All Chapters of 逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。: Chapter 31 - Chapter 40

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31. 原因と特別

ここから出て、リリーとして好きに生きていい。衣食住を含め、あちらでの生活の全てを支援するので、何も心配はいらない。そうアルトワ夫妻に言われた私はなかなか息苦しい毎日を送っていたが、またそんな毎日に耐えられるようになっていた。今までとは違い、終わりが見えているからだ。あとどのくらいでアルトワから離れられるのか具体的な日数はわからない。だが、私のために2人は急ピッチでことを進めてくれると言ってくれていた。きっと1ヶ月もしないうちにここから出られるだろうと期待も込めて思う。そんな毎日を送る中で、私は常々疑問に思っていたことの答えをついに見つけてしまった。「ゔぅ…ぅ…」アルトワ伯爵邸内の廊下を何となく歩いていると、聞こえてきたすすり泣く女性の声。気になってその声の方へ向かうと、レイラ様が今使っている部屋の前へとたどり着いた。そしてたまたまほんの少しだけ扉が開いていたので、思わず中を覗いてみると、そこには静かに泣いているレイラ様と、そんなレイラ様を気の毒そうに見つめ、囲む、複数のメイドたちの姿があった。「…私、リリーが怖いの。自分の居場所が奪われそうだからと口も聞いてくれないし、目が合えば睨むし。セオとウィルなんて、無理やり彼女に縛られて、彼女の傍にいるしかないのよ?本当に2人が可哀想だわ。でも私、怖くてリリーには逆らえないの…」うるうるとその美しい星空のような深い青色の瞳に涙を溢れさせ、メイドたちに訴えかけるレイラ様はあまりにも儚げで、弱々しい。そんなレイラ様にメイドたちは一斉に哀れみの視線を注いだ。「レイラ様、大丈夫ですからね。私たちがアナタ様をお守りいたします」「あのニセモノのことなら私たちにお任せを」メイドたちがレイラ様を少しでも安心させようと優しく笑っている。泣いているレイラ様にそれを慰めるメイド。この光景を見て私はわ
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32. 欲しかった言葉

「ニセモノのくせに本当、図々しい女ね」朝、人気のない学院内の廊下を珍しく1人で歩いていると、イザベラ様たちと遭遇した。先頭にイザベラ様を始め、彼女の後ろに控える友人たちの鋭い視線に朝から嫌な気分になる。ここにせめてウィリアム様かセオドアがいてくれれば、壁になってもらえたのだが、今はいないのでそういうわけにもいかない。これは長引きそうだ。「レイラ様がお可哀想だわ」「ニセモノはニセモノらしく引っ込んでおけばいいものを」「ホンモノには敵わないからと自分こそがホンモノだと主張し続けるなんて」早速始まったイザベラ様の後ろに控えるご令嬢たちの私を責める言葉に気が滅入る。何故、このご令嬢たちは真実かどうかもはっきりとわかっていないことを、誰かの言葉だけを簡単に信じて、人のことを責められるのだろうか。「ねぇ、早く私の親友、ホンモノのレイラを返して」状況にげんなりしていると、イザベラ様はそんな私に詰め寄り、ドンッと強く私の胸を押した。私を押したイザベラ様と、私を睨む複数のご令嬢たち。怒りの感情に晒され続けることが息苦しくて仕方がない。本当は今すぐでも自分がニセモノであることを認め、レイラ様がもうすぐ帰ってくることを伝えたい。だが、アルトワの方針では一応、私とレイラ様が入れ替わるまでは、私がレイラ様だ。たとえ、もう私がニセモノだと広まっていたとしても、その方針に逆らうつもりはない。なので、私は未だにこちらを力強く睨み続けるイザベラ様にいつも通り淡々と応えることにした。「ご安心ください。もう少しお待ちいただければイザベラ様の望む結果になりますので」「はぁ!?もうその話はやめてくれる?いつもそう言うけど、結局次の日もお前がここにレイラとして来るじゃない!」「ですが、信じていただければ…」「お前
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33.最後に笑うのは

