All Chapters of 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜: Chapter 51 - Chapter 60

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第51話:恐怖のお裾分けと、命懸けの食レポ

「ごめんくださーい! エヴリン、いるかしら?」 王都にある、エヴリンの屋敷。 私は、まだ熱々のシチューが入った大きなお鍋を両手で抱えながら、玄関の扉をノックした。「は、はーい……今、開けるわ」 ガチャリ、と重厚な扉が開く。 そこには、部屋着姿のエヴリンが、少し怯えたような顔で立っていた。「あら、ヴェラ。どうしたの、こんな時間に……って」 エヴリンは、私の顔を見た後。 私の後ろにピタリと張り付いている、完璧な微笑みを浮かべた銀髪の青年――アシュの姿を見て、ビクンッと肩を跳ねさせた。「や、やあ。アシュ君も一緒なのね……。 ……って、ちょっと待って。その首」 エヴリンの視線が、アシュの首元に釘付けになる。 無理もない。 帝国の最高級の仕立て屋で作らせた、上品でエレガントな貴公子の服。 その首元に、禍々しい黒い宝石が埋め込まれた『絶対隷属の首輪』が、これ見よがしに輝いているのだから。「あ、これ? 帝都の市場で、アシュに似合いそうだったから買ってあげたのよ」 私が無邪気に答えると。「ヴェラ様からいただいた、俺の命より重い『永遠の愛の証』です」 アシュが、誇らしげに胸を張り、首輪を見せつけるように微笑んだ。 その顔は、完全に「ご主人様に買ってもらった首輪を自慢する大型犬」そのものだ。(バ、バカァァァァッ!!) エヴリンは、心の中で特大のツッコミを入れた。(それ、古代の呪物でしょ!? なんでこの悪魔、そんなものを喜んで着けてるのよ!! しかも、ヴェラもヴェラで、ただのアクセサリー感覚で着けさせてるし!! あんたたち、本当に狂ってるわよ!!) エヴリンの顔面が、みるみるうちに蒼白になっていく。「エヴリン? どうしたの、顔色が悪いわよ。 風邪でも引いたのかしら?」「い、いいえ! 絶好調よ!! アハハハハ!! そ、それで? 今日はどうしたの?」 エヴリンは、引きつった笑顔を顔に貼り付け、必死に話題を変えた。「ふふっ。実はね、今日、私……初めてお料理をしたのよ!」 私は、抱えていたお鍋を誇らしげに見せた。「ヴェラが!? 料理を!?」「ええ。アシュが手伝ってくれたおかげで、とっても上手にできたの。 だから、エヴリンにもお裾分けしようと思って、持ってきたのよ。一緒に食べましょう!」 私が満面の笑みで提案した、その瞬間
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第52話:天災級のシチューと、破壊された生態系

 その日の夕刻。 王都にある私たちの屋敷の門の前で、一人の不憫な魔女が、ゴクリと生唾を飲み込んでいた。(……来たわ。来てしまったわよ、約束の時間が) エヴリンは、手の中で胃薬の瓶をカラカラと鳴らしながら、絶望的な顔で天を仰いだ。 昨日の昼。 私の初めての手料理(という名のアシュの超絶重力魔法サポートシチュー)をご馳走になった彼女は。 そのお礼として、今日、アシュが腕を振るう『最高の夕食』に強制的に招待されていたのだ。(あの悪魔が言う『最高の食材』……。 絶対に、そこら辺の市場で買えるような代物じゃないわ。 一口食べた瞬間に、呪いで体が爆発するとか、そういうトラップが仕掛けられてるんじゃ……) エヴリンの脳内では、最悪のシミュレーションが駆け巡っていた。 だが、逃げるという選択肢はない。 逃げれば、数秒後には自分の屋敷が消し炭にされるからだ。「……行くしかないわ。私の命を繋ぐために!」 エヴリンは、悲壮な覚悟を決めて、門の呼び鈴を鳴らした。 ◇ ◇ ◇「いらっしゃい、エヴリン! 待ってたわよ!」 私が玄関の扉を開けると、そこにはカチコチに固まった親友の姿があった。「や、やあヴェラ……。お、お招きいただき、光栄です……」「もう、そんなに硬くならないでよ。ただのご近所さんの夕食会じゃない。 さあ、入って入って!」 私がエヴリンの手を引いて、ダイニングルームへと案内すると。「ようこそおいでくださいました、エヴリン殿」 テーブルの準備をしていたアシュが、極上の微笑みを浮かべて出迎えてくれた。 彼の姿を見て、エヴリンはビクンッと肩を跳ねさせた。 無理もない。 普段は完璧な貴公子の服を着こなしているアシュが。 今日は、真っ白なシャツの上から、私の着ていたものとお揃いの『フリルのついたエプロン』を身に着けていたのだから。 もちろん、その首元には、禍々しい魔力を放つ『絶対隷属の首輪』が、しっかりと輝いている。(顔面偏差値カンストの魔王が、フリルエプロンに首輪って……!! 情報量が多すぎて頭がおかしくなりそうよ!!) エヴリンは、心の中で特大のツッコミを叫んだ。「ふふっ、アシュのエプロン姿、似合ってるでしょ? 私が着せてあげたのよ」「……ええ。ヴェラ様にエプロンの紐を結んでいただいた瞬間、俺の魂は天国へと昇るかと思い
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第53話:使い魔の異変と、悪魔への土下座

