Lahat ng Kabanata ng 好きじゃないです、と言ったら王命で結婚させられました~恋を知らない魔術師は執着騎士に囚われる~: Kabanata 21 - Kabanata 30

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第2章:舞踏会と蜘蛛【003】

 ♦ ♦ ♦ 詰所。  グレンが嫌々ながら公務に赴き、留守のために酷く静かだ。  情報通のフィンが騎士数人を連れて訓練所へ向かったため、この場にいるのはリジェットとヴィクトルのみだった。  リジェット近衛騎士は、ヴィクトルの傍にいて三年ほど経つ。  グレン団長とは違い、馬鹿がつくほど真面目で、自分に厳しく、他人にも厳しい男だ。  そんなヴィクトルは、デスクに両肘をつき、組んだ手の前で難しい顔をしていた。  口元を隠すように組まれた指の奥から、鋭い青い瞳だけが静かにリジェットを射抜いている。  顔がいい男に見つめられても、リジェットの胸はときめかない。  整った顔立ちも鍛え上げた体格も、彼女の好みではなかった。  だからこそ、実力もあり、なおかつ顔に惑わされない自分が副団長付き騎士に選ばれたのだと理解している。「……何か、お話でも?」 真顔のまま睨みつけてくる男前に、リジェットは訊ねた。「ああ。パートナーを解消する」 リジェットはヴィクトルの言葉の意図が分からず、眉間に皺を寄せたまま瞬きを繰り返した。「来週の舞踏会のことだ」 「……何言ってるんですか」  ♦ ♦ ♦ 西の空が燃えるような橙色に染まり、街並みに長い影が伸び始める頃、ヴィクトルとリジェットは魔術塔の前にいた。  ……なぜか、集合時間の三十分も前から。  当然、付き合わされたリジェットは、所在なげにそびえ立つ塔を見上げながら、心の中で盛大に溜息を吐いていた。  いくらなんでも早すぎる。「副団長。魔術師は時間通りにしか来ませんよ」 リジェットは、隣に立つ上司に視線を向けた。  今日のヴィクトルは、いつもとは違う格式高い黒の正装に身を包んでいる。  元々見栄えのする大柄な体躯と金髪のせいで、黙っていればどこぞの王子様かという輝きを放っているが、その顔はいつも通り愛想がない。  そんなに早く出発して、一体何をするつもりなのか。   (……もしや、王宮で伯爵令嬢と逢引の約束でもしているのだろうか)    リジェットはそんな勘繰りを抱きつつ、言葉を続けた。   「彼らはマイペースですから」 「知ったような口をきくんじゃない」 ヴィクトルは前を見据えたまま、低く冷ややかな声で応じる。   (恋に盲
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第2章:舞踏会と蜘蛛【004】

 ♦ ♦ ♦ 西の空が燃えるような橙色に染まり、街並みに長い影が伸び始める頃、ヴィクトルとリジェットは魔術塔の前にいた。  ……なぜか、集合時間の三十分も前から。  当然、付き合わされたリジェットは、所在なげにそびえ立つ塔を見上げながら、心の中で盛大に溜息を吐いていた。  いくらなんでも早すぎる。「副団長。魔術師は時間通りにしか来ませんよ」 リジェットは、隣に立つ上司に視線を向けた。  今日のヴィクトルは、いつもとは違う格式高い黒の正装に身を包んでいる。  元々見栄えのする大柄な体躯と金髪のせいで、黙っていればどこぞの王子様かという輝きを放っているが、その顔はいつも通り愛想がない。  そんなに早く出発して、一体何をするつもりなのか。   (……もしや、王宮で伯爵令嬢と逢引の約束でもしているのだろうか)    リジェットはそんな勘繰りを抱きつつ、言葉を続けた。   「彼らはマイペースですから」 「知ったような口をきくんじゃない」 ヴィクトルは前を見据えたまま、低く冷ややかな声で応じる。   (恋に盲目な副団長には、そんなことは通じないのだろうか)    リジェットはふんと鼻を鳴らした。「副団長より、私のほうが詳しいですよ。――元カレが魔術師だったので」 「なに?」 その瞬間、ヴィクトルの首が面白いほどの勢いでリジェットに向いた。鋭い青い瞳が驚愕に揺れている。「誰だ?」 「オルス攻術長です」 「攻撃魔術隊長の?」 「はい。団長からの紹介で付き合うことになったんですよ。まあ、過去の話ですけど」 「別れた理由は?」 間髪入れずに飛んできた問いに、リジェットは眉間に皺を寄せた。  普段のヴィクトルといえば、部下の恋路どころか他人のプライベートには一切興味を示さない、歩く規律のような男だ。そんな彼が、身を乗り出さんばかりの勢いで他人の破局理由を食い気味に聞いてきている。そのギャップが、リジェットには酷く不気味に映った。「他人に何故言わなきゃいけないんです」 「参考にする」 大真面目な顔で、信じられない単語がヴィクトルの口から飛び出した。  恋愛初心者でもあるまいし。「はぁ?」 リジェットは本気で顔を顰めたが、ヴィクトルの眼力があまりにも真っ直ぐで引かなかったため、折れるように溜息を吐いた。「……分か
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第2章:舞踏会と蜘蛛【005】

