All Chapters of クズなハイスペ夫を改心させたのはもっとクズな私です: Chapter 11 - Chapter 20

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11.すべてバレバレ

「事務全般の責任者を務めております、山中といいます」 「片桐紅です。よろしくお願いします」 履歴書を確認されているうちに、50代後半の男性が入ってきて、神楽に会釈して隣に座った。 「ええっと……採用でもう、決まりなんですよね?」 「そうですね。詳細は伝えた通りなので……あとはお願いします」 入れ替わるように立ち上がり、通りすがりに紅の肩をポンと叩く。 ……視線を感じるが、別に用はないので見上げたりしない。 その視線の意味を知るのは、この直後のことだった。 「片桐さんには、外科の病棟クラークとしてお仕事していただきます」 「病棟、クラーク……」 クラークといえば、外来の受付や会計のあたりにいる事務スタッフのことではないのか。 ……けれど、病棟クラーク、しかも外科って? 「各科の看護師や医師の事務的サポート、それから入退院する患者さんの対応を主にやってもらいます。それから片桐さんには確か……」 山中事務長は、持ってきたファイルを覗き込み、メガネをかけたり外したりしながら確認する。 「ドクターズクラークになってもらいます」 「それは……」 嫌な予感がする。まさかドクターとは、神楽のこと? 「はい。神楽先生専門のドクターズクラーク。一般企業で言えば、いわゆる秘書みたいなものです」 どうして……?! せっかく契約が終わって他人になったのに、形を変えて、また主従関係? 「とりあえず、まずはその……病棟クラークというお仕事をさせていただいて、適正を見るって感じでしょうか?」 そうじゃなければおかしい。 私に秘書経験があると知っていたならわかるが……神楽が経歴を知ったのはたった今だ。 「そうですね。私もその方がいいと意見したんですけども。なんだか片桐さんにはとても期待されていらっしゃるようで……」 「そう、ですか。……それは、ありがたいですね」 無難な返事をしながら、神楽がそこまでして私を自分の近くに置いておこうとする理由について考える。 ……もしかしたら、いや、きっとそうだ。 要するに神楽は、私を意のままに操りたいのだ。契約結婚が終わって、自分に執着しなかったのは私だけ……きっとそれが相当気に入らない。 そばに置いて、自分に惚れさせようとしてる? 結婚して一緒に生活
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12.かつての上司…芹沢専務

「それで……神楽にはなんて言い返したの?」「出るとこに出ますけどいいですか?って。当然でしょ?だって徒歩5分のところにアパート契約しちゃったんだよ?」唐突な神楽からの着信に腹を立て、勢いで亮子を夕飯に誘った。「本気で契約を白紙撤回するつもりはなかったんじゃない?……その、神楽先生って医者」紅の隣に座る、スーツ姿の男性が苦笑しながら言う。もう、どうしてこの人がここにいるのか……神楽のことは置いといて、紅は困った表情で隣を見上げた。「……退職した秘書のプライベートに参加してくるって、やっぱりおかしくないですか?」「そう?辞めたからこそ健全じゃない?秘書時代は夕食なんて付き合ってくれなかったでしょ?」ふふん……と笑う笑顔はきっと、とても魅力的なんだと思う。近くの席の女性客に響いているとわかる。亮子を夕飯に誘ったあと、タイミングよく携帯を鳴らされ、繋げてしまったが最後。……来るなと言ったのに、巧みに場所を突き止められてしまった。「別にいいじゃない!こんなイケメンなら同席賛成!」にこやかに両手を上げる亮子に、仕方なく紹介した。「芹沢和樹さん。前の職場……ミューゼルホールディングスの専務。まぁ、元上司ってやつよ」「あぁ……この人が、」亮子の納得した表情を見て、芹沢専務は吹き出した。「ひどいな。……上司に言い寄られて困ってるとか話したな?」「本当じゃないですか。さすがプロポーズは引きますよ」「俺のプロポーズを断るだけでなく、呆気なく退職して突然結婚して、1年で離婚したとか、驚きだよ。しかも今度は元旦那が後継ぎの病院に就職?こんな子、目が離せないでしょ」……芹沢に詳しい話は打ち明けていない。「はいはい、すみませんでした」軽くかわして、亮子の方へ身を乗り出す。「芹沢さん、あきらめられない気持ちはわかりますけど……紅は落ちないと思いますよ?」ビールを飲みながら、楽しげに言う亮子。芹沢はジト目をむけつつ首をすくめる。「それはわかってますよ?でもさ……ほんの少し、心に隙間ができる瞬間ってあるじゃない?そういう時そばにいれば、落とせない?」「紅は無理ですよ……なんたってまだ、」「ちょーっと亮子!口が軽すぎやしない?」亮子は自分で口にチャックをしたくせに、すぐに口を開く。「紅は恋をしたことがないんですよ」それは否定する気になれない。物
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13.仕事開始

