『……何の用だ』 電話が繋がって聞こえてきた父の第一声は、実の娘に向けるものとは思えないほど冷たかった。 「実の娘から連絡があったのに、『何の用だ』はないんじゃない? お母さんがあのあとどうなったのか、気にならないわけ?」 『嫌味を言うためにかけてきたのなら切るぞ』 「切れば? その代わり、今から本社のロビーに行って、お父さんが妻と娘を捨てたって大声でわめき散らしてあげるけど」 しばらく沈黙があった。 やがて、電話の向こうから盛大なため息が聞こえてくる。 『……はぁ。いいから、本題に入れ』 「聞きたいことがあるの。今からそっちに行くから」 『待て。これから来客がある』 「じゃあ、いつならいいの? 私は今日にでも話を聞きたいんだけど」 『こちらから連絡する』 「ちょっと、お父さ――」 耳元で、無機質な電子音が鳴った。 一方的に通話を切られたスマホを、私はしばらく睨みつける。 「……相変わらず勝手なんだから」 文句を吐いたところで、切れた電話が繋がり直すわけでもない。 奏人先輩の会社を出た私は、そのまま父の会社へ向かうつもりだった。 けれど、こうして拒まれてしまえば行く当てもない。 だからといって家へ帰る気にもなれず、私は目的もなく街を歩いた。 夏の日差しを避けるようにビルの影を選びながら、ただ足の向くまま歩く。 街の中で雑多な音をぼんやりと聞き流しながら歩いているうちに、いつしか見覚えのある建物が目の前に現れていた。 「……ここ」 思わず足が止まった。 大きなガラス張りのエントランス、その奥に広がる吹き抜け。 クラシックコンサートやオペラだけでなく、企業の催しなどにも利用される複合文化施設だ。 メインホールのほかにも、小さな展示スペースやレストラン、カフェなどがいくつか入っている。 そしてここは、私と玲司が初めて出会った場所だった。 正確には。大人になった私たちが、再会した場所。 まだ私がヴァイオリニストとして舞台に立っていた頃。 このホールで演奏した私を、玲司は客席から見ていた。 「……なんで、こんなところに来ちゃったんだろ」 自分でもわからない。 だけど、気づけば足は自然とエントランスへ向かっていた。 今日は大きな催し物がないらしく建物の中にいるのは、
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