All Chapters of 魔女の婚活 〜理想の夫を育成したら、世界を滅ぼす魔王になりました〜: Chapter 21 - Chapter 30

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第21話:哀れな迷い子と、悪魔の洗脳

その夜、屋敷の外は異様な熱気に包まれていた。 完璧な防音結界のおかげで、音は一切聞こえない。 だが、遮光結界をわずかに透かして見える景色には、無数の赤々とした光が揺らめいていた。 松明の炎だ。 何百という数の人間たちが、暴徒と化して、この屋敷をぐるりと包囲しているのである。 「……やっぱり、人間は魔女が怖いのね」 私はサンルームの窓からその光景を見下ろし、小さく、ひどく落ち込んだため息を漏らした。 王都の民衆たちだ。 きっと、討伐に失敗した教会が、自分たちの手を汚さずに私を排除しようと、民衆の不安を煽って扇動したのだろう。 『あの屋敷にいる魔女が、奇病の原因だ』とでも吹き込んだに違いない。 「三百年生きてきて、こういうことは何度もあったわ。魔女というだけで、忌み嫌われ、恐れられ、石を投げられる」 私は、自分の長い黒髪を指で弄りながら、自嘲気味に笑った。 「ただ、愛する夫と静かに暮らしたかっただけなのに。……普通の夫婦のささやかな幸せすら、世界は許してくれないのかしら」 私の胸の奥に、冷たい鉛のような悲しみが沈んでいく。 ――その時だった。 「ヴェラ様」 背後から、強く、それでいて縋り付くような声が響いた。 振り返るよりも早く、アシュの大きな体が私を背後からきつく抱きしめてきた。 「あ、アシュ……?」 「そんな顔を、しないでください」 私の肩に顔を埋める彼の声は、微かに震えていた。 「ヴェラ様が悲しむと、俺の心臓が張り裂けそうになります。あなたの美しい瞳に、あのような薄汚い光を映さないでください」 アシ
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第22話:温泉旅行の提案と、消える大聖堂

昨夜の騒動が嘘のように、王都の朝は静かに明けた。 私が起きて窓の外を見ると、暴徒と化していた民衆たちの姿はどこにもなく、ただ秋の爽やかな風が庭の木々を揺らしているだけだった。 「本当に、みんな帰ってしまったのね……」 私は、アシュが淹れてくれた目覚めの白湯を飲みながら、深く感嘆のため息をついた。 あの怒り狂っていた数百人の群衆を、アシュは言葉だけで説得し、反省させて帰してしまったのだ。 血を流すこともなく、争いを避けて、見事に平和的な解決をもたらしてくれた。 「アシュ。あなたって本当にすごいわ」 私が振り返ると、純白のエプロン姿で朝食の準備をしていたアシュが、花が咲くような極上の微笑みを向けてくれた。 「おはようございます、ヴェラ様。俺の言葉が、彼らの心に届いただけですよ。彼らも根は善良な市民ですから、教会の嘘に気づいてくれたのです」 「そうね……。教会の人たちも、民衆の説得を受けて、少しは反省してくれるといいのだけれど」 私が能天気にそう言うと、アシュは「ええ、きっと今頃、深く反省していることでしょう」と、心底嬉しそうに頷いた。 まさか。 その民衆たちが、アシュの手によって完全に洗脳された『狂信者』と化し。 昨夜のうちに教会の本拠地である大聖堂を襲撃し、王都を未曾有のパニックに陥れていたなどと。 三百年生きたポンコツ魔女の私には、知る由もなかった。 「ところで、ヴェラ様」 アシュは、美しく焼き上げられたオムレツをテーブルに並べながら、ふと提案するように言った。 「最近、王都は何かと騒がしい日が続きました。奇病の流行や、教会の異端審問、そして昨夜の騒動……」 「そうね。なんだかバタバタしていて、少し疲れち
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第23話:初めての混浴と、遠くの打ち上げ花火