「……そろってます」神楽の問いに答えたのは、あの時の看護師だ。面接と契約に訪れて、帰りに迷った時、神楽と顔を寄せて親しそうに笑っていた若い看護師。……たった今、気づいた。名札には「秋山」と書かれたネームプレート。そこまで確認したところで、彼女があきらかに不満そうに口を開く。「あの、神楽先生?こちらの……片桐さんという方が先生の専属クラークって、」「ちょっと待って。伊藤さんたちがいないな」話の腰を折られ、秋山という看護師は完全に拗ねた顔。……職場でこんな顔をするなんて、もしかしたら神楽と怪しい関係?「あぁ、すいません!遅くなりました」そこへ、モップや雑巾、バケツや洗剤といった掃除用具をまとめたワゴンを押して、急ぎ足でやってくる3人の年配男性たち。神楽は気さくに声をかける。「朝からお疲れさま。……もしかして山田さんの部屋に行ってました?」「はい、昨夜は調子が良くなくて室内清掃に入れなかったので……今朝も少し苦しそうでした」「そうですか……山田さんは河野先生の担当だが、このあとちょっと行ってみます」3人は清掃担当のスタッフらしい。病院や企業では、清掃を専門会社に委託するケースも多いが、ここでは直接雇用のようだ。「それじゃ秋山さん、はじめて」「……はい」自分の質問を完全に無視された格好になり、不満げな秋山は、仏頂面で朝のミーティングを始めた。内容はいわゆる申し送りというもの。初日で何もわからないながら、話の内容をメモする。「……以上です、今日もよろしくお願いします」秋山が頭を下げたのを合図に動き出そうとしたスタッフを、神楽が瞬時に止める。「彼女の紹介は?どうしてしてあげないの?」わずかに紅の背中を押す神楽。「それは……」「この場で紹介してやるのが筋だろう」仏頂面を遠慮なく神楽に向けながら、秋山は面白くなさそうに口を開いた。「……片桐さんです」サッと視線が集まり、紅はさっきと同じ言葉を繰り返した。「本日からご一緒させていただく片桐紅と申します。どうぞよろしくお願いします」「……彼女には主に、私の業務を担当してもらうが、まずはここで仕事全般について教えてください。……坂谷さん」呼ばれたのは年配の女性スタッフ。紅と同じユニフォームを着ている。「かしこまりました」「……それから」神楽の鋭い視線が秋山に飛ぶ。「秋山
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14.母の担当医とまさかの……