 私の名前は、エヴリン。 この世界で三百年以上を生きる、誇り高き『炎の魔女』である。 かつては人里離れた霊峰に住み、恐れられ、崇められ、気高く自由な魔女ライフを謳歌していた。 ……そう、数ヶ月前までは。 親友であるヴェラに誘われ、この王都の高級住宅街に引っ越してきてからというもの。 私の生活は、一変してしまった。 原因はただ一つ。 隣の屋敷に住んでいる、私の親友の旦那様。 銀色の髪と、血のように赤い瞳を持った。 世界で最も美しく、そして世界で最も狂っている、『歩く厄災』ことアシュ・ノクス。 彼がヴェラに向ける、異常なまでの執着と過保護。 そして、ヴェラ以外のすべてを「ゴミ」としか認識していない、その冷酷無比な本性。 そんな彼の『最悪のヤンデレっぷり』を一番近くで見せつけられ。 さらには、ヴェラのポンコツな勘違いのせいで、命がけのトラブルに巻き込まれ続ける毎日。「……はぁ。また胃薬が切れそうね……」 私は、自分の屋敷のリビングで、空になった胃薬の瓶を力なく振った。 長命種の魔女が、ストレスで胃に穴を開けそうになるなんて。 三百年前の私に言っても、絶対に信じないだろう。 それでも、私がこの王都から逃げ出さないのは。 ヴェラという不器用で優しい親友のことが、なんだかんだで大好きだからだ。 それに、あの悪魔がいつ暴走して世界を滅ぼすか分からない以上、私が近くで(命がけの)ストッパー役を務めなければならないという、謎の使命感もある。「まあ、今日はあっちの屋敷も静かだし。 久々に、ゆっくり休ませてもらうわ……」 私がソファーに深く沈み込み、目を閉じた、その時だった。 ――ゴォォォォォォォォォォッ!!!! 突然。 屋敷の裏庭から、凄まじい熱風と、地響きのような咆哮が轟いた。「な、なに!?」 私は弾かれたように飛び起き、窓の
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第54話:最恐の獣医と、絶対治癒の助言

「――アシュ? どうしたの? エヴリンの声が聞こえたけれど……」 深夜の庭に、パタパタという軽い足音と共に、私の親友の声が響いた。 屋敷の奥から、目をこすりながら寝巻き姿のヴェラが歩いてきたのだ。「ヴェ、ヴェラぁぁぁ……っ!!」 私は、石畳に額をこすりつけていた状態から弾かれたように顔を上げ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔のまま彼女の名を叫んだ。 私の姿を見たヴェラは、一瞬目を丸くし、それから血相を変えて駆け寄ってきた。「エヴリン!? どうしたの、こんな夜中に……それに、服も顔も泥だらけじゃない!!」「ご、ごめん、なさい……っ。こんな時間に、迷惑だとは分かってるんだけど……っ」 私は、ヴェラの温かい手に肩を抱かれ、ついに堪えきれずに声を上げて泣きじゃくった。「落ち着いて、エヴリン。とりあえず中に入りましょう。アシュ、エヴリンに温かいお茶を淹れてあげて」「…………」 私の頭上から、絶対零度の冷気が降り注いだ気がした。 見上げなくてもわかる。あの悪魔が、ヴェラに命令されたことへの喜びと、私という『ゴミ』を屋敷に入れなければならない嫌悪感で、凄まじい葛藤を起こしているのだ。「……ええ、かしこまりました。ヴェラ様」 アシュの、甘く、けれど氷のように冷たい声が響く。「さあ、エヴリン殿。どうぞ中へ」 アシュが、極上の微笑みを浮かべて手を差し伸べてきた。 だが、その赤い瞳は『ヴェラ様の服を汚したら殺す』と明確に告げていた。 私はヒッ、と息を呑み、ヴェラから少し距離を取って、逃げるように屋敷の中へと転がり込んだ。 ◇ ◇ ◇ 王都の屋敷の、豪華なリビングルーム。 私は、震える手でティーカップを握りしめながら、ポツポツと事情を説明した。 イグニスが突然高熱を出したこと。 魔力が暴走し、私の氷結魔法でも全く熱が下がらないこと。 霊薬(エ
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第55話:決死の旅立ちと、過保護な神様の遠隔操作

