LOGIN「ああっ……。フェル、そこ……っ。 んふっ、はぁっ……、すごく、いいわ……っ」 薄暗い、石造りの隠し部屋。 何重もの防音結界と幻影魔法で完全に外界から遮断された、私だけの絶対の聖域。 そこで私は、最高級のベルベットが張られた長椅子に深く腰掛けながら、だらしなく甘い吐息を漏らしていた。「エララ様。……こちらの方ですか?」「んっ……! あ、ああっ! ええ、フェル……っ、あなたの舌先、本当に……っ」 私の足の間。 大きく開かれたドレスの裾に顔を埋め、熱心に奉仕をしてくれているのは。 私の最愛の従者であり、誰よりも優秀な旦那様――フェルだ。 彼の透き通るような美しい銀髪が、私の白い太ももにサラサラと触れるたび。 ゾクゾクとした歓喜が、背筋を駆け上がっていく。 彼の滑らかで技巧的な舌先と、的確に急所を捉える長い指先が、私の理性をドロドロに溶かそうとしていた。 ――私、エララ。 幻影の魔女であり、あの『絶対独身同盟(という名のお茶会)』のメンバーの中では、最年長のお姉さんポジション。 冷静沈着。 頼れる相談役。 常に余裕のある、大人の女。 可愛い妹分であるヴェラちゃんやステラちゃんたちは、私のことをそんな風に思ってくれているみたいだけれど。(……ごめんなさいね、みんな。 私、本当は……めちゃくちゃ『むっつり』なのよ……っ) 私は、フェルの舌使いに腰をビクンと跳ねさせながら。 薄暗い部屋の空中に浮かび上がっている、いくつもの『透明なスクリーン』を、爛々と輝く瞳で見つめていた。 ――時間を少し遡る。 これは、つい先日のこと。 あのお茶会で、全員が私の作り出した亜空間に『一泊』した時の記録映像だ。 幻影魔法と空間魔法の第一人者で
「エヴリン、すき。だーいすきっ」 俺は、最愛の魔女を腕の中に抱き抱えたまま、ルシアン山脈の麓に構えた『俺たちの巣(豪邸)』へと降り立った。 腕の中で、グラマラスな身体を持つ炎の魔女――エヴリンが、ぐったりと項垂れている。「もう……っ、下ろして……バカイグニス……。 友達の前で、あんな恥ずかしいこと……っ」「えー? だって、エヴリンが俺以外を見るの、嫌だったんだもん。 ねえ、おうち着いたよ。ベッド、いこ?」 俺は、無邪気な少年の笑顔を貼り付けたまま、彼女の首筋にすりすりと顔を擦り付けた。 人間の年齢で言えば、まだ十代半ばにしか見えない俺の姿。 赤い瞳に、赤い髪。 エヴリンは、俺のこういう『甘えん坊な子供』の姿に弱い。「いこ、じゃないわよ……っ。 さっきまで三回もやってたじゃない……。少しは休ませ……きゃあっ!?」 俺は、彼女の言葉を最後まで聞かず。 豪奢な寝室に設えられた、天蓋付きの巨大なベッドへと彼女を放り投げた。 ふかふかのシーツに沈み込んだエヴリンは、乱れたドレスの裾を押さえながら、涙目で俺を睨んでくる。「ちょっと! 乱暴にしないでっていつも言ってるでしょ! それに、私は疲れてるの! 今日はもう絶対におしま――」「――――ねえ、エヴリン」 俺は。 ベッドの上に四つん這いになり、彼女に覆い被さるようにして、その顔を覗き込んだ。「……えっ?」 エヴリンが、息を呑む。 俺は、今まで貼り付けていた『舌足らずで無邪気な少年』の笑みを、スッと消した。 代わりに、口角だけを僅かに吊り上げ、冷たくて、どうしようもなくドス黒い、本来の『捕食者』の目を向ける。「俺さ。本当に、あの空間が気に入らなかったんだよね」
「ん……っ、あ……。 んふ……っ、や、やめ……っ」 鼓膜を直接撫で上げるような、低くて甘い吐息。 首筋から耳の裏にかけて、這うように滑っていく熱くて湿った舌の感触。 わらわは、ピクリと身体を震わせ、重い瞼をゆっくりと開けた。「……お目覚めですか、愛しいマスター」 視界に飛び込んできたのは。 漆黒の着流しから逞しい胸板を覗かせた、超絶美形の男性型オートマタ――ベータの、妖しく細められた瞳だった。「あ、ベータ……。 今は……朝か……?」 わらわが、とろんとした舌足らずな声で尋ねると。 背中側から、ふんわりとした柔らかくて良い匂いのする『何か』が、わらわの小さな身体をすっぽりと包み込んだ。「ふふっ。もうお昼過ぎですよ、マスター。 昨夜は少し、私たちが頑張りすぎてしまいましたからね。 マスターの可愛らしい悲鳴が、まだ耳に残っています」 背中からわらわを抱きしめていたのは、花魁姿の女性型オートマタ、アルファだった。 