Lahat ng Kabanata ng 好きじゃないです、と言ったら王命で結婚させられました~恋を知らない魔術師は執着騎士に囚われる~: Kabanata 41 - Kabanata 50

65 Kabanata

第2章:舞踏会と蜘蛛【023】

「一日一個のチョコは、今日はまだ食べていませんので……副団長殿に、特別に一個あげます」 はい、とミラは小さな指先で一粒のチョコレートをヴィクトルの目の前に差し出した。  ――元は、ヴィクトルがミラに贈ったチョコレートである。それを、ヴィクトルを慰めるためのオヤツとして還元するとは、一体なんの因果だというのか。  しかし、である。  重症の恋煩いにかかったヴィクトルにとって、そんな矛盾はどうでもよかった。  ミラが、自分のために大事なチョコを差し出してくれたのだ。「ミラ……」 ヴィクトルはガタッと姿勢を正し、ミラを見つめた。  ミラの小さな手が、確かにチョコを差し出している。しかも、いつの間にか個装の包み紙が丁寧に剥がされており、彼女の白い指先が、艶やかなチョコレートの球体を直接掴んでいた。  ヴィクトルはそれを、穴が空くほどじっと見つめる。(これ……このまま、俺が口を開けて食べていいのか……?) いやしかし、それを今の構図のまま実行してしまうと、ミラの指先まで自分の口の中に入れてしまうことになるのではないか。  世間的には女性との経験だってそれなりにあるはずのヴィクトルだった。だが、今の彼はまるで恋を知ったばかりの少年のように、凄まじい勢いで脳内会議を繰り広げていた。  まだ付き合ってもいない――ましてや友達認定すらされていないのに、そんな破廉恥な真似をしていいのだろうか。  彼がぐるぐると真剣に悩んでいた、その時だった。「はい」 悩む時間が焦れったかったのか、ミラの手が容赦なく突き出され、躊躇なくヴィクトルの唇へとチョコが押し込まれた。「!?!?!?」 不意打ちの甘みが広がるのと同時に、ミラの指先が、ヴィクトルの前歯にほんの少しだけ触れた。  その微かな感触に、ヴィクトルの顔面は瞬時に真っ赤に染まる。  しかし、当のミラはそんな男のパニックなど一切気にした様子は見せなかった。自分の指先に、ほんの少しだけ溶けて付着してしまったチョコレートを見つめると――ぺろり。  なんの気負いもなく、ごく自然に、己の舌先でそれを綺麗に舐めとった。(いいのか!??!?!? 今、舐めた!?!?!?!?) ヴィクトルの脳内で、本日何度目か分からない大爆発が起きた。  彼はウブな童貞ではない。  それなのに
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第2章:舞踏会と蜘蛛【024】