もうすぐここから出られる。ただその事実だけを胸にこの嫌がらせを受け続ける最悪な日々を耐えてきた。そして、今日、私はやっと解放される。歩き慣れてしまったアルトワ伯爵邸内の廊下を1人で軽やかに歩く。荷物はもうあちらに送っているので、今私の手には何もない。この綺麗で洗練された美しいお屋敷とも今日でお別れだ。もうここへは来ないのだと思うと、少々寂しい気もするが、それでもやはりこれからの自由を思うと、嬉しさの方が勝つ。新しい生活の場となる別荘に着いたらまずはお父様とお母様に会いに行こう。それからこの6年間のことをたくさんたくさん話すのだ。のんびり過ごすのもいい。好きな刺繍に没頭するのもいい。アルトワ伯爵家に支援されているとはいえ、いずれは独り立ちせねばならないので、事業を始める傍らで、どこかで働くのもありだ。フローレスの事業を手伝うのもいいだろう。あちらに行ってやりたいことが私にはたくさんあった。明るい未来に胸を躍らせながら、久しぶりに明るい気持ちで、私は玄関ホールまで向かう。そしてそこに広がっていた光景に目を見開いた。何故かたくさんの使用人たちがまるで私を見送るかのようにそこにいたからだ。私はここからひっそりと出るつもりだった。だから人の注目を集めない早朝にここから出ると決めていた。だが、まだ朝の4時だというのに、何故かそこは使用人たちで溢れていた。…ニセモノの最後でも見にきたのか?疑問に思いながらも使用人たちの間を歩くが、悪意や怒りの視線は感じない。どの使用人も厳かな雰囲気で私を見守っていた。「リリー!」使用人たちの間からついに玄関の扉まで辿り着いた私を奥方様が優しい笑顔で迎え入れる。奥方様の横には当然、伯爵様もおり、さらにセオドアとレイラ様、ウィリアム様までいた。アルトワ一家の皆様が私のことを見送りに来るのはわかるのだが、何故、何の
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【番外編 レイラ・アルトワ 1.特別な少女】

ーーーアイリス。それが、私の名前だ。私には、苗字がない。かつてはあったのかもしれない。けれど、私にはその記憶がない。数ヶ月前、ある村の近くの川辺に、天使のように美しい少女が倒れていた。その少女は驚くことに自分が何者かさえもわからないという記憶障害を起こしており、村人たちは保護した当初、大変困り果てていた。ここはこの国の中でも、山の奥深くにある辺境の地。人探しをする情報を集めようにも、その術がないのが現状なのだ。それでも優しい彼らは、記憶を失い、身元さえもわからない少女を、せめて自分たちの村の子どもとして育てようと受け入れた。医者によるとおそらく12歳くらいだと言われた少女。彼女には、新たに〝アイリス〟という名前が与えられた。山に囲まれた小さな村。簡易的な似たような家や店、畑が並ぶこの自然豊かな村で、私は1人、異質な存在だった。ふと、目にした家の窓に、その異質な存在である私が映る。鎖骨の下まで伸びる艶やかな黒髪に、そこから覗く明るい星空のように輝く濃い青色の瞳。右目の下には控えめなホクロがあり、忘れられない印象を与える。この村の人々は皆、質素で、特徴の薄い、またはあまり整っていない顔立ちの人が多い。その為、彼らと私では、何もかもが違っていた。私だけが特別な輝きを放っていた。おそらく、私は彼らとは違うものなのだろう。川辺に倒れていたということは、どこかから流れて来たということだ。天上から流されてきた天使だ、という村人もいるが、そうであってもおかしくはない。ここにいる誰もが望んでも行くことのできない、そんな場所から私は来たのではないか。そう証明したいのだが、私にはそうするための記憶が綺麗に失われていた。どんなに美しくとも、どんなに他と違おうとも、それを証明する術がない限り、私はただの小さな村にいる一住人にすぎない。特別でもなんでもない
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【番外編 レイラ・アルトワ 2.私のもの】

