All Chapters of 娘より間男を選んだ妻へ、無職の俺が一条財閥の後継者だと知っても、もう遅い: Chapter 51 - Chapter 60

144 Chapters

包囲網の完成

 ついにXデー当日、十五日の朝を迎えた。 京都の空は、これから降りかかる冷酷な現実を暗示するかのように、分厚い鉛色の雲に覆われている。 一条財閥ペントハウス、緊急対策室。 壁面に並んだ巨大モニターには、今夜の調印式および祝賀パーティの舞台となる超高級ホテルの平面図と、各所に配置された一条の特殊警備部隊の配置状況が青い光で表示されていた。「兄さん、すべての配置が完了しました」 凜がタブレットを操作し、最新のデータをメインモニターへと転送する。 画面に映し出されたのは、黒川商会を中心とした裏社会のネットワークと、政治家・警察幹部へつながる資金ルートの相関図だ。「黒川商会が海外へ逃がそうとしていた隠し資金のルート、および彼らに加担する裏社会の全ネットワークの特定が完了しました」 凜の声には、狩りの総仕上げを目前にした研ぎ澄まされた緊張感が宿っていた。「さらに、彼らに買収された警察上層部や政治家のリストも完全に掌握しています。これらを今夜の午後八時——宝生樹が資金の自動送金プログラムを起動し、絵里香が調印書にサインするのと全く同じ瞬間に、関係各所の監査部門や敵対派閥へ一斉送信する手筈が整いました」 隼人は腕を組み、モニターに映る相関図を冷ややかな瞳で見据えた。「ご苦労だったな。……これで奴らの退路は完全に断たれた」「ええ。彼らをこのまま泳がせれば、ただの詐欺師である宝生樹や絵里香だけでなく、背後にいる黒川龍臣や白鷺銀行の副頭取、さらには癒着している権力者という巨悪まで、すべて一つの網で完全に釣り上げられます」 それは一条の莫大な財力と情報網を極限まで駆動させた、何重にも連なる死の包囲網だった。 物理的な退路の封鎖、電子的な隔離、そして政治的な防波堤の完全破壊。これらが数秒の誤差もなく完璧に連動しなければ、黒川のような裏社会のトップはわずかな隙を突いて逃げおおせてしまう。 わずかな綻びも許されない、極限の頭脳戦の最終局面だ。「……だが、敵も素人ではない」 隼人はモニターから視線を外し、振り返って凜へ告げた。「黒川龍臣が自ら会場へ足を運ぶということは、当然、自身の周囲に最も優秀な『清掃屋』を配置してくるはずだ。いざとなれば、力ずくで血路を開こうとするだろう」「その対策も抜かりはありません」 凜は自信に満ちた笑みを浮かべた。「会場となる
Read more

愚者たちの狂宴

 午後七時。 京都市内で最も格式高い超高級ホテルのグランドボールルームは、煌びやかなシャンデリアの光と数百人の招待客の熱気に包まれていた。 エリカ・パートナーズが主催する『未来湾岸総合開発・本契約調印式および祝賀パーティ』 会場には多数のメディアのカメラが並び、利権の匂いを嗅ぎつけた投資家たちがグラスを片手に談笑している。 だが、この華やかな会場にいる誰も、自分たちが一条財閥によって完全に包囲された巨大な鳥籠の中にいることなど、微塵も気づいていなかった。 タキシードを着たウェイターも、壁際に立つ警備員も、すべては凜が手配した一条の特殊部隊だ。退路はすでに完全に断たれている。「本日の主役の登場です!」 司会者の声と共に会場の照明が落とされ、巨大なスポットライトがエントランスを照らし出した。 そこへ姿を現したのは、海外から取り寄せた真紅のオートクチュールドレスに身を包んだ絵里香と、完璧なタキシード姿の宝生樹だった。 無数のフラッシュが焚かれ、拍手が沸き起こる。 絵里香は自信に満ちた笑みを浮かべ、レッドカーペットの上を優雅な足取りで進んでいった。(ああ……最高だわ! 私が世界の中心よ!) 自社の運転資金が完全にショートしている事実など、彼女の頭の中には存在しなかった。あと一時間後、ステージ上で調印書にサインさえすれば、白鷺銀行から莫大な本融資が振り込まれる。そう狂信している彼女にとって、この拍手は自分の完全なる実力を証明するものだった。 絵里香の隣を歩く樹は完璧な営業スマイルを振りまきながら、左腕の高級腕時計をちらりと確認した。 時刻は午後七時十五分。(あと四十五分。午後八時ちょうどに黒川商会から引き出した百億円はすべて俺の海外口座へ送金される。そしてこの女は一人で莫大な借金と不渡りの責任を背負うことになる) 樹は隣で手を振る絵里香を見下ろし、内心で冷ややかな嘲笑を浮かべた。 一方、ステージの最前列に用意された特等席のVIPテーブル。 そこには、裏社会を牛耳る黒川商会のトップ・黒川龍臣と白鷺銀行の副頭取が深く腰を沈めていた。「随分と派手に踊っているな、あの道化は」 黒川は手元のグラスを揺らし、ステージへ向かう絵里香を侮蔑の眼差しで見据えた。「自分に数百万の価値すらないことを自覚していない女ほど、見苦しいものはない」「黒川会長の
Read more