 ミラは何事もなかったかのように、スンと真顔に戻り視線をヴィクトルから対面に座るレオンへ向けた。 「ぶんど、……ミラさん、だから言葉を選びなさいと、あれほど注意しましたよね? まさか、文字通りぶんどったわけじゃないですよね?」 レオンの顔がみるみるうちに青褪めていく。 レオンが救いを求めるように隣を向くと、リジェットは引き攣った顔のまま、すーっと斜め上へと不自然に視線を逸らした。 リジェットのあまりにも露骨な反応に、レオンの顔から血の気が引いた。 ――本当に文字通りぶんどってきたらしい。「不敬な……」 レオンは両手で頭を抱え、深い溜息を吐いた。 アルバの言葉を素直に受け取り、そのまま実行に移したのだろう。容易に想像ができる。 焦燥に駆られているレオンに対し、当のミラはどこまでも平然とした様子で、小首を傾げて言い放った。「陛下は喜んでました」「なっ……」 国の予算を三倍も持っていかれて、喜ぶ王がいるものか。 そう叫びそうになった、その時だった。 レオンの耳に、馬車の壁際から「ああ、兄上は確かに楽しそうに笑っていたな……」という、ヴィクトルの間の抜けた補足が聞こえてきた。 レオンはぐっとこめかみを押さえて一度深く息を吐き出すと、これ以上考えても胃に穴が空くだけだと判断したのか、すっと頭を上げた。「……過ぎたことはしかたないですね。予算が増えたことは良しとしましょう。結果的に魔術塔全体の利益になるのであれば、これ以上は不問にします」「新たな研究室を建てられますか?」 ミラの黒い瞳が、期待に満ちる。脳内にはすでに、設計図が広がっているのだろう。しかし、レオンはそこへバッサリと現実的な優先順位を突きつけた。「いえ、それよりも老朽化している魔術塔が先です。雨漏りしている共有区画や、ひび割れた魔力障壁の補修が最優先です。新設ではなく既存の修繕を行い、残りを研究費に使用したほうがいいでしょう」「……。ミミズの土壌開発費に回せるのなら、異議はありません」 ミラは少しだけ残念そうな顔をしたが、すぐに納得したようにコクコクと頷いた。 するとレオンは、思い出したように手帳をめくりながら言葉を続ける。「ところで、いまアルバ魔術師長の元へ招待状が届いているようですよ」「招待状?」 窓際でまだチョコの余韻に浸っていたヴィクトルが、その不穏な単
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第3章:王命【001】

 魔術師たちの部屋が集まる、高く聳え立つ魔術塔。  その自室の窓辺で、ミラは一人、じっと外の景色を眺めていた。「……きませんね」 ぽつりと、小さく呟きが漏れる。  ミラが窓から身を乗り出して探しているのは、朝の柔らかな光を浴びてきらきらと輝く、あの眩い金色の色彩だった。  毎朝、飽きもせずミラに声をかけ、挨拶をしてくる男の姿が、ここ一週間ほど完全に途絶えている。  話によると、近郊に強力な魔物が出現したらしい。その討伐と調査のため、騎士団と魔術師攻術部隊は揃って留守にしていた。  当然、副団長であるヴィクトルも遠征に同行している。  いつの間にかミラのお世話係となってしまっていた攻術副長レオンも、今は塔を留守にしていた。「ふぉっふぉっ。ミラ、食堂に朝食を食べに行かんかい。レオンがおらんとなにもせんな」 部屋の扉ががちゃっと開き、白い髭を蓄えた老人——魔術師長アルバが顔を覗かせた。レオンという有能な護衛係兼お世話係が不在なのをいいことに、ミラはここ数日、研究室か部屋に引きこもるかの二択しかしていない。「はぁい……」 ミラは窓の外を見つめたまま、完全に気の抜けた空返事をする。「誰か待ってるのかの?」 「蜘蛛、きませんね」 ミラは窓の外に視線を向けたまま答えた。「待ち遠しいのぉ」 白い髭を撫でながら、老人は愉快そうに笑った。「ふぉっふぉっ。そんなに楽しみか」 「はい。副団長殿が、珍しい蜘蛛をくださると言っていました」 「そうかそうか」  アルバはますます楽しそうに笑う。 「帰るのはまだ先じゃぞ」 「残念ですね……」 ミラはそう言いながら、手元から高級チョコレートのガラス瓶を取り出した。  ひょい、と口に放り込み、味わうようにゆっくりと咀嚼するミラ。  甘いはずのチョコレートがここ最近、苦く感じてしまうのはどうしてだろう——ミラは首を傾げながら考えるも、答えには辿り着かない。どんなに難しい魔術式でも解き明かしてきたミラだったが、チョコレートの味が変わった理由だけは分からなかった。(時間帯、でしょうか……)「黄昏てるとこ悪いがの、朝食にいくぞ」 「あ、待って、まだチョコ食べ終わって……」 アルバに容赦なく首根っこを後ろからガシッと掴まれ、ミラはまるで猫の子のようにぶら下げられたまま、ず
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第3章:王命【002】

