朝の黒瀬本家は、静かだった。静かだが、眠っているわけではない。庭はすでに掃き清められ、石畳には水を打った跡が薄く残っている。奥の方からは、男たちの短い声が時折聞こえた。車の気配もある。けれど、それらは玄関先まで強く出てこないよう、どこかで抑えられているようだった。美緒は離れから本家へ向かいながら、その朝の空気を少しずつ覚え始めていた。最初は、ただ重いと思っていた。門をくぐるだけで背筋が伸びる。廊下を歩くだけで、自分の足音が大きすぎるように感じる。誰に会っても、どの深さで頭を下げればいいのか迷う。言葉にする前に一度飲み込み、動く前に周囲を見る。そういうことばかりが続いて、黒瀬の朝は息苦しいものだと思っていた。けれど、何日かを過ごすうちに、その重さの中にも整えられた静けさがあるのだと分かってきた。庭の砂利は、ただ掃かれているのではない。玄関の水打ちは、ただ清めるためだけではない。廊下に残る香の匂いも、茶器の置き方も、襖の開き具合も、どこかで誰かが場を乱さないように整えている。その朝、美緒が玄関先へ近づくと、いつもより少しだけ空気が違った。白檀の香りの奥に、青い葉の匂いが混じっていた。水を含んだ枝ものの匂い。切り口の瑞々しさ。三嶋洋服店でも、時折母が小さな花を店先に置くことはあった。けれど、それとは違う。もっと静かで、もっと背筋の伸びる匂いだった。美緒は玄関の手前で足を止めた。佳穂が花を活けていた。大きな花ではなかった。派手な色でもない。枝ものの深い緑に、白く淡い花が少しだけ添えられている。器は黒に近い深い色で、光を受けても艶めきすぎない。玄関の重さに沈み込むことなく、かといって浮き上がることもなく、そこにあった。佳穂の手元には、迷いがなかった。枝を切る音は小さい。花を入れる手つきも静かだった。多く入れすぎない。花の顔をこちらへ向けすぎない。余白を残し、枝の流れを生かす。正面から見て美しいだけではなく、門から入ってきた人、玄関に立つ人、廊下の奥へ進む人、それぞれの目線を考えているようだった。美緒は、しばらく声をかけ
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