〝レイラ〟という名は、私のものだ。だが、私は今も〝アイリス〟として生きていた。そうアルトワで決めたからだ。では、何故そうなったのか。それはレイラと名乗る私の代わりであるあの子と私を今急に入れ替えるとなると、双方に悪影響が及ぶと判断されたからだった。私とあの子では、何もかもが違う。6年前は、私に似ていたらしいあの子にはもう、ホンモノである私のような輝きはない。そんな私たちが入れ替われば、誰だって違う存在がレイラを名乗っている、となるだろう。私がホンモノだというのに。そうなれば、いろいろな悪い噂やしなくてもいい苦労をすることになる。そうならないためにも、数年単位で徐々に、私たちを入れ替えるという結論に辿り着いた。この話を父と母から聞かされた時、私は酷く心が冷えた。一体、何を恐れてそんなことを言っているのか。私が悪い噂などに屈するはずがないのに。私ならどうにでもできる。それを両親も弟も、わかっているはずなのに。あの子を悪者にすればいい、私が悲劇のヒロインになればいい。ホンモノである私はリリーの手によってどこかに監禁され、リリーはその状況にほくそ笑み、レイラのフリをして、いつまでもそこに居座り続けていた、だとか、レイラはリリーからの暴力を恐れ、逆らえなかった、だとか。思いつく酷い話など山ほどあるし、貴族とは時に自身の利益のためならそうやって、世論を嘘で動かすものだろう。けれど、そうしないのは、両親があの子にも愛情を注いでいるからだ。彼らは、リリーを家族として認め、最善を尽くそうとしているのだ。その事実が、私は癪に障った。あの子はなんの血の繋がりもない、ただの男爵令嬢だ。それも男爵家のために売られた存在。我が家の所有物、使用人と同じような立場なのだ。そんなもの、捨て置けばいいものを。何故、私と同等に扱うのか。「アイリスもまた今度一緒にレイラの学院で
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【番外編 レイラ・アルトワ 3.悲劇のヒロイン】

レイラ・アルトワとして、全てを取り戻す。その為に、まずは味方を作った。アルトワには、元々私こそがレイラであると知っている使用人たちもいる。彼らの中には、当然、今の状況に難色を示す者の方が多い。そんな彼らに、私は不安と涙を見せた。「私は今の状況に何一つ不満はないの。けれど、リリーがね、私に全てを奪われると思ったのか、とても冷たいの。目が合えば鋭い目つきになるし、言葉数も少なくて…」辛そうにそんなことを言い、まぶたを伏せれば、皆、私に同情した。実際、あの子は、積極的に私と関わろうとしない。いつもどこか一歩引いている。その姿をこれでもかと悪く見えるように言えば、あの子のなんてことない言動一つが、私を攻撃しているように見えるだろう。私の思惑通り、使用人たちは正義感から私を守ろうとし、時にあの子に攻撃もした。どんどんあの子に対して、使用人たちは冷たくなり、世話をする者は消え、さらにはあの子に毒を盛った者まで現れた。そして、今はあの子が使っている私の部屋から、レイラ様のものを取り戻すのだと、服やアクセサリーなどを運び出す動きもあった。けれど、この騒ぎが大きくなればなるほど、その黒幕が暴かれやすくなるというもの。私はあくまで被害者である、というスタンスを崩さず、さらには、いつも弱々しく、彼らにこう言っていた。「ねぇ、どうか私がこんな弱音を吐いていることなんて誰にも言わないでね。私は常に完璧でいたいから」すると、彼らは私の尊厳も守るのだ!と、決して涙を見せた私の話を他言しようとはしなかった。これで屋敷内でのあの子の居場所はなくなった。ーーーだが、これだけでは足りない。私はまだまだその手を止めなかった。レイラ・アルトワにはたくさんの苛烈なお友達がいるのだ。社交界で強者であり続ける為には、そういったお友達も必要だ。自分の手を汚さず、邪魔者
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【番外編 レイラ・アルトワ 4.最後に笑うのは】

