「葉山様、会社の名義変更手続きが完了するまで、およそ半月ほどかかる見込みです」スマートフォン越しに聞こえる事務的な声に短く応え、通話を切る。当てもなくジュエリーショップのショーケースに視線を滑らせていた私・葉山杏(はやま あん)は、やがて、ひとつの純金の指輪に目を留めた。店員に軽く頷き、包んでほしいと合図を送る。商品を受け取ろうと振り返った瞬間、背後から若い女性店員たちの浮かれたひそひそ声が耳に飛び込んできた。「ねえ、瀬崎グループの社長、瀬崎朔也(せざき さくや)さんが婚約者のためにデザインしたっていう指輪、見た?もう、息を呑むくらい綺麗でさ!」「知ってる!結婚披露宴のサプライズのために何十億円もぽんと出して、街中貸し切って三日三晩ぶっ通しで花火を打ち上げる気らしいよ。イケメンでお金持ちなうえに、あんなに一途だなんて……今時あんな完璧な男の人、奇跡だよね」「葉山さんがちょっと体調崩しただけでも、すぐに国内トップクラスの医療チームを呼びつけるくらい溺愛してるんでしょ?ああもう、羨ましすぎる」私は静かに、自嘲気味な笑みをこぼした。ええ、そうね。朔也の底知れぬ愛情の深さは、誰もが知っている。十四歳で、私に初めて生理が来たとき。あの日の午後、朔也は耳まで真っ赤にしながら、生理用品がぎっしり詰まった大きな袋を抱えて私の前に立った。そして、照れ隠しのように真面目ぶった顔で「俺の杏も、少し大人になったんだな」と言ったのだ。十八歳のとき、私の両親は事件に巻き込まれた朔也を庇って命を落とした。顔をくしゃくしゃにして泣き腫らした朔也は、私に向かって固く誓った。「杏、これからは瀬崎家が君の家だ。俺がずっと、君を守る騎士になるから」その誓い通り、朔也は仕事の付き合いを制限してまで、空いた時間をすべて私に捧げてくれた。告白してくれた夜も、目を潤ませて「絶対に離れない」と約束してくれた。――なのに。世間から見れば私を溺愛する完璧な男であるはずの朔也は、裏では蝶野栞奈(ちょうの かんな)という女とこっそり関係を持っていたのだ。最初は、画面に残された生々しいメッセージのやり取り。それでも私は、信じたくなかった。次に、親しげに寄り添う親密な写真。それでもまだ、現実から目を背けていた。けれど、一週間前の深夜。自宅の
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