて消える。 ヴィクトルは気付いていなかった。 「騎士団の方々には分かりにくいかもしれませんが、魔術師は魔力の高い子孫を残したがります。本能に近い感覚で」  レオンは四杯目を頼んだ。 「魔力が高い者同士の子は魔力が高い。ミラさんほどの魔力を持つ方と子を成せば、どれほどの魔術師が生まれるか。そう考える魔術師は多いんです」「……それで」「婚姻を申し込む手紙が魔術塔に届きます。ですが全て長が却下している。申し込んできた魔術師の中に黒幕がいる可能性が高いですからね」 レオンは小さく息を吐いた。「それでも諦めない者は、ミラさんが外に出た隙に直接話しかけます。ですが……」  レオンは苦笑した。 「ミラさんから無視をされて、心が折れてしまうんです」「……」「唯一折れなかったのがエルンスト副団長、貴方だけです」 (俺だけか)「ふふっ」 ヴィクトルは照れた。 頬を染めてニヤケ顔のイケメンを横目に、レオンは五杯目を飲み干した。「最近、よく喋ってくれるようになったのは、俺に気を許してくれたってことだな?」「喋っていましたか……?」 レオンの記憶では朝の挨拶、カフェの誘い、昼食の誘い……短い会話だ。(無視はしちゃいけません、と俺が口を酸っぱく言い続けているからな……相手が王弟だから失礼だし) ヴィクトルと会話をしながらも、足踏みしている姿を目撃している身としては気を許しているとはっきり言えなかった。期待させてしまって、玉砕させられでもしたら、見ていられない。(でも、ミラさんにしては喋っている方かもしれない、な……) ヴィクトルが懸命に話しかけるから、彼女なりに応えているのだろう。「おはようございます」の後に言葉が続くのは、いままでなかったことだから。少なからず、認識したということだ。 沈黙が続いた。 ヴィクトルは残りの酒を一気に飲み干し、グラスを置いて、レオン
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第1章:前線の魔術師【012】

 ♦ ♦ ♦ デスクに高く聳える書類を前に、グレンは完全にやる気を削がれていた。 ペンを鼻と唇の間に挟み、黒い瞳は死んだように天井を見上げている。 騎士団長という地位に、グレンは興味がなかった。 ただ、自分の実力を試せる場所が好きだった。己より強い何かに立ち向かうことが、好きだった。それだけだった。 魔物に、盗賊に、悪党に――倒して、倒して、倒し続けた。気付けば市民からの人気を得ていた。捨て子から騎士団へ。数えきれない勲章。皆が語るサクセスストーリー――そしていつの間にか、騎士団長になっていた。 (俺は現場主義なのに)  公務が多い。書類仕事が多い。全部、グレンが嫌いなことばかりだ。 だから王弟が騎士団に入団した時、グレンは密かに算段を立てた。あの実力なら騎士団長を任せられる。自分は副団長に収まれば、また現場に出られる。 しかし陛下に却下された。 (権力のバランスが崩れる、と言われてしまった)  グレンは天井を見上げたまま、深く息を吐いた。 確かに、言われてみれば分かる。 黒髪に黒い瞳。魔力はダントツで高く、騎士としての実力も申し分ない。そのうえ捨て子から成り上がった経歴が、市民の心を掴んでいた。不吉とされるはずの黒を纏いながら、絶大な人気を誇る男。それがグレンだった。 そのグレンが副に落ち、王弟が上に収まる。 市民が黙っていない。 それだけではない。グレンについてくる人間が多過ぎた。騎士団の中にも、市民の中にも。下手に動かせば、権力の均衡が崩れる。陛下がそう判断したのも、無理はなかった。 (分かってはいるんだが)  ペンが、鼻から落ちた。 グレンは拾う気にもなれなかった。(人気者の俺が何故モテないんだ?)  魔力が高い。騎士としての実力もある。市民からの人気もある。 それでもアプローチされたことがなかった。 ――理由は分かっている。(隣に|イケメン《ヴィクトル》がいるからだ) 魔術師も団員も市民も、隣にヴィクトルが立てば、女性全員が惹かれる。(野郎からはモテるんだが……嬉しくない) しかもそのヴィクトルが、最近は役に立たない。 書類仕事はいつもヴィクトルに押し付けていた。文句一つ言わずにこなしてくれるから、グレンは助かっていた。 それが最近は出かけてばかりだ。 (伯爵令嬢とデートか?)