 ガタゴトと揺れる馬車の中、リジェットは、己の目が正常に機能しているかを疑っていた。  目の前に座る上司――お堅くて、規律の化身だったはずの副団長ヴィクトルが、見たこともないような穏やかな笑みを浮かべ、隣のミラに話しかけている。リジェットはそれを、まるで昼日中に本物の幽霊でも見るかのような、生気のない目で凝視していた。「ミラ、そのローブ、よく似合っている。縁取りの紅が映えて綺麗だ」 「ありがとうございます。実はこの紅の刺繍糸には、炎熱トカゲの皮の繊維が練り込まれておりまして。防御結界の効率を三割向上させる魔術が仕込まれているんです。さらに袖口の裏側には――」 「うんうん、そうか。すごいな、ミラは賢い」 嬉々として専門的な魔術仕込みを延々と説明し始めるミラと、それを「うんうん」と優しい微笑みで全肯定するヴィクトル。「なんですか、この空気」 耐えかねたリジェットが低音ボイスで突っ込むと、ミラが「あ」と小さく声を上げた。「エスコートというものを、事前にレオンに教えてもらいました」 「本当に苦労しました」 ミラの向こう側に座るレオンが、一週間で一気に老け込んだような顔で深く溜息を吐く。  そんな苦労を知ってか知らずか、ヴィクトルはミラの丸眼鏡の奥にある瞳をじっと見つめた。「ミラ、舞踏会に着いたら、俺と踊ってくれ」 「副団長、私たちは仕事で行くんですよ。遊びに行くわけじゃないんですから」 リジェットがすかさず釘を刺したが、ヴィクトルの耳には届いていない。「嫌です」 「頼む」 「踊れません」 「俺が踊れるから問題ない。エスコートする」 「そもそも、ダンス好きじゃないです」 「そうか……」 ミラにバッサリと切り捨てられ、ヴィクトルは目に見えてシュンと肩を落とした。   (そこは押さないのかい!) と、リジェットは心の中で激しく突っ込む。元カレの破局話を「参考にする」と言っていた割に、引き下がり方が大真面目すぎて逆に不憫になってくる。「……あの、お聞きしますけど、お二人はどういう関係なんですか?」 リジェットが率直な疑問を口にすると、なぜかヴィクトルが、端正な顔をほんのり赤くして視線を泳がせた。三十路を超えた大柄な騎士が、初々しく少年のように照れている。  しかし、その淡い期待は、ミラの無表情な一言によって粉砕された。「赤の
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第2章:舞踏会と蜘蛛【006】

