「愛」というものが、私にはよくわからない。三百年間生きてきても、その正体だけは一向に掴めなかった。ただ、目の前を歩く老夫婦を見ていると、胸の奥がわずかに疼くような気がする。シワだらけの手と手をしっかりと繋ぎ、同じ歩幅でゆっくりと石畳を歩いていく二人。合理的ではない。手を繋げば片手が塞がり、いざという時の防御行動が遅れる。歩幅を合わせるのも、身体能力の低い方に合わせるという非効率な行為だ。けれど。「……とても、暖かそうね」カフェのテラス席で紅茶を傾けながら、私はぽつりと呟いた。誰かと寄り添い、共に老い、最期まで隣にいる。そんな『普通の夫婦』というものに、私はずっと憧れていた。私には、それが致命的に欠けているからだ。「はぁ……また、失敗してしまったわ」冷めた紅茶を見つめながら、私は小さくため息をついた。つい一時間前の出来事を思い出す。今日で、記念すべき百回目の『お見合い』だった。相手は、王都でも有数の資産家である若き伯爵。顔立ちも整っており、魔力もそこそこ。条件としては悪くなかった。しかし、私が黒いヴェールを脱ぎ、名を名乗った瞬間――彼の態度は一変した。『ヴェ、ヴェラ・ノクスだと!?』椅子を蹴倒して後ずさり、まるで死神でも見たかのような顔で震え上がったのだ。『なぜ、二百年前の“魔女戦争”を生き抜いた化け物がここにいる!』『国を滅ぼす気か! 騎士団を! 誰か、早く騎士団を呼べ!!』……化け物とは、酷い言い草である。私はただ、結婚を前提としたお付き合いを提案しただけなのに。「確かに、過去に少しばかり山を吹き飛ばしたり、海を割ったりしたことはあるけれど……もう何十年も前のことじゃない」魔女。それが私の種族であり、人間たちから向けられる恐怖の代名詞だ。数百年の時を生き、国家すら単機で滅ぼせる強大な魔力を持つ長命種。人々は私を“災厄”として恐れ、遠ざける。近づいてくる者がいたとしても、私の魔力を軍事利用したい王族か、魔女を従えているという名声が欲しい愚か者だけ。純粋に私という個人を見て、「好きだから一緒にいたい」と言ってくれる男など、この三百年間ただの一人もいなかった。「理想の結婚相手を見つけるのが、魔法の深淵を覗くより難しいなんてね」カップを置き、私は席を立った。テーブルに銀貨を一枚置き、夕闇が迫る王都の
Last Updated : 2026-05-29 Read more