 ※ 場面は変わり、王都近郊の鬱蒼とした森の中。  突如として現れた強力な魔物の群れは完全に駆除され、森にはようやく静寂が戻りつつあった。  騎士団とレオン率いる攻術部隊の面々は、手際よく撤収の準備を進めている。  そんな中、フィンが、おずおずとした様子でリジェットに声をかけた。「リジェット近衛騎士、あの……」 「?」 片付けをしていたリジェットが振り返る。フィンの顔は、なぜか見たこともないほど困惑し、引き攣っていた。「……副団長が、あの、その……」 フィンが恐る恐る指をさした方を見る。  すると、鬱蒼とした木々の隙間で、朝日にきらめく見事な金色の穂——いや、ヴィクトルの金髪が、左右に激しくブンブンと揺れ動いていた。  さきほどまで魔物の首を冷酷に刎ね飛ばしていたはずのヴィクトルが、今は、どこから調達したのか巨大な虫取り網をガッシリと片手に握り締め、必死の形相で何かを捕獲しようと藪に飛び込んでいる。 「副団長はいったい何をされてるんですか……? もしかして、魔物の呪いか何かにかかってしまわれたのでは……っ。止めるべきですか!?」  必死に声を潜めて訊ねるフィンに、リジェットは遠い目をして、深い溜息をついた。「あー……」 見れば、周囲の他の団員たちも、完全に遠巻きにしてヴィクトルの奇行を怯えと困惑の眼差しで眺めている。誰もあの最強の男に近付こうとしない。「そっとしておきましょう……。あれは、呪いよりもタチの悪い|病気《恋》だから」 「えっ?」 フィンが首を傾げたその時、藪の向こうからヴィクトルの切実な声が響いてきた。「レオン!! おいレオン、どいつもこいつも同じ蜘蛛に見えるぞ! どの蜘蛛が一番珍しいんだ!?」 ヴィクトルが網を掲げた先、レオンが泥で汚れたローブのまま大真面目な顔で指示を出していた。「副団長、落ち着いてください。その左の個体はただの毒蜘蛛です、ミラさんは喜びません。……木の葉に擬態して珍しい術式の蜘蛛の巣を張っている……右です! 右の木の幹にいるやつを捕らえてください!」 「よし分かったあああ!!」 雄叫びを上げながら、網を構えて跳躍するイケメン。  その信じられない光景を呆然と見届けていたフィンが、ぽつりと言った。「……攻術副長と副団長って、いつの間に、あんなに仲良くなったん
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第3章:王命【003】

 ※ ※ ※ 騎士舎――騎士たちが書類仕事や待機を行うための大部屋。  本来ならここにいるはずのない男が、当然のような顔で部屋の真ん中に鎮座していた。  騎士団長グレンである。  彼には立派な団長室が用意されているのだが、「一人で部屋にいると寂しいから」という理由で、もともと空いていたデスクを勝手に私物化している。山積みの書類を放置してデスクの上に堂々と両足を乗せ、退屈そうに天井を仰いでいた。  魔物討伐から部下たちが帰還して、早くも二日が経っていた。 (あーあ、俺が団長じゃなかったら、遠征にいけたのになー……。もう、書類なんて見たくもない)  そんなふうに内心で盛大な現実逃避を繰り広げていたグレンだったが、不意に、入口の扉が僅かに開いていることに気がついた。部下の騎士たちが何人も鈴なりになって、廊下の様子を恐る恐る覗き込んでいる。その背中はどことなく怯え、戦々恐々としていた。 「お前たち、何見てんだ?」  グレンがデスクから足を下ろして声をかけると、バッと一斉に騎士たちが振り返った。その中の一人、遠征から戻ったばかりのフィンが、泣きそうな顔で訴えかけてくる。 「だ、団長……! 副団長が討伐に行ってから|今日《こんにち》まで、ずっとおかしいんです!」 「おかしい?」  グレンはよっこらしょと立ち上がり、入口へと歩み寄って部下たちの隙間から廊下を覗き込んだ。 「……何してんだ、あいつ」  そこには、グレンですら思わず怪訝な顔を隠せなくなるほどの、世にも奇妙な光景が広がっていた。  廊下の真ん中で、ヴィクトルが、顔や体にびっしりと埃まみれの蜘蛛の巣を絡みつかせ、必死の形相でそれを手で払いのけていたのだ。  ヴィクトルは蜘蛛の巣を払い終えると、床に置いていた巨大な虫取り網をガシッと力強く掴み直した。そして、網を天井の隅へと向ける。そこには、騎士舎の掃除が行き届いていないせいで生息していた、一匹の小さく色鮮やかな蜘蛛がいた。 「逃がすか……!」  宿敵を追い詰めるかのような緊迫感で、網を構えて天井の隅の蜘蛛を素早く捕まえるヴィクトル。 「あいつ、マジで何を捕まえてるんだ?」 「蜘蛛です……ずっとあの調子なんです。何かに憑りつかれたように、騎士舎の中の蜘蛛をずぅっと捕まえて回っていて……」
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第3章:王命【004】

