【玲司side】 そこまで考えたところで、我に返った。 馬鹿げている。 なぜ、俺があの女のために病院へ戻らなければならない。 医師がついているのだ。俺がそばにいたところで、何ができるわけでもない。 それなのに、鍵を差し込もうとする指が動かなかった。 しばらく扉の前で立ち尽くしていると、不意に内側から鍵の外れる音がした。 「玲司さん、お帰りなさい」 扉が開き、香澄が顔を覗かせた。 俺の姿を見つけると、いつもの穏やかな笑みを浮かべる。 「帰ってきたみたいだったから。どうしたの? こんなところで」 「あ、ああ……」 すぐに返事ができなかった。 目の前にいるのは、俺が愛すると決めた女だ。 いつもなら、その笑顔を見るだけで張り詰めた気持ちが和らいだ。 だというのに、今はどうしても、うまく笑い返すことができない。 「玲司さん?」 香澄が不思議そうに首を傾げ、俺の顔を覗き込んできた。 「何かあったの? 顔色が悪いわ」 「……いや、何でもない。ただいま」 無理やり口元に笑みを作る。 香澄は一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべたものの、それ以上追及することなく微笑んだ。 「お帰りなさい。疲れたでしょう?」 そう言って俺から鞄と上着を受け取った。 そのときだった。 香澄の表情が、わずかに曇った。 「……玲司さん」 「どうした?」 「もしかして……千影さんと一緒にいたのかしら?」 思わず息を呑んだ。 なぜ、わかった? いや、別に隠すようなことではない。 俺は千影の夫なのだ。 妻と会っていたところで、何の問題がある。 それなのに、なぜか問い詰められているような居心地の悪さを覚えた。 「ああ……少しな」 「そうなの?」 「話があると言って呼び出されたんだ。だが、大した用件じゃなかった」 口にしてから、妙な胸のつかえを覚えた。 ――大した用件ではなかった。 そうだ。千影の病気など、俺にとって大した問題ではない。 あいつの命が残り一年だろうと、半年だろうと、俺には関係のないことだ。 そう思っているはずなのに、なぜかその言葉がひどく薄っぺらく感じられた。 「……そう」 香澄はそれだけ答えると、静かに視線を伏せた。 その横顔には、どこか寂しげな色が浮かん
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