All Chapters of 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜: Chapter 41 - Chapter 50

61 Chapters

第41話:空飛ぶ豪華馬車と、針のむしろ

 王都の空に、巨大な影がふわりと浮かび上がった。 それは、鳥でも魔物でもない。 純白の車体に、きらびやかな金と銀の装飾が施された、超特大の『魔導馬車』だった。「わあ……! すごいわね、これ!」 私は、ふかふかのビロードのシートに身を沈めながら、窓の外を流れる雲を見て歓声を上げた。 この馬車は、先日帝国から送られてきた『貢ぎ物』の一部だ。 皇帝専用に作られた最高級品らしく、何頭もの透明な魔力馬(ペガサス)に引かれて、空を滑るように飛んでいく。 振動は全くなく、室内は広々としたリビングのように快適だった。 美しいシャンデリアまで下がっているのだから、驚きだ。「帝国って、本当に魔法技術が進んでいるのね。こんな素晴らしい馬車に乗れるなんて、夢みたい!」「ヴェラ様が喜んでくださって、俺も嬉しいです」 私の隣で。 完璧な微笑みを浮かべたアシュが、銀のフォークに刺したマスカットを、私の口元へと運んできた。「さあ、ヴェラ様。あーん、してください」「ん……美味しいわ。とっても甘い」「ええ。ですが、俺にとってはヴェラ様の笑顔の方が一億倍も甘いですよ」 アシュは、私の口元についた果汁を親指でそっと拭い、それを自身の舌でペロリと舐めとった。「も、もう……アシュったら。エヴリンもいるんだから、少しは慎んでよね」 私は顔を赤くして、向かいの席に座っている親友の方をチラリと見た。 せっかくの『女子旅』だ。 私とアシュばかりがイチャイチャしていては、彼女が退屈してしまう。「ねえ、エヴリン。このマスカット、とっても美味しいわよ。あなたも食べる?」 私が声をかけると。「…………ッ!!」 向かいの席で、なぜか窓ガラスに顔面をピタリとくっつけるようにして外を見ていたエヴリンが。 ビクンッ!! と、まるで雷に打たれたように肩を跳ねさせた。「エヴリン?」「い、いいいいえ結構ですぅぅっ!!」 エヴリンは、私の方を一切見ず。 ただひたすらに、窓の外の雲を凝視したまま、裏返った声で叫んだ。「わ、私、今は雲の数を数えるのに忙しいの!! ひとつ、ふたつ、みっつ……ああ、なんて素晴らしい雲なのかしら!!」 彼女は、額から滝のような冷や汗を流し、ガクガクと震える両手で窓枠を強く握りしめていた。「どうしたの? なんだかすごく震えているけれど……もしかして、空
Read more

第42話:国境の街の大歓迎と、強制的な用心棒

「……え?」 豪華な魔導馬車の扉を開けた瞬間。 私は、目の前に広がる光景に思わず息を呑んだ。 お忍びの旅行。 普通の観光客として、静かに街の雰囲気を楽しむつもりだったのに。「ヴェ、ヴェラ・ノクス様!! ア、アシュ様ぁぁっ!!」 馬車の外――国境の交易都市『アルカディア』の中央広場には。 街の太守らしき立派な服を着た初老の男を筆頭に、数百人もの重武装の騎士たちが、石畳の上に額をこすりつけて平伏していたのだ。 それだけではない。 広場を囲むように、数え切れないほどの楽団員が並び、ド派手なファンファーレを演奏している。 空には大量の鳩が放たれ、色とりどりの紙吹雪が舞い散っていた。「ようこそ、我が帝国へ!! どうか、どうかこのアルカディアで、心ゆくまでおくつろぎくださいませぇぇっ!!」 太守の男は、歓迎の言葉を叫びながら、なぜかボロボロと滝のような涙を流し、ガタガタと激しく震えていた。「な、なによこれ……っ」 私の後ろから顔を出したエヴリンが、顔面を蒼白にして引きつった声を上げた。 無理もない。 出迎えの規模が異常すぎるし、何より、歓迎しているはずの人々の顔が『この世の終わり』のような絶望に染まっているのだ。 まるで、今にも処刑される罪人のように。「ア、アシュ。これって……」「おや」 私の隣で、アシュが小首を傾げた。「皇帝陛下が、気を利かせすぎたようですね。俺はただ『ヴェラ様がお忍びで観光に行くから、よろしく頼む』と、少しだけ伝言を送っただけなのですが」(少しだけ!? 絶対、国を滅ぼすって脅したんでしょ!?) エヴリンの心の声が、隣からビンビンに伝わってくるような気がしたけれど、私はあえて気にしないことにした。「そ、そうなのね。皇帝陛下って、本当に過保護というか、おもてなしの精神がすごいのね。……みんな、感動して泣いちゃってるみたいだし」「ヒッ……!」 私のポンコツな発言を聞いて、太守がビクッと肩を跳ねさせ、さらに激しく涙を流し始めた。 感動じゃない。恐怖だ。 彼らは「少しでも失礼があれば、一瞬で街ごと更地にされる」という、究極のプレッシャーの中で『お出迎えのパレード』をやらされているのだから。「でも、これじゃあ全然『お忍び』にならないわ。私、普通の屋台で買い食いとかしたかったのに……これじゃあ、みんな気を遣ってお
Read more

