All Chapters of クズなハイスペ夫を改心させたのはもっとクズな私です: Chapter 31 - Chapter 40

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31.颯真がやってきた

「二階堂颯真。専門は心臓外科。現院長の一応次男。兄はそこにいる神楽。あんまり似ていないのは、連れ子同士の他人だからってことで……」結局……流れで外科病棟まで案内するかたちになった紅。颯真は仕事中なのもかまわず、あっさり外科病棟のスタッフを集め、自己紹介をはじめた。噂のマトになりやすい、プライベートなこともしっかり絡めて。「何かは質問は?」コソコソ喋りだす看護師たち。紅は隣で苦虫を噛み潰したような顔をした神楽を見上げた。「……そのくらいにして、希望者は颯真を誘って酒でも飲みに行って話せ」低い声で呟いた神楽の言葉に、一番に反応したのは颯真自身だった。「いいね!……それじゃ、俺の歓迎会やってよ。えーっと、そこのアオムシの君!」「……は?」指先がしっかり紅を指す。……嫌な予感がバッチリ当たった。それになんだアオムシの君って……神楽まで、白けた顔で見下ろした。「……それじゃ細かいことはまた話し合って決めましょう。ね?片桐さん」「はぁ……」看護師長がその場をおさめるように言ったにすぎないが、これで幹事が誰か知れ渡ったような格好……でもこの場面でうなずけないわけにいかない。歓迎会なんて面倒くさいもの、どうしてやってほしいなんて思うのか。……私だってやってもらってないのに。「アオムシの君とは?……颯真とどこで会った?」外科病棟の医局。奥にある神楽の部屋に戻ったところで聞かれた。「あ……その、先ほど分院に行った帰りに裏庭を通りまして、そこで声をかけられたんです」「裏庭……」「植物にアオムシがついてたんです。それを取れって言われて……」しどもろもどろで説明するも、途中で笑われてしまった。「……俺も見たことある!綺麗に咲いてるな、と思ったらでっかいアオムシがクネってて!あいつ、それを君に取れって言ったのか……?!」「そう、なんです。すごい太った虫で、とてもじゃないけど触れないし、なのに颯真先生が後ろから押すから」……ややウケどころか爆笑だ。手を叩いて笑う神楽。こんな100%の笑顔、高校時代にも見たことがない。「……眩しい」初めて見る神楽の笑顔は、眩しいという言葉がぴったりだった。「ん?……なんか言った?」「いえ、」母親の連れ子として育ったとしても、颯真と同じ教育を受けさせてもらい、こんなに立派な病院を任せてもらっている…
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32.Side.神楽 洋平と……

