翌朝になり、薄暗い公衆トイレの洗面台で、典子は震える手で安物のファンデーションを顔に塗りたくっていた。 娘の絵里香から「私の人生の邪魔」「ただの疫病神」として切り捨てられ、所持金は底を突きかけている。先日の幼稚園での誘拐未遂による現行犯逮捕で、彼女の社会的信用はすでに塵と化していた。行くあてもなく、雨上がりの街を彷徨う彼女の腹の底で煮えたぎるのは、反省ではなく、ドロドロとした強欲な飢餓感だけだった。(結衣さえ手に入れれば……あの憎き一条隼人から、一生分の金をせびり取れる……!) それが、行き場を失った彼女を突き動かす唯一の原動力だった。 だが、以前のように無防備に幼稚園へ近づけば、即座に通報されることは骨の髄まで理解している。 前夜の泥汚れを必死に洗い落とし、典子は手持ちの服の中で一番見栄えのするジャケットを羽織り、なけなしの金で買ったツバの広い帽子とサングラスを身につけ、上品な祖母を懸命に装った。 高級住宅街の一角に建つ、結衣が通う超VIP幼稚園—— 到着した典子は遠目からその光景を見て息を呑んだ。そこは以前、彼女がゴロツキを引き連れて強引に押し入ろうとした時とは全く異なる、強固な要塞へと変貌していたのだ。 敷地の周囲には一条グループのエンブレムを冠した黒塗りの車両が隙間なく並び、門前にはインカムを装着した屈強な男たちが、威圧的な沈黙を守って立ちはだかっていた。 一条隼人が愛娘を外界の悪意から守るために築き上げた、いかなる侵入も許さぬ、完璧な隔離空間だ。 典子は唾を飲み込み、送迎に訪れた他の保護者たちの列に紛れ込み、顔を伏せながらエントランスのゲートへと足を踏み入れようとした。 だが、その時——「お待ちください」「……な、何よ。私は孫の結衣を迎えに来たの。家族なんだから通しなさい」 典子は声を荒らげず、上品な祖母を演じて微笑んだ。 しかし、警備員はサングラスの奥の視線を一ミリも動かさず、手にしていたタブレット端末を一瞥した。 典子は呼吸を押し殺し、保護者たちの列に紛れ込んでエントランスのゲートへ向かった。顔を伏せ、何食わぬ顔でその敷居を跨ごうとする。 だが、次の歩を踏み出すより早く、死角から現れた二人の警備員が、典子の行く手を完全に塞いだ。「顔認証システムにより、対象者の特定を完了。桐島典子氏ですね。当施設への半径百メートル
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