第43話:帝都到着と、不自然なほどの「偶然」

 空飛ぶ豪華馬車に揺られること、さらに数時間。 私たちはついに、大陸最大の国家である帝国の心臓部――『帝都』へと到着した。「わあ……! 大きい街ね! 王都の何倍もあるんじゃないかしら!」 私は、馬車の窓から眼下に広がる巨大な街並みを見下ろして、歓声を上げた。 幾重にも連なる巨大な城壁。 天を突くような尖塔や、魔法の光で彩られた美しい大通り。 街の中心には、皇帝が住まう白亜の巨大な宮殿がそびえ立っている。「素晴らしい景色ですね、ヴェラ様。ですが、俺の目にはヴェラ様の輝くような笑顔しか映りません」 私の隣で、アシュが甘く囁きながら、私の手を取って手の甲にキスをした。「も、もう。せっかくの景色なんだから、ちゃんと外を見てよね」 私は顔を赤くして、彼の肩を軽く叩いた。 相変わらず、外の世界よりも私にしか興味がない旦那様である。「……ヒッ、ヒグッ……」 向かいの席では、エヴリンが顔面を蒼白にし、なぜか両手で自分の口を必死に押さえていた。 さっきから、彼女の様子がおかしい。 呼吸が浅く、小刻みに震えている。「エヴリン、本当に大丈夫? なんだかすごく具合が悪そうだけれど……」「だ、だだだ大丈夫よ! ちょっと、帝都の空気に酔っただけ! 私、田舎の山の魔女だから! 大都会の空気が合わないの!!」 彼女は、滝のような冷や汗を流しながら、引きつった笑顔で答えた。(だ、誰か助けて……ッ!!) エヴリンの心の中では、絶望のサイレンが鳴り響いていた。 彼女には、見えてしまっていたのだ。 空飛ぶ馬車が帝都に近づくにつれて、眼下の街から立ち上る、尋常ではない数の『魔力反応』を。 帝都のすべての防衛システム、数万の精鋭騎士、そして高位の宮廷魔術師たちが。 今、この馬車の到着に向けて、完全にパニック状態に陥りながら配備についているのを。(これ、絶対に皇帝が国を挙げて警戒態勢を敷いてるじゃない! 観光? お忍び? バカ言わないで! この悪魔が機嫌を損ねたら、この巨大な帝都が一瞬で消し飛ぶんだから!!) エヴリンの胃は、すでに限界を突破してキリキリと痛み続けていた。 ◇ ◇ ◇ ズズーン、と。 私たちの馬車は、帝都の専用発着場にゆっくりと降り立った。「さあ、ヴェラ様。俺の手を」 アシュが先に降り立ち、優雅な動作で私をエスコートしてくれる
Read more