 ※ ヴィクトルは、埃にまみれたまま、嬉々として蜘蛛の入った小瓶を専用のケージへと収めた。 王都近郊の森でレオンの監修のもと厳選した個体をはじめ、この二日間で騎士舎の隅々から乱獲した精鋭蜘蛛たちが、ケージの中にひしめき合っている。(騎士舎の蜘蛛はほとんど獲り終えたな) これをミラに贈れば、あの銀髪の研究室のことなど一瞬で忘れて、俺のことで頭がいっぱいになるに違いない――。 そんな期待を胸に、ヴィクトルがケージを大事そうに抱えて訓練所脇の渡り廊下を歩いていると、不意に、訓練所から聞き馴染みのある大声が響いてきた。「おいお前らぁ! 誰から相手してほしいんだ? 俺が直々に訓練してやるから並べ!」 グレンの声だった。 部下に構ってもらいたくて団長室ではなく騎士が集まる騎士舎に居座るような寂しがり屋の団長が、自ら訓練所に足を運んで大声を張り上げている。(団長が直々に? 珍しいな) 力の差があり過ぎるという理由で、グレンは普段訓練所に顔は見せても、部下たちと直接剣を交えることはない。それが今日に限って自ら訓練をする、と言い出している。(羨ましいな) その「直々の手合わせ」の本当の理由が、部下たちに書類仕事を押し付け損ねて一人残され、ただ単に寂しかったからだとは夢にも思わないヴィクトルは、純粋に騎士としてグレンと剣を交えたいと思った。 意識が訓練所へと向かい、興味津々で視線をそちらへ向けようとした――まさにその瞬間。 向こうから、一人の小柄な人影がこちらへ歩いてくるのが見えた。「……ん?」 ヴィクトルは足を止めた。あまりにも蜘蛛を凝視しすぎたせいか、ついに幻覚でも見え始めたのだろうか。 ぼさぼさの黒髪に、いつも少しだけ斜めにずれている丸眼鏡。その手には、木箱が大事そうに抱えられている。 どう見ても、ミラだった。「ミラ!」 グレンのことは頭から吹き飛び、ヴィクトルは自分の体の汚れも忘れて、彼女の元へと駆け寄った。「エルンスト副団長殿、
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第3章:王命【005】

