Lahat ng Kabanata ng 好きじゃないです、と言ったら王命で結婚させられました~恋を知らない魔術師は執着騎士に囚われる~: Kabanata 31 - Kabanata 40

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第2章:舞踏会と蜘蛛【013】

「これはこれは、騎士副団長殿。……それと、リジェット」 「ども」 リジェットはあまりの気まずさに、突き出していた拳をそっと下ろし、煌びやかな夜会に視線を戻した。  オルスはリジェットからヴィクトルへ視線を滑らせ、大真面目な顔で言った。「……あの輪の中に入りたいですか?」 「……!」 図星を刺され、ヴィクトルがピクリと眉を動かす。オルスは淡々と言葉を続けた。「しかし、あなた方ではあの中には入れませんよ」(確かに俺は魔術師から見ればよそ者だが、そんな悲しいことを面と向かって言わないでくれ) とヴィクトルが内心で凹みかけた瞬間、オルスから衝撃の事実が語られた。「アルバ魔術師長の奥様が、お話しになれないことはご存じですか?」 「いいえ……」 「奥様は、脳に直接話しかけるテレパシーの魔術を使っていらっしゃるのです。ただ、その会話に参加するには、ある一定の『魔力規定値』に達していなければ、大変なことになります。副団長殿は、騎士としては規格外の魔力をお持ちですが、魔術師の規定値には達しておりません。したがって、あの中に入って談笑することは不可能です」 なるほど――俺がよそ者だから、追い出されたわけではなく、魔術量の問題だったのか、とヴィクトルは少し救われたような気持ちになった。オルスはさらに周囲を見渡す。「例えば、あそこの右奥にいらっしゃいます魔術師貴族のユージリア男爵。彼の魔術レベルはそこそこ高いですが、奥様に直接脳内へ話しかけられては、大変なことになります。そして、左奥のアイリス子爵令嬢。彼女も高いですが、やはり大変なことに」 オルスの視線が、会場の中央で華やかに女性貴族たちに囲まれている銀髪の男へと向いた。「そして中央に立つエドガー伯爵。彼もまた非常に高い魔力を持っていますが……ギリギリ規定値を超えそうで超えていない。したがって、彼であっても大変なことになります」 「……オルス攻術長。結果的に、団長と魔術師長とミラ以外、全員が大変なことになるのでは?」 ヴィクトルの冷静なツッコミに、オルスは深く頷いた。「
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第2章:舞踏会と蜘蛛【014】

 リジェットはオルトの話を聞いて、入らなくてよかった、と心中で呟いた。  だけど、ヴィクトルは違ったようだ。彼は、驚きに目を見開いたあと、少し考える素振りを見せた。顎に手を置いて、何かを考えあぐねている――なにか、ズレたことを考えているような気がして、彼女はヴィクトルから視線を外し、仕事に戻ろうと、ミラたちがいる方へ視線を戻した。  ――一方、ヴィクトルだが。   (脳が爆発せずにあの輪の中に入れる方法はないだろうか?) ミラの隣に立って、あの輪の中に入りたい。(脳を強固に防護する結界とかないだろうか……?)  ミラに聞いてみようか。  会話のきっかけにもなる。    大真面目に「脳内爆発の回避術式」について思考を巡らせていた。愛しいミラの隣を勝ち取るためなら、人体の限界など力技で超えてみせようという執念である。  そんな、一人だけ別次元の危機に挑もうとしている副団長を前に、オルスは何事もなかったかのように、すっと視線を夜会へと戻した。「元来、魔術師貴族という生き物はあまり夜会には参加しません。偏屈で、人が多い場所は嫌いですから。ですが、本日いつもより参加人数が多いのは……あそこにいるミラさんが理由です」 オルスは感情の起伏が一切ない真顔のまま、淡々と夜会の状況を分析していく。  現実へ引き戻されたヴィクトルは、改めてオルスを見た。「私が先程名を上げた魔術師貴族の方々も、自分自身、もしくは身内への婚姻を申し込んで断られているので、直接接触して申し込もうとしているのでしょう。しかし、今は長とグレン騎士団長と一緒にいますし、奥様に話しかけられたら先ほど申し上げた通り脳みそがぶっ飛ぶので、近付けずに遠巻きにしている状態です。……さきほどまでは副団長殿が一緒でしたので、話しかけることもできず。いい虫除けになってくれてありがとうございました」 「……」    大真面目に感謝され、ヴィクトルは複雑な気分で眉を潜めた。  ヴィクトルとしては、自分は「愛しいミラを立派に守っている」つもりだったのだ。それが、魔術師の目から見れば単なる虫除けだったと知
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第2章:舞踏会と蜘蛛【015】

