この恋に永遠(とわ)の決別を〜二度目ましてのこの人生、もう同じ轍は踏みません〜 のすべてのチャプター: チャプター 1 - チャプター 10

10 チャプター

1話

あの一夜の出来事が、門脇司(かどわきつかさ)にとっては単なる過ちに過ぎなかったとしても、清川真子(きよかわまこ)は一向に構わなかった。 そんなことよりも、長年想い続けた人の子供を、しかも男女の双子を授かることができた喜びの方が断然大きかったからである。 例え、その事実を以てしても、彼の冷淡な態度に一切の変化も見られなくて、さらには、 「その子らはお前の子であって俺の子ではない。育てるのは勝手だが、俺の目の届かない所でやれ。」 と、子供のことを認知する気もさらさらなければ、ただ、そう冷たい言葉を吐かれただけだったとしても、真子が彼を逆恨みするようなことは決してなかった。 元より、彼と自身とではあまりに身分違いであった上に、既に彼は結婚していて、彼の奥さんも正に妊娠中の身であった。 飲まされたお酒のせい。 いや、今思えば何か変なクスリだったのかもしれないが、何にせよ。 妻子ある身の男性を唆すようなことをした自分に一切の責任がある、と真子はそう考えたのだった。 それに、子供を下ろせ、などと言われなかっただけで、真子にとっては十二分にありがたかったのである。 決して手に入らないと思っていた想い人の欠片でも得られたのだから、この先の人生悔いなく生きていける。 あの時の彼女は本気でそう思っていたのだったー 真子の妊娠を知った門脇家の当主の図らいで、彼女はかつて父が育ったという北の大地で一人、子育てをすることになった。 そこは夏が短く、一年の大半を極寒の中で過ごさなければならないほどの雪に覆われるような場所だったが、彼女は文句一つ言わず、むしろ生活環境を整えてくれた門脇家に対して感謝していたくらいだった。 そんな彼女の出産は、その町に唯一ある寂れた病院で行われた。 丸一日に及ぶ難産ながらも、彼女は無事双子の赤ちゃんを出産する。 彼女はその生まれてきた男女の双子に、それぞれ女の子には明希(あき)、男の子には叶多(かなた)と名付けた。 彼女の人生が明るい希望で満たされますように。 彼の人生で多くの願いが叶いますように。 そんな願いを込めて付けた名前だった。 まさか、そんな思いで付けた名前がわずか数年後、皮肉な結果に終わるなんてことは、この時の彼女には知る由もなかったのであるー 子供が産まれて間もなく三
last update最終更新日 : 2026-07-18
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2話

瞬間、聞かれた真子の手がピタリと止まる。 実は彼女もそのことについてはっきりとはわかっていなかった。 というのも、彼女は訳あって元より天涯孤独な身であった。 また、双子の子どもを産むことに決めた時も、門脇家との取り決めにより、この件に関しては門外不出、破ったら命の補償はできないと言われていたために、真子はその言いつけ通り親友にも一切秘密にしてこの地に来たのである。 だとすると、双子が生まれてから毎年必ず大量に送られてくるあのプレゼントの出所が門脇家からだということは明白なのであるが、門脇家の誰からかということまでは、いつも送り主の宛名が空白のために、詳細はわからないままなのであった。 それに、これまでの経験から余計なことには首を突っ込まないほうが身のためであるということをよく分かっていた彼女は、双子のために贈り物をしてくれる人がいる、という事実だけで満足することにしていた。 例え、なぜかプレゼントが入った段ボールが大小二つに(大きい段ボールには明希と叶多のが大量に。小さな段ボールには咲希と叶多となぜか真子の分までが一人につき一つずつ)、しかもわざわざ別々の時間帯で分けられて届くことを不思議に思っても、それ以上深く追求しようとは思わなかったのであった。 なので、質問の答えを知りたくて、自分をそのくりくりっとした目でみつめてくる叶多の視線をこの時ばかりは真子も避けるように俯きながら、 「うーん、ママもよくわからないんだ。ごめんね?」 そういうと、双子はがっかりしたようにその眉を下げたので、 「けど、きっと明希と叶多のことを大事に想ってくれている人からだと思うよ?だって、いつも二人が欲しいと思ってるのをたくさんたくさんくれるでしょう?」 そう言葉を続けると、双子はすぐさまパッと明るい顔になり、 「うん!」と、揃って答えた。 それから、 「けどね、ぼく、ほんとうは小さい段ボールに入ってるおもちゃのほうが好きなんだ!前にもらった目が光るきょうりゅうのぬいぐるみ、ぼくの1番のお気に入りなんだよ!」 そう叶多が言うと、明希も、 「わたしも!お耳にキラキラのリボンがついたうさぎのぬいぐるみ、1番大好き!すっごくかわいいんだもん!なんでわたしたちのほしいものわかるのかなあ?」 不思議そうに首を傾げる双子に、真子も真
last update最終更新日 : 2026-07-18
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3話