彼女の豊満で柔らかな双丘が、わらわの背中にぴたりと押し付けられている。「ひる、すぎ……」 その言葉を聞いても、わらわの頭は、まるで甘い蜜の海に沈められたようにぼんやりとしていた。 ここ数日。 この古代魔法文明が遺した隔離施設――『白亜の鳥籠』に引きこもってからというもの。 わらわは、一度も自分の足で床を歩いていない。「マスター。お腹が空いたでしょう? 今日は、東方の甘い果実を絞った特別な蜜をご用意しました。 さあ、お口を開けて」 アルファが、わらわの顎を優しく持ち上げる。 そのまま、彼女の形の良い唇が、わらわの唇に重なった。「ん、んんゅ……っ、ちゅ……」 口移しで。 ト
ここ数日。 私、ヴェラ・ノクスは、かつてないほど充実した素晴らしい日々を送っていた。「アシュ、このお茶とっても美味しいわ。香りがすごくいいのね」「ありがとうございます、ヴェラ様。 東方の茶葉をベースに、リラックス効果のあるハーブを独自にブレンドしてみました。あなたのお気に召して何よりです」 ノクス邸の、日当たりの良い中庭に設けられた白いガゼボ。 そこで私は、世界で一番優しくて素敵な旦那様――アシュが淹れてくれたお茶を飲みながら、優雅な午後を過ごしていた。 本当に、私は果報者だ。 数日前、引きこもりの親友である星詠みの魔女・ステラが、ダンジョンのクリア報酬である『銀の鍵』を手に入れた。 それは、世界のどこへでも繋がる『隔離施設』を呼び出す古代のアーティファクト。 本来なら、ステラは自分の塔にその施設を繋げ、そのまま一生引きこもってしまう予定だった。 けれど、うちの優秀すぎるアシュが、施設のオートマタさんたちに交渉してくれて。 なんと、その扉の接続先を『ノクス邸の中庭』に完全固定してくれたのだ!(アシュったら、私がステラとなかなか会えなくて寂しがっていたのを、ちゃんと分かってくれていたのね……!) おかげで、ステラは事実上、我が家のお隣さん(?)になった。 塔から一歩も出ずとも、隔離施設の扉を開ければ、そこは我が家の庭先。 私たちは毎日、こうして美味しいお菓子を持ち寄って、気軽にお茶会ができるようになったのである。「ねえ、アシュ。ステラったら、今日も遅いわね。 昨日も『朝から晩まで按摩(マッサージ)されて腰が立たん』とか言って、お昼過ぎまで寝てたみたいだけど」「……ええ。 星詠み殿は、よほどあの施設の環境が肌に合っているのでしょう。 素晴らしいことです。そのまま一生、あの空間のベッドの上で健やかに過ごしていただければと、俺も心から願っており
◆ アシュ・ノクス ◆「まあ、美味しそうな和菓子! これ、お花みたいな形をしてるわ。可愛い!」 純白のドレスに身を包んだヴェラ様が、目をキラキラと輝かせている。 ここは、古代魔法文明が遺したという隔離施設。 星詠みの魔女ステラが、偶然手に入れた『銀の鍵』によって繋がった、和洋折衷の奇妙な空間だ。「ふふっ。お口に合えば嬉しいわ」 ステラが、得意げに胸を張って笑っている。 ……本当に、目障りな害虫だ。 ヴェラ様の美しい瞳に、俺以外の存在が映っていること自体が耐え難い。 今すぐ、その小さな首を捻り折って、この空間ごと次元の彼方に消し去ってしまいたい。 だが、そんなことをすれば。 俺の愛しいヴェラ様は、親友の死を悲しんで涙を流してしまうだろう。 ヴェラ様の涙は、俺が全て舐め取りたいが。 彼女を悲しませることなど、俺の存在意義に関わる大罪だ。「アシュも座って。これ、一緒に食べましょう?」「ありがとうございます、ヴェラ様。 ですが、俺は……」 俺は、ヴェラ様に極上の微笑みを向けてから、部屋の隅へと視線を移した。 そこには、額を畳に擦り付けるほどの勢いで平伏している、二体のオートマタ。 古代の技術で作られた、精巧なガラクタども。『あなたの不利益にならない、最も有効的な協力案をご提案いたします』 彼らは先程、俺の魔力に触れた瞬間に白旗を上げ、そう言った。 俺は、ヴェラ様とステラが奥の部屋で和菓子に夢中になっている隙を突き、音と光を遮断する結界を張った。「さて」 極寒の冷気を纏った声で、俺は静かに囁く。「俺の機嫌を損ねず、ヴェラ様の時間を奪わない……『有効的な協力案』とやら。 聞かせてもら