 王都の冷たい夜風を切り裂きながら、私は自分の屋敷へと全速力で駆け戻った。 銀髪の悪魔――アシュ・ノクスの言葉が、頭の中でリフレインしている。『治す方法は、ただ一つ。極寒の秘境に咲く、零度の月下氷花を飲ませること』 その花さえあれば、イグニスは助かる。 道中がどれほど過酷だろうと、生存確率が絶望的だろうと、迷っている暇はなかった。「イグニス……っ!」 裏庭に飛び込むと、巨竜の姿に戻ったイグニスは、荒い息を吐きながら地面に倒れ伏していた。 赤黒く変色した鱗からは、触れれば火傷しそうなほどの高熱が放たれている。 意識は混濁し、今にもその命の灯火が消えようとしていた。「待っててね、イグニス。私、必ず薬を取ってくるから……っ」 私は、ボロボロと涙をこぼしながら、イグニスの巨大な鼻先に額を押し当てた。 北の果て、『氷竜の巣』。 王都からどれだけ高位の転移魔法を乗り継いでも、強烈な魔力場に阻まれて直接飛ぶことはできない。 最低でも、往復で数日はかかる過酷な旅路になる。 今のイグニスの状態では、私が戻る前に、熱で体が燃え尽きてしまうかもしれない。 だから、私は出発の前に、考えうる限りの『延命処置』を施さなければならなかった。「私の命を削ってでも、あなたの時間を繋ぎ止めるわ」 私は立ち上がり、両手を大きく広げた。 炎の魔女である私が持つ、全魔力を注ぎ込んだ『氷結封印』の結界。「絶対零度の牢獄よ、我が家族の命の流出を凍てつかせよ! 『氷棺の結界(クリスタル・コフィン)』!!」 バキィィィィッ!! 私の全身から迸った魔力が、イグニスの巨体を分厚い氷の壁で覆っていく。 暴走する熱を無理やり氷の中に封じ込め、疑似的な冬眠状態にして、命の消費を極限まで遅らせる大魔法だ。「はぁ……はぁ……っ」 全魔力の半分以上を持っていかれ、私はその場に膝をつきそうになった。
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第56話:至れり尽くせりの地獄と、ワンパン無双の氷穴

 王都から数千キロ離れた、大陸最北端の秘境『氷竜の巣』。 そこは、私たち長命種の魔女でさえ、足を踏み入れるのを躊躇うほどの絶対零度の死地である。 猛吹雪が視界を奪い、極寒の空気が肺を凍らせ、凶悪な氷属性の魔物たちがうごめく地獄。 ……のはずだった。「……暑いわね」 私は、氷の洞窟を歩きながら、着込んでいた分厚い防寒コートのボタンを一つ、また一つと外していた。 氷竜の巣の、最も魔力が濃いとされる地下洞窟。 本来なら、吐く息どころか、瞬きするだけでまつ毛が凍りつくような極寒の場所だ。 だが。 私の周囲、半径二メートルだけは。 まるで、真夏の王都のサンルームにいるかのように、ポカポカと(いや、むしろ汗ばむほどに)暖かかった。「……やりすぎなのよ、あの悪魔ァァッ!!」 私は、誰もいない氷の洞窟の中で、頭を抱えて叫んだ。 間違いない。 ヴェラが「こっそり守ってあげて」と無茶振りをしたせいで、隣の屋敷に住む銀髪の魔王――アシュ・ノクスが、超長距離から『環境操作魔法』で私をサポートしているのだ。(いくら何でも、数千キロ離れた場所の温度を、ピンポイントで一定に保つなんて……っ! 神様だって、もうちょっと手加減するわよ!!) 私は、胃の辺りがキリキリと痛むのを感じながら、コートを脱いで小脇に抱えた。 炎の魔女である私でさえ、この異常な『手厚すぎる保護』には震えが止まらない。「まあ、凍死するよりはマシだけど……」 私は、気を取り直して洞窟の奥へと歩き出した。 イグニスを救うための幻の花、『零度の月下氷花』。 それは、この洞窟の最深部に咲いているはずだ。 ツルッ。「おっと!?」 足元の氷に滑って、私は危うく転びそうになった。 ――その瞬間だった。 ピシッ、バキバキバキッ!!「えっ?」
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第57話:神話級の絶望と、神の見えざる手(物理)