玉座の幻影と見下す視線

 数百人の招待客で埋め尽くされていたグランドボールルームの喧騒は、水を打ったように消え去っていた。 豪奢なシャンデリアの光の下、完璧な仕立てのスーツを纏う一条隼人がレッドカーペットの上に一歩を踏み出す。 ステージの中央でマイクを握っていた絵里香は、エントランスに現れた男の顔を認め、大きく目を見開いた。だが、その驚きは数秒で極上の優越感へと塗り替えられる。「……あら。まさか、本当に来るなんてね」 スピーカーを通した絵里香の甲高い声が張り詰めた空気を不快に引き裂いた。「皆様、ご覧ください。あちらに立っているのが私の元夫です。私が稼いだお金に寄生し、定職にも就かず主夫ごっこをしていた、哀れで無能な男よ!」 その言葉に、会場を埋める投資家やインフルエンサーたちから、一斉に侮蔑の視線が隼人に向けられる。ヒソヒソという嘲笑の波紋が広がっていく。「招待状は送ってあげたけれど、本当に私の大成功を羨みに来るなんて。自分がどれだけ無価値な存在か、この華やかな舞台を見て完全に理解したかしら?」 絵里香の言葉は止まらない。肥大化した虚栄心は、かつての夫を大衆の面前で踏みにじることで最高潮に達していた。 彼女の視線が隼人の背後に立つ凜へと移る。「そして、そこにいる女! 銀座のブティックで私を追い出したこと、忘れていないわよ。一条の最高幹部だか何だか知らないけれど、結局は男の権力と金にすがるだけの惨めな愛人じゃない! 自分の実力で業界のトップに立った私から見れば、虫唾が走る寄生虫ね!」 絵里香の暴言を浴びた凜の顔から、一瞬にして表情が消え失せた。 天下の一条を統べる王を「哀れで無能」と呼び、さらには一条の最高幹部である自分を「惨めな愛人」と公衆の面前で愚弄したのだ。 凜の周囲の温度が急激に下がり、その切れ長の瞳に明確な殺意が宿る。今すぐこのステージに上がり、その愚かな舌を引き抜いてやりたい衝動に駆られたが、凜はギリッと奥歯を噛み締め、隼人の一歩後ろという定位置から動かなかった。 今日の主役は、あくまで目の前の王だからだ。 会場から下品な笑い声が上がる中、最前列のVIPテーブルに座る黒川龍臣だけは、不快そうに眉間へ深いシワを刻んでいた。 黒川の背後には、彼を護衛する屈強な男たちが数名控えている。彼ら裏社会の人間から見ても、今夜の主役であるはずの絵里香の振る舞いは
Read more