「パパ、おかえりなさーい!」 出張先から三日ぶりに帰った父を、息子である門脇流央(かどわきるおう)は玄関先で嬉しそうに出迎えた。 司はそんな息子の頭を撫でながら、同じく「おかえりなさい。」と笑顔で出迎えてくれた妻の彩花(さいか)に向かって、 「はい、これお土産。」 そう言って、ブランドのロゴが入った紙袋を手渡す。 彩花はそれを嬉しそうに受け取ると、 「うそ、もしかしてこれ、限定品のバッグじゃないの?」 それはこのブランドが、限定コレクションとして十五個のみ出したバッグの内の一つだった。 たったそれ一個で外国産の高級車が買えてしまうほどの値段だったが、そのデザインの美しさから金持ちたちがこぞって欲しがり、あっという間に売り切れてしまったはずだった。 そんなものが、どうしてここに? そう驚いたように見る彩花に、司は、まるでなんてことないと言うように、 「君に似合うと思って取り置きしてもらってたんだ。」 それを聞いた彩花は、感動したようにその長いまつ毛の目元を潤ませると、 「司、ありがと〜。」 そう言って彼に抱きつくと、その頬にキスをして、 「私って、世界で一番幸せな奥さまね?」 司はそれに、フッと目元を緩ませて応えると、 「鏡の前で合わせてきてみたらどう?」 そう言われた彩花は、再度、司の頬にキスをすると、嬉しそうにドレッシングルームへと走っていった。 そこへ向かいながら、彩花はふと、半年前にこのブランドのバッグが発売されることをそれとなく司に仄めかしていたのを思い出す。 今回のように、例え手に入れるのが困難な商品であっても、莫大な富と権力を誇る門脇家の次期当主である彼の手にかかれば、難なく手に入るということを彼女はよくわかっていた。 また、そんな彼がどれほど自分を愛し、気遣ってくれているかを熟知していた彼女は、司の前でこのバッグを欲しがった時点で、それはもう手に入ったも同然だということをわかっていたのであった。 (ほーんと、あたしって世界一幸せな女だわ♪) そう思うと共に、自分のこの待遇とは打って変わって、辺鄙な土地に母子共々送られた人間の存在を思い出すと、彩花はその美しい顔に意地の悪い笑みを浮かべたのであった。 「ねーねー、パパー?僕にはお土産ないの?」 そう拗ねた
last update最終更新日 : 2026-07-18
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4話