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第1章:前線の魔術師【013】

 ♦   夕暮れ時、ミラは石畳の小径を急いでいた。  彼女の頭の中は、研究中の治癒ポーションの研究のことだ。研究は佳境に迫っているから残業をしたいのだが……アルバは残業反対派である。研究室の机にしがみついていたら、首根っこ掴まれて外に放り出されてしまった。  研究資料を持ち帰ることはミラだけは許されていなかった。  魔術塔にあるミラの寝室には、クローゼットとベッドと机しかない。研究資料を持ち込んで部屋に籠もるのを防ぐため、資料が部屋に入った途端に魔術が発動して灰になる仕組みになっていた。アルバが仕掛けた魔術で、容易には解けない。  持ち帰れないなら、頭の中で続きをするしかない。ベッドに横になって、魔術式だけをひたすら考える。レオンが夕食を運んできて中断せざるを得なくなるけれど。お風呂を急かされるけれど。数分おきに名前を呼ばれるけれど。  まぁ……いつものことだ。 ミラの目は魔術塔しか見ていない――視界に、金色が飛び込んできてミラは歩みを遅めた。「これは……エルンスト副団長殿」 ミラが名前を呼ぶと、ヴィクトルが嬉しそうに笑った。  よく笑う人だな、とミラは思った。「レオンとは上手くいきましたか?」 「ああ、有意義な時間を過ごせたよ」 「レオンは誰とでも仲良くなれます。きっと、良き友人となるでしょう」「ではこれで」と頭を下げて立ち去ろうとすると、ヴィクトルが再びミラに立ち塞がった。「どうされましたか?」と首を傾げると、ヴィクトルが箱を差し出した。   「これをミラに」 「私にですか」    ミラは箱の蓋を少し開けた。   「…………」 黒い瞳が、見開かれた。  ――中には大量の生きた蜥蜴が詰め込まれていた。これは誰でも悲鳴を上げるレベルである。しかし、ミラは違った。  黒い瞳が爛々と輝き、頬が薄っすら赤く上気した。  ミラは蜥蜴とヴィクトルを交互に何度も見た。首がもげるのではと不安になるほどの、上下運動。「これを私にくださるのですか?」 「あぁ」 「これはご自分で捕まえたのですか?」 「そうだ」 「なんと……自分の手で捕まえた蜥蜴は、鮮度が違います。それから、取った人の熱意が高ければ高いほど、その気持ちが魔術に関係するのです」 「熱意は誰にも負けない」 ヴィ
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第1章:前線の魔術師【014】

 ♦︎ ♦︎ ♦︎ 翌日。「おはようミラ! カフェまで後、六日だ!」 その翌日。「おはようミラ! あと五日だ!」 その翌日。「おはようミラ! あと四回夜を過ごせば一緒にカフェだ!」 そのまた……以下略。 毎朝顔を合わせるヴィクトルがカウントダウンをしてくれるおかげで、ミラは約束の日を忘れることはなかった。 明日がヴィクトルとの約束の日に迫った昼食時。 ミラはレオンが用意してくれたサンドイッチを食べ終え、彼が用意してくれた紅茶にふうふうと息を吹きかけていた。「ミラさん。ついに明日ですね。何を着ていくおつもりですか?」「ローブがあります」「……ミラさん」「問題ないですよね?」「問題あります」  レオンは即答した。「聞いといて良かったです」 「カフェにローブで行く方はいません」「師匠はどこへ行くにもローブです」「長は例外です」  ミラは少し考えた。 「では何を着ていけばいいのですか?」 ミラはローブしか持っていない。 それなのに、レオンからは駄目だと言われた。 「妹の服を借りてきます。今夜、取りに行きますので、明日の朝までには渡せます」「お借りしていいのですか」「ミラさんに似合う服を選んできます。任せてください」 ミラは紅茶を置いた。 「レオンは何を着てきますか?」「え?」「え?」 二人は暫く見つめ合った。「行きませんよ」「え?」 ミラが首を傾げながら、「なぜ?」という目でレオンを見つめる。レオンもまた「なぜ?」という目でミラを見つめ返した。「いつも私の背後にいるのにですか?」「明日は副団長殿がいらっしゃいますから、私はいないでもいいでしょう。そもそもお二人の時間を邪魔するほど空気が読めない人間ではありません」「レオンが居なければ、誰が私に紅茶を淹れてくれるんですか?」 「私、自分で淹れたことないのに」とミラが大きな目でレオンを見つめる。レオンは呆れ顔だった。「カフェというものは、お店の方が用意して下さいますから心配しないで下さい」「……そうですか」  ミラは納得したように頷いた。「そもそも……俺はミラさんの給仕係ではないんですよ」「カフェはサンドイッチありますか?」「人の話を聞いていませんね」  ♦ 「師匠」  魔術塔の最上階にアルバ魔術師長の執務室があ