「副団長殿。黒同士の子供の魔力は、最高値だとも知ってらっしゃいますか?」 「いいえ」 「魔力が高い者同士の子供は、両親の魔力を引き継ぎ、さらに自分自身の魔力の分もありますので、単純計算で三倍の魔力を持って生まれます。……ですから過去には、ミラさんとグレンの結婚の話も出たくらいです」 「……っ!?」    ヴィクトルの身体が、今度こそ完全に固まった。全身の血の気が引いていくのが分かる。「グレン騎士団長と婚姻を結べば、ミラさんを誘拐しようだなんて人間はいないでしょうしね。近付いた不逞の輩は、すべて団長に叩き潰されて終わりです。それに、団長がいつまでも結婚もせず、独身で可哀想だと憐れんだ陛下が王命を下そうとしましたが……寸前で長が却下しましてね」(……良かった……!) 心底、魂が抜けるほどの安堵を覚えるヴィクトルを他所に、オルスは淡々と話を続けた。「二人は兄妹みたいなものなので却下したというのもありますが、何より、黒の子供――もしくは黒同士の子供は、常に争いの元になります。魔力が馬鹿高い子供など、周囲に『どうぞ誘拐してください』と言っているようなものですからね。長と奥様がお子を作らなかったのも、生まれてくる子供の将来を憂んだからです」 オルスはそこで一度言葉を切り、感情の読めない瞳でじっとヴィクトルを見つめた。「――それでも、副団長殿は、ミラさんをお求めに?」 打算に塗れた魔術師社会の現実を突きつけるような問い。  だが、ヴィクトルの答えは決まっていた。青い瞳に、いささかの迷いも濁りもない絶対的な光を宿し、オルスを見つめ返す。「俺は、子供がほしいわけじゃない」 強い、意思の籠もった声だった。  血統のためでも、最強の魔術師を産ませるためでもない。俺はただ、不器用で、一生懸命で、誰よりも美しいあの黒――ミラ自身が欲しいだけだ。  ヴィクトルは自らの揺るぎない執着を確信しながら、ふと、目の前の男に問いかけた。「……オルス攻術長も、黒との婚姻を望むのか?」 「いいえ」 即答だった。  オル
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第2章:舞踏会と蜘蛛【016】

 ※「ワシの妻がミラのドレス姿を、どうしても見たいというものでの」 当初は舞踏会へ顔を見せる予定がなかったアルバはそう言って笑っていたが……結果として、ただただ育て親の夫婦円満を見せつけられただけだった。  二人が相変わらず仲睦まじいのは非常に微笑ましい。微笑ましいのだが、万年独身のグレンには、些か胃に応える辛いものがある。  声を出せない奥様は、脳内に直接話しかけるテレパシーの魔術を使っている。  その会話の輪に加わるには高い魔力が必要とされるが、魔術師長に育てられた「黒の子」であるグレンなら、脳みそが爆発することなくその念話を聞き取ることができる。――できる、のだが。  奥様はアルバの耳元にそっと顔を寄せ、耳打ちをするようにして彼にだけテレパシーを送り、それを受けたアルバもまた、同じように奥様の耳元に顔を寄せて耳打ち――テレパシーを返す。そうして二人で顔を見合わせ、ふふふ、と楽しそうに笑い合っているのだ。(……いや、脳内に直接話しかけてるなら、わざわざ耳元に顔を寄せ合って、無音で耳打ちごっこしなくてもよくね!? 俺も聞こえてるんだから普通に輪に入れろよ! 夫婦の秘密会話かと思ったら、ただの通常運転なわけだし……。独身の目の前で無音の超至近距離イチャイチャをかますのはやめてくれ、本当に) 高度すぎる夫婦のラブラブ空間を目の前で披露され、完全に蚊帳の外に置かれたグレンは心の中で盛大に毒づいていたが、やがてアルバと夫人は大満足した様子で一足先に帰路につき、元の場所にはグレンとミラだけが残される形となった。 やれやれ、とグレンが息を吐いた、その時。  隣のミラが、突然両手を高く上げた。驚いたグレンが不思議そうに眉をひそめて声をかけた。「おいミラ、何してんだ?」 「迎えの予約を先程したので、副団長殿を呼んでます」 「ぶっ、馬車かよ」 グレンは思わず豪快に吹き出して笑った。副団長を完全に足代わりに使おうとしているミラの肝の座りっぷりに、感心を通り越して愉快になってしまったのだ。グレンはニカッと白い歯を見せ、揶揄うように言う。「なんだ、ヴィクトルじゃなくても俺が運
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第2章:舞踏会と蜘蛛【017】