第44話:お買い物デートと、命がけのナンパ阻止

「――おや。そこの黒髪の美しいレディ」 帝都の夜の街。 魔法の街灯が照らすロマンチックな通りで、私たちの前に立ち塞がったのは、派手な貴族の服を着た金髪の男だった。「こんな夜更けに、美しい女性が歩いているとは。 僕と一緒に、帝都の『大人の遊び』を楽しみませんか?」 男は、キザなポーズで髪をかき上げ、私に向かってウインクをした。 帝都の厳戒態勢の中で、唯一情報から漏れていた愚かな地方貴族のドラ息子。 彼が放ったその軽薄な言葉は、この空間における『絶対的な禁忌』に触れるものだった。「…………ッ!!」 私の隣で。 エヴリンが、この世の終わりのような絶叫を飲み込み、顔面を真っ白にして硬直した。 そして。 私の手を握っていたアシュの体から。 帝都のすべての空気を凍りつかせるような、ドス黒い『殺意』が膨れ上がったのを感じた。「ア、アシュ……?」 私が不思議に思って見上げると。 アシュは、極上の、絵画のように美しい微笑みを浮かべていた。 だが、その赤い瞳は、完全に光を失った『虚無』に染まっていた。「……なるほど。美しいレディを、大人の遊びに、ですか」 アシュの、氷のように冷たく、けれど酷く甘い声が響く。「ヴェラ様。俺は少し、この方に『帝都の礼儀』をお教えしてまいります。 ……数秒で終わりますので、どうか瞬きをせずにお待ちください」 アシュが、私をエヴリンの方へそっと押しやり、一歩前に出た。 ――その瞬間。 エヴリンの魔力探知眼は、はっきりと捉えていた。 アシュの足元の影が、ドロリと広がり。 ナンパ男の背後の空間が、メキメキと音を立てて『圧縮』され始めているのを。(……ッッッ!! ダメェェェェェッ!!!) エヴリンの心の中で、警報が鳴り響いた。(このままじゃ、あの男が一瞬でミンチ肉にされる!! ヴェラの前で血の海ができたら、この悪魔の機嫌が最悪になって、連帯責任で私まで消し炭にされるわ!!) アシュが指を鳴らそうとした、まさにコンマ一秒前。「ふざけんッッッッんじゃないわよォォォォォォッ!!!!」 ドゴォォォォォォォォンッ!!!! 帝都の夜空に、凄まじい打撃音が響き渡った。「ぐはぁッ!?」 エヴリンが。 魔法すら使わず、己の肉体だけで。 全力のドロップキックを、ナンパ男の顔面に炸裂させたのだ。「えっ!?」
Read more

第45話:帝都の裏カジノと、最強の勝負師

「わあ……! ここが、地下カジノ……!」 帝都の裏通り。 一見するとただの寂れた酒場にしか見えない建物の、隠し階段を降りた先に。 煌びやかなシャンデリアと、紫煙の漂う熱気。 そして、欲望にまみれた大人たちの歓声が渦巻く、巨大な地下空間が広がっていた。「すごい熱気ね! 王都の社交界とは、全然違う雰囲気だわ!」 私は、初めて見る『大人の遊び場』の光景に、目をキラキラと輝かせた。 カチャカチャと音を立てるルーレット。 真剣な表情でカードを睨みつける男たち。 バニーガールの衣装を着た美しいウェイトレスが、色とりどりのお酒を運んでいる。「ヴェラ様。あまり離れないでください。あのような下品な虫けらどもと、肩がぶつかってはいけませんから」 アシュが、私の腰にスッと手を回し、自分の胸にぴったりと引き寄せた。「大丈夫よ、そんなにヤワじゃないわ」「俺が大丈夫ではないのです。ヴェラ様の美しい純白のドレスに、この場所の汚れた空気が染み付くことすら、許し難い」 アシュは、私の周囲に極薄の防壁魔法を展開し、タバコの煙や不快な匂いを完全に遮断してくれていた。 相変わらずの過保護っぷりだけれど。 こうして彼に守られながら、危険な香りのする場所を歩くのは、なんだか特別扱いされているようで悪くない。「……ねえ、ヴェラ。本当に、ここで遊ぶ気なの?」 私の後ろにピタリと張り付いているエヴリンが、引きつった声で囁いた。「どうして? せっかく来たんだから、少しだけ遊んでみたいじゃない」「どうしてって……ここ、絶対に真っ当な場所じゃないわよ! ガラの悪いマフィアみたいな連中がうようよしてるし、下手したらイカサマで身ぐるみ剥がされるわよ!?」 エヴリンは、周囲の屈強な用心棒たちをチラチラと見ながら、ガタガタと震えていた。 彼女は、このカジノの連中を恐れているのではない。(このカジノのバカどもが、少しでもこの悪魔(アシュ)の機嫌を損ねたら……! 帝都の地下ごと、この空間が消し飛ぶわよ!! お願いだから、誰も私たちに絡んでこないで……ッ!!) 彼女の切実な祈りも虚しく。 美しいドレスに身を包んだ私と、人間離れした美貌を持つアシュの存在は、この薄暗いカジノの中で、あまりにも目立ちすぎていた。「――おや。随分と可愛らしいお嬢さんだ」 ふいに。 カジノの奥の、
Read more