「驚きました……まさか先生がこんなボロ、いえ質素なアパートにお住まいだなんて」「……近さだけで選んだので。片桐さんも同じじゃありません?」一緒にアパートまで帰ったのは、母の担当医、谷村京香先生。ショートカットが爽やかな、人柄の良さがにじみ出ている美人だ。問いかけに、そうですね……と笑って答えたあと、ナースステーションで確認した名前の人物を思い出した。「……それにしても、驚きました。まさか木下が来ていたなんて」木下とは、父の側近……面会者が帰ったあと母の容体が悪くなり、谷村先生が呼び出され、ちょうど出くわしたところだった。「すみません。まさかそういう人だとは気づかずに、報告が遅れまして」「いえ、父だけを遠ざけていれば大丈夫だと思っていた私のミスです」母は谷村先生によって処置が施され、安定したのを確認して一緒に病院を出た。歩く方向がいつまでも一緒で変だな、と思ったものの、まさか同じアパートだったとは。「先生、母はあとどれくらい入院が必要なんでしょうか」先に部屋の前に到着したのは紅の方。谷村先生は足を止めて答えてくれた。「見守ってくれる人が必要な状態ですからね。お仕事をはじめた片桐さん1人では、まだ難しい状況だと思います。……幸い、うちの本院にお勤めになったのだから、これまでよりずっと安心じゃありませんか?」「そう……ですよね」でも、また……木下が現れたら。父ではなく、それに近しい人でもあんなに強い拒絶反応をするとは。紅は時間の許す限り、母を見舞ってから帰宅しようと心に決め、谷村先生と別れた。「片桐さん、301号室に入院する患者さんが上がってきます。対応してください」「かしこまりました」翌日から、神楽に容赦なく使われる毎日が始まった。慣れないうちは焦ることなく、ひとつひとつきちんと対応することが大事……と思う紅に、神楽の指示が飛ぶ。「それが終わったら305号室の中村さん、治療計画書を医局で共有するので清書してください」「はい」まずは入院患者の対応……坂谷に説明されたことを思い出し、要点をまとめたメモを片手に必要なものを確認する。「片桐さん、11時から手術の説明を聞きに田中さんのご家族が来院されるので、面談室の準備をしておいて」「……は、」「クリーンスタッフが午前中1人欠勤してるから、掃除から始めてくれ」手術の説明
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15.知らなかった神楽

病院中を目まぐるしく飛び交う「颯真」という名前。それが誰なのかわかったのは、坂谷さんのひとことから。「院長の本当の息子よ!立場も年齢も神楽先生と同じくらいなのに、帰ってきたからって後継ぎ変更とはね」「……え?神楽先生から、その、颯真先生って方に後継ぎが変わるんですか?」「そうよ。だって颯真先生は院長の本当の息子だから」……ということは、神楽は義理の息子ってこと?てっきり、筋金入りのお坊っちゃんかと思ってた。院内は颯真先生という人物の話題で持ちきりになり、いつから出勤してくるのか、担当は誰なのか、という予想で賑わった。反対に、神楽の口数はめっきり少なくなり、顔色も良くない気がする。そうなるとつい気になって、紅はそっと様子を伺ってしまう。「君にもそろそろ次の段階に進んでもらおうか」そんなある日、外科部長である神楽の部屋に呼ばれた。いつものように膨大な仕事を押し付けられ、紅は涼しい顔の神楽を見上げた。いつもなら嫌みのひとつも言ってやるところだが、静かな神楽にはなんだか言いにくい。「病棟クラークの次って……ドクターズクラークってやつですか?」次の段階に進むとなれば、それなりに勉強や準備が必要になるだろう。仕事の多さに加えてそれも同時進行するとなると、当然文句なり意見が飛び出すと思っていたらしい。「意外だな。静かに確認だけか」紅らしくないと、神楽は目ざとく気づく。……心配していたなどと、思われたくない!「確認は当然ですよ。それより次の段階なんて曖昧な表現は、誤解や確認が必要になりますからもっと簡潔に話していただけます?」「……あぁ、そうだな」ひとことだけの静かな返事をする神楽に、眉間にシワを寄せた紅の視線が注がれる。「……なに?」「いえ別に。ただ、元気がないようなので」決して、心配したわけではない。「……慰めてくれるんですか?」「そんなことしませんよ。ただ、噂になってますから。颯真先生という方が神楽先生から後継ぎという立場を奪いに病院に戻ってくると聞いたので。いったいどういう経緯があったのかなって気になるだけです」「どういう経緯って、俺の生い立ちが気になるってこと?」だって、昔から金持ちのボンボンだと思っていた。なに不自由なく暮らし、どんなことも思い通りに動かす力のある人だと思っていたから。「はい。神楽先生のこと、もっと
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16.Side.神楽 紅とやきとん