 ♦ 王宮の車寄せに馬車が止まると、ヴィクトルは真っ先に降りてミラへ手を差し伸べた。  ミラは当然のようにヴィクトルの右手に手を重ね、馬車を降りた。レオンがそれに続く。  ミラとレオン、二人は着ていた深紅の魔術ローブをさらりと脱ぎ捨てた。さらに、ミラは顔から丸眼鏡を外すと、それらをまとめて隣のレオンへ「はい」と手渡す。   「……ミラさん。何故これを俺に渡すんですか」    両腕にローブと眼鏡を抱えさせられたレオンが、虚無の目で訊ねた。   「私の収納用時空間は、今、トカゲの干物でパンパンなのです」 「俺が持って当然みたいな顔しないでください。俺はクロークじゃありません」    不憫なやり取りを余所に、ヴィクトルは息を呑んでいた。  ローブの下から現れたミラは、見事な黒いドレスを身に纏っていたのだ。夜の帳を切り取ったかのような深い黒のシルクが、しなやかにフィットしている。結い上げられた黒髪と、薄化粧を施された素顔は、息を呑むほど知的な美しさを放っていた。  そして首元には、ヴィクトルの瞳と全く同じ、澄み切った青い宝石のネックレスが気高く輝いている。「ミラ……その、ドレスとネックレスは……」 ヴィクトルが、声を震わせてミラを見つめる。「パートナーと行く時は、その人の色を身につけるようにと師匠に教わりました。ですので、副団長の瞳の色を」 「そうか……! 俺も、ミラの色を選んだんだ。濃い黒糸の刺繍を仕込んできたんだ」 ヴィクトルが嬉しそうに自身の正装を示す。騎士団において「黒の騎士服」は、団長グレンの髪と瞳の色に合わせた特別な正装だ。しかし、ヴィクトルがわざわざ襟元に入れた刺繍の糸は、騎士服本来の黒とは明らかに色味が違っていた。「これは、何か特別な魔術が組み込まれていますか?」 ミラが興味深そうに顔を近づけ、ヴィクトルの襟元をじっと見つめる。吐息が届きそうなほどの至近距離に、ヴィクトルは僅かに息を詰まらせた。「……魔力を感じませんね」 「糸には何もない。ただの糸だ」 「では、なぜわざわざそんなものを? なぜ黒なのです?」 「黒は……綺麗な色だからだ。俺の、好きな色だ」 ヴィクトルはミラを見つめたまま、静かに答えた。しかし、ミラは数秒小首を傾げた後、納得したように手をポンと叩いた。
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第2章:舞踏会と蜘蛛【007】

   ヴィクトルを先頭に、ミラ、レオン、リジェットが華やかな会場へと一歩を踏み出す。  普段、この手の夜会に滅多に顔を出さない王弟であり騎士団副団長の登場に、会場の令嬢たちから一斉に黄色い声が上がった。『まあ! ヴィクトル様がお見えよ!』 『誰をエスコートしていらっしゃるのかしら? 確かまだ独身よね?』 『お近付きになりたいわ……気高くって本当に素敵……』 うっとりとした視線が注がれる。しかし、その視線が隣のミラに移った瞬間、空気は一変した。『……待って、隣の女性、黒髪黒瞳だわ』 『まさか、魔術師塔の黒の魔術師?』 『どうしてこんな華やかな場所に……不吉だわ。呪われでもしたらどうするの?』 ひそひそと囁かれる悪意ある陰口。  その瞬間、ヴィクトルの周囲の空気が激変した。青い瞳に冷徹な殺気が宿り、ミラを悪く言った貴族たちを、文字通り塵一つ残さず圧殺せんばかりの鋭い視線で睨みつける。  ヴィクトルに蛇に睨まれた蛙のように凄まれた貴族たちは、恐怖に顔を青ざめさせ、一瞬で口を噤んだ。当のミラだけが、その不穏な空気に全く気づいていない。「エルンスト副団長殿。ここには、サンドイッチありますか?」 「もちろん! あの壁側に、ほら……」 さっきまでの殺気はどこへやら、ヴィクトルはミラに満面の笑みを向け、軽食がある方を優しく指差した。「チョコレートは?」 「それは、あっちにある。持ってこよう」 「紅茶は?」 「俺が淹れさせよう。少し待っていなさい」 リジェットとレオンは、その二人のやりとりを死んだ目で眺めていた。  リジェットは、ヴィクトルのミラに対するあまりにも至れり尽くせりな態度を見て、自分たちが根本的な勘違いをしていたことに、ようやく気がついた。  彼は、身分に相応しいどこぞの伯爵令嬢に恋をしているのではない。騎士団とは真逆の存在である、黒の魔術師のミラに、恋をしているのだ、と……。(……でも、どう見ても一方通行ですね) リジェットが心の中で冷静に突っ込んだ通り、ミラはヴィクトルそのものには大して興味がなさそうで、彼の美しい顔よりも、物珍しそうに周囲の豪華な風景ばかりを見ている。  だが、それでもヴィクトルは一切嫌な顔をせず、むしろミラから質問をされたこと自体が嬉しくてたまらないといった様子で、終始喜々として答えていた。
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第2章:舞踏会と蜘蛛【009】