王都を出発してから、数時間。 アシュが特注で作った魔法の馬車は、一切の揺れも疲労も私に感じさせることなく、あっという間に国境を越え、隣国の『リーゼン温泉郷』へと到着した。 山間にひっそりと佇むその温泉街は、秋の紅葉に彩られ、あちこちから白い湯煙が立ち上る、とても幻想的で美しい場所だった。 「さあ、着きましたよ、ヴェラ様」 私たちが案内されたのは、温泉郷の中でも一番高台にある、最高級の老舗旅館の『特別離れ』だった。 広々とした和の風情を感じさせる畳の部屋。 縁側からは、色づく山々と温泉街の夜景が一望できる。 そして何より、部屋に備え付けられた専用の広大な露天風呂からは、こんこんと湧き出る豊かな温泉の香りが漂ってきていた。 「うわぁ……! 素敵なところね!」 私は嬉しさのあまり、部屋の中をくるくると見回してしまった。 三百年生きてきて、こんな本格的な温泉宿に泊まるのは初めてだ。 「ヴェラ様に喜んでいただけて、何よりです」 アシュは微笑みながら、宿の仲居が運んできたお茶菓子を受け取り、すぐに彼女を部屋から下がらせた。 彼は私が他の人間の目に触れるのを極端に嫌うので、この宿でも「食事の配膳も布団敷きも、すべて自分が行うから誰も立ち入るな」と、事前に厳命しているらしい。 少し過保護すぎる気もするけれど、おかげで完全に二人きりのプライベート空間が保たれているのは事実だった。 「少し、お茶で一息つきましょうか。長旅で、お疲れでしょう」 「ううん、あなたの馬車のおかげで全然疲れていないわ。むしろ、早くあの露天風呂に入りたくてウズウズしているの」 私が縁側から露天風呂を指差すと、アシュの顔が、ほんの少しだけピクリと動いた気がした。 「……そ
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第24話:新たな害虫と、終わらない鳥籠

隣国の『リーゼン温泉郷』での新婚旅行は、まさに夢のような時間だった。 朝目覚めれば、窓の外には色鮮やかな紅葉の山々が広がり、澄んだ秋の空気が肺を満たしてくれる。 そして何より、隣には世界で一番完璧で、私を愛してくれる美しい夫がいる。 「ヴェラ様、おはようございます。よく眠れましたか?」 私がベッドの上で小さく伸びをすると、すでに身支度を整えたアシュが、極上の微笑みと共に温かいお茶を差し出してくれた。 「おはよう、アシュ。ええ、温泉のおかげで体が驚くほど軽いわ」 「それは良かったです。朝食の準備もできていますよ。ここの厨房の連中は手際が悪かったので、俺が少し『指導』して、ヴェラ様のお口に合うように味付けを直しておきました」 「まあ。せっかくの旅行なのに、あなたったらまたお料理してくれたのね」 「俺以外の人間が作ったものを、ヴェラ様の美しい体内に入れるのは、少し抵抗がありますから」 彼は私の手を取り、その甲にチュッと音を立ててキスをした。 本当に、どこまでも過保護で、ヤキモチ焼きな旦那様。 宿の料理人にまで嫉妬してしまうなんて、少し困ったものだけれど……その重すぎる愛情が、私の胸を心地よく満たしていく。 三百年間、誰からも愛されなかった私にとって、この甘やかな束縛は、何物にも代えがたい至福だった。 「さあ、今日は温泉街を散策しましょう。ヴェラ様に似合う、美しい反物や細工物が売られている店を調べておきました」 「嬉しいわ。あなたとのお出かけ、とても楽しみ」 私は彼のエスコートを受けながら、弾むような足取りで部屋を出た。 この時の私は、これから待ち受ける『現実』を、まだ何も理解していなかったのだ。 ◇ ◇ ◇ リ
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第25話:最高の「おもてなし」と、従順な街