 極寒の秘境の最深部。 私の目の前で、神話の時代から生きる絶対的な絶望――『氷結の巨竜(エンシェント・フロスト・ドラゴン)』が、その巨大な顎を大きく開いた。 口の奥で、すべてを凍てつかせる『絶対零度のブレス』の魔力が、凄まじい蒼い光と共に収束していく。(……あ、ダメだ) 私は、圧倒的な死の気配の前に、逃げることすら忘れて目を閉じた。 相手は、伝承に名を残す神話級のボスだ。 いくらアシュが遠隔サポートをしてくれているとはいえ、王都から数千キロも離れた場所からの魔法で、この巨竜の攻撃を防ぎ切れるわけがない。 私の体は、一瞬にして細胞の隅々まで凍りつき、氷の彫像になって砕け散る。「ルルルルルルルゥゥゥゥゥゥッ!!!!」 巨竜が、必殺のブレスを解き放とうとした。 その、まさにコンマ一秒前。 ――ズドギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!!!「…………え?」 目を閉じていた私の網膜の裏にまで、強烈な『黒い光』が焼き付いた。 音すらなかった。 王都の方角――遥か南の空の彼方から、空間そのものを真っ二つに引き裂きながら飛来した、極太の『漆黒の閃光』。 それは、氷の洞窟の分厚い天井を、豆腐のように音もなく貫通し。 ブレスを放とうとしていた神話級の巨竜の頭部を、信じられないほどの正確さで『完全に消滅』させたのだ。 爆発すら起きない。 血の一滴、肉の一片すら飛び散らない。 ただ、巨竜の首から上の空間が、黒い閃光によって『物理的に削り取られた』かのように、綺麗さっぱりと消え失せたのである。「…………は?」 私は、ポカンと口を開けたまま、その光景を呆然と見上げていた。 頭を失った巨竜の巨大な胴体が、数秒遅れて、グラリと揺れ。 ズズズンッ……!! と、氷の広間に地響きを立てて崩れ落ちた。 そして、アシュの徹底した『流血NG・グロテスクNG』の美学(呪い)により、巨竜の体は
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第58話:奇跡の回復と、数日後の甘すぎる罠

 極寒の秘境から王都への帰路は、行きに比べれば驚くほどあっけなかった。 道中の魔物はすべて消え去り、天候は完璧に制御され、魔力すら減らないという『超常的なVIP待遇』のおかげで、私は予定の半分以下の日数で自分の屋敷へと帰り着くことができた。「イグニス……!」 私は、空から裏庭へ飛び降りるなり、愛する使い魔の元へ駆け寄った。 イグニスの巨体は、私が張った氷結魔法をアシュが上書きした『絶対破壊不能のクリスタル』に包まれたまま、ピタリと時を止めていた。 私がどうやってこの結界を解こうかと迷った、その瞬間。 パキンッ……。 クリスタルが、まるで春の雪解けのように、音もなく空気中へと溶けて消え去った。 隣の屋敷にいるあの悪魔が、私の帰還を察知して、遠隔で結界を解除してくれたのだ。「グルルルゥゥゥ……ッ」 結界が解けた途端、イグニスの体から再び凄まじい熱と魔力が暴走し始めた。「待っててね、今すぐ薬を作るから!!」 私は急いで鞄から、厳重に保管していたガラス瓶を取り出した。 淡く青い光を放つ幻の花、『零度の月下氷花』。 私は魔女の知識を総動員し、乳鉢で花びらを素早くすり潰し、純水と調合薬を混ぜ合わせて、究極の冷却作用を持つ魔法薬を精製した。「イグニス、飲んで……っ!」 私は、火傷しそうになるほど熱いイグニスの顎をこじ開け、完成した青い霊薬を一気に流し込んだ。 ゴクリ、と。 イグニスの喉が鳴る。 数秒の、永遠にも似た沈黙。 ――そして。 シュゥゥゥゥゥゥッ!!!! イグニスの体から、白い蒸気が猛烈な勢いで噴き出した。 赤黒く変色していた鱗が、みるみるうちに本来の美しい真紅の輝きを取り戻していく。 暴走して行き場を失っていた体内の魔力器官が、月下氷花の絶対零度の魔力によって強制的に冷却され、再び正常な脈動を始めたのだ。「イグニス……?」
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第59話:開かれた扉と、ドロドロに甘い情事