『あれからずいぶんたつが?……クラブで、急に帰りやがって』「あぁ、そうだったなぁ。忘れてたよ、お前のこと」紅に突然酒に誘われ、浮かれていた俺は、洋平からの着信を意気揚々と繋げた。「よく見えたぞ?……歌い手の女の子に声かけて、マミちゃん泣いてたからな?』「マミちゃんって、誰だっけ?」あの夜のことは、流暢な英語で歌う紅の妖艶な姿しか覚えていない。『なぁ、最近になって思い出したんだが、あの歌い手、3人目の契約妻だろ?』「あぁ、そうだが?」そういえば友人たちの集まりに紅を連れて行ったことがあった。……あの時集まった友人は全員、紅を3人目の契約妻だと知っているが、そんなに契約結婚を繰り返す本当の理由は、洋平以外知らない。『もしかして神楽、気づいてないのか』「気づいてないって……?」洋平の次の言葉に、俺は息を呑んだ。「……先にはじめてるのか」「お疲れさまです。のどが渇いちゃって、お先に」そう言いながら紅は、焼きたての豚串にかぶりつく。待ち合わせた飲み屋「やきとんブッタ」は、見事に煙にまみれた店だった。床は少しベタつき、煙で見えにくいが、壁もきっと脂の膜が張っているのだろう。それに加え、あちこちのテーブルで遠慮のない歓声があがり、酔って歌い出す客までいてひどく賑やかしい。カウンターに座る紅の隣に腰を下ろしながら、テーブル席の方が落ち着いて話せるんじゃないかと辺りを見渡した。「……賑やかな店だな」「えーっ?なんか言いました?」ガヤガヤしすぎて隣にいてもよく聞こえないらしく、紅は遠慮なく肩をぶつけ、横顔を寄せてくる。……まぁ、悪い店ではないな。「とりあえず俺も生でいいかな。あと、豚ヒレと野菜串、カマンベールとトマト串、アボカド焼き……」メニューを見ながら呟く俺に、紅がニヤリと笑う。「神楽さん、声張らないと誰にも聞こえませんよ?……おばちゃんっ!生2つ!」とりあえずビールは頼んでくれたようだ。「声を張るってなんだよ。注文取りに来ないのか?」誰が何を頼んだのか、わからなくなるだろ……と続ける俺に、チラリと視線をよこす紅。「お金持ちのお坊ちゃんですねぇ……こういう店、初めてですか?」「あ?!まぁ……初めてっちゃ初めてだが」もう少し清潔でプライベートが保たれている居酒屋はよく行くが、ここまでうるさい店は初めてだ。ビールが運ば
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17.高校時代

高校1年生の私は、美術部と合唱部を兼部する、おとなしい女子高生だった。中学まで公立に通ったが、高校は富裕層が通う私立の中高一貫校。制服はもちろん、校舎や備品の豪華さに驚いてばかりの毎日だった。そんな日々のなか、私は神楽に出会う。二階堂神楽。二階堂総合病院を経営する医師の父を持ち、桁違いの資産家の息子であるうえに、そのビジュアルとスラリとした姿は圧巻だと噂された。遠くで見ているだけで、ため息が漏れる人なんて初めてだ。男性が苦手な私に、ときめきと淡い恋を教えた人が、神楽だった。「おっ!純粋そうな女子高生が来たねぇ!」そんな私に、転機が訪れた。忘れ物に気づいて、部活のあと教室に戻った私を待っていたのは……窓際の机に座ってグランドを眺める3年生たち。……運の悪いことに、私の席も窓際だ。指笛を鳴らされ、ふざけて両手を広げられ、からかう声に顔を強張らせながら、先輩たちが座る席に近づく。「あの……失礼します」1人だけ、ずっとこちらを見ない人がいた。震える声に振り向いたのは……高3年生の、神楽。自分の足の間に小柄な女子を座らせ、後ろから抱きついている。長めの黒髪と対照的な色白の肌、整った目鼻立ち……前髪をかきあげた神楽と、しっかり目が合った。「なんだよ、邪魔すんなバカ」「あの、わ……忘れ物を取りに、」どいてくれないと、机の中を見れない。課題があるし、あきらめて帰るわけにいかなかった。おどおどする私に厳しい目を向ける神楽は、カッコいいを通り越して少し怖い。でも、こんなに綺麗な人に見つめられるのは嬉しかった。「あ〜あ、やめた!」突然、足の間に挟んでいた女子から手を離し、テーブルから落とす神楽。バランスを崩した女子に手を貸すと、ギロっとにらまれ、突然片手で首元を絞められた。「あんたのせいで神楽の気が変わっちゃったじゃないっ!」ギリギリと締め上げられたところで、周りにいた男子になだめられ、事なきを得たが、あんなに激しい憎悪を向けられたのは初めてだった。「あんた、次の俺の女になりな?」「え……」女子がいなくなり、机の中を確認しようと腰を落としたところで、突然腕を引っ張っぱられた。つかんでいるのは神楽。……呆然とする私に向かって手のひらを差し出す。「携帯」思わずポケットから出すと、何やら連絡先が登録されたようだ。放り投げられた携帯
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18.神楽の話