     レオンが離れた後も、壁際の一角だけは、相変わらず周囲から完全に浮いた空気が漂っていた。  ミラは、ヴィクトルがどこからか調達してきた、鮮やかな水色の冷たい果汁飲料を、見た目の割にえぐみがないな、などと考えながらちびちびと飲んでいる。ヴィクトルはその姿を、まるで珍しい小動物の食事でも見守るかのように、終始ニコニコと満足げに眺めていた。  そんな王弟の、滅多に見られない無防備な隙を狙って、背後からぬっと影が忍び寄る。「これはこれは、エルンスト副団長殿。このような華やかな夜会でお目にかかれるとは、光栄の至りに存じます!」 話しかけてきたのは、いかにも成金といった風貌の、きらびやかな衣装を纏った貴族の男だった。ヴィクトルはミラから視線を外さぬまま、脳内の貴族名簿から「寄付金の出し渋りで有名な男だな」と一瞬で男の素性を弾き出す。「実は、我が愛娘がどうしても副団長殿にご挨拶をしたいと申しましてな。ほら、お前からも」 「まぁ、ヴィクトル様! お噂はかねがね伺っておりますわ。私、今日のために新しいドレスを――」 父親の後ろからしゃしゃり出て、頬を染めて熱烈な視線を送ってくる令嬢。  ヴィクトルは、ミラに向けられていた極上の微笑みを、そのままその親子へとスライドさせた。 だが、その微笑みは、先ほどまでの甘いものとは完全に異なっていた。声音こそ極めて穏やかだが、向けられた圧力が尋常ではない。「……お嬢様。この国では、本来、身分が高い人間が言葉を発するまで、下の者が先に喋ってはいけないというマナーがあったと思うのですが、私の勘違いでしたかね?」 「ひっ……!?」 冷徹極まる青い瞳を見た令嬢が、短い悲鳴を上げて一歩後退る。「それに、今、私が非常に忙しいことが分かりませんか?」 ――ミラに給仕をしているだけだが。  微笑みながらの威圧。あまりの恐怖に、父親の貴族も令嬢も、文字通り涙目になってガタガタと震え出した。  しかし、彼らが恐怖のあまり卒倒する一歩手前で、ヴィクトルは一転して、眩いばかりの完璧な営業スマイルを浮かべた。「――ですが、お嬢様の熱意には免じましょう。……ちょうど今、魔術師塔が熱心な予算を欲していましてね」 「えっ!? え??? ま、魔術塔、ですか……!?」 「ええ。もし我が国の魔術研究のために、
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第2章:舞踏会と蜘蛛【008】

 狙い通り、この合理的な食事形態をミラはひどく気に入ってくれた。気に入ってくれたのは大金星だったのだが……案の定、今度は三食すべてサンドイッチしか食べなくなってしまったのである。 それほど極端な偏食なのだ。ただでさえ扱いが難しいというのに、そこにヴィクトルが高級チョコレートなどという特大の不確定要素を投入した。案の定ミラは飛び付いたが……レオンはそれを寸前で阻止した。 ミラは肉体的な痛みを伴う「電流」が何より嫌いだったため、さすがに今のところはレオンの言いつけを渋々守っている。しかし、研究室のデスクに置かれた瓶をじっと恨めしそうに眺めながら、「……いつ食べましょう。次の一個は、何時何分に食べるのが最も効率的に糖分を摂取できるでしょうか……」 と、食べ時についてミリ単位で深刻に悩み続けている。 ミラが研究以外のことを考えるなんて、今までなかったことだ。 ヴィクトルではなく、チョコレートのことを考えてはいるが、彼の努力は決して無駄にはなっていない。 しかし、だ。 (だけど、甘やかしていいとは思っていないんですけど) 喜色満面でミラの食事を手配しにいくヴィクトルの背中を見つめたまま、レオンはそっとこめかみを押さえ、深いため息を吐くのだった。 レオンは、「よし」と小声で気合をいれてから、隣のリジェットに向き直り、頭を下げた。「俺はこれから、色々と予定がありますので、これで一度下がります。リジェット近衛騎士、ミラさんのことをよろしくお願いします」「はい。ええ。……副団長が、あんな風に色んな意味で浮かれている分、私がしっかり公務の方を引き締めます」 生真面目な顔で、どこか遠い目をして言い放った女騎士に、レオンは思わず「はは、それは心強いです」と乾いた笑い声を漏らした。 リジェットはそんなレオンの、苦労を滲ませつつもこちらの意図を的確に汲み取る態度を見て、少し感心したように片眉を上げる。「レオン殿は、魔術師にしては随分とコミュニケーション能力が高いのですね?」「あはは、そうですね。うちの塔の面々に比べれば、比較的高い方だと思いますよ」 何しろ弟妹八人の喧嘩を仲裁し、ミラの面倒を見続けてきたのだ。嫌でも対人スキルは磨かれる。 レオンは苦笑しながら、今度こそ自分の定位置へと立ち去ろうとした。――しかし、二歩ほど歩いたところで、何かを思い出したよ
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第2章:舞踏会と蜘蛛【010】