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第1章:前線の魔術師【015】

 ♦ ♦ ♦  当日の朝。 ヴィクトルは魔術塔の前でミラを待っていた。 約束の時間より――一時間前からいる男、それがヴィクトルである。単純な話、嬉しさのあまり興奮して眠れなかったのだ。昨夜寝ておらず、起きっ放しだ。 だが、睡眠をとらないことなんぞ討伐先では日常茶飯事。ヴィクトルにはなんの問題もない。 ただ一つ、問題と言えば――ここ一週間、グレンがウザ絡みをしてくることだった。 昨晩、寮の扉をノックする音がした。 開けると、グレンが仁王立ちしていた。「どこに行く?」「カフェです」「誰と行く?」「知人と」「知人。ほう」 グレンは腕を組んだ。「まさかあの伯爵令嬢か?」「違います」「じゃあ誰だ」「ですから、知人です」「ナニをしに行く?」「カフェと言いました」「お前、最近やたら嬉しそうだよな」  ヴィクトルは答えなかった。 「浮かれてるんじゃないか?」「団長」「なんだ」「休日の予定に上司は関係ありません」  ヴィクトルはやんわりと扉を閉めた。 廊下からまだ何か聞こえた気がしたが、聞こえないふりをした。(どうして、最近絡んでくるんだ……?) 書類仕事を手伝わなくなったからか……? 今のヴィクトルは、グレンの手伝いをしている暇はないのだ。ミラを追い掛けないと。 爽やかな顔で、ミラを待つヴィクトルはひとり、笑った。 (今日というこの日まで、道のりは遠かった)  三ヶ月――もうすぐ四ヶ月に到着しそうではあるが、毎朝話しかけて、カフェに誘い、花を贈り、昼食に誘い、カフェに誘い、蜥蜴を贈り……この努力は無駄ではなかったのだ。 ヴィクトルは前向きな男だった。 (それにしても……休日の魔術塔は静かだな) 休日の騎士舎と違い、人間の生活音が一切しない。騎士舎と言えば、昼夜問わず騒がしく生活音が常にある。休日は鍛錬をするか外へ出掛けるか。部屋に籠る騎士は見られない。かく言うヴィクトルは前者だった。(これもまた、騎士と魔術師違いなのか) ふと――不安になった。 |騎士《ヴィクトル》と|魔術師《ミラ》の相容れない性格と生活の違いに――ではなく。ヴィクトルによればそれは些細なこと。 それよりも、今不安な理由は、ミラが姿を見せないことである。 約束の時間になった。魔術塔からミラの姿が現れない。そもそも、魔術
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第1章:前線の魔術師【016】

 石畳の道を、二人で並んで歩く。 風が静かに吹き抜け、ミラの白いスカートの裾を揺らした。 ヴィクトルは隣を歩きながら、何度も右手を開いては閉じていた。(落ち着け。手を繋ぐだけだ) 前線では魔物の群れに突っ込める。 |王《兄》の前でも平然としていられる。 なのに今は、隣を歩くミラに緊張していた。 ちらりとミラを見る。 焦げ茶になった髪。 白いワンピース。 丸眼鏡。(可愛い……) やはり駄目だった。 思考がそこに戻る。 隣を歩くミラは真っ直ぐ前を見据えている。 小さい。睫毛が長い。 ……やはり、そこに戻る。 「エルンスト副団長殿。町は静かなのですね」「あ、あぁ。今はまだ午前だからな。だが、もう少しすれば出店は開店するから周辺は騒がしくなる」「そうなんですか。あまり出歩かないので、初めて知りました」「そうか。他に聞きたいことがあれば何でも聞いてくれ」「考えておきます」 沈黙。 静寂。 このままではいけない――ヴィクトルは意を決した。「ミラ」「はい」 名前を呼ばれて返事をしたが、ヴィクトルが何も言わず。 ミラは不思議そうに首を傾げる。 