隣国の『リーゼン温泉郷』での新婚旅行、二日目の朝。 私は、鳥のさえずりと共に心地よい目覚めを迎えていた。 昨夜は遠くで花火が上がったり、昼間に変な伯爵に絡まれたりもしたけれど、それを補って余りあるほど、アシュの愛情と温泉は私を癒してくれた。 「おはようございます、ヴェラ様」 私が布団の中で小さく伸びをしていると、すでに身支度を終えたアシュが、極上の微笑みを浮かべて近づいてきた。 「おはよう、アシュ。なんだかすごく、すっきり眠れたわ」 「それは良かったです。昨日の温泉の効能が、ヴェラ様のお体に合っていたのでしょう」 アシュは私の顔にかかった黒髪を優しく梳きながら、甘い声で囁いた。 彼の指先が触れるたびに、心がポカポカと温かくなる。 本当に、彼と一緒にいると、三百年の孤独が嘘のように満たされていくのを感じるのだ。 「今日はどうするの? 昨日少し騒ぎがあったから、宿でのんびりする?」 「いえ。せっかくの新婚旅行ですから、ぜひ温泉街の散策に出かけましょう」 アシュは、自信に満ちた笑みを浮かべた。 「昨日のような無礼な輩は、もう二度と現れません。俺が、ヴェラ様が安心して楽しめるように、少しばかり『手配』をしておきましたから」 「手配? 護衛でも雇ったの?」 「そのようなものです。さあ、今日はとびきり美しいお召し物をご用意しましたよ。お着替えを手伝わせてください」 アシュが空間収納から取り出したのは、この国の伝統的な織物で作られた、息を呑むほど美しい漆黒と真紅のドレスだった。 彼のエスコートで着替えると、驚くほど私の体にフィットしている。 「本当に、あなたは何でも完璧ね」 「ヴェラ様を輝かせるためなら
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第26話:迷子の勇者と、親切な道案内

リーゼン温泉郷での新婚旅行は、驚くほど快適で、平穏そのものだった。 すれ違う街の人々は、誰もが私を見ると深く頭を下げ、最高の笑顔でもてなしてくれる。 お土産屋に入れば最高級の反物をタダで持たされそうになり(さすがにそれは申し訳ないので、アシュが適正価格を支払っていたけれど)、歩いているだけで温かいお茶とお菓子が差し出される。 「本当に、この街の人たちは親切ね。魔女の私を、ちっとも怖がらないなんて」 私が上機嫌でそう言うと、隣を歩くアシュが、極上の微笑みで頷いた。 「ええ。彼らは皆、ヴェラ様の美しさと慈悲深さに心から感銘を受けているのです。この温泉郷は、あなたにとって最高の憩いの場になるでしょう」 「あなたのおかげよ、アシュ。あなたが私をしっかりエスコートしてくれるから、みんな安心して接してくれるのね」 私が彼の手をギュッと握ると、アシュは嬉しそうに目を細め、私の指先にそっと口づけを落とした。 ああ、なんて幸せな時間だろう。 彼が昨夜、この街の権力者を完膚なきまでに叩きのめし、街全体に『ヴェラ様を不快にさせた者は一族郎党消し去る』という絶対的な恐怖の呪縛をかけていることなど。 ポンコツな私の脳髄は、ただの一ミリも疑っていなかった。 私たちは、のんびりと温泉街の散策を続けていた。 ――その時。 前方から、この長閑な観光地には少し似つかわしくない、甲冑の擦れる音が聞こえてきた。 「……あら?」 足を止めて視線を向けると、そこには一人の若い男が立っていた。 太陽のように明るい金髪と、澄んだ青い瞳。 身に纏っているのは、白銀の鎧と、青いマント。そして胸元には、見覚えのある『教会の十字紋章』が輝いていた。 (教会の……騎士かしら?)
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第27話:郷土祭りのお囃子と、絶望の迷宮