 「ミラ、すみません。少し遅くなりました」 人混みを割って目の前に現れたヴィクトルは、息一つ切らさず、極上の笑みを浮かべてミラに声をかける。うるさい大型犬にならぬよう、その声音はいつもより低く、静かで、紳士的だ。  そんな副団長を前に、ミラはパッと表情を明るくすることもなく、淡々と呟いた。「馬車がきました」 「……馬車?」 ヴィクトルが端正な眉をわずかにあげる。自分のことだろうか、それとも外に本物の馬車を手配したという意味だろうか。  そんな彼の疑問に答える代わりに、ミラは小さく両手を広げた。「お願いします」 トス、とドレスの裾を少しだけ持ち上げ、愛らしく背伸びをするミラ。  その瞬間、ヴィクトルの脳細胞は考えることをすべて放棄した。ただ、目の前の愛しい少女が、自分に向かってその小さな身体を預けようとしてくれている。その事実だけで十分だった。「――お任せください」 ヴィクトルはやたらと眩しい最高の笑顔を浮かべ、吸い込まれるようにミラをひょいとお姫様抱っこで抱き上げた。  腕の中に収まったミラは、特に照れる様子もなく、いつも通りの無表情のまますっぽりとヴィクトルの胸に収まっている。その姿は、本当に「慣れ親しんだ乗物」に乗り込んだ時のそれだった。「……」 それまで「体温が気持ちいいとは、お前らどこまで進展したんだ」と戦々恐々としていたグレンは、二人のあまりにも事務的というか、お互いに大真面目な移動の様子をじっと見つめ、それから、はぁー……と腑に落ちたように息を吐いた。「なんかよく分からんが、俺の誤解だったようだ」 グレンはすっかり安心した。ミラが変な男に騙されて不順な交際をしているわけではなく、単に「歩きにくいから、親切な副団長殿に馬車代わりとして抱っこしてもらっているだけ」なのだと合点がいったのだ。  まさか目の前でミラを運んでいる部下が、「ミラに呼ばれた! 帰りのおねだりされた! 俺、超ハッピー!!」と、脳内でお花畑を大爆走しているガチの恋煩い中だとは夢にも思っていない。    「ヴィクトル、後は任せたぞ」
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第2章:舞踏会と蜘蛛【018】

「——ずいぶんと楽しそうだな、ヴィクトル」 振り返った瞬間、ヴィクトルの背筋がわずかに緊張した。  そこに立っていたのは、現国王でありヴィクトルの実の兄であるアルノルト。そして、その隣には長男である第一王子ルーカスの姿があった。  周囲の貴族たちが一斉にざわめき、道を開ける。ヴィクトルはミラを抱きかかえたまま、深く頭を下げた。血の繋がった兄ではあるが、ここは公の場。国を統べる陛下であることに変わりはない。「叔父上、お久しぶりです」 一歩前に出たルーカスが、若々しくも気品のある声で挨拶をする。ヴィクトルはふっと表情を和らげた。 「大きくなったな、ルーカス」 そんな王族たちの再会のやり取りを、腕の中でじっと見つめていたミラが、ぽつりと小さな声で呟いた。「……全員金髪碧眼ですね」 そのあまりにも無防備な感想に、すぐ隣にいたリジェットの心臓が止まりかけた。(し、知らない……!? 王族が金髪碧眼って、まさか知らないの!?) 一方、第一王子であるルーカスは、先ほどからヴィクトルの腕の中のミラが気になって仕方がなかった。  何故、あの叔父上が、「黒の魔術師」をこれほど甲斐甲斐しく抱きかかえているのか。周囲の貴族たちも遠巻きにヒソヒソと噂しているが、王族として一体どう声をかければいいのか分からない。(どういう状況なんだ、これは……?) ルーカスは助けを求めるように、隣に立つ父アルノルトをチラリと盗み見た。しかし、国王陛下は至って平然とした様子で、息子からの視線に何も反応を返さない。もしかして、自分が気にし過ぎているだけなのだろうか……?  ルーカスが一人で激しく戸惑っていると、ふっと、先ほどの声で小さな呟きが耳に入ってきた。「まるでコピーペーストですね……」 隣に立つリジェットは慌てた様子で彼女の耳元へ顔を寄せた。「ミラさん、お二人は王族です」 その必死の耳打ちを聞いた瞬間、ミラはハッとしたように目を見開いた。  ミラの態度を見て、リジェットは確信した――金髪碧眼を持つ人間は王族
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第2章:舞踏会と蜘蛛【019】