(H道の朝日川市って、あいつらが住んでるところじゃないか?) 「ねえ、ねえ、パパー!早く僕に買ってきてくれたお土産見せてー!」 そう、司の手を掴み、ブンブンと振ってせがむ息子に、彼は、 「うるさいなっ!ちょっと黙ってろ!」 と言って、その手を振り払うと、急いでテレビへと駆け寄った。 残された息子は、父のただならぬ様子と、生まれて初めて、父からぞんざいに扱われたことへの驚きから、泣き出してしまう。 そんな息子のただならぬ泣き声を聞きつけ、母である彩花は慌ててドレッシングルームから駆けつけると、 「流央、一体どうしたの?何で泣いてるの?」 流央は司を指差しながら、 「パパが僕に痛いことしたの!僕のこと怒った!僕何も悪いことしていないのに!」 実際にはそんなに痛くはなかったものの、母親には心配してほしくて、少し大げさに伝えた。 泣きながらそう訴える息子に、彩花はまさかと思いながら、司に目をやった。 彼が自身と同じく、息子のこともどれほど大切にしてくれているかは、誰よりも彩花が良く知っていた。 そんな彼が、息子に声を上げるなど信じられなかったのである。 だが、司は、そんな妻にも息子にも目をくれず、ただただ食い入るようにそのニュースを見つめていた。 そして、その頭の中では絶えず、 (頼む、どうか。どうか人違いであってくれ) そう、切に願っていた。 しかし、そんな司の願いは無情にも届かず、 「ヒグマに襲われたと見られる遺体は、この家に住む清川真子さんと、その子供たちである双子の叶多くんと明希ちゃんのものであることが、その後の警察の調べにより判明しました。」 そう女性キャスターが読み上げると共に、テレビの画面には、規制線が貼られた見覚えのある家と、真子と双子の子供たちの写真が映し出された。 ヒグマに襲われたのが真子たちだっと知るや否や、 「うそだ。うそだ、うそだ、うそだー」 そう、取り憑かれたように司は呟く。 そんな司を他所に、さらにアナウンサーは、「また、この清川さん親子の住宅の敷地内で、遺体として発見された男性の身元も同時に判明しました。なお、この男性は清川さん親子を襲ったヒグマに襲われて亡くなったわけではなく、男性の胸元には刃物のようなもので刺された後と、この男性の遺体の近
last update最終更新日 : 2026-07-18
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5話

落ちているのか、はたまた浮いていってるのか。 不思議な感覚の中、真子の体は暗闇の中を漂っていた。 目を開けたいのに、ひどい金縛りに襲われているかのように、開くことはおろか、指先の一つも動かせない。 すると、不意にどこからか若い男女の話し声が聞こえてきた。 その声ははじめ、遠くの方からしているようだったが、段々とそれが近づいてくるようで、真子はそちらに顔を向けたいのだが、それができない。 為すすべもなく、ただの浮遊者としてその場にいるしかない真子は、二人の会話に注意深く耳を傾けた。 男女は真子のそばまで来ると、男の子の方が、 「すごい!見て、本物の眠り姫だ!けど、かわいそうに。よっぽど悲しかったんだね。彼女、泣いてる」 そう騒ぐ男の子に、 「泣かなくてもいいのにね。しかたのないことだったんだから」 そう言うと、女の子は真子の目尻から溢れ出た涙を掬ってくれた。 二人がそう言うまで、真子は自分が泣いていることすら気づかなかったのだが、心優しい二人の対応に心の中で感謝の言葉を述べた。 それから、女の子は短いため息を一つ吐くと、 「姫って呼びたくなるほど可愛いのは認めるけど、目覚めてもらわなきゃ困ることになるのは私たちだよ」と、冷静な声で言った。 そんな二人の不可解なやり取りに、真子は質問をしたい衝動に駆られたが、口も動かせない彼女ではもちろんそれが叶う事もなく、再度黙って二人の会話に耳を澄ませた。 女の子は話を続けると、 「目覚めてもらった上で、前の人生とは違う選択をしてもらわないとだしね。」 「じゃないと、また同じ結果になっちゃうんだっけ?」と聞く男の子に、女の子は静かに、「そう。」と返す。 “前の人生とは違う選択?” どういう意味だろう、と考える真子を他所に、二人は、 「彼女には何よりも自分自身を大事にすることを学んでもらわなきゃいけない。そうでなければ、何度人生を繰り返そうとも同じ結末しか訪れない。」 「けど、彼女が人生をやり直せるのは今回限りでしょう?優しすぎる彼女には難しいんじゃない?」 「そうなったら、残念だけど、今回も彼女とあの双子ちゃんたちが犠牲になるだけだね。」 "彼女とあの双子ちゃんが犠牲になるだけ、って・・・これってまさか、私たちの話?" 「うわぁ・・・よく
last update最終更新日 : 2026-07-21
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6話