「グレン騎士団長殿がいます」 ミラの視線の先――煌びやか夜会の中心で、ひときわ背丈が高く、俗っぽいオーラを放つ男の姿があった。「あそこに行きたいのか?」 ヴィクトルの問いに、ミラはグレンいる会場中央をじっと見つめたまま、そわそわと体を揺らした。「はい。ですが、レオンと長から、副団長殿の傍を絶対に離れてはならないと言われました」 言いつけを守ろうとしつつも、視線は完全にグレンの方へ向いている。それを見たヴィクトルは、胸の奥にじわリと複雑な感情が湧き上がるのを禁じ得なかった。(……そんなに団長と話したいのか) ほんの少し落ち込みながらも、彼は優しく声をかける。「行くか?」 「はい」 一秒の躊躇もない即答だった。  やはり落ち込みつつも、ヴィクトルは近くにいたリジェットに「行ってくる」と目で挨拶を送り、ミラを伴って歩き出そうとした。  ――その、刹那。  ミラはすぐにでも駆け出そうとしたのだが、慣れないドレスの長い裾に足をとられ、盛大に躓きそうになった。「おっと」 大柄な体躯を滑らせて、ヴィクトルがその細い身体を完璧に受け止める。腕の中にすっぽりと収まったミラは、ふう、と小さく息を吐いた。「……歩きにくいです。ドレスというものは、非常に非効率的な構造をしていますね」 「そうか。……だ、だ……」 「だ? だ、ってなんですか?」 不審そうに首を傾げるミラを見つめ、ヴィクトルは勇気を振りしぼった。「だ、抱き上げようか?」 ミラは数秒、その提案の利便性を頭の中で計算するように静止した。「効率よさそうです。お願いします」(いいのかっ!?) とヴィクトルが心の中で叫んだ瞬間、ミラは素直に両腕を上へ向けた。  雛鳥が親鳥を求めるかのようなその無防備な仕草に、ヴィクトルは「か、かわいい……!」という思考しか回らなくなる。  口元を抑え、ミラの可愛さで危うく鼻血を吹き出しそうになるのを必死で耐える。「まだですか?」 「すまない、大丈夫だ」 ヴィクトルは大きく深呼吸をした。  ひょい、と抱き上げたミラの身体は、驚くほど軽かった。  その瞬間、周囲の令嬢たちから、先ほどの集金時とは明らかに違う意味での黄色い悲鳴が沸き起こる。『きゃああっ!?』 『ヴィクトル様が……女性を抱き上げられた……!?』 誰もがロマンチックな王道展開
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第2章:舞踏会と蜘蛛【011】