「ふははははっ! 見たか、ヴェラ! これが、わらわの新しい楽園じゃ!!」 銀色の鍵が繋いだ『透明な扉』の向こう側。 ノクス邸の応接室から一歩足を踏み入れたヴェラは、目の前に広がる光景に目を丸くした。「わぁ……っ! すごい、すごいわステラ! ここ、すっごく素敵!」 純白のレースのドレスに身を包んだヴェラは、ぱぁっと顔を輝かせた。 そこは、古代魔法文明の極東支部が遺したという、和洋折衷の居住空間。 足元には青々としたイグサの香りがする『畳』が敷き詰められ、壁には美しい細工が施された障子。 そして、部屋の中央には、わらわがここ数日ドロドロに溶かされていた、天蓋付きのキングサイズベッド。「すごい……! なんだか、東の国の絵本に出てくるお城みたい! この床、すごくいい匂いがするし、少し柔らかいわ!」 ヴェラはしゃがみ込み、畳の感触を確かめながら子供のようにはしゃいでいる。「ふんっ! そうじゃろう、そうじゃろう! お主の屋敷も立派じゃが、この隔離施設の快適さには敵わんじゃろうて!」 わらわは、胸を張ってドヤ顔を決めた。 数日間、快楽漬けにされて廃人一歩手前まで追い込まれていたというのに。 この『親友にマウントを取りたい』というしょうもない見栄だけで、わらわは一時的に正気を取り戻したのだ。「本当に素晴らしいわ! ねえ、アシュもそう思うでしょ?」 ヴェラが振り返り、背後に立つ人物に同意を求める。「ええ。とても……『興味深い』空間ですね、ヴェラ様」 透明な扉を潜り、最後に部屋へと足を踏み入れたのは。 一切の隙がない、完璧な漆黒の仕立て服に身を包んだ青年。 世界最悪のヤンデレ魔王、アシュ・ノクスだった。 彼は、靴を脱ぐというこの部屋のルールにも顔色一
彼を拾ったのは、純粋な合理性からだった。完成された理想の男がいないなら、真っ白な子どもを一から育て上げればいい。三百年間生きてきて、なぜこんな簡単なことに気付かなかったのか不思議なくらいだ。「……っ、おい、どこに行くんだよ」路地裏から引きずり出された少年――アシュは、私の手を振り払おうと必死に抵抗していた。だが、ひ弱な少年の力で、魔力で身体強化をしている私から逃れられるはずもない。「どこって、私のお家よ」「はなせ! 俺をどうする気だ! 奴隷商人か!? それとも怪しげな儀式の生贄か!?」「嫌だわ。そんな野蛮なことしないわよ」私はふふっと笑いながら、彼の灰色の髪を撫でた。泥と
「愛」というものが、私にはよくわからない。三百年間生きてきても、その正体だけは一向に掴めなかった。ただ、目の前を歩く老夫婦を見ていると、胸の奥がわずかに疼くような気がする。シワだらけの手と手をしっかりと繋ぎ、同じ歩幅でゆっくりと石畳を歩いていく二人。合理的ではない。手を繋げば片手が塞がり、いざという時の防御行動が遅れる。歩幅を合わせるのも、身体能力の低い方に合わせるという非効率な行為だ。けれど。「……とても、暖かそうね」カフェのテラス席で紅茶を傾けながら、私はぽつりと呟いた。誰かと寄り添い、共に老い、最期まで隣にいる。そんな『普通の夫婦』というものに、私はずっと憧れてい
朝。 さんさんと降り注ぐ陽光が、ダイニングルームを明るく照らしていた。 私は淹れたてのミルクティーを片手に、王都から取り寄せた新聞に目を通していた。 「……あら」 一面の大きな見出しを見て、私は思わず声を漏らした。 そこには、先日この屋敷にやってきて、私に不躾な態度をとった男の名前が踊っていた。 『バルバトス伯爵、深夜の屋敷で突如発狂! 当主の座を退き幽閉へ』 『不正蓄財と密輸の証拠も多数発見! バルバトス家、取り潰しの危機か』 記事には、伯爵が何かに酷く怯えた様子で「化け物が来る」「俺の目を潰しに来る」とうわ言を繰り返し、精神を病んでしまったと書かれてい
アシュを拾ってから三年。 十五歳の彼は、私の想像を遥かに超える速度で成長を続けていた。 「――そこまで」 私が声をかけると、中庭に響いていた激しい金属音がピタリと止んだ。 「はっ……はぁっ……」 荒い息を吐きながら木剣を下ろすアシュ。 彼の足元には、私が魔法で創り出した『泥人形(ゴーレム)』が、文字通り木端微塵になって散らばっていた。 ただの泥人形ではない。 大理石ほどの硬度を持たせ、一流の騎士三人分の動きをインプットした、実践用の高度な魔法生物だ。 それを彼は、たった一人で。 しかも魔法を一切使わず、剣術だけで圧倒してみせたのだ。 「素晴らし