急に目覚めた真子に、看護師は隣にいる医師に向かって慌てて、 「先生!患者さんが目覚められました!」 医師は看護師のその言葉に頷くと、 落ち着かない様子でキョロキョロと辺りを見回している真子に向かって、 「清川さん、心配しなくても大丈夫ですよ、ここは病院です。」 そう言って、真子を安心させようと穏やかな声で話し掛ける。 だが、真子はそんな医師の胸元の服を縋るように掴むと、 「すみません、私の子供は。双子はどこですか?」 まだ未成年の少女とはいえ、真子のその整った顔を急に近づけられた医師は、どぎまぎとしながらも、自身の胸元を掴む真子の手をトントンと叩くと、 「清川さん、ここに来る前の出来事について何か覚えていらっしゃいますか?」 そう聞かれた真子は間髪入れずに、 「覚えてます!熊に。ヒグマの母親に襲われたんです。」 それを聞いた医師と看護師は、すぐさま互いに意味あり気な視線を交わし合ったのだが、そのことに気づかない真子は話を続ける。 「子グマが明希と叶多の近くに来てしまって、何で家に入ってきたのか。戸締りは嫌ってほど確認したはずなのに。けど、とにかくヒグマの親子が我が家に入ってきてしまって。ヒグマの母親が子供を守ろうと私たちに襲いかかってきたんです。私も二人を守ろうとしたんですが、情けないんですけど真っ先にやられてしまって。そんなヒグマの母親は次に明希にー」 だが、そこであの時の光景がフラッシュバックしてしまった真子は、ショックからその先の言葉が出なくなってしまう。 一分ほど黙った後、真子は何とか心を落ち着かせると、 「でも、真っ先にやられた私がここにいるってことは、明希も叶多も助かったんですよね?二人はどこですか?」 そう焦ったように尋ねる真子に、医師と看護師は再度視線を交わすと、 「清川さん、今のあなたは、どうやら事故のショックによりかなり混乱されているようです。」 と、言葉を選ぶように医師が言う。 言われた真子は、圧倒的な力差のある野生の獣に襲われたのだから、混乱するのは当然で、わざわざそんなことを言って確認してくれなくていいから早く双子の安否を、どこにいるのかを教えてほしい。そう思い、 「先生、私の子どもたちはどこですか?」 と、悲痛な面持ちで再度問いかけた。 それを聞い
last update最終更新日 : 2026-07-21
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7話

だが、こういった患者への接し方をよく心得ていた医師は、決して怒ることはなく、むしろ優しい声色で、 「あなたの名前は清川真子さん。瑞鳳市の清掃業者で働く、19歳です。」 と、敢えて真子が聞いてない個人情報まで付け加えて、説明してくれたのだった。 それを聞いた真子は、信じられないというように目を見開いた。 先程、医師が自分の年齢を19歳だと言ったのは、再度医師がそう言い切ったことから、どうやら聞き間違いではなかったことがわかった。 さらには、真子が今現在瑞鳳市で清掃業者として働いているとも言っていた。 信じられないが、信じるより他なかった。 (時間が、巻き戻った) そんな彼女の頭に、ふと、さっき見ていた夢の中で二人の男女が言っていた言葉が思い起こされる。 彼、彼女らは確か、人生をやり直すとか何とか言っていた気がする。 あと、自分を何より一番にとか、最後まで言えてはなかったがラッキーパーソンがどうとか言っていたはずだった。 まさか。だが、そうだとするとこの状況全てに合点がいく。 (私が人生をやり直すために、時間が巻き戻った) となると、現在のこの状況は過去にもすでに経験済みなはずで、真子は素早く頭を回転させると、これがいつのことだったかを思い出そうとした。 そして、それをはっきりと思い出した彼女は、そろそろ来るはずだ、そう思い病室のドアへと目をやる。 すると、真子の予想通り、そのドアは勢いよくスライドされると、そこから一人の女性が病室の中へと駆け込んできた。 その女性は苦しそうに肩で息をしながら、真子がいるベッドの淵に手を掛けると、 「真子大丈夫なの?あなたがまたあそこの階段から落ちたって聞いてあたしびくっりして慌てて飛んできたんだよ!」 そう息継ぎもなく話す彼女に、真子は安心させようと、「私は大丈夫だよ。目覚めた時は混乱してて、変なこと話しちゃったみたいだけど、今はもう意識もはっきりしてるから大丈夫。心配かけてごめんね、綾(あや)」 “綾”と呼ばれた女性は、身体を折り曲げたまま、顔だけ上げて真子を見ると、 「どこか痛いところはない?」 「うん、ないよ。大丈夫」と、綾を安心させようとそう答えたものの、本当は、強く打ったという頭をはじめ、身体のいたるところがジクジクと痛んでいた。 その瞬
last update最終更新日 : 2026-07-21
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8話