私の思惑通りにことは進み、あの子はついに〝レイラ・アルトワ〟であることを手放した。 私にその名を返し、リリーとしてアルトワを出ていくらしい。 父と母にそう知らされた時、どんなに嬉しかったことか。 その嬉しさが表に出ないように、どれほど耐えたことか。 あの子は周りの迷惑も考えず、早朝にここから出ていくそうだ。 仮にもアルトワの娘の旅立ちだ。当然、この家の使用人たちは、彼女を見送りに集まらなければならない。 父も母もそうするようで、何とセオドアやウィリアムまでもそこに立ち会うと言っていた。 何も全員で見送らなくても。 あの子はただの男爵令嬢であり、アルトワの所有物にすぎないというのに。 そう思うが、女神のように慈悲深く、完璧なレイラ・アルトワならそんなこと、口にしない。 早朝から出る迷惑なあの子の行いに、嫌な顔ひとつせず、朗らかに微笑むのだ。 どうか、お元気で、と。 ーーーそう、なるはずだった。 「セオ…!ウィル…!」 私から悲痛な声が漏れる。 伸ばした細い指先の向こうには、どんどん遠ざかっていく馬車がある。 あの馬車には、セオドアとウィリアムが乗っていた。 どうして。 どうしてこうなってしまったの。 あの子は1人でここから消えるはずだった。 だが、蓋を開けてみれば、あの子は消えるどころか私の大切な人を連れ去ってしまったのだ。 『姉さん。コイツはね、いずれ、今とは違う形で僕たちの家族になる人なんだ。そんな家族を1人にするわけにはいかないでしょ?』 つい先ほど、当然のようにそう言ったセオドア。
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【外伝】1.リリーの憂鬱

無数の窓から柔らかな朝日が降り注ぐ。 アルトワ伯爵邸と比べれば小さい食堂。 けれど、立派なここの机の上には、様々な料理が並べられていた。 その中から私は、新鮮な野菜を使ったサラダを一口運ぶ。 ほんの少しだけ遅い、優雅な1日の始まり。 心地の良い時間を、私は心穏やかに… 「またにんじんを残しているな?食べろ」 …過ごせるはずもなかった。 左隣から聞こえてきた私を責めるようなセオドアの声に、「またか…」と私は心の中で吐き出した。 ちらりとセオドアの方を見れば、儚げだが、美しいがゆえに迫力のある冷たい顔でこちらを見つめている。 確かにセオドアの指摘通り、私のお皿にはにんじんがあったが、まだ他の食材もある。 決して食べたくないからと、そうしているのではないのだ。 「あとで食べるから大丈夫だよ。後回しにしているだけだから」 淡々とそう返し、セオドアのことなんて気にせず、フォークをにんじんの隣にあるじゃがいもへと伸ばす。 …が、続くとても厳しい視線に、何とも言えない気分になった。 視線だけでずっと怒られている気分だ。 「それは残していることと同じだろ?お前はいつもそうだ」 「いや、いつもって…。ちゃんと最後には食べるし…」 「どうだか」 こちらを睨む空色の瞳。 私と同じような色だというのに、どうして彼のものは私のよりも美しく、そしてどこか高貴なのか。 なぜか言い訳をしているような自分に、私は深くため息を吐いた。 もちろんこれも心の中で、だ。 表でそんなことをした日には、またセオドアに詰め寄られる。 いつも、いつも、セオドアはこうなのだ。 何事にもすぐこんなふうに小言を言う。 レイラ様の代わりであったからこそ、そうなのだとずっと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。 本当、気が抜けない。 これ以上の口論は不毛だ。 そう判断した私は、とりあえずフォークににんじんを刺した。 「リリー。苦手なら無理に食べなくていいんだよ?俺が食べてあげる」 すると今度は右隣から、そう優しい声音で、ウィリアム様が声をかけてきた。 こちらを見つめる宝石のような輝きを放つ黄金の瞳は、声音と同じようにとても柔らかい。 人形のように精巧な顔立ちで、美しさが具現化したようなウ
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【外伝】2.手紙