 リーゼン温泉郷での新婚旅行、三日目の夜。 この日は、温泉街で年に一度の『郷土祭り』が開かれる日だった。「どうかしら、アシュ。変じゃない?」 私は宿の姿見の前で、少しだけそわそわとしながら振り返った。 身に纏っているのは、この国特有の『浴衣』と呼ばれる軽やかな民族衣装だ。 ベースは私の好きな漆黒だが、そこに鮮やかな真紅の彼岸花が金糸で刺繍されている。 帯はきゅっと高く締められ、普段のドレスとは全く違う、どこか艶やかなシルエットになっていた。「…………っ」 私を見た瞬間。 アシュは言葉を失い、ただ瞬きもせずに私を見つめていた。「アシュ?」「……申し訳ありません、ヴェラ様。あまりの美しさに、思考が停止してしまいました」 アシュはほうっと熱い吐息を漏らし、私の元へ歩み寄ると、その長い指で私のうなじをそっと撫でた。「黒い髪をこうしてアップにまとめられると、白い首筋が際立って……本当に、狂ってしまいそうです。このままお祭りになど行かず、朝までベッドで抱きしめていたい」「も、もう……。お祭りに行くって約束したじゃない」 私は顔を真っ赤にして、彼の胸を軽く押し返した。 三百歳の魔女を捕まえて、息をするように甘い言葉を囁くのだから、本当に心臓に悪い。「冗談です。ヴェラ様が楽しみにされていたお祭りですから、最高のエスコートをお約束しますよ」 アシュも私に合わせて、仕立ての良い藍色の浴衣を着流していた。 その人間離れした美貌と、和の衣装の組み合わせは、もはや一つの芸術作品のようだ。「さあ、行きましょうか、俺の神様」 彼が差し出した手を、私は嬉しそうに握り返した。 ◇ ◇ ◇ 夜の温泉街は、無数の提灯に照らされ、幻想的なオレンジ色の光に包まれていた。 通りには様々な屋台が立ち並び、香ばしいタレの匂いや、甘い砂糖を焦がした匂いが食欲をそそる。
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第28話:幻の茶葉と、崩壊する経済

 リーゼン温泉郷での滞在も、四日目の朝を迎えた。 すっかりこの街の穏やかな空気に馴染んだ私は、縁側に腰掛け、朝の心地よい風を浴びていた。「おはようございます、ヴェラ様。今朝も一段とお美しいですね」 背後から、とろけるような甘い声が降ってくる。 振り返ると、完璧な身支度を整えたアシュが、淹れたての白湯をトレイに乗せて微笑んでいた。「おはよう、アシュ。なんだか毎日褒められている気がするわ」「毎日どころか、一秒ごとに美しさを更新されているのですから、当然のことです」 彼は私の隣に座り、そっと私の髪を撫でた。 本当に、この街の人たちもアシュも、私を甘やかす天才だ。 どこへ行っても神様のように扱われ、美味しいものを食べ、温泉に浸かる日々。 三百年の人生で、これほどストレスのない時間は初めてかもしれない。「ふぅ……」 私は白湯を一口飲み、ふと、空の向こうを見上げた。「どうされましたか、ヴェラ様?」「ううん、少し思い出しただけよ」 私は、昔読んだ魔導書に書かれていた、ある記述を思い出していた。「大陸のずっと南の方にね、『星降るオアシス』っていう場所があるらしいの。そこで採れる茶葉は、星の光を吸い込んで育つと言われていて……お湯を注ぐと、夜空みたいにキラキラ光るんですって」「ほう。それは美しいですね」「ええ。『星屑の紅茶』って呼ばれている幻の茶葉よ。三百年生きてきたけれど、一度も飲んだことがないのよね。……いつか、飲んでみたいわね」 私は、本当に何気なく。 ただの世間話として、そう呟いたのだ。「……『星屑の紅茶』、ですか」 アシュは、その言葉を反芻するように小さく呟いた。「ええ。でも、南方の大砂漠を越えた先にある国でしか採れないらしいから、こんな北の国までは流通していないわ。おとぎ話みたいなものね」「そうですね」
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第29話:有能な第一王子と、予期せぬ依頼