「話の内容と店があまりにもミスマッチじゃないか?」 神楽に真剣な表情で言われ、驚いた。 別の店に行こう誘われ、豚串と生ビールの美味しさは堪能したので、素直について行くことにする。 「言い訳をするわけじゃないが、あの頃の俺は荒れててな。多分、かなりの人に嫌な思いをさせたと思う」 次の店は半個室の落ち着いた店。 お酒を注文したところで、神楽が口を開いた。 「荒れていた理由は?」 当時の神楽は、男子高校生ながら、誰もが注目してしまうほどのビジュアルを兼ね備えていた。 取り巻きも多く、華やかで、全校生徒の憧れだったと思う。 そんな人がなぜ、心を荒らして安易に人を傷つけたのか、それが知りたかった。 「母親が、より良い生活を求めて父親と離婚して……俺を連れて医者の男と再婚した。12歳の時だ」 「噂は本当だったんですね?」 「噂になってたの?」 「はい。戻ってくる颯真さんという方が、院長の本当の息子だと」 神楽は少し笑って、ワインをひとくち飲んだ。 「母親に連れられて行った先に、確かに颯真がいたよ。ひとつ年下で、俺とはまったく違うタイプ」 「連れ子同士、ってことなんですね。成長過程は置いといて、2人とも医者になったのはすごいです」 「父親の考えだよ。だから母親は高校を卒業して家を出ようとした俺を許さなかった。……反抗するのも面倒で医者になったけど、学費は出してくれるし悪い話じゃなかったよな」 そう言いながら、心ここにあらず、といった様子の神楽。 「反抗してる最中だったんですね?高校時代は」 あの頃の神楽は、鋭利なナイフのような面が確かにあった。 関わる人を傷つけるのに、その綺麗な見た目が人を集めてしまう…… 「子供の頃からサッカーをやっててな。父親はチームのコーチだった。母親に言わせれば稼ぎが悪かったらしいが……俺にはいい父親だったんだ」 「本当は、離れたくなかった?」 「友達もたくさんいたし、子供ならではの話だけど、サッカー選手になりたいって夢もあった。けど……母親はそのすべてを突然奪ったんだよ」 言葉にはならない悲しみが伝わってくる。継父や連れ子の颯真との関係も、決して心安らぐものではなかったのだろう。 「わかりました」 「……は?」 紅は生ビールを2つ頼み、ドンッと神楽の
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19.まさかの出来事