そう言って、顔を上げた人物の目が、ベッドの上で戸惑ったように身をこわばらせる真子を捉える。 すると、その人物はあからさまにホッとしたような顔になると、「なんだ、生きてるじゃないか。」と、彼にしか聞こえない声量で呟き、その後、馬鹿馬鹿しいといったように苦笑して、頭を振った。 それから、ドア付近の人物は走ったことで乱れた前髪を掻き上げ、スーツの乱れも直すと、真子がいるベッドへと、長い足を使って一気に近づいた。 硬直した様子の真子を目の端で捉えた綾は、真子とその人物の間に立ちはだかると、目の前の人物を睨みつけながら、 「一体何の用ですか、門脇社長。」 冷たい声でそう問いかけた。 問われた人物である、門脇社長こと門脇司は、冷徹な瞳で彼女を捉えると、 「退け。お前にはこれぽっちも用はない。」 だが、綾は一切臆することなく、怒り心頭な様子で、 「退きません!真子は御宅の会社の階段からまたしても落ちたんですよ?一度ならず、二度までも!まともな人間ならこのことをおかしいって思うはずですけど、門脇社長は絶賛盲目中でしょうから、このおかしさに気付けないのでしょうね!」 「キャンキャン喚くな、野良犬風情が。お前の金切り声は頭にも勘にも障るんだよ」 「話を逸らさないで下さい!」 そう声を張り上げる綾に、司は侮蔑するように見下ろすと、 「同じことを何度も言わせるなよ?退けといってるんだ。お前のとこの吹けば飛ぶようなおんぼろ会社が、誰のおかげで存続できているのか忘れたか?」 その一言に、綾は言葉を詰まらせた。 司はそんな綾を鼻で笑うと、何も言い返せない彼女の脇をすり抜けようとするが、それを阻止しようと綾が身体を半歩横にズラした。 まだ邪魔立てする綾に、いよいよ司の怒りが沸点に達そうとしたその時、 「綾、大丈夫だから。ほら、こっちに来て。」 と、ベッドの上の真子がそう優しく声を掛ける。 綾は真子に振り返ると、 「どこが大丈夫なの?そんなにひどい怪我を負ったっていうのに!」 そう心配から声を荒げる綾に、真子は柔らかく微笑むと、 「心配してくれてありがとう、綾。ただ、今の私も、あなた同じくらい心配なの。だから、私のことを思ってくれるのなら、お願いだからこっちに来て」 と、綾が少しでも司から距離を取れるよう、促
last update最終更新日 : 2026-07-21
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9話