第46話:高級温泉リゾートと、壁越しの殺意

 帝都での刺激的な(?)夜を終え、数日間の買い物を満喫した私たちは。 空飛ぶ馬車に乗って、帝都から少し離れた山間部へと足を伸ばしていた。 目的は、大帝国が誇る最高級の温泉リゾート地、『白藍(しらあい)の湯』である。「わあ……! 空気が澄んでいて、とってもいい場所ね!」 馬車から降り立った私は、大自然の清々しい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。 周囲を美しい紅葉の山々に囲まれ、谷底からは真っ白な湯けむりが立ち上っている。 風情のある木造建築の巨大な温泉宿が、山の斜面に沿うように建てられていた。「ええ。ヴェラ様の美しさを引き立てるには、少しばかり地味な風景ですが……お気に召したのなら何よりです」 アシュが、馬車から降りる私の手を取り、優雅にエスコートしてくれた。「少し休んだら、さっそく温泉に入りましょうね、エヴリン!」「え、ええ……。そうね……」 私の後ろから降りてきたエヴリンは、目の下に深い隈を作り、幽霊のように力なく頷いた。 昨日からずっと、彼女はこんな調子だ。 カジノで魔法を使いすぎたせいか、よほどお腹の調子が悪かったのか。 せっかくの旅行だというのに、彼女が少しも楽しそうじゃないのが気がかりだった。 ◇ ◇ ◇「い、いらっしゃいませぇぇっ!! お待ちしておりましたぁぁっ!!」 私たちが温泉宿の玄関をくぐると。 豪奢な着物に身を包んだ女将(※実は帝国の環境・観光大臣)が、土下座の勢いで床に額を擦り付けてきた。「ようこそ、我が白藍の湯へ! 本日はなんと! 偶然にも他のお客様のキャンセルが相次ぎまして! 全館、すべてお客様方お三人だけの『貸し切り』となっておりますぅぅっ!!」「ええっ!? こんなに大きな宿が、貸し切り!?」 私は目を丸くした。 数百人は泊まれそうな巨大な旅館だ。 それが、偶然キャンセルが相次いだだけで貸し切りになるなんて。「すごいわ、アシュ。私たち、本当に運がいいのね!」「ええ。ヴェラ様は幸運の女神ですからね」 アシュは、極上の微笑みを浮かべたまま、女将の方へ冷酷な視線をチラリと向けた。「ひぃッ……!!」 女将がビクンッと肩を跳ねさせ、滝のような汗を流す。(偶然なわけないでしょバカァァァッ!!) エヴリンは、心の中で血の涙を流していた。(この悪魔が『静かに過ごしたい』って一言でも漏らしたん
Read more

第47話:反乱軍の強襲と、血を見せない蹂躙

「エヴリン殿。……ヴェラ様を、お部屋へお連れしなさい。俺は少し『掃除』をしてまいります」 温泉宿の廊下。 吹き飛ばされた玄関から、武装した反乱軍が雪崩れ込んでくる絶望的な光景を前に。 アシュは、極上の、けれど一切の光を宿さない笑顔でそう言い残した。「アシュ、あなた一人で行くの? 危ないわよ」 私が心配して彼の袖を引くと、アシュはとろけるような甘い笑顔を見せた。「ご心配には及びません、ヴェラ様。 俺は少し、館内の安全を確認してくるだけです。すぐに戻りますから、どうかエヴリン殿とお部屋でお待ちください」 チュッ、と。 私の額に熱いキスを落とし。 次の瞬間、アシュの姿は、音もなく空間に溶けるようにして完全に消え去った。「え? アシュ? ……空間転移魔法?」 私が目を丸くしていると。「いたぞ!! あそこだ!!」「女が二人いる!! 貴族の愛人か何かだろう、捕まえろ!!」 瓦礫を乗り越え、黒ずくめの男たちが、血走った目でこちらに向かって殺到してきた。「あら。ずいぶんと下品な男たちね」 私はため息をつき、浴衣の袖をまくった。「仕方ないわ。アシュが戻ってくる前に、私たちが片付けておきましょうか」 私が指先に魔力を集めようとした、その時。「ダァァァァメェェェェェェッ!!!!」 ドゴォォォッ!!「ぐはぁッ!?」 隣にいたエヴリンが。 魔法すら使わず、恐ろしいスピードで突進し、先頭の男の顔面に全力の飛び蹴りを叩き込んだのだ。「ええっ!?」 私は、親友の信じられないアクションに、再び目を丸くした。「ヴェ、ヴェラは手を出さないで!! こいつらは、私が!! 私の責任と命を懸けて、全滅させるからァァァッ!!」 エヴリンは、鬼の形相で叫んだ。(ヴェラに魔法を使わせたら、「なぜ俺の手を煩わせる前に処理しなかった」って、絶対にあの悪魔に殺される!! それに、炎の魔法を使ったら、血は出なくても人間が炭になる臭いがするから、それもアウトよ!!) エヴリンの脳内コンピューターが、極限の生存本能によって弾き出した最適解。 それは、『風と衝撃の魔法を使い、一切の流血と焦げ臭さを出さずに、物理的に敵を気絶させること』だった。「なんだこのアマ!? ただの愛人じゃねえぞ!!」「殺せ!! 女だと思って手加減するな!!」 数十人の男たちが、一斉に剣
Read more

