雨は、昼前にいったん止んだ。三嶋洋服店の硝子戸には、細かな雨粒の跡だけが残っている。通りの向こうのアスファルトはまだ黒く濡れていたが、雲の隙間から薄い光が落ち、軒先の水たまりを鈍く光らせていた。晴れたわけではない。空はまだ白く重い。湿気も深く、店の奥へしまった布地の匂いが、いつもより濃く感じられた。けれど、降り続いていた雨が少しだけ途切れたことで、空気の底にかすかな動きが生まれていた。美緒は、布見本の棚の前に座っていた。立ったまま作業をするほどの気力は、まだ戻っていない。けれど、奥の部屋にいるよりは、店先にいたかった。帳場の紙の音、アイロンの熱、裁ち台の上で布が動くかすかな音。そういうものに囲まれていると、胸の奥で固まっていたものが少しだけほどける気がした。母は帳場で、前日に出した仕事帳を片づけている。古い礼状は、丁寧に元の場所へ戻されていた。美緒はそのことを知っているだけで、少し呼吸が楽だった。過去の仕事が、確かに誰かに届いていた。その事実は、まだ美緒を救い上げるほど強くはない。けれど、底へ沈みきらないための小さな支えにはなっていた。母が、帳場から声をかけた。「今日は、奥で休んでてもええよ」美緒は、布見本の端を指で揃えながら首を横に振った。「少しだけ。じっとしてる方が、しんどい」「でも、背中……」母はそこまで言いかけて、言葉を止めた。背中が痛むことを、母は疲れのせいだと思っている。美緒も、そう受け取らせたままにしていた。未完成の弥勒菩薩の線は、まだ誰にも見せられない。衣の下で熱を持つその痛みは、母にさえ言えないものだった。美緒は、少し笑うようにした。「大丈夫。重いもんは持たへんから」裁ち台の向こうで、隆文が低く言った。「重いもんは持つな」母と同じことを言っているのに、父の言葉は少し違って聞こえた。止めているのではない。許しているのでもない。今の美緒にできる範囲を、静かに
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