断頭台への最後の一段

 隼人の感情が完全に削ぎ落とされた静かな声と圧倒的な沈黙—— それは絵里香が期待していた焦りや怒りとは対極にある、強者の余裕そのものだった。 絵里香は一瞬、得体の知れない重圧に息を詰まらせた。しかし、背後には自分を持て囃す何百人もの招待客とメディアのカメラがある。ここで怯むことは、肥大化した彼女のプライドが絶対に許さなかった。「な……なによ、偉そうに!」 絵里香はマイクを握る手に力を込め、ヒステリックな声を張り上げる。「どうせ、私たちが一条から奪い取った『未来湾岸総合開発』の権利を、今更力ずくで取り返すために見苦しく乗り込んで来たんでしょ? でも、もう遅いわ! この利権はすべてエリカ・パートナーズのものよ!」 喚き散らす絵里香に対し、隼人は反論の言葉すら発しなかった。ただ、無価値なガラクタを見るような目で彼女を見下ろしているだけだ。 その隼人の背後から凜が静かに一歩前に出た。 彼女の美しい顔には、先ほど絵里香から「惨めな愛人」と公衆の面前で罵倒されたことに対する怒りは微塵もない。あるのは、これから自ら処刑台に上がる罪人へ向ける冷笑だった。 凜は優雅な笑みを浮かべ、マイクを通さずともはっきりと通る声で告げた。「あなたが今からサインしようとしている、その契約書の『本当の重み』に耐えられるといいですね」 罠の全貌を明かすことはしない。ただ、最後の慈悲とも言える意味深な警告だけを、冷ややかに言い放つ。「……は?」 絵里香は一瞬きょとんとし、次いで腹を抱えて甲高い笑い声を上げた。「あはははっ! 何よ、それ。意味深なことを言って私を脅そうとしているの? 本当の重みですって? 百億円という資産と莫大な利権の重みのことかしら? 安心なさい、私にはそれを動かすだけの才能と実力があるのよ」 絵里香は鼻で笑い、顎をツンと上げて見下ろした。「敗者の負け惜しみを言ってないで、惨めな底辺らしく隅の方で見ていなさい!」 絵里香の言葉に同調するように、会場の一部からパラパラと嘲笑が湧き起こる。 隼人は狂喜する絵里香の顔を静かに見つめた。(これが、お前に与えた最後の機会だ) もし、ここで彼女が契約書の不自然さや己の行動に一ミリでも疑念を抱き、立ち止まることができていれば、破滅の規模は変わっていたかもしれない。 だが、彼女は自ら真実を知る最後のチャンスを完全
Read more

Xデー、ギロチンは落ちる

 午後七時五十九分。 数百のカメラのレンズと眩いフラッシュの光を全身に浴びながら、絵里香は純金製の万年筆を走らせた。 分厚い契約書の最終ページ。そこへ『株式会社エリカ・パートナーズ 代表取締役 桐島絵里香』と力強く署名し、自らの全存在を懸けた実印を押す。 朱肉の鮮やかな赤が紙面にしっかりと刻み込まれた。「——ここに本契約は無事に締結されました!」 司会者の高らかな声と共に、会場を揺るがすような拍手と歓声が沸き起こる。(勝った……! 私が一条を出し抜いて、業界のトップに立ったのよ!) 絵里香は立ち上がり、満面の笑みで両手を高く掲げた。脳内は完全に、自分が世界の女王として君臨したという極上の全能感で満たされていた。 自分の会社が有害物質の埋まる土地を抱え込み、一円の価値もない泥船へと変わったことなど、彼女の視界には入っていない。 一方、歓喜に沸くステージの端——絵里香の一歩斜め後ろに立つ宝生樹は、誰にも気づかれないよう手元のスマートフォンの画面に視線を落としていた。 時刻は午後八時ちょうど。 黒川商会から引き出した百億円の資金を、自らのスイスの隠し口座へ全額送金するためのタイマーが起動する時間だ。(馬鹿な女だ。この歓声を聞きながら莫大な借金と共に地獄へ落ちろ) 樹は歪な笑みを浮かべ、画面に表示された『送金実行』のボタンを親指でタップした。 緑色のプログレスバーが走り——次の瞬間、画面全体が毒々しい赤色に染まった。『ERROR:全口座凍結(送金先ノードが変更されました)』「……は?」 樹の顔から完璧な営業スマイルが滑り落ちた。 タップし間違えたのかと焦り、震える指で何度も画面を叩く。だが、表示されるのは残高「ゼロ」の文字と、一条グループの強固なファイアウォールによって口座が完全にロックされたことを示す警告文だけだった。「嘘だろ……。俺の金が……送金できない……?」 逃走資金をすべて奪われ、自分自身が完全に一条の掌の上で転がされていた道化であったという事実に気づき、樹は呼吸を忘れて、その場にへたり込みそうになった。 だが、絶望のどん底へ叩き落とされるのは、彼一人だけではなかった。 耳を劈くような鋭い破裂音がスピーカーから鳴り響き、グランドボールルームを照らしていた豪奢なシャンデリアの光が、突如として一斉に消え去った。 非常灯の
Read more