第48話:壊滅した反乱軍と、震え上がる大帝国

 翌朝。 温泉リゾートの朝の空気は、昨夜の騒動が嘘のように澄み切っていた。「んん……よく寝たわ」 ふかふかの最高級の布団の中で、私はゆっくりと目を覚ました。「おはようございます、ヴェラ様」 すぐ隣には、すでに完璧な身支度を整えたアシュが、極上の微笑みを浮かべて私を見つめていた。「アシュ、おはよう。……またずっと起きてたの?」「ええ。昨夜は少し、不愉快なネズミどもが騒いでおりましたから。 万が一にも、ヴェラ様の美しい寝顔が邪魔されることのないよう、俺が完璧にお守りしておりました」 アシュは、私の髪を優しく撫でながら、甘く囁いた。「ありがとう。でも、エヴリンもずっと入り口で見張りをしてくれてたのよね。 本当に、彼女には助けられたわ」 昨夜の反乱軍の襲撃。 エヴリンが、一切の血を流すことなく、風の魔法だけで男たちをすべて吹き飛ばしてくれたのだ。 その後、アシュも夜の「お散歩」から無事に帰ってきて、私たちは何事もなかったかのように眠りにつくことができた。「ええ。彼女は本当に、よく『働いて』くれました。 ……後で、たっぷりと労いの言葉をかけてやらねばなりませんね」 アシュの言葉は、表向きは感謝に満ちていたが。 その赤い瞳の奥には、氷のような冷酷な光が宿っていた。 (※俺の神様に迷惑をかけたのだから、お前も命がけで働くのは当然だ、という意味である)「さあ、ヴェラ様。朝食の準備ができております。 俺が着替えをお手伝いいたしますよ」「もう、自分でできるわよ……」 私は顔を赤くしながらも、彼の過保護なエスコートに身を委ねた。 ◇ ◇ ◇ 特別室の隣の、広いお座敷。 そこには、国宝級の器に盛られた、目にも鮮やかな朝食がズラリと並んでいた。「わあ……! 朝からすごく豪華ね!」「ええ。ヴェラ様のお口に合うと良いのですが」 アシュが、私の隣に座り、お味噌汁のようなスープをスプーンですくって、フーフーと冷ましてくれる。 そして、「あーん」と私の口元へ運んできた。「ん……美味しい!」「良かったです。俺の愛も、一緒に溶け込んでおりますから」 私たちが、そんな極甘な朝のひとときを過ごしていると。「……お、おはよう……」 襖の奥から、エヴリンが幽鬼のようにフラフラと歩いてきた。 彼女の目の下には、昨日よりもさらに深い、真っ黒な隈
Read more

