All Chapters of 横領犯にされた経理女は、若頭の金庫を握って元社長を潰す: Chapter 51 - Chapter 60

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第51話:花の送り先

「こういう男ってさ」  営業前の更衣室で、沙耶が化粧をしながら言った。私が贈答記録を眺めているのを見ての言葉だった。 「女に花を送る時だけ、妙に見栄を張るのよね。普段はケチでも、花だけは高いやつ」「見栄」「うん。自分がいい男だって、信じたいの。金で買った関係なのに、ロマンチックだと思いたい」  その横で、ひなのが顔を出した。 「でも、自宅に送らない人もいますよ。いつも仕事先っぽい住所にしてる人」「仕事先っぽい住所」  私が訊き返すと、ひなのは頷いた。 「ネイルサロンとか、個人事務所みたいな宛名。でも実際は、本人がそこに受け取りに来てるっぽいの。バレないようにしてるんだと思う」  ひなのは明るく言うけれど、その裏に、見てきた現実の重さがあった。夜の店の女たちは、男の見栄も嘘も、毎晩間近で見ている。誰よりも正確に、隠し事の癖を知っている。  私の中で、何かが噛み合った。  送り先の「見せ方」そのものが、偽装なのだ。  住居に直接送れば住所が残る。  だから別の宛名にする。  けれど、受け取るのは結局その女自身。  追うべきは住所じゃない。  どの名前で、いつ、誰に届くか。  その三つを並べれば、消えたはずの生活圏が、記録の中から浮かび上がる。  私は、贈答記録を時系列で並べ直した。電卓の代わりに、今夜はペンと地図が武器だった。  三崎の来店日。送迎先の変更。住
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第52話:高槻亜希

 その夜、三崎は一人ではなかった。  隣に、女がいた。  キャストではない。客側の女だ。私はフロア補助の動線から、その姿を見た瞬間に背筋が冷えた。  綺麗に手入れされた髪。品のいい仕草。けれど、どこか場慣れしている。守られている女の空気。自分の値段を知っていて、それに満足している女の顔だった。  そして私は確信した。  あの女に見覚えがある。正確には顔ではない。贈答記録の受取名と、この女が繋がる気配がした。胸の奥で、点と線が静かに動き出す。 「あの方ね」  九条が、すれ違いざまに小声で言った。 「高槻亜希さん。三崎社長の、お連れ様」  高槻亜希。  私は、その名前を内心で刻んだ。手帳には書かない。今は、頭の中に。  ようやく、名前が顔を持った。記録の中の文字列が、肉と声を持って、目の前のソファに座っている。  亜希は、三崎の隣で控えめに笑っていた。  ただ守られているだけの女ではなかった。  誰に媚びるべきか、誰を軽く見ていいか。  それを正確に理解した目をしている。  店の女たちにはわずかに上から接する。  三崎には絶妙に甘える。  立場を計算で使い分けている。  賢い女だ。  だが、その賢さが向いている方向が、私には透けて見えた。  この女は、自分
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第53話:住居費は誰の金か

 高槻亜希の顔を見てから、私の問いは一つに絞られた。  女がいる。それはもう、わかった。  問題は、その女の生活を、誰の金で維持しているかだ。  三崎個人の金なのか。それとも、会社の金が混ざっているのか。この一点で、すべての意味が変わる。  個人の金で女を囲うのは、ただの不倫だ。みっともないが罪ではない。けれど会社の金で女を囲っていたなら――それは横領だ。私が着せられたのと同じ罪になる。  私は過去の記録を並べ直した。  亜希が住んでいそうなエリア。三崎の来店日。送迎先の変更。外注費の動き。贈答の時期。それらを一枚のシートに重ねていく。深夜の事務室で、預かった鍵の保管庫から取り出した綴りも、横に積んだ。  決定的な証拠は、まだない。  だが、奇妙な波があった。三崎が綾月へ来た直後や月末になると、住居関連に見える支出が動く。  家賃そのものではない。もっと曖昧な、生活の周辺で。波は小さいが、規則的だった。規則的な波は、偶然では起きない。私はそれを知っていた。  私は、その波を指でなぞった。  翌日、私は白石に短く相談した。  綾月の税務を見ている税理士だ。冷静で、辛辣で、正義より現実を信じる女。けれど、私の能力には早くから気づいていた。 「男が女を囲う時ね」  白石は、冷めたコーヒーを口に運びながら言った。 「一番見づらいのは、家賃そのものじゃないの」「家賃じゃない」「家賃は毎月同じ額で動くから、かえって目立つ。賢い男は家賃で逃がさない」 
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第54話:会社の外で会う経理