 王都の外れに建つ、広大で静謐な屋敷。 私は、幻のフルーツタルトと最高級の紅茶の茶葉が入った手土産の箱を両手で抱き抱えながら、足音を忍ばせて長い廊下を歩いていた。 窓から差し込む午後の柔らかな日差しが、手入れの行き届いた絨毯を照らしている。 普段なら、ヴェラの屋敷は静かであっても、どこか穏やかな空気が流れているはずだった。 だが。 今日の屋敷の空気は、明らかに異常だった。(……なんなの、これ) 主寝室に近づくにつれて、空気がねっとりと重みを増していく。 廊下に漂っているのは、高級な香木の香りでも、花瓶に生けられた花の香りでもない。 もっと原始的で、甘ったるく、むせ返るような……ひどく『艶やか』な香り。 それはまるで、極上の媚薬を空気中に散布したかのような、脳髄を直接揺さぶるような匂いだった。(あの使用人たち……なんで私を、こんな奥まで案内したのよ) 私は、額にじっとりと嫌な汗をかくのを感じながら、心の中で悪態をついた。 玄関で出迎えてくれた、アシュの作り出した『影の使い魔』たち。 彼らは無言のまま、私をリビングではなく、この屋敷の最もプライベートな空間である主寝室の廊下へと促した。 主の命令がなければ、絶対に行動しないはずの使い魔たち。 ということは、私をここまで通すように指示したのは、間違いなくあの銀髪の悪魔だ。(絶対に、ろくでもない罠よ……。今すぐ引き返すのが、長生きの秘訣だわ) 三百年間を生きてきた私の『魔女の直感』が、最大級の警報を鳴らしている。 これ以上進めば、取り返しのつかないものを見てしまう。 帰れ。今すぐこの手土産を床に置いて、全速力で逃げ帰れ。 本能がそう叫んでいるのに。「……ぁっ……んんっ……あしゅ……っ」 主寝室の重厚な扉の向こうから、微かに漏れ聞こえてきたその『声』に。 私の足は、床に縫い付けられたように、ピタリと
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第60話:共犯者の視線と、魔王のドSな舞台装置

「……え?」 私が予想外の反応に呆然としていると。「あしゅ……? どうした、の……っ?」 シーツの海に沈み込んでいたヴェラが、自分の上で動きを止めたアシュを見上げて、甘く蕩けた声で尋ねた。 彼女の目は涙で潤み、頬は熱で真っ赤に染まっている。「いいえ。……なんでもありませんよ、俺の神様」 アシュは、視線を私からヴェラへと戻し、彼女の耳元に唇を寄せた。 そして。 わざと、扉の隙間にいる私にも聞こえるほどの、低く、色気に満ちた声で囁いた。「ただ。……扉の向こうに、招かれざる『迷い猫』がいるようでしてね」「……っ!?」 ヴェラの体が、ビクンッ!! と大きく跳ねた。(な、なななな、何言ってんのよあの悪魔ァァァッ!!) 私は、心の中で絶叫した。 ばらすな。なぜヴェラに教える。 私を殺すなら一瞬で殺せばいいのに、なぜわざわざ、そんな嫌がらせのようなことを言うのだ。「えっ……だ、だれか……いるの……っ?」 ヴェラが、パニックを起こしたような声で、扉の方へと顔を向けようとした。「いけません、ヴェラ様。あちらを見ては」 アシュの大きな手が、ヴェラの頬を優しく、けれど強引に包み込み、自分の顔の方へと向け直させた。「見ないでください。あなたの美しい瞳に、外の薄汚い景色を映す必要はありません。 あなたはただ、俺だけを見て、俺だけを感じていればいいのです」「で、でも……っ! だれかに……見られてるなら……っ、だめ、恥ずかしい……っ!!」 ヴェラは、両手で自分の顔を覆い隠そうとした。 彼女は、自分がどれほど乱れた姿を晒し、どれほど甘い声を上げているのかを自覚している。 それを、扉の向こうの『誰か(私だけど)』に見られている。 その極度の羞恥心は、彼女の理性を激しく揺さぶった。「いやぁっ……! あしゅ、やめ……っ、だれか
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