「部長、海外への転任を申請します。これからはずっと、国際線専門で勤務させてください」南国航空の運航本部。江本深雪(えもと みゆき)は、パリッとしたパイロットの制服に身を包み、凛々しい姿でまっすぐな視線を向けながら、手元の申請書を差し出した。部長の進藤哲生(しんどう てつお)は顔を上げ、真顔で彼女を見つめた。「深雪、本気なのか?行ってしまえば、もう二度と国内線には戻れないんだぞ」深雪の唇に、自嘲気味な笑みが浮かんだ。「はい。両親はすでに亡くなりましたし、夫とも……離婚するつもりです。国内には、もう未練のある人は誰もいません。これからは、ただ空を飛ぶことだけにすべてを捧げたいのです」彼女の固い決意を察した哲生は、それ以上引き留めるのをやめ、胸の中で深いため息をついた。「そこまで言うなら、もう止めはしない。君は南国航空で唯一の女性機長だ。もっと広い世界へ羽ばたくべきだろうな。深雪、広い空へと飛び立つ運命の鳥もいる。その翼は、生まれつき遠くを目指すためにあるんだからな。異動の手続きが整い次第、すぐに声をかける」……運航本部を後にした深雪は、うららかな陽気を見上げ、胸のつかえがすっと下りていくのを感じている。家に戻ると、すぐにテーブルの上に置かれた小さなギフトボックスが目に入った。江本武志(えもと たけし)は金縁の眼鏡をかけ、ソファに座って本を読んでいる。深雪の帰宅に気づくと、冷ややかな視線を向け、ぶっきらぼうに言った。「テーブルの上のあれは、お前への誕生日プレゼントだ。おめでとう」深雪は自嘲するように唇の端を歪め、力なく呟いた。「私の誕生日は昨日よ。間違ってるわ」その言葉に武志はわずかに目を見開いたが、すぐにまた口を開いた。「次は覚えておく」彼はいつもそうだ。何が起きても淡々としており、まるで彼の心にさざ波一つ立てることさえできないかのようだ。「次は覚えておく」という言葉は、深雪がこれまで何度耳にしたか分からない。なのに、武志は一度たりとも覚えていたことがないのだ。そこへ、執事が恭しく歩み寄ってきた。「旦那様、バラが空輸で届きました。庭師に手配し、細心の注意を払って手入れをさせております。ネックレスもサザビーズのオークションで無事に落札い
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