その仕草だけで心臓に悪い。 ヴィクトルは今度こそ意を決した。「……手を、繋がないか」「手?」「ああ」 ミラは瞬きをした。「嫌なら無理にとは――」「はい」 あっさり了承された。 ミラは特に迷う様子もなく、当然のように右手を差し出してくる。 ヴィクトルは数秒固まった。(いいのか!?) 恐る恐る、その手を握る。 小さかった。 それに、少しひんやりとしている。(小さい) それなのに、この手は前線で幾度も騎士たちを守ってきた。 魔物の群れを止める結界を張り、多くの命を救ってきた手だ。 細い指を見つめていると、ミラがヴィクトルの手をぎゅう、と握った。「!?」「硬いですね」 ミラは感心したようにヴィクトルの手を触っている。「騎士の方は皆さん硬いんですね」「そ、そうだな……剣を握るから」「魔術師は、あまり武器を持ちませんから」 ミラは自分の手を見た。「だから柔らかいんだと思います。たぶん、私も」 そう言いながら、確認するようにヴィクトルの手を指先で押してくる。 ぎゅう。 ぎゅう。 ヴィクトルの心臓には悪かった。(近い。柔らかい。無理だ)
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第1章:前線の魔術師【017】

 紅茶が運ばれてくる。 ミラは慎重にカップを持ち上げると、ふう、と息を吹きかけた。 丸眼鏡が曇る。 (可愛い……)  もうそれしか思えなかった。 ミラは一口飲んだ。 「美味しいです」 ミラの瞳が輝いた。これを黒い瞳で見たかった、とヴィクトルは思った。 「良かったな」「レオンより美味しいです。二番目に美味しいです」「一番は?」「奥様です。師匠の」「そうか」  アルバ魔術師長の妻に勝つのは難しいらしい。 ミラの視線が、今度はヴィクトルのカップへ向いた。 「それは何ですか?」「コーヒーだ」「苦いですか?」「多少は」「飲むか……?」「はい」  ヴィクトルは固まった。 (いいのか!?)  ミラは差し出されたカップを受け取ると、何の躊躇もなく、ヴィクトルが口を付けた場所に唇を重ねた。 ヴィクトルの心臓が止まりかける。 ミラは一口飲み――。 「にがい」  ミラは眉を寄せた。 ヴィクトルは思わず吹き出した。 「だから言っただろう」「紅茶の方が好きです」  ミラは真顔で言い、ヴィクトルへカップを返した。 ヴィクトルは、返してもらったカップを無言で見下ろした。(俺は、試されているかもしれない) ミラが口を付けた場所に……口を付けていいだろうか? ヴィクトルはミラを見た。 彼女はコーヒーがよっぽど苦かったのか、眉間に皺を寄せたまま水を飲んでいる。ヴィクトルが思い詰めているなんて気付いてもいないだろう。 ヴィクトルは数秒葛藤し――結局、ミラが口を付けた場所へ唇をつけた。苦いはずのコーヒーが甘く感じた。 食事を終え、カフェの会計をヴィクトルが済ませる。 ミラはその様子をじっと見ていた。「エルンスト副団長殿」「ん?」「お金を払っていました」「……払うだろう」「何故ですか?」 ヴィクトルは少し迷った。「誘ったのは俺だからな」「なるほど」 ミラは素直に頷いた。「では次は、私が蜥蜴を渡します」「蜥蜴」「等価交換です」 ヴィクトルは吹き出した。「それはむしろ俺が得をしてる気がするな」「では、ミミズがいいですか?」 ミミズが魔術の研究にどう役に立つか、気にはなったが……訊くのはやめておいた。「いや、俺が行きたかったから等価交換はいい」「そうですか……」 ミラの肩
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第2章:舞踏会と蜘蛛【001】

