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第7話

Author: かぜわら
朔也の背中がビクッと強張った。彼は顔を上げることもなく、聞こえないふりをしてメニューの端を見つめ続けている。

その様子を見た男友達の一人が、慌てて取り繕った。

「何言ってんだよ、俺がちゃんとお前のことも呼んだだろ?」

この白々しい猿芝居に、私は思わず自嘲の笑みを浮かべた。

栞奈は遠慮する素振りもなく、空いていた私のすぐそばの席に腰を下ろすと、「杏さーん」と馴れ馴れしく声をかけてきた。

私は彼女に返事をしなかった。ただ、一箇所からどうしても目が離せなかったのだ。

彼女の指先――そこには、本来なら私が身につけるはずだったあの指輪が、これみよがしにキラキラと光っていた。

栞奈はわざと男友達に体をすり寄せ、キャアキャアと声をあげてイチャつき始めた。

見ているうちに朔也の顔色はみるみる険しくなり、ついには荒々しく箸をテーブルに投げ捨てた。

「……ちょっと、トイレ行ってくる」

凍りつくような低い声で言い残し、足早に席を立つ。

彼が離席してすぐ、栞奈もまた笑顔で立ち上がった。私へ向けて勝ち誇ったような視線をチラリと投げかけてから、後を追うように歩き出す。

日が沈みかけた頃、朔也はようやく戻ってきた。心なしか、その顔には欲求を満たしたあとのような気だるい色気が漂っている。

それから十数分後、今度は栞奈がゆっくりと戻ってきた。

その唇は微かに腫れ上がり、首筋には真新しい赤黒いキスマークがいくつも咲いている。ただ、先ほどまで見せびらかしていた指輪は、なぜか外されていた。

そのあからさまな姿を見た男友達の一人が、引きつった笑いを浮かべて慌てて取り繕うとした。

「い、いやー!この辺はやっぱり自然が多いから、蚊もすごいな!栞奈ちゃん、首めちゃくちゃ刺されてんじゃん!」

すかさず別の友人が肘で小突き、小声で突っ込む。

「バカ、真冬に蚊なんかいるわけないだろ……」

だが、私がスマホに視線を落としたまま何も気づいていないように振る舞うと、彼らはホッとしたように胸を撫で下ろし、それ以上は追及してこなかった。

彼らが「私は落ち込んでいる」と勘違いしている間、実際には、私はスマホで故郷である遠く離れた異国・ヴァルモントの物件探しに没頭していたのだ。

だって、あと三日。あと三日もすれば、私はここから完全に消え去るのだ。

ホテルに戻ると、朔也はすぐにバスルームへと向かった。

その隙を狙ったように、また栞奈からメッセージが届く。今度は動画だった。

薄暗い木立の中で、栞奈が木に背を預け、朔也の腰に腕を回している。

朔也は彼女の首筋に貪るようにキスをしながら、憎々しげに吐き捨てた。

「俺の目の前で他の男を誘惑するなんて、いい度胸だな。たっぷりお仕置きしてやる」

「ああっ……朔也、ちょっと、痛いよぉ……っ」

「わざと痛くしてやってんだよ!痛い目みないとわかんないだろ。お前は俺だけのものだ!」

続いて、テキストメッセージが表示された。

【杏さん、朔也が本当に愛してるのは私なの。いい加減空気読んで、さっさと荷物まとめて消えてくれない?】

それを見つめる私の心は、見事なまでに麻痺していた。

【お望み通りにしてあげるわ】

たった一言だけそう返信し、栞奈のアカウントをブロックする。

もうじき永遠にお別れだというのに、これ以上こんな汚らしいもので目を塞がれたくない。

そんなに二人の熱い交尾を見せびらかしたいのなら、最高の舞台で手伝ってあげる。

私はこれまでのチャット履歴や送られてきた動画をきれいに一つのファイルにまとめ、USBメモリにエクスポートした。

そこでバスルームのドアが開き、髪を拭きながら出てきた朔也が、不意に後ろから私を抱きしめた。甘い石鹸の香りが鼻を突く。

「杏、そんな真剣な顔して何してるの?」

私は表情一つ変えることなくUSBメモリを引き抜き、ノートパソコンをパタンと閉じた。

そして、凪いだ声で淡々と答える。

「なんでもないわ。……結婚式であなたに贈る、特別なプレゼントの準備をしてただけ」

私の髪に軽く口づけを落とすと、朔也は期待に満ちた声を弾ませた。

「実は、俺も杏へのプレゼントを用意してるんだ。あと三日で結婚式だなんて……なんだかまだ夢を見ているみたいだよ」

そう。なら、あなたは一生その甘い夢から醒めない方がいいわ。

私は内心で冷たく嘲笑した。

翌朝。

私が目を覚ましたとき、すでに朔也の部屋に姿はなかった。

私は特に気に留めることもなく、自分の荷物をまとめてホテルを後にした。

だが、ホテルのエントランスを抜けて外へ出た、まさにその瞬間だった。

コントロールを失った黒いセダンが、猛スピードでこちらへ突っ込んできたのだ。

耳をつんざくブレーキ音と、激しい衝撃。

避ける間もなかった。私は呆気なく撥ね飛ばされ、数メートル先のアスファルトに直接叩きつけられた。

――どれくらいの時間が経ったのだろう。

重い瞼を開けると、鼻を突く消毒液の匂いと、無機質で真っ白な病室の天井が視界に飛び込んできた。

私が目を覚ましたことに気づき、ベッドの傍らにいた朔也が慌てて身を乗り出してきた。

「杏、気がついたか!?どこか痛むところはないか?」

ゆっくりと首を巡らせ、彼を見つめる。

朔也の目は真っ赤に充血していた。その表情は不安と恐怖に染まり、まるで自分が代わってやりたいとでも言わんばかりの痛々しさに満ちている。

そんな彼を見て、私はただ猛烈な吐き気を覚えた。

ねえ、朔也。いったいどっちのあなたが本物なの?

「どうした、どこか苦しいのか?待ってて、すぐに先生を呼んでくるから!」

私が無言でいることに焦ったのか、朔也が慌てて立ち上がろうとする。私は力のない手で彼の服を掴み、引き留めた。

「……どうして、ここにいるの?」

掠れた声で小さく尋ねる。

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