 リーゼン温泉郷での滞在は、文字通り夢のように甘く、平和な時間が続いていた。 朝目覚めれば、窓の外には美しい紅葉が広がり。 極上の温泉に浸かった後は、アシュが淹れてくれる『星屑の紅茶』を傾ける。「……本当に、美味しいわ」 私は縁側に座り、夜空の星を散りばめたような深い琥珀色の紅茶を一口飲んで、ほうっと幸せなため息を漏らした。 南方の大陸から一夜にして届いたという、幻の茶葉。 まさかそんな奇跡のような流通システムが完成しているなんて、人間の商売への情熱には頭が下がる思いだ。「ヴェラ様。少し風が冷たくなってきましたよ。お風邪を召されては大変です」 背後から、ふわりと温かい毛布が私の肩に掛けられた。 振り返ると、完璧な身支度を整えたアシュが、とろけるような甘い微笑みを浮かべて立っている。「ありがとう、アシュ。でも、魔女は人間の風邪なんてひかないわよ?」「ええ。ですが、万が一ということもあります。俺の心臓は、ヴェラ様が一度くしゃみをされただけでも、心配で止まりそうになってしまうのですから」 アシュは私の隣に腰を下ろし、私の冷えた指先を自分の大きな手で包み込んだ。 彼の手はいつも温かくて、触れているだけで安心できる。「もう……本当にあなたは、心配性で過保護なんだから」「俺の存在意義は、ヴェラ様をお守りし、愛することだけですからね。……それにしても、この温泉郷の連中も、なかなかよく働いてくれますね」 アシュが視線を向けた庭の先では、宿の従業員たちが、一糸乱れぬ動きで庭の落ち葉を掃き清めていた。 彼らは私たちの方をチラリと見るたびに、ビクッと肩を震わせ、深々と頭を下げてから、また必死に掃除を再開する。「本当に、みんな親切よね。こんなに手厚くもてなしてもらったのは初めてよ」「ええ。皆、ヴェラ様の美しさと尊さに、心から平伏しているのです」 アシュは優しく私の髪を撫でた。 この宿の従業員
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第30話:帰還する箱庭と、見えない鎖

 リーゼン温泉郷での、夢のように甘く平和な新婚旅行。 それは、三百年生きてきた私の人生の中で、最も満たされた数日間だった。 温泉、美味しい食事、そして何より、私を世界で一番大切に扱ってくれる愛する夫。 本当に、帰りたくなくなるほどだった。「ですが、ヴェラ様。王都の『最高顧問』という大役を引き受けたのですから、戻らなければなりませんよ」 帰りの馬車の中。 名残惜しそうに窓の外を眺める私に、アシュが優しく微笑みかけた。「そうね……。アルフレッド王子も、首を長くして待っているでしょうし」 私は、あの真面目で責任感の強い第一王子の顔を思い出し、小さく頷いた。 国を救うために魔女に頭を下げる、実直な青年。 彼のような為政者がいるなら、この国もまだまだ捨てたものではない。「でも、少し不思議ね」「何がでしょうか?」「王都には、暴動を起こした民衆がいるって言っていたじゃない? 私たちが帰ったところで、すぐに鎮められるかしら」 私が心配そうに呟くと、アシュは極上の、とろけるような笑顔を浮かべた。「ご心配には及びません、ヴェラ様」 彼の手が、私の頬を優しく包み込む。「俺が事前に、アルフレッド殿下と『綿密な打ち合わせ』をしておきました。……彼が上手く手配をして、ヴェラ様を歓迎する準備を整えているはずです」「手配って……暴徒をどうやって?」「言葉の通じない暴徒など、恐れるに足りません。……ただ、少しばかり『教育』してやれば、すぐに従順な羊に変わるものです」 アシュの言葉は、酷く穏やかで、自信に満ちていた。 私は「第一王子が騎士団を使って、ちゃんと治安を回復させたのね」と都合よく解釈し、深く安堵のため息をついた。 本当に、私の夫は頼りになる。 王族相手でも物怖じせず、しっかりと交渉をまとめてくれるのだから。「さあ、見えてきましたよ。俺たちの、愛の巣が」
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