「俺も寄付をしよう」 「お願いします」 ミラは丁寧にヴィクトルに頭を下げる。  リジェットは慌てて二人の間に入った。   「副団長、それはただの貢ぎです。ミラさんも素直に受け取らないでください」 「もらえる物は貰えと、師匠が言ってました」   「研究費は遠慮するな」――というアルバの言葉を、ミラは額面通りに受け取っている。常識人のレオンがいれば、ミラの都合のいい勘違いをその場できっちり訂正するだろうが、あいにく彼は不在だった。「ちゃんと対価を払いますので、ご安心ください」    礼儀は弁えているようで、リジェットは安心するも――相手は一般常識から、大幅にズレているミラである。その対価がなんなのか、念のために聞いてみた。「ミミズです。ただのミミズではありません。最高品質のミミズです」 ――眩暈がした。  何をどうすれば寄付の対価がミミズになるのか。  最高品質のミミズとは一体なんなのか。  ツッコミを入れようにも、ミラの黒い瞳は真剣そのものである。一瞬、世界の中で自分だけがおかしいのではないかと錯覚しそうになった。寄付の見返りがミミズであること自体、客観的に見ればあまりにも哀れなはずなのに、なぜか当の上司であるヴィクトルは、耳までポッと赤くして嬉しそうにしているのだから。  リジェットはひどく疲れた顔をした。  正直、オルスの方が常識的だったのではないかとさえ思えてくる。一年くらい会っていないのに自分たちの関係を「別れていない」と思い込んでいたあの男だって相当にアレだが、この異次元の空間に比べれば、まだマシなような気さえしてくるのだ。「ミラ、そのミミズは部屋にどのように保管したらいいんだ? やはり温度管理が必要か?」 大真面目に質問をしたヴィクトルに、リジェットは完全に聞こえていないふりをしようと決めた。これ以上関わったら脳が疲れ、胃にも穴が開いてしまう。  ――しかし、そこへ自信に満ちた声がかけられた。「高級ミミズは本当に価値がありますね」 ──銀髪の魔術師のエドガーだった。
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第2章:舞踏会と蜘蛛【020】

 リジェットが音速のスピードで回り込み、ミラの口を背後からがっしりと塞いだ。本日二度目の強制終了である。「ミラさん、これ以上喋っては国家機密をばらすことになりますよ!? 深紅のローブの魔術式を語ろうとしましたね!?」 ミラはリジェットに口を塞がられたまま――静かに頷いた。 あのまま喋らせていたら、複雑な魔術式の構成を語る流れだった――止めてよかった。 リジェットは涙目でミラの口を塞いだまま、冷や汗を滝のように流してミラを注意する。「申し訳ございません、エドガー伯爵。このままミラに魔術の話をさせたら国家機密漏洩の罪で捕まえなければならぬ事態に進展してしまう恐れがございますので、これ以上の会話はご遠慮頂けますか」 リジェットはエドガーにそう牽制した。 リジェットの真っ当な物言いに、エドガーは一瞬だけ呆然としたように目を丸くした。 そして、赤くなっていた己の頬と、自分からミラに近づきすぎていた距離にようやく気がついたのだろう。ハッとしたように一度小さく息を吐いた。 「……すみません、私も熱が入りすぎました」 エドガーは夜会のグラスを小さく掲げ、バツの悪さを隠すようにしてスマートに頭を下げた。 口を塞がれて大人しくなったミラとエドガーの間に立ったヴィクトルは、じっと鋭い眼光でエドガーの顔を見つめた。 エドガーは完璧な貴族の仮面を貼り直し、バツの悪そうな態度を取ってはいる。――だが、その銀色の瞳は、ヴィクトルの体躯の隙間から、未だに背後のミラを静かに追っていた。 その瞳の奥に宿る、隠しきれない熱量。 それが単なる学術的な好奇心を遥かに超えた、ミラ個人に対する純粋な恋慕であることに、ヴィクトルは男としての、そして恋する者としての直感で瞬時に気がついた。(……この男、ミラに惚れているな) ヴィクトルの胸の奥に、冷たい嫉妬の火花が散る。 だが同時に、ある疑問が頭を過った。ミラに多くの魔術師が求婚していたことはヴィクトルも知っている。しかし、エドガーは一度も求婚したことは
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第2章:舞踏会と蜘蛛【021】

