雨は、何日も黒瀬本家の屋根を濡らしていた。強く降るわけではない。けれど、朝になっても昼になっても、細い糸のように降り続ける。庭の石畳は乾く間もなく黒く沈み、植え込みの葉は水を含んで重そうに揺れていた。廊下には湿った木の匂いが残り、台所の布巾も、いつもより乾きが遅い。美緒は、本家の台所で茶器を拭いていた。白い布巾で湯呑みの縁をなぞり、水気を確かめてから棚へ戻す。手元はいつもと同じ動きだった。けれど、台所に流れる空気はいつもと違っていた。声が低い。妻たちの声も、男たちの足音も、どこか雨音に押し込められているようだった。廊下の向こうで電話が鳴る。すぐに誰かが取り、声を落として話し始める。美緒がそちらへ視線を向けると、その声はさらに低くなり、やがて廊下の奥へ消えた。露骨に避けられているわけではない。若い衆は美緒に頭を下げる。妻たちも、これまで通り声をかけてくれる。梓は必要な仕事を渡してくれるし、佳穂も美緒を遠ざけるようなことはしない。それなのに、何かが美緒の前で閉じる。話題の輪が、近づいた瞬間だけほどける。声が止まる。すぐに別の話へ変わる。天気のこと、湿気で乾きにくい洗濯物のこと、玄関の花が傷みやすいこと。どれも日常の話だった。けれど、その前に何が話されていたのかだけが、美緒には届かない。湯呑みを棚へ戻すと、控えの間の方から妻たちの声が聞こえた。美緒は盆を持ち、そちらへ向かった。襖の手前まで来た時、聞こえていた声が一瞬だけ途切れた。ほんのわずかな間だった。だが、美緒には分かった。中にいた誰かが、美緒の足音に気づいたのだ。襖を開けると、数人の妻たちが座っていた。結衣もいる。千鶴も、美代も、真由もいた。表情は穏やかだった。誰も美緒を拒んでいるわけではない。むしろ、皆少しだけ丁寧に美緒を迎えた。「美緒さん、お茶をありがとうございます」結衣が小さく言った。「ううん」美緒は茶器を置きながら、座敷の空気を見た。先ほどまで、何か別の話をしていたのだろう。菓子皿の位置、膝の上に置かれた
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