「……この辺で、停めてください」 送ると言って聞かない神楽を置いてタクシーに乗り込み、少し遠回りして自宅アパートの近くで降りた。 送りオオカミを心配したわけではないが、神楽に住まいを知られたら何かと面倒だ。 「……あ、」 足取りも軽やかにアパートの敷地に入ると、少し先に女性が歩いているのが見えた。 「谷村先生……」 そっと駆け寄り、小声で声をかければ、驚いた表情で振り向く人。 「あら……今帰ったのね?偶然!」 「先生は……もしかしたら、」 デートかと思った。だってスカートをはいていたから。 「仕事帰りよ?!」 妙に張り切って言う様子に笑みがこぼれる。……まぁ、先生のプライベートに口を挟む気はないけれど。 ふと、約束の前に母に会いに行った分院で、神楽と話していた谷村先生の姿を思い出した。 爽やかで、清廉潔白な印象を与える谷村先生と神楽。 意外な取り合わせながら、とても親しく楽しそうだった。 おやすみなさいの挨拶をして、紅は自分の部屋に入る。 少しだけ揺れている視界……神楽と一緒だったわりに、ずいぶん飲んでしまったかな。 「……何がプロポーズする、よ?」 バスタブに入るのは諦めて、シャワーだけ浴びることにした。 服を脱ぎながら、目の前でタクシーの扉が閉まり、唖然とした表情の神楽を思い出す。 『よしっ!それじゃ俺も、君にプロポーズしようじゃないかっ!』 結婚したくなくて3回も契約結婚を繰り返したくせに、どうして芹沢専務のプロポーズに対抗したくなったのか…… 「……負けず嫌い発動か?」 神楽にはあんなふうに言ったが、男嫌いを克服するために、芹沢専務のプロポーズを受けるつもりなどない。 真剣な表情で結婚を匂わされ、これは困ったと思ったのは本当だが、退職したのは別の理由が大きかった。 父親が私の職場を知っていて、会社も私の父親が、トオキ屋の後継ぎだと知っていたから。 家族だからと、取引の仲介を頼まれるのが嫌だった。 父親にそんなことで頭を下げたくない。けれど私ではない社員が頭を下げ、取引が始まったら? 自分がトオキ屋の担当にさせられる可能性がある。だから会社を辞めた。 そこに……ほんのわずかでも、迷いなんてものは存在しなかった。 シャワーから出てTシャツとハーフパンツに着替え、素肌に化粧水を叩き込む。続けて塗り込む
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20.どうしてあなたが?

「……片桐さん、気がついた?」白い天井とベッドを囲むカーテンレールが、おぼろげに瞳に映る。声のする方へ顔を傾けると、坂谷さんが心配そうに顔を覗き込んでいた。「私、どうして?……」「お住まいのアパートが火事になったのよ!」「火事、」そうだった。目が覚めて異常に気づいて、貴重品と母の服を抱えて、ドアを開けようとしたら熱くて……「……服、お母さんの服、」起き上がろうとする紅を、慌てて止める坂谷。「今神楽先生が来るから、まずは状態を診てもらいましょ」神楽がくる……?そういえばドアを蹴破ってくれたのは神楽だった。そのへんから記憶がないということは、私は気を失ったのか……「目が覚めましたか」そこへガラっと扉が開いて、神楽と処置のためのワゴンを引いた看護師が入ってきた。坂谷は2人に会釈をして、またね……と言って出て行く。神楽が近づいてきて初めて、自分が酸素マスクをしていていることに気づいた。「先生、少し心拍数が上がったようですが」ピッ、ピッ、ピッ……という電子音。どうやら心電図もつけられているらしい。「うん。ちょっと口の中を見せてもらうぞ」そっとマスクを外され「口を開けて」と至近距離で言われると、心電図の電子音がさらに速くなった気がする。「もう、大丈夫、なので」「あぁ、声は出るな。だが喉の奥が腫れていたり|煤《すす》がついていると危険だ」指先で頬に触れ、親指で下唇を少し押し下げる神楽。のどの奥をペンライトで照らし、ホッと息をつく。「うん、大丈夫だろう。……あとは、手のひらの火傷か」ドアノブを回して開けようとして、熱くてとっさに離したのを思い出した。看護師が神楽に代わって酸素マスクを取り付けようとしたが、それを止める神楽。「あぁ、俺がやるから大丈夫だ」「……先生、手の処置は、」「俺がやる。君は河野先生のところへ行って」シッシッ……っと指先で追い払う仕草。看護師は憮然とした表情で立ち去る。……復帰したら私が嫌味を言われそうなんだけど。「消毒をして、薬を塗るからな」包帯を外す手つきが意外にも優しくて調子が狂う。何か言ってやりたいが、酸素マスクをつけているので喋れない……包帯から解放された手のひらは、赤くなっているがそんなにひどい火傷には見えない。けれど神楽の処置は丁寧だった。それは素人目には、大げさとも思えるほど
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