 エドガーが立ち去ると、リジェットはやっとの思いでミラの口を塞いでいた手を解放した。「ぷはっ。……帰ったらすぐに蜘蛛を見に行くスケジュールを立てなければなりません」 「あの男は危険だ。ミラ、近づいてはいけない」 ヴィクトルは振り返り、切迫した声でミラの細い肩を掴みそうなほどの勢いで訴えかけた。だが、ミラの黒い瞳はどこか遠くを見つめたままだ。「蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛……。あの魔力蜘蛛の糸の遮熱術式、いったいどのような構成式なのでしょうか……」 ミラは完全に、男のことではなく蜘蛛のことで頭がいっぱいになっていた。  そんなミラの様子を見て、ヴィクトルは「男に騙される心配がなくて安心だ」などとは微塵も思えなかった。むしろ、感じているのは底知れない危機感だけだ。(花も、蜥蜴も喫茶店デートも、高級なチョコレートも……全部、ミラの頭をこんな風にいっぱいにすることはできなかった……) あの銀髪の男は蜘蛛という単語一つで、ミラをこれほどまでに夢中にさせてみせたのだ。それに引き換え自分は、彼女を一度だって自分のことで夢中にさせたことがない。  ミラの前で、己の男としての魅力のなさに完全に自信を失って落ち込んでいた。  しかし、舞踏会の魔術師たちの世界は、ヴィクトルに落ち込む時間すら与えてはくれなかった。  先ほど、エドガーがミラに熱心に話しかけている姿を目撃した魔術師たちが、堰を切ったようにミラたちの元へと押し寄せ始めたのだ。「あの、わたくしアイリスと申します。以前、求婚書を送らせていただいた弟をぜひ貴女にご紹介したく……!」 「ユージリアと申します! 前回、かなり前向きな内容で婚約を申し込みまして!」 「モラルと申します、俺も婚約を申し込んだ過去が! ぜひ我が家の研究室の資料も見ていただきたい!」 「わたしの息子をご紹介させておくれ、優秀な術師だよ!」 次から次へと挨拶の声を上げ、ミラを囲んでいく魔術師やその親族たち。  かつてミラに求婚した男たちや、その親族たちがエドガーが話しかけている姿を目撃したことで一斉にアプローチを仕掛けてきたのだ。  
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第2章:舞踏会と蜘蛛【022】

 ※ ゴトゴトと、夜道を走る馬車の振動だけが規則正しく響く。  車内を満たしているのは、恐ろしいほどの寒暖差だった。  行きはハッピーな恋脳を爆走させていたヴィクトルだったが、今の彼は、窓の外の闇を見つめたまま、かつてないほど真っ白に燃え尽き、落ち込んでいた。(……俺の、負けだ。完敗だ……) 自分が精一杯用意した花も、喫茶店も、最高級のチョコレートも、ミラの心を「いっぱい」にすることはできなかった。それなのに、あのエドガーとかいう銀髪の男や、後から押し寄せてきた有象無象の魔術師どもは、「蜘蛛」や「研究資料」という言葉一つで、ミラをあんなにも生き生きと輝かせてみせたのだ。  自分には、ミラをあんな顔にさせる武器がない。  自分のことで彼女の瞳を輝かせたことが、一度もないという残酷な現実が、ヴィクトルの胸をこれでもかと鋭く抉っていた。「……副団長殿」 不意に、対面に座るミラから声をかけられた。  ヴィクトルはハッとして、努めて大人の余裕を装いながら視線を戻す。「なんだ、ミラ」 「やはり、あの魔力蜘蛛の糸の遮熱構造は、帰宅後すぐにでもエドガー伯爵に書簡を送り、術式の詳細を開示してもらうべきだと思います。それと、先ほど名刺をいただいたモラル殿の研究室にあるという古文書も早急に閲覧の許可を――」 「だめだ」 ヴィクトルは、自分でも驚くほど低く、掠れた声でそれを遮った。  ミラは不思議そうに首を小さく傾げる。その無防備な黒い瞳を見つめていると、ヴィクトルの胸の奥から、ドロドロとした情けない独占欲がせり上がってきた。「あの男たちに、二人きりで会っては駄目だ。エドガーも、他の魔術師たちも……全員、お前と研究の話をしたいわけじゃない。彼らの目的は、ミラとの婚姻だ。ミラを自分のものにしたいから近づいてきている」 これ以上ないほどストレートな警告。  ミラは真顔のまま平然と言い放った。「私が欲しいのは蜘蛛のデータと研究資料であって、彼らの肉体でも戸籍でもありません。データだけを効率よくぶんどってくれば問題ないかと」 「言い方……!!」 リジェットが思わず突っ込む。  ミラにとって今や元求婚者たちは、歩く研究資料庫くらいにしか認識されていないらしい。  相変わらずの凄まじい天然っぷりに、ヴィクトルは少しだけ安心した
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