 一人がしゃべったなら、二人目がいる。  黒瀬の言葉を、私はずっと覚えていた。  最初に接触してきた女のあと、私は会社時代の人間関係を頭の中で並べ直していた。誰が何を見ていたか。誰がまだ揺れているか。  そして、一人の名前にたどり着いた。  経理の入力や資料整理をしていた年下の女性社員だ。私と近い席で働いていた。  当時、助けてはくれなかった。けれど、いじめもしなかった。ただ怖くて黙っていた人。私が消された日、目を伏せていた人たちの一人だった。  待ち合わせたのは、駅から少し離れたカフェだった。  人目を避けて、奥の席。彼女は来た時からずっと入口のほうを気にしていた。 「久しぶり……です」  声が小さい。私の顔をまともに見られない。 「呼び出してごめんなさい。少しだけ話を聞かせてほしくて」  私は責めなかった。責めれば彼女はその場で口を閉じる。怯えた人間は、優しさにしか口を開かない。それを私はもう知っていた。  あの会社で黙っていた人間を一人ずつ責めても、得られるものは何もない。欲しいのは謝罪ではなく、証言だ。 「三崎社長の案件って」  彼女は、コーヒーに口をつけないまま、ぽつりと言った。 「処理が、いつも普通じゃなかったんです」「普通じゃない、というと」「後から資料が来るんです。先に振込だけ済んでて、伝票が後追い。備考もいつも曖昧で。あと――差し替え」  私の指先が止まった。 「差し替え。
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第55話:社長のきれいな顔

 その夜の三崎は、とびきり「きれい」だった。  大口の取引先らしき相手を伴って綾月に現れた。  落ち着いた物腰。さりげない気配り。部下を立てる言葉。酒席でも品を崩さない笑顔。私はフロアの隅からその姿を見て思い出した。  ああ、この顔だ。  会社で誰もが三崎を信じていた理由。あの頃は私もこの顔を、まともな経営者の顔だと思っていた。疑うことすら思いつかないほど、よくできた顔だった。  だからこそ、私は逃げ場を失ったのだ。誰も、この笑顔の裏を疑わなかったから。  取引先は、すっかり三崎を信頼していた。 「三崎社長は、誠実な方だから」  その男が、連れの一人にそう言うのが、私の耳に届いた。  胃の奥が冷たくなった。  誠実。この男が誠実。私を横領犯に仕立てて笑顔で切り捨てた男が。会社の金で女を囲って書類を差し替えてきた男が。その男を、世間は今も「誠実」と呼ぶ。  怒りが喉までせり上がった。  けれど、私はそれを顔に出さなかった。怒りはグラスを運ぶ手を震わせない。怒りは記録に変える。それが、この場所で覚えた流儀だ。  叫んでも何も変わらない。書いて積み上げれば、いつか相手を押し潰せる。私はその重さを信じていた。  私は、感情の代わりに、観察を選んだ。  三崎の「きれいさ」が、どう作られているのか。それを、冷たく読んでいく。  誰にどう話を振るか。どのタイミングで謙虚さを見せるか。どうやって場の空気を自分のものにするか。  三崎は巧みだった。自分が話しすぎな
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第56話:黒瀬の腕