 至近距離から放たれたその眩いばかりのイケメンスマイルに、ミラは少しだけ眩しそうに目を細めた。「どうしてここに?」 ヴィクトルが訊ねると、ミラは抱えていた木箱を少しだけ持ち上げて、淡々と答えた。「怪我を治療するポーションの試作品ができましたので、騎士団の方に効果を試していただこうかと思いまして」「ついにできたのか!」 ヴィクトルは驚きと喜びの声を上げ、泥だらけの蜘蛛ケージを少し脇に退けてミラの持つ木箱を覗き込んだ。箱の中には、魔力の光を微かに湛えた淡い液体の詰まった小瓶が、いくつか大切そうに並べられている。「副団長殿からの蜥蜴が役に立ちました」 ミラが丸眼鏡の奥の黒い瞳を少しだけ誇らしげに輝かせて言う。以前、ヴィクトルが彼女のために捕まえた蜥蜴――その成分が、ポーションの劇的な治癒効果を引き出すための最後の鍵となってくれたのだ。「これが市場に出回れば、高額な手術代も治癒師も要らず、薬が市民に行き渡るな」 ヴィクトルは感慨深げに呟いた。 高度な治癒魔術を受けられるのは一握りの貴族や富裕層に限られている。大怪我を負っても治癒師を雇う金がない平民は、ただ傷が腐り落ちるのを待つか、不衛生な手術に命を賭けるしかなかった。だが、このポーションが完成すれば、その残酷な現実を根底から覆すことができる。「まだ試験段階ではありますが、いずれ市井に広く行き渡らせたいです」 ミラはまっすぐにヴィクトルを見上げ、きっぱりと言い切った。 その瞳には、自分の知識を私利私欲のためではなく、ただ純粋に「救えるはずの命」のために捧げようとする、研究者として、一人の人間としての気高いまでの情熱が宿っていた。いつもは蜘蛛やミミズのことばかりで周囲を振り回しているミラが見せる、真摯な眼差し。 その真剣さに、ヴィクトルは胸の奥が温かいもので満たされるのを感じ、そっと優しく微笑んだ。「……ああ。ミラなら、必ず成し遂げられる。そのために必要な協力なら、俺はどんなことでも惜しまない」 ヴィクトルの深く、熱い信頼の籠もった言葉を聞いて、
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第3章:王命【006】

 彼女は瓶を抱えたまま、ゆっくりとヴィクトルを見上げる。そこにあったのは、単なる知識への好奇心ではなく、明確にヴィクトル自身へと向けられた驚きと感心の眼差しだった。「これだけの種類を、どうやって……?」「ミラだけを想って、ひたすら獲ったんだ」 ヴィクトルは、正直にミラにそう告げた。 蜘蛛を無心で捕まえたのは、ミラに喜んでもらうため。そして、ミラの笑顔を見るため。黒い瞳に、自分を映してもらうため――。 今、それが全て叶っている。(これは、もしや……友達になってくれるチャンスでは?) ヴィクトルの胸の中に、にわかにそんな淡い期待が芽生えた。 これだけ喜んでくれたのだ。友達になろう、と何度も申し出たが断られてばかりいた。しかし、ヴィクトルは今回は断られない自信があった――自分に向けられたミラの瞳のなかに、尊敬が入り混じっている気がしたのだ。 ミラは間違いなく、蜘蛛という媒介を通してヴィクトル自身に感心している。これならいける。「まずは友達から」という、ごく一般的な段階にステップアップできる絶好の好機が、向こうから飛び込んできた。 だが、その期待に胸を高鳴らせたヴィクトルの背後――中庭の空気は、彼らのあずかり知らぬところで、奇妙な変化を見せ始めていた。「おい、あれを見ろ……」「ヴィクトルだ。ずっと蜘蛛を追っていたと思ったら……」 部下たちを引き連れて移動してきたグレンの声が、不自然にトーンを落とす。久々に部下たちと交流できてテンションが上がり、大声を張り上げていたグレンも、渡り廊下で小柄な黒髪の少女と至近距離で見つめ合っているヴィクトルの姿に、剣を止めていた。「ミラと一緒にいるな」 ――ギャラリーの視線など、ヴィクトルの意識には1ミリも引っかからなかった。 今、彼の世界の中心には、丸眼鏡を少しずらして自分をじっと見上げているミラしかいない。「ミラ」 確信が欲しかった。ヴィクトルは高鳴る鼓動を抑え
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第3章:王命【007】