死地からの生還と勘違いの狂喜

 祝賀パーティの阿鼻叫喚から一夜明けた、エリカ・パートナーズの社長室。 床には散乱した書類が転がり、室内の空気は重く澱みきっていた。「どうして……どうしてこんなことに……!」 化粧の崩れた顔を両手で覆い、絵里香はデスクの前にへたり込んでいた。 モニターには昨日から変わらず『全口座凍結』の赤い警告文が表示され続けている。本日中に取引先への支払いができなければ、エリカ・パートナーズは手形不渡りを出し、完全に倒産する。 ソファの隅では、完璧だったはずのスーツをシワだらけにした宝生樹が、生気を完全に失った顔で頭を抱えていた。 逃走資金の百億円を一条のハッキングによって完全に封じられた彼は、裏社会の黒川商会から命を狙われる恐怖に身体を震わせている。 時計の針が破滅の刻限へと容赦なく進んでいく。 だが、その時だった。 デスクの上のノートパソコンから、微かな電子音が鳴った。 絵里香が血走った目で画面を見上げると、そこを埋め尽くしていた毒々しい赤い警告文が突如として消え去った。 代わりに表示されたのは、見慣れた銀行の決済画面。そして、そこには黒川商会から引き出した「百億円」の残高が、はっきりと印字されていた。「……え? 樹くん! 口座が……凍結が解除されてるわ!」 絵里香の甲高い叫び声に樹が飛び起きる。彼は震える手でパソコンのキーボードを叩き、テスト送金を実行した。 画面に『送金完了』の文字が浮かび上がる。「動く……。資金が動かせる……!」 樹は信じられないものを見るように目を見開いた直後、自身のスマートフォンを手に取り、黒川商会の幹部へ直接電話をかけた。 数分の会話を終え、電話を切った樹の顔に、いつもの狡猾な血の気が戻ってくる。「……黒川会長が動いたそうです。警察上層部や金融庁の重鎮へ莫大な裏金をばら撒き、一条が仕掛けた法的な口座凍結を強引に差し止めたと」 樹の報告を聞き、絵里香の顔にみるみるうちに極上の喜悦が広がっていった。「あはははっ! 見た!? 一条隼人が仕掛けたハッキングなんて、ただの小細工に過ぎなかったのよ!」 数分前までの絶望を完全に忘れ去り、絵里香は狂ったように高笑いを上げた。 自らの手で問題を解決したわけでもないのに、彼女の肥大化した虚栄心は、この状況を都合よく解釈し始める。「天下の一条といっても、結局は権力の前にひ
Read more

再起を誓う狂気の宴と底なしの罠

 数日後—— エリカ・パートナーズが入居するインテリジェントビルの最上階では、耳を劈くようなクラブミュージックが鳴り響いていた。 一時的な口座凍結という絶望から首の皮一枚で生還した絵里香は、敗北の恐怖を酒と熱気で完全に塗り潰すかのように、昼間から豪奢なケータリングを呼び寄せ、狂乱のパーティを開いていた。「皆様! 先日の不手際、心配をかけてごめんなさいね! あれは銀行側のくだらないシステムエラーだったのよ!」 絵里香は片手に高級シャンパンのグラスを持ち、札束で再び呼び戻したインフルエンサーたちに向かって高らかに宣言した。「でも、安心して! 私たちは一条グループの弱点を完全に握ったわ。彼らが発表した『フェーズ2』の巨大事業は、私たちが強奪した土地がなければ進められないの。これからは私たちが一条の命運を支配するのよ!」「さすが絵里香さん!」「一生ついていきます!」 中身のない称賛の声とグラスの触れ合う音が響く。絵里香は自分が世界の覇者であるかのように振る舞い、さらにシャンパンを煽った。(一条隼人……! 私をコケにしたこと、絶対に後悔させてやる!) 極度のストレスと虚栄心が渦巻く彼女の脳内は、もはや正常な判断力を完全に失っていた。 その狂騒から少し離れた社長室の片隅—— 宝生樹は冷ややかな目で絵里香の姿を一瞥すると、手元のスマートフォンを耳に当てていた。通話の相手は黒川商会のトップ・黒川龍臣だ。『警察上層部を動かして、一条による口座凍結を一時的に解除させた。だが、一条の法務部も馬鹿ではない。すぐに次の手を打ってくるはずだ』 黒川の低いダミ声が、スマートフォンのスピーカーから聞こえてくる。「ええ、分かっています。一条が発表したフェーズ2の『金融決済プラットフォーム』。これを我々が手中に収めれば、一条の目を通さずに、世界中へ巨額の資金を洗浄・移動させる完璧なルートが完成します」『そうだ。あの頭の空っぽな女社長を前面に立たせ、お前は裏からシステムの権利を奪い取れ。失敗は許さんぞ』「ご安心を。一条の審査を通過させるため、私個人の経歴を『国際的な金融コンサルタント』として完璧に偽装し、海外のペーパーカンパニーを経由した参入申請を作成中です。……あの女は最後まで便利な盾として使い潰しますよ」 通話を切った樹は眼鏡のブリッジを押し上げ、口の端を歪めた
Read more