 腕を掴まれた瞬間、私は自分の心臓の音を数えていた。  それくらい、その手は急で、強かった。  その夜、私は照合用の伝票束を抱えてフロアの脇まで出ていた。会計導線の途中にある棚から、控えを一枚取り戻すだけのつもりだった。営業中のフロアに長く立つ気はなかった。 「お姉さん、新人さん?」  声をかけてきたのは、奥のVIP側で飲んでいた取引先風の男だった。三崎の連れではない。だが酔いの回った目で、私の手元と顔を交互に見ている。距離が近い。私は伝票を胸に寄せ、軽く頭を下げた。 「失礼します。すぐ下がりますので」「いいじゃん、ちょっと座りなよ」  男の手が、私の肘に伸びかけた。  その手首より早く、別の手が私の腕を取った。  引かれた。半歩。たったそれだけ。けれど私の体は男の手の届かない場所へ移っていた。  黒瀬だった。 「席が空いてる。そっちへ案内しろ」  黒瀬は男の方を見もせず、九条に低く言った。動作は自然で、ただの導線整理に見えた。男は一瞬鼻白んだが、九条が滑らかに割って入り、笑顔で奥へ流していく。  腕を掴まれたまま、私はバックヤード手前まで連れていかれた。 「自分で対処できました」  私は腕を引いた。黒瀬の手はあっさり離れた。離れたのに、掴まれた場所だけが妙に熱い。 「できたかどうかじゃない」  黒瀬は短く切った。声は荒げていない。荒げていないのに、有無を言わせない。 「酔った客くらい、毎晩いなしています。沙耶さんだって――
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第57話:黒瀬の隣にいた女

 腕を掴まれた夜から、私は少し、おかしかった。  掴まれた場所の熱は、とうに引いている。それなのに、九条さんの言葉が、抜けなかった。――あの人に高く置かれた人間は、もう安い場所には戻れない。  高く置かれた。それは、値踏みの言葉だ。商品に値段をつける男が、私に高い値をつけた。それだけのこと。  利害で繋がった道具。記録を握る、便利な女。喜ぶようなことじゃない。私はそう、自分に言い聞かせた。  そう、思っていた。その夜までは。  フロアの奥のソファに、見慣れない女がいた。  キャストではない。客でもない。黒瀬さんの隣に、当たり前のように座っている。仕立てのいい服。崩れない姿勢。この世界の温度を知り尽くした、余裕のある女の顔だった。  女が、黒瀬さんの腕に軽く手を置いて、何かを言って笑った。黒瀬さんも、わずかに口の端を上げた。私が、半年かけて一度も見たことのない、ゆるんだ顔だった。  胸の奥で、何かが、ちりっと鳴った。  その音に、私は自分で驚いた。  なに、これ。  慌てて目を逸らし、バックオフィスの端末に戻る。意味もなく数字を呼び出した。指が、いつもより硬い。  馬鹿馬鹿しい。私は、あの人の何でもない。雇われて、使われて、値段をつけられた女。あの女が誰だろうと、私には関係ない。黒瀬さんが誰と笑おうと、誰の腕に触れさせようと、私の数字は一つも動かない。  頭では、わかっている。  それなのに、ちりっと鳴ったあの音は、消えなかった。数字を並べても、静かにならない。会社で覚えたはずの、感情を数字に変える術が、今夜だけは、効かなかった。 
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第58話:表の顔に傷を入れる準備

