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7年の愛は灰に、偽装死から始まる真実の愛
7年の愛は灰に、偽装死から始まる真実の愛
作者: かぜわら

第1話

作者: かぜわら
「葉山様、会社の名義変更手続きが完了するまで、およそ半月ほどかかる見込みです」

スマートフォン越しに聞こえる事務的な声に短く応え、通話を切る。

当てもなくジュエリーショップのショーケースに視線を滑らせていた私・葉山杏(はやま あん)は、やがて、ひとつの純金の指輪に目を留めた。

店員に軽く頷き、包んでほしいと合図を送る。

商品を受け取ろうと振り返った瞬間、背後から若い女性店員たちの浮かれたひそひそ声が耳に飛び込んできた。

「ねえ、瀬崎グループの社長、瀬崎朔也(せざき さくや)さんが婚約者のためにデザインしたっていう指輪、見た?もう、息を呑むくらい綺麗でさ!」

「知ってる!結婚披露宴のサプライズのために何十億円もぽんと出して、街中貸し切って三日三晩ぶっ通しで花火を打ち上げる気らしいよ。イケメンでお金持ちなうえに、あんなに一途だなんて……今時あんな完璧な男の人、奇跡だよね」

「葉山さんがちょっと体調崩しただけでも、すぐに国内トップクラスの医療チームを呼びつけるくらい溺愛してるんでしょ?ああもう、羨ましすぎる」

私は静かに、自嘲気味な笑みをこぼした。

ええ、そうね。朔也の底知れぬ愛情の深さは、誰もが知っている。

十四歳で、私に初めて生理が来たとき。

あの日の午後、朔也は耳まで真っ赤にしながら、生理用品がぎっしり詰まった大きな袋を抱えて私の前に立った。そして、照れ隠しのように真面目ぶった顔で「俺の杏も、少し大人になったんだな」と言ったのだ。

十八歳のとき、私の両親は事件に巻き込まれた朔也を庇って命を落とした。

顔をくしゃくしゃにして泣き腫らした朔也は、私に向かって固く誓った。

「杏、これからは瀬崎家が君の家だ。俺がずっと、君を守る騎士になるから」

その誓い通り、朔也は仕事の付き合いを制限してまで、空いた時間をすべて私に捧げてくれた。

告白してくれた夜も、目を潤ませて「絶対に離れない」と約束してくれた。

――なのに。

世間から見れば私を溺愛する完璧な男であるはずの朔也は、裏では蝶野栞奈(ちょうの かんな)という女とこっそり関係を持っていたのだ。

最初は、画面に残された生々しいメッセージのやり取り。それでも私は、信じたくなかった。

次に、親しげに寄り添う親密な写真。それでもまだ、現実から目を背けていた。

けれど、一週間前の深夜。

自宅の外に停まっていた見慣れた車が、暗闇の中で不自然に揺れているのをこの目で見てしまった。

少しだけ下りた窓ガラスの向こう。

朔也と栞奈が激しく体を絡ませ合っているその光景は、鋭い刃となって私の両目を容赦なく刺し貫いたのだ。

「杏、仕事が終わるまで待ってて、一緒に七周年のプレゼントを選ぼうって約束だっただろ?」

不意に掛けられた朔也の声で、私は凍りついていた記憶の底から現実に引き戻された。

「家にいても退屈だったから、少しぶらぶらしてたの」

必死に震えを抑え、少しも異常を悟られないよう、いつも通りの声色を取り繕う。

朔也は私が持っていたショッピングバッグを当然のように優しく受け取ると、ごく自然な動作で私の腰に腕を回した。

けれど、その体が密着した瞬間――ふわりと、微かに甘い香水が鼻を掠める。

途端に胃袋が激しく波打ち、吐き気がこみ上げてきた。

駐車場に停めてあった彼の車に乗り込むと、ふと助手席の足元に反射するものが目に入った。シートの影から、避妊具のアルミパッケージの切れ端がわずかに覗いている。

そのとき、タイミングを計ったかのように私のスマートフォンが短く震えた。

まただ。栞奈からのメッセージ。

画面に表示された写真には、あざといメイド服を着た栞奈が、朔也の膝の上に跨がっている姿が写っていた。朔也の大きな手は、露わになった太ももをねっとりと撫で回している。

【朔也、お仕事終わるなりもう待ちきれないみたい。杏さん、お待たせしちゃってごめんなさぁい♡】

白く関節が浮き出るほど、私はスマートフォンを強く握りしめた。

「杏?」

運転席に座る朔也が、心配そうに顔を覗き込んでくる。

「なんだか顔色が悪いよ。どこか具合でも悪いのか?」

私は咄嗟に画面を暗くし、引きつりそうになる頬を必死に緩めて笑みを作った。

「ううん、お昼を食べすぎちゃったかも。少し胃がムカムカするだけ」

そう言って窓の外へ顔を向ける。

少し開いた窓から入り込む夜風が頬を撫でたが、心臓の奥底までどろりと侵食した冷たい悪寒を吹き飛ばしてはくれなかった。

「俺の杏は、相変わらず子どもなんだから」

朔也は愛おしそうに目を細めると、私の頭をポンポンと優しく撫で、車を発進させた。

流れていく夜の街並みを見つめながら、私はそっと瞼を閉じる。

誰にも気づかれないように、一筋の涙が頬を伝い落ちた。

私に永遠を誓い、一生守ると言ってくれたはずの騎士様は――もはや引き返せない裏切りの道を、どこまでも堕ちていっているのだ。

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