 ♦︎ ♦︎ ♦︎ 騎士舎中、甘ったるい匂いが充満していた。 廊下にまで漏れてくる匂いを辿ると、詰所からのようだ。扉を開けて匂いの方向に視線をやれば、その元凶はヴィクトルのデスク上にある大量のチョコレートだった。 グレンはヴィクトルのデスクを覗き込み、飴玉のように個装されているチョコレートが入った袋に手を伸ばした。「いてぇ!」「団長! 触らないで下さい!」 バシッ! 詰所に響いたのは、手を叩かれただけにしては派手な音とグレンの大袈裟な苦痛の声だった。 グレンはヴィクトルに叩かれた右手の甲を片方の手で握り締め、その場に倒れ込む。 「今ので、俺の右手折れた! もう俺は働けない! 書類仕事できない! 公務もできない!」 脚をバタバタさせて叫ぶ彼は、これでも国が誇る騎士団長である。そんな駄々を捏ねた大人をヴィクトルは呆れ顔で見下ろした。「団長、両利きでしょう」 ヴィクトルは溜息を吐いた。 「団長、自分に強化魔法かけてますよね。だから、そう簡単に折れませんよ」 さらに追い打ちをかけるように、リジェットが横から口を出す。 「なんだよ、お前ら。仕事が多い俺の手伝いを少しくらいしようという気にはならんのか」「――手伝いますよ」 ヴィクトルの言葉を聞いて、グレンは身を起こした。 この頃、女ができたらしく書類仕事を放棄していた。もっとも、本来はグレンの仕事だが。早朝の鍛錬に一番に来ていた男が寄り道をして遅くにやってくる。それでも一番には変わりないのだが。 文句を言わずに書類仕事を手伝っていたヴィクトルが「忙しいです」と、何かに追われるように姿を晦ましていたはずなのに、自ら進んで「手伝います」だ。何か裏があるのではないか、とグレンは思った。 そして、閃いた。 「振られたのか?」 つい頬が緩んでしまう。「まだ振られてませんよ」 だが、その言葉を聞いてグレンは肩を落とした。 「蜥蜴で失敗したから、今度は甘いもので釣ろうとしてんのか?」「良く振られませんでしたね」  リジェットが呟いた。「伯爵令嬢ってのは、もっと花とか宝石とかを喜ぶもんじゃないのか?」「彼女は違います。それに、俺は失敗してません。それはもう喜んでくれました」  グレンとリジェットは顔を見合わせた。 (一体、どんな女だ……?)(世にいう、おもしれー
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第2章:舞踏会と蜘蛛【002】

 ♦「ミラ!」 レオンと並んで石畳の小径を歩くミラに、ヴィクトルは駆け寄った。 ミラの足が止まり、隣にいたレオンが自然に一歩下がった。  気が利く男である。 「エルンスト副団長殿。今日も一段と眩しいですね」「ミラこそ、今日も一段と可愛いな」 先日のカフェデート――ヴィクトルはそう思ってる――の日から、ヴィクトルは多少成長した。ミラに「可愛い」と直接伝えられるようになったのである。 しかし、当の本人は……「なんですか、これは」 鼻をくん、くん、させてヴィクトルが持つ袋を覗き込んでいた。「甘い匂いがします」「これはチョコレートだ」「カフェで食べたチョコレートケーキと同じ味ですか?」 ミラから前のめりに見上げられて、ヴィクトルはたじろいだ――至近距離にはなれていないのだ。「これを、ミラに」「下さるんですか。ありがとうございます」 ミラの黒い瞳が、ぱっと輝いた。(買ってよかった……!) ミラはヴィクトルから貰ったチョコレートを一粒取り出して、口に放り込む。途端に黒い瞳がきらきら輝き、小さな頬をいっぱいに膨らませた。(これが見たかったんだ) 偽物の瞳ではなく、黒い瞳のままで喜んでくれる姿が見たかった。 ミラが無言でモグモグしている姿を、ヴィクトルは頬を緩ませながら見つめた。彼女が二個目を食べようと袋に手を突っ込んだ時、その手を止める男が居た。「ミラさん。夕食前に食べ過ぎです」「まだ、一個しか食べてないです」 ミラは不服そうに眉間に皺を寄せた。 レオンは慣れているのだろう、ミラから睨まれても平気で彼女の手からチョコレートを奪い取った。「取り上げなくてもいいだろ」「エルンスト副団長殿がそう言ってます」 ミラとヴィクトル、二人でレオンに抗議したのだが――。「誰が言おうと駄目です。食事前にお菓子を食べてご飯を食べない未来が俺には見えます。一日一個までです」 レオンはそう言うと、掌から光を放った。光が消えた後に現れたのは瓶。レオンはその中に、チョコレートを入れて蓋をしっかりと閉めた。「一日二個取り出すようなことをすれば、電流が走ります」 そう言ってレオンはミラに瓶を手渡した。「魔法を解こうとしても、電流が走りますからね」 ミラはチョコレートの瓶を大事そうに抱き締めた。 悔しそうに鼻へ皺を寄せる。 レオンに先回
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