「おいおいおい……これ、素直になって喜ぶどころか、心配するレベルだぞ?」飲もうと誘ってきた洋平を家に呼んだのは、ちょっと心配な患者がいるからだった。容体に変化があれば、すぐに知らせるよう当直スタッフには言ってある。連絡があってもここにいれば移動時間を伝えられるし、洋平を置いても行きやすい。「でも、可愛いだろ……」「可愛いけど、こんなにあちこちに貼り付けて……ヤバい奴になってるぞ」自覚ある?と問いかける洋平に、首を縦に振って答えた。貼ってあるのは、子供時代の紅の写真。高校、中学、小学校……もっと小さな少女時代の紅もいる。実家の家政婦が捨てているのを偶然見つけてしまった写真。1枚1枚じっくり見てみると、数枚の写真の裏には、美しい文字で日付けと場所が記されているものがあった。そんな写真の紅はだいたい笑顔で、リラックスしているように見える。けれど、明らかにこわばった表情の紅もいて、そのたびにトオキ屋本店で偶然会った父親を思いだした。「今になって、すごく後悔してるよ。高校時代、ひどく傷つけたなぁって」冷蔵庫から缶ビールを出して洋平に渡す。……すぐに食べられそうなものをついでに出してやった。「え……つまみ、きゅうりだけ?」「あぁ……」冷蔵庫の扉に3人の紅が貼り付けられ、俺を見ている。腕を組んでそれらと目を合わせる俺を無視して、洋平は冷蔵庫からいくつかの食材を取り出した。「ここで飲むってことは、気になる患者を置いてきてるんだろ。……適当に飯を作ってやるから、向こう行ってろって」洋平はそう言って料理をする体勢になったので、俺はおとなしくキッチンを出た。「そもそも、なんで紅ちゃんの子供時代の写真がここにあるんだ?」「洋平のアドバイスに従って実家に行ったんだ。そこでしばらく様子をうかがってたら、家政婦がこの写真を捨てに出てきた」「それを拾ってきたってことか。それにしてもなんでこんなに大量に……捨てるなら本人に渡してやればいいのにな」「きっと、それができない親子関係なんだろ」偶然父親らしき人物と出くわし、言葉を交わした話を聞かせた。「横柄でワンマンそうな父親、捨てられた子供時代の写真。……確かに暗い家庭が見えるようだけど、実家には母親がいるはずだろ」洋平の言葉を聞いて、俺はキャビネットに貼り付けた写真の前に立つ。幼稚園くらいの幼い紅
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33.人間らしい神楽に……

いつもより早く出勤したのは、いつもより早く目覚めてしまったからで、他に理由はない。昨夜からモヤモヤする気持ちが落ち着かない。……そうだ、医局の掃除をしよう。颯真がやってきて、これから何かと引っ掻き回しそうな気がするし、名案よね?!医局には誰もいなかった。奥の神楽の部屋に入ったのは、いつものクセと、奥から順に掃除をしようと思ったから。薄暗い室内……明かりをつけようとして、ブラインドが下げられていることに気づく。窓を開けるついでにブラインドを上げようと、近づいたソファに人が寝ていることに気づいた。「神楽……帰らなかったんだ」ソファに横たわるものの、アーム部分から足が飛び出している。曇り空から顔を覗かせた朝の太陽が、その寝顔をそっと照らした。意地悪だったり険しかったり、ときに色気を乗せる事もあった瞳は閉じられ、動かない長いまつ毛が影を作っている。スッと通った鼻梁……その下の唇の周りに、初めて見る無精ひげが妙に男性を感じさせて、思い切り顔を背けてしまった。こんな無防備な寝顔、契約妻だった頃だって見たことない。呼ばれたベッドルームで、早々に寝てしまったことはあったけど、あの時は寝顔を見られることがわかっている計算された寝顔。けれど今目の前にある神楽の寝顔は、ただの1人の男で医者で……仕事に疲れきった情けない寝顔。それは紅に、助けてあげたくなるような、そっと寄り添って抱きしめたくなるような気持ちを湧き上がらせる。そらした視線をもう一度寝顔に向け、自然と頬に手がいく自分の行動をおかしいと思う。……親指で唇に触れてしまったのはどうしてなのか。……ふと、まぶたが開いて、いつもの二重が形作られる。見上げる神楽と、見下ろす紅の視線が絡み合った。「あ……」驚きすぎて、すぐに手を引っ込められない。「ご、ごめん、なさい」恐ろしくゆっくり手を離すと、同時に神楽も上体を起こした。引っ込めかけた手首を取られ、そのまま引き寄せられたのは、とても自然な流れで……「あったかい手だな」唇を近づけ、耳元で言う神楽。頬に唇が触れた……無精ひげを感じて、バカみたいに心臓が暴れる。なによこれ。なんなのよこれ。「か、かわいそうになったから、つい……」「あぁ…ひげか。……ヤバいな。シェーバーでも借りてくるか」自然な笑顔と頭に乗っかる手の重みを残して、神楽
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34.このタイミングでアクシデント

「あ〜ご予約の『財閥一族』様ですね?こちらへどうぞ〜」総