 ミラは眉を顰めることもなく、首を傾げる。「副団長殿、何を仰っているんですか? 私たちは、もう友達ですよ」「い、いつのまに?」  ――知らない間に友達認定されていた。 ヴィクトルは驚いてしまい、つい目を丸くしてしまう。本当に、突然だった。(いつから俺たちは友達に……?)「友達にしてくれたきっかけとかあるのか?」「そうですね……」 ミラは視線を左上に上げ、思考に耽った。「王宮で、ドレスの裾で歩きづらい私を運んでくれましたし、降ろさず連れて行ってくれました。副団長殿は、嫌な顔をしなかった」「もちろんだ、嫌な顔するものか」「また機会があれば、運んでほしいです。あの高さは、絶景でした」「ミラが望むなら、何度でも運ぶぞ」「任せてくれ」とヴィクトルは、胸を叩いた。 眩しい光に照らされ、ミラは目を細める。目の端に映る自分の闇のような黒髪が、反射していつもと違う色に見えた。「それから」とミラは続けた。「私の研究の話を真剣に聞いてくれました。レオンも他の魔術師達も、私の話が長いので、聞き流すのですが、副団長殿は違いました」「俺はいくらでも、研究の話を聞く。いや、聞きたい。いつでも話してくれ」 思わずヴィクトルは一歩前進した。彼の一歩は大きいため、ミラが至近距離で視界に映り込むことになってしまう。 長い睫毛が眼鏡の内側に当たり、窮屈そうだなとヴィクトルは感想を抱いた。それから、黒い瞳は光を反射すると紫が混ざり、神秘さを醸し出しているのが分かった。 ミラは、ヴィクトルの顔が近くにあっても、目を逸らすことはなかった。ただ、じっと彼の青い瞳を見据えている。「カフェにもう一度行きたいかもしれません」「予定はいつでも空けておく」「研究の進捗を確認します」 「あと、一個」とミラは添えた。「黒のミラがいい、と仰ってくれました」 ミラの口元が緩やかに弧を描
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第3章:王命【008】

 声に出してもなお、ヴィクトルは自分の発言に気付かなかった。   「俺はミラが好きだ」    ――その言葉が自らの唇から滑り落ち、空気に溶けていくのを聞いた瞬間、ヴィクトルは突如としてハッと我に返った。(今、俺は何と言った?)   『親友』と叫ぶはずだった喉が、自分の制御を離れ、胸の奥底に仕舞い込んでいた本当の願望をぶちまけてしまった。  ヴィクトルが、たった一人の女へ向けて告げた言葉は、あまりにも真っ直ぐで、飾り気がなかった。  本当は、告白をする予定ではなかった。  彼は彼なりに、告白をするタイミングを見計らっていたが、それは今ではなかった。「ではいつだ?」と訊かれてしまえば、返答には詰まるが、人が大勢いる今ではなかった。  ただ、普段は表情が控えめなミラから笑顔を向けられたことで、気付けば彼女への想いを吐露していた。  中庭の騎士たちや、木剣を握ったまま硬直しているグレンの存在など、今のヴィクトルの視界には入っていない。ただ泥と蜘蛛の巣にまみれた身体のまま、至近距離でミラの反応を待つ数秒が、まるで永遠のように長く感じられた。  目の前のミラは、黒い瞳でヴィクトルを見上げた。  首を傾げ、眼鏡がずれる。  彼女はそれを気にすることなく、ゆっくりと瞬きを繰り返した。  そして彼女もまた、真っ直ぐに答えた。  丸眼鏡の奥の瞳には、迷いがなかった。  悪意もない。  嘲笑もない。「あなたのこと、好きじゃないです」 ただ、正直だった。「お友達ですので、それは好きという感情とは違うものです。好きとは」 ミラの口から『好きの定義』が語られる。魔術式を語る時のように、同じテンションだった。「あ」とミラの声が途切れた。「あそこに、グレンがいますね。違いました、グレン騎士団長がいますね。ポーションを届けてきます」「では」とミラは呆然と突っ立ったままのヴィクトルに、頭を下げた。  踵を返し、彼から一歩、二歩と足を進めてから、再度「あ」と呟いた。
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