「歩きにくいので、副団長に運んでもらいました」 腕の中から平然と答えるミラ。  その横では、魔術師長アルバの隣に、彼と雰囲気が非常によく似た白髪の老婆が立っていた。彼女は深紅の魔術ローブを纏い、ニコニコと慈愛に満ちた笑みを浮かべている。彼女こそ、アルバの妻であった。「お初にお目にかかります、魔術師長夫人。騎士団副団長のヴィクトルです」 ヴィクトルは、ミラをお姫様抱っこした状態のまま、体幹を一切ぶらすことなく、完璧に美しい気品溢れる礼を取った。  アルバがふぉっふぉ、と白い髭を揺らして笑う。「妻がの、黒い子のデビュタント姿を見たいと言うのでの。重い腰を上げて来たんじゃよ」 アルバの妻は、ヴィクトルの姿をじっとニコニコと見つめた後、隣のアルバの耳元へ顔を寄せ、何かを囁くように唇を動かした。実際には声は出ていないはずだが、アルバはふぉっふぉ、と笑った。「ふぉっふぉっ。金色、イケメンだと言うておる」 「お褒めいただき、ありがとうございます」 「まぁ、若い頃はわしの方がイケメンじゃったけどな」 すると妻は、再びアルバの耳に何かを耳打ちした。「ふぉっふぉっ。わしの方がイケメンで、今もそうだと言うておる。そうかそうか」 目の前で|高度な魔術《テレパシー》を用いた容赦のない惚気を見せられ、ヴィクトルは対応に困って微笑むしかない。そんな大人達のやり取りを他所に、ミラが気付いたように声を上げた。「師匠。奥様とお出かけの時はお洒落をすると仰っていたのに、いつもと変わらぬローブ姿ですね」 ミラが不思議そうに訊ねると、アルバは自慢げに胸を張った。「よく見ろ、黒い子。髭にリボン飾っておるじゃろ? 妻が選んでくれたんじゃ」 「なるほど」 やはり全方位隙のない惚気を見せられている。  その時、ミラの体がヴィクトルの腕の中で、そわそわと動いた。ヴィクトルは彼女の意思を察し、寂しさを噛み締めながら、そっと床へと降ろしてあげる。  自由になったミラは、小走りで夫人の元へと寄り添いに行き、その身体にぎゅっと抱きつい
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第2章:舞踏会と蜘蛛【012】

  グレンの不審の目を背中に浴びながらも、当のヴィクトルは全く意に介していなかった。  満面の笑みで、隠しきれない大人の色気を周囲に撒き散らしながら、ヴィクトルは壁際に控えていた側近・リジェットの隣へと歩み寄り、壁に背を向けた。   「追い出されたくせに、元気ですね」    上司の一連の奇行を冷ややかな目で見ていたリジェットが、すかさず容赦のないツッコミを入れる。  ヴィクトルは、現実を思い出させてくれた側近を横目で鋭く睨みつけた。――が、その鋭さは一瞬で霧散し、すぐにふっと口元を緩ませる。「……まぁいい。何を言われようと、俺は今、猛烈にハッピーだ」 「はあ、左様ですか」    完全に恋の毒が回りきっている上司の姿に、リジェットはこれ以上言葉を交わすのも恐ろしくなり、無表情のまま一歩距離を置いた。  当のヴィクトルは、そんな側近の冷ややかな視線など全く気に留めず、再び視線を会場の中央へと戻す。  そこでは、ミラが魔術師長夫人に優しく頭を撫でられ、ほんのりと頬を染めて、照れくさそうに笑っていた。  滅多に拝むことができない、ミラのあの瑞々しいテレ顔。――最高に可愛い。言葉を失うほどに愛らしい。 (ミラの表情筋は、親しい人間の、ほんの一部の人間にしか動かないんだろうか……)    穴が空くほどその光景を見つめているヴィクトルの横で、一歩引いていたリジェットが、会場中央の様子を眺めながらぽつりと言った。「あの輪の中って、なんだか妙に入れない空気がありますよね。……団長だけだったら、いつも通りでそうでもないんですけど。魔術師長と並んでいるときの団長って、なんというか、いつもと空気が違うというか」 リジェットの言う通り、普段は俗っぽくてノリの軽いグレンだが、この国の最高戦力であるアルバ閣下と並び立つ姿には、並の貴族や騎士を寄せ付けない圧倒的な強者のオーラが漂っていた。だからこそ、グレンは先ほどヴィクトルを「邪魔だからあっち行ってろ」と平然と追い出せたのだ。  側近にそんな現実を淡々と分析され、ヴィクトルはますます胸が締め付けられるよ
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