第49話:狂気の首輪と、それぞれの帰還

「ヴェ、ヴェラ、様……っ。今……なんと……?」 帝都の希少魔導具店。 私が、ショーウィンドウに飾られた『絶対隷属の首輪(カース・チョーカー)』を指差して、「アシュに似合いそう」と呟いた瞬間。 アシュは、顔を真っ赤に染め上げ、熱に浮かされたような声で問い返してきた。「え? だから、デザインが素敵だなって。アシュの銀髪と赤い瞳に、その黒い宝石がすごく映えるんじゃないかと思ったの」「…………ッッッ!!!!」 アシュの体が、ビクンッ!! と大きく跳ねた。「俺を……っ。俺を、ヴェラ様の『所有物(飼い犬)』にしてくださるのですね……ッ!?」 アシュは、両手で自分の顔を覆いながら、歓喜のあまり震え出した。「えっ? いや、そういう意味じゃなくて……ただのアクセサリーとして……」「あぁ、なんという幸福! 俺のすべてが、心も体も、ついに物理的な『鎖』としてヴェラ様に繋がれる……ッ!! ヴェラ様、俺は一生、あなたの忠実な番犬として、その足元にひれ伏し続けます……!!」 アシュは、完全に言葉の裏(というか自分の都合の良い妄想)を暴走させ、私の足元に跪いて、私のスカートの裾に何度も口づけを落とし始めた。(ち、違う……! ヴェラはそんなつもりで言ったんじゃないわよ……ッ!) 後ろでエヴリンが、頭を抱えて白目を剥いている。「あ、あの、店主さん……これ、いくらかしら」 私が、恐る恐る店主に尋ねると。「タ、タダでございますぅぅっ!!」 店主は、床にめり込むほどの土下座をして絶叫した。「そ、そのような呪われた……いえ! 素晴らしいお品! お代などいただけるはずがございません! どうか、どうかお持ち帰りくださいませぇぇっ!!」「そ、そう? なんだか申し訳ないけれど……」 私が店主から銀の首輪を受け取った瞬間。「ヴェラ様。どうか、その美しい手で、俺の首に……っ」 アシュが、目をキラキラと輝かせ、犬が首輪を待つように自分の首を差し出してきた。「も、もう。本当に着けるの? 呪物なんでしょ?」「俺にとっては、世界で一番神聖な『祝福』です」 彼があまりにも嬉しそうにするものだから、私はため息をつきつつも、カチャリと彼の首に銀の首輪をはめてあげた。「……うん。やっぱり似合うわ」「あぁ……っ。俺の神様……っ」 アシュは、首輪の黒い宝石に触れながら、とろける
Read more

第50話:忠犬の異常な過保護と、神様の手料理

 帝国での、あの狂気と極甘が入り混じったお忍び旅行(という名の大規模な国家接待)から数日。 王都の屋敷での生活は、完全に平穏を取り戻していた。「……んん……」 朝の柔らかい日差しが、主寝室の大きな窓から差し込んでくる。 私は、ふかふかのベッドの中で、ゆっくりと目を開けた。「おはようございます、ヴェラ様」 視線を向ければ。 私のすぐ隣で、アシュが完璧な、極上の微笑みを浮かべて私を見つめていた。 彼の美しい銀髪が、朝日に照らされてキラキラと輝いている。 そして何より目を引くのは、彼の首元に鈍く光る『銀の首輪』だ。 帝都の市場で、私が何気なく「似合いそう」と言って買ってあげた、絶対隷属の呪物。 アシュはあれ以来、お風呂に入る時も、寝る時も、絶対にこの首輪を外そうとしないのだ。「おはよう、アシュ。……ねえ、それ、苦しくないの? 寝る時くらい外したら?」 私が、彼の手首に巻き付いている『見えない魔力の鎖(リード)』を指差して尋ねると。 アシュは、陶然とした表情で首を横に振った。「とんでもありません。 この首輪は、ヴェラ様が俺にくださった『永遠の愛の証』。 俺とヴェラ様が、物理的に、そして魂のレベルで繋がっているという証明なのです。 ……あぁ、ヴェラ様が俺のリードを握ってくださるだけで、俺の胸は歓喜で張り裂けそうになります」 アシュは、私の手に自分の頬を擦り寄せながら、熱に浮かされたように囁いた。 本当に、この子は。 立派な大人の男性(しかも帝国を恐怖の底に陥れた魔王)なのに、家の中では完全に私だけの『大型犬』になってしまっている。「もう、甘えん坊なんだから」 私はクスクスと笑いながら、彼の頭を優しく撫でた。 彼の愛情は確かに重いけれど、私にとっては、この重さこそが心地よい安心感なのだ。 誰からも本当に愛されたことのなかった私を、こんなにも全身全霊で求めてくれる存在。「さて、そろそろ起きないとね」 私がベッドから起き上がろうとすると。「ヴェラ様。本日は、どのようなご予定で?」 アシュが、私の腰にスッと腕を回し、優雅にエスコートしながら尋ねてきた。「そうね……。せっかく帝国で色々と刺激的な体験をしたから、今日は家でのんびりしたいわ」 私は、窓の外の美しい庭を眺めながら、ふと、あることを思いついた。「ねえ、アシュ。私
Read more
PREV
1234567
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status