机の上でランプの柔らかな炎が揺れる。1日の終わりに、私は机に向かい、便箋にペンを走らせていた。…が、その手は早々に勢いを失った。「…」セオドアがわざわざ私の隣に椅子を置き、じっと私を見つめているからだ。なんて、やりづらい。今日も今日とて、本当に鬱陶しいほどセオドアとウィリアム様は私のそばに居り、朝食の空返事騒動からもずっと私の頭を悩ませ続けていた。朝食後、フローレスの事業を手伝うために、フローレス男爵邸へと向かった私。そこにはなぜかウィリアム様もおり、会議にも当然のように参加してきた。「ここは少し曖昧なところだね。もう少しはっきりさせると見通しがついて、予算も考えやすそうだ」資料に並ぶ数字に、とん、と綺麗な指を当てて、微笑むウィリアム様に、確かに、と思うと同時に、なぜ、とも思う。うちの事業のことなど、ウィリアム様には全くもって関係ないはずだ。それなのにウィリアム様は毎回毎回、とても的を射たことを言う。そのおかげでフローレスの事業はさらなる成長の兆しを見せていた。「ウィリアム様、いつもありがとうございます。またぜひお越しください」「はい。お義父様」ウィリアム様の本性も知らず、笑顔を向けるお父様と、感情の読めない人当たりの良い微笑みを浮かべるウィリアム様に、何度複雑な気持ちになったことか。「ウィリアム様は本当に素晴らしいお方ね。こんなにも完璧なお方が義息子になるなんて」2人の姿を嬉しそうに見つめるお母様に何度「ウィリアム様とはそんな関係じゃない」と否定してきたことか。そして、フローレスでの用事を終え、私が次に市場調査も兼ねて向かったのは、私の住む別荘のある街だった。そんな私の隣には、今度はウィリアム様と入れ替わるようにセオドアがいた。
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【外伝】3.再会

とある日の午後。小さいながらも様々な店が並ぶ街を歩く私の隣には、当然のようにセオドアがいた。冬の寒さも和らぎ始め、春の訪れを感じさせる柔らかな日差しをセオドアの黒髪が吸い込んでいる。さらりと流れる髪から見える空色の瞳は、相変わらず冷め切っていた。「髪、乱れてる」市場調査をしつつも、何となくセオドアを見ていると、セオドアが無表情のまま、こちらに手を伸ばしてきた。それから私の長い黒髪に触れ、慣れた手つきでささっと整えた。「…ありがとう」気まずげにお礼を言う私に、セオドアが「しっかりしろ」と目で訴えてくる。こんなことは日常茶飯事で慣れている。…が、セオドアが私の弟ではなく、婚約者だと名乗り始めてからというもの、その瞳の奥に底知れぬ、私の知らない感情が潜んでいる気がして、何とも言えない気持ちになった。まるで、蛇に睨まれた蛙のように。「セオドア?私はもうレイラ様じゃないから、アナタの姉さんでもないんだよ?だからこうやって、私の世話を焼かなくても…」いいんだよ?、そう伝えたかったのに、その先を許すセオドアではなく…「お前が僕の姉さんだから世話していたわけじゃない。お前だからしていたんだ。お前が僕の行動にいちいち口を出すな」そう言って、セオドアは私の言葉など聞く耳も持たなかった。…とても、セオドアらしい。「それにお前は僕の婚約者になるんだ。婚約者にこのくらい世話を焼くのは普通だから」いや、普通ではないだろう。セオドアの淡々とした主張に、思わずツッコミを入れたくなるが、ぐっと抑える。火に油を注いではいけない。…が、このままセオドアの主張を通したままでもいけない。私は絶対に彼の婚
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