司は真子から視線を外さず、 「反省しているのか?」 真子は伏し目がちに、 「もちろんです」 前世ではこの後、司が同じ病棟に入院している彼女の病室を真子に尋ねさせ、そこで再度彼女に謝罪をさせた。 そのことも覚えていた真子は、痛む身体に鞭打ってベッドから降りようと身体を動かす。 「ーっ」 あざになっている所にベッドの縁が当たったのだろう。痛みに真子は思わず、小さく声を上げてしまった。 司はそんな真子に見ながら、その眉間に深くしわを寄せると、 「何をしている?」 「高梨さんに直接謝罪をさせていただきます。彼女の病室はこの棟の最上階でしたよね?」 「必要ない」 「え?」 思わず、真子は顔を上げて司の顔をまじまじと見た。 (あれ、記憶違い?確か謝罪に行ったはずだけど・・・) そう思った真子は、訝しむように司を見た。 そんな真子の視線に、司はさらに眉間のしわを深くすると、 「何だ?」 「あ、いえ。ただ、謝罪をしなくても本当によろしいのでしょうか?」 「彼女は今休んでいるところだ。そんな中お前が行ったのでは、却って迷惑だ」 (ああ、なるほど) 合点がいった真子は、それならばお言葉に甘えさせていただこう、と身体を動かして元の位置へと戻る。 その際、またしても痛みが走った真子は、声は出なかったものの顔を歪ませてしまう。 司はその目を細くすると、 「どこか痛むのか?」 真子はすぐさま表情を作り直すと、 「いえ、特にどこも」 「なら、なぜそんな顔をする?」 「そんな顔とはどんな顔です?」 「なっー」 真っ直ぐに自分を見上げる真子のその目に、司が言葉に詰まってしまったその時だった。 またしても真子の病室のドアがスライドされる。 そしてそこから現れたのは、栗色の髪の毛先を緩く巻いた、海外のモデルさんみたいに、スラリとした手足の美しい女性ー 司の秘書、いや仕事から離れている今は、司の恋人と言ったほうがいいのだろう。そこには、高梨彩花(たかなし さいか)が立っていた。 「良かった、ここにいたのね司。」 彩花は少し息を切らしながら、真子のそばで驚いたように目を見開いた司に向かって歩いて行く。 彩花は、まるで司しか目に入っていないかのように周りの目を憚ること
last update最終更新日 : 2026-07-29
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10話

看護師はわざとらしく咳払いすると、 「申し訳ありませんが。こちらの患者さんは今日負われた怪我のため、早急に休む必要があります。ですので、彼女に近しい方以外は病室からー」 だが、看護師が言い終わる前に医師が慌てた様子で彼女の言葉を遮ると、冷めた目で見据えてくる司に向かって弁明するように、 「門脇様に向かってとんだご無礼をはたらいてしまい申し訳ございません。彼女はうちで働きはじめてまだ日が浅いんです。そのため、うちの内情をよく理解できていなくて・・・これに関しては私の監督不行届が原因です。申し訳ございません」 医師は、看護師の後ろ頭を無理矢理手で抑えつけるようにして頭を下げさせると、自身も頭を下げた。 抗おうとする看護師に、医師は小声ながらも厳しい声で、 「この方に逆らったら、瑞鳳市でだけでなく、どこへ行こうともまともな仕事につけなくなるぞ!彼女みたいに、すずめの涙ほどの安い給料で働かされたいか?」 医師が顎で示した先には、ベッドの上で俯いたまま微動だにしない真子の姿があった。 事情はよくわらないが、ベッドの上の彼女は綺麗な見た目をしていながらも、どう贔屓目に見ても豊かな人生を送っているようには見えなかった。 (この子もこの男に対して何かやらかしてしまった結果、こんな惨めな姿になってしまったのかしら) そんな真子を目に、急に恐怖が込み上げてきた看護師は、医師に抗っていた力をふっと抜いた。 医師は、それでいい、といったように看護師に目をやると、再度司に向かって謝罪の言葉を述べる。 司は深々と頭を下げる医師たちに向かって、ふん、と鼻を鳴らすと、 「今回に限ってはそちらの看護師の出過ぎた真似にも目を瞑るとしましょう。ですが、下の人間の管理を徹底することも上の人間の立派な仕事です。次はありませんよ?」 蛇に睨まれた蛙のように、医師はその身体を硬直させ、額に油汗を浮かべながら、司の言うこと一つ一つに「はい、はい」と、へりくだって答えている。 先程まで真子に対して真摯に対応していたはずの医師が、圧倒的な権力の前ではいとも簡単にねじ伏せられてしまう。 綾はそんな医師の姿に、チッ、と舌打ちをし、せめて自分だけでも反論してやろうと一歩前に出ようとするも、またしても真子に手で制されてしまう。 綾は目で異論を唱えるが、真
last update最終更新日 : 2026-08-11
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