「金を抜いてるだけなら、身内で揉み消すやり方もある」  黒瀬は、私が机に広げた束を見ながらそう言った。  その一言で、私は自分が積み上げてきたものの足りなさを知った。  閉店後の事務室は静かだった。フロアの音も、酒の匂いも遠い。私は集まった材料を、黒瀬に見える向きに並べていた。  高津総合プランニング。名義だけが立派な外注先。  高槻亜希。三崎の連れに何度も来る女。  宛名の揺れ。同じ会社なのに、請求書のたびに表記が変わる癖。  裏口接触。席に残せない話が、裏口で交わされる気配。  元会社内部の沈黙。誰も口を割らない、けれど何かを知っている空気。 「ここまで見えてきました」  私はそう言った。実際、半年前の私には想像もできない量だった。  黒瀬は一枚ずつ眺め、それから顔を上げた。 「これで何ができる」「会社の金が、亜希さんの生活に回っている可能性を――」「可能性、な」  黒瀬は私の言葉を拾って、置き直した。 「可能性で人は潰れない。揺らぐだけだ。それに、額の不正なら、三崎は身内で消せる。顧問弁護士、人事、経理課長。あの男が握ってる手は多い。金の傷だけ見せても、内輪で塗り直して終わりだ」  私は黙った。その通りだった。会社で私を潰した時も、彼らは内輪で書類を塗り直した。差し替えて、辻褄を合わせて、私一人を外へ出した。あの手際を、私は身をもって知っている。  会議室に呼ばれたあの朝。  机の上
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第59話:剥がれる顔の予兆

 その夜、三崎の笑い方が、少しだけ硬かった。  私はモニター越しに、それに気づいた。  三崎は、いつも通り来店した。落ち着いていた。場を掌握していた。連れの取引先に酒を勧める。部下を立てる。品のいい冗談で笑わせる。表の顔は欠け一つなかった。  けれど、私には見えた。  会計の確認をする時、三崎は以前より時間をかけた。領収の控えを受け取る手が、わずかに止まる。金額より先に、宛名を確かめている。前は流していた所作だった。  そして、視線。  三崎は、周囲を見る回数が増えていた。連れの顔でも、女の顔でもない。店の導線の方を、何気なく見る。誰が記録を取っているのか。誰が動いているのか。確かめるように。  ――気づいたわけじゃない。でも、嗅いでいる。  私はバックヤードで、息を整えた。  亜希も、いつもと違った。  連れて来られた亜希は、前より口数が少なかった。送付先の話になると間を置いてから答える。スマホの画面をテーブルに伏せる。受け取り名について三崎に小さく確認する。  どれも些細だ。けれど些細が重なる夜は、何かを隠している夜だ。  これは会社にいた頃から変わらない。整いすぎた処理ほど、内側で慌てている。慌てている人間ほど、不自然なほど落ち着いて見せようとする。 「九条さん」  私は控えめに呼んだ。 「三崎さん、前より細かいです。亜希さんも」  九条は私の隣でモニターを見て、軽く首を傾げた。 「気のせいかもしれないよ?」「気のせいが増える
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第60話:探る視線

「ごめんなさい。この前の話は、忘れてください。私、何も知りません」  スマホの画面に並んだ、その一行を、私は裏口の暗がりで見ていた。  会社の外で会った、二人目の証言者。あの年下の経理社員からだった。高津総合プランニングの名を、社内の記憶から裏づけてくれた人。  前に会った時の怯えとは、温度が違った。あれは「怖いけど話したい」怯えだった。これは、「もう関わるな」と、誰かに言われた後の声だった。  すぐにかけ直した。繋がらない。番号は、その日のうちに、使われなくなっていた。  ――長尾だ。  確信があった。あの女が私と会ったことを、向こうは掴んだ。そして先回りして、口を塞いだ。会社で私にしたのと、同じやり方で。声を上げる前に、上げられない場所へ追い込む。  血の気が引いた。私が証言者へ手を伸ばしたぶん、向こうも、その人へ手を伸ばしていた。攻めれば、攻め返される。私のせいで、あの人がまた一人、沈黙の中へ押し戻された。  その夜、私は黒瀬に報告した。声が、自分でも硬かった。 「私が、会いに行ったから。あの人は、また狙われました」  黒瀬は、グラスを置いた。 「おまえのせいにするな。あの女を黙らせたのは、長尾だ」「でも――」「向こうは、おまえと同じことをやってる」  黒瀬の声は低かった。 「おまえは紙を集める。向こうは口を消す。同じ盤の上で、逆向きに動いてるだけだ」  私は、唇を噛んだ。 「だが、考えてみろ」  黒瀬は続けた。
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