一条の宣戦布告、真の超大型計画

 無数のカメラのフラッシュが、巨大なホテルのメインホールを白昼のように照らし出している。 壇上に設置された巨大なスクリーンには、『一条グループ・未来湾岸総合開発計画(フェーズ2)』の文字が大々的に掲げられていた。 無数のマイクの前に立つのは、一条財閥・地方支社代理責任者である凜だ。彼女は洗練されたスーツ姿で、熱気に包まれた数百人のメディア関係者を真っ直ぐに見渡した。「皆様、本日はお集まりいただき感謝いたします。一条グループが総力を挙げて推進する、次世代の都市開発——その本丸となる『フェーズ2』の全貌を発表いたします」 凜のよく通る声がホール全体に行き渡る。「本計画は単なる不動産開発に留まりません。環境配慮型の『スマートシティ』の構築、最新鋭の設備を備えた『国際医療センター』、そして……国家間の越境取引すらも可能にする、独自の『次世代・金融決済プラットフォーム』の導入を予定しております」 その言葉が発せられた直後、会場に大きなどよめきが走った。 総額数千億円規模。そこから生み出される経済効果や取引額を考えれば、数兆円にも上る巨大な利権だ。現代の富と権力のすべてが詰め込まれたようなスケールに、記者たちは一斉に色めき立ち、先を争うように質問の声を浴びせかけた。 会場の喧騒から少し離れた、防音ガラスで仕切られたVIP専用のモニタールームでは、腕を組んだ隼人が眼下で狂乱するメディアの熱気を見下ろしていた。「見事な反響だな」 背後に控えるサイバーチームのチーフが、手元の端末を操作しながら報告を入れる。「はい。発表と同時に、国内外の数百の企業から提携や参入の申請が殺到しています。……しかし会長、これほど大規模に間口を広げてしまえば、正規の企業に紛れて、黒川商会のような裏社会のダミー会社まで大量に入り込んでしまいませんか?」 チーフの懸念はもっともだった。莫大な金が動く決済プラットフォームは、資金洗浄を目論む犯罪組織にとって最高の隠れ蓑になる。 だが、隼人はグラスの炭酸水を口に含み、明確な意志を持った声で応じた。「それで構わない。いや、それが狙いだ」「狙い、ですか?」「この金融プラットフォームのセキュリティは、一条の全技術を注ぎ込んだ特殊仕様だ。不正な資金移動、経歴を偽造したペーパーカンパニー、違法な海外送金ルート……それらを実行しようとアクセスし
Read more

魔性の餌に食いつく寄生虫

「つまり、一条の『金融決済プラットフォーム』の初期参入枠を狙って、さらに百億円の追加融資を引き出したいと?」 黒川商会の応接室。分厚いシガーの煙が漂う中、黒川龍臣はソファに深く腰を沈め、薄笑いを浮かべて目の前の宝生樹を見据えた。 隣には白鷺銀行の副頭取が額に汗を浮かべて控えている。「はい。一条のシステム中枢に入り込むには、彼らが要求する『国際的な信用残高』の基準をクリアする必要があります。エリカ・パートナーズの現在の資金力では足りません」 樹は恭しく頭を下げながらも、淀みなく答えた。「ですが、この初期参入枠さえ確保できれば、一条の監視の目を完全にすり抜け、世界中のタックスヘイブンへ無尽蔵に資金を移動できる洗浄ルートが完成します。黒川会長にとっても破格の利益をもたらすはずです」 樹が提示した計画書を眺め、黒川は喉の奥で低く笑った。「相変わらず、他人の金と他人の会社を使って博打を打つのが上手い男だ。だが、エリカ・パートナーズはすでに前回の百億で自社株を担保に入れている。これ以上の融資は、あの女の命そのものを担保に取るに等しいぞ」「構いません」 樹は眼鏡の奥の瞳を冷ややかに細めた。「絵里香には、『この資金で一条を完全に飲み込める』と吹き込んであります。彼女は自らの承認欲求を満たすためなら、どんな契約書にも喜んで実印を押すでしょう。……もし計画が失敗したとしても、すべての責任をあの女に被せて、私は確実に資金を回収してそちらへお渡しします」「……いいだろう」 黒川は吸い殻を灰皿に押し付け、隣の副頭取へ顎で指示を出した。「おい。この件、白鷺銀行の裏口座を使って即座に通してやれ」「なっ……!?」 副頭取が血相を変えた。「本気ですか、黒川会長……!?」 副頭取が血相を変えて身を乗り出した。「お、お待ちください! このようなハイリスクな要求を丸呑みにして、さらに百億の追加融資を即座に実行するなど……! 短期間で総額二百億もの金が動けば、一条の監査部や金融庁の目に留まる危険が高すぎます! 私自身の立場も危うく……!」「私の命令に逆らうのか?」 黒川の凄みを帯びた声が響く。「一条の目など、どうにでも誤魔化せる。表向きは厳格な審査を装い、裏のシステムで強引に承認しろ。お前はこれまで通り、書類の数字をいじるだけでいい。……お前が今まで私から受け取っ
Read more

落ちぶれた毒親の再来

 京都市の郊外にある、築五十年は下らない薄暗い木造アパート。 そのカビ臭い四畳半の一室で、桐島典子は薄汚れたスウェット姿のまま、スーパーの半額シールが貼られた冷たい弁当を虚ろな目で口に運んでいた。 数週間前まで彼女はハイブランドの服に身を包み、高級レストランで優雅に食事を楽しむセレブだった。 しかし、結衣の誘拐未遂事件で逮捕されて以来、彼女の人生は完全に暗転した。一条財閥の法務部による容赦のない損害賠償請求と財産の差し押さえにより、銀行口座も貴金属もすべて奪われ、なけなしの生活保護費すらも非合法の闇金に搾取される地獄の日々……「一条……一条隼人め……! あいつさえいなければ私は今でも……っ!」 典子は畳を力強く叩き、血走った目で天井を睨みつけた。 自分が愛する孫を金づるとして誘拐しようとしたという、罪の意識など微塵もない。すべての不幸は自分を陥れた元義理の息子のせいだと、強烈な逆恨みだけを煮えたぎらせていた。 その時、畳の上に無造作に放り出されていた、画面の割れた古いスマートフォンが安っぽい着信音を鳴らした。 画面に表示されたのは『絵里香』の文字—— 自分を「ブランドに傷がつくから」という理由で見捨て、裏路地へ追い払った実の娘からの着信だ。 典子は一瞬、恨み言をぶつけてやろうと画面を睨んだが、娘がまだ金を持っているかもしれないという浅ましい計算が働き、慌てて通話ボタンを押した。「……なんの用よ! 私をゴミみたいに捨てたくせに!」『お母さん! ごめんなさい! あの時は一条の監査が入る前で、私もピリピリしていたの。本当に悪かったわ』 電話の向こうから聞こえてきたのは、予想外に甘く、猫撫で声のような絵里香の謝罪だった。「なによ。急に手のひらを返して」『お母さんに、どうしても伝えておきたい最高のニュースがあるの。……私たち、ついに一条に勝ったのよ!』「……勝った? 一条に?」 典子の声が裏返る。 絵里香は得意満面に、白鷺銀行から追加で百億円の融資を引き出したこと、そして一条が手掛ける『未来湾岸総合開発』の権利を自分たちが完全に牛耳ったことを、誇張に誇張を重ねて語り始めた。『今、うちの会社には二百億円の現金があるわ! でもね、フェーズ2の周辺インフラを完全に買い占めて、一条を私たちの足元に跪かせるには、あと少しだけ手持ちの現金が必要なの
Read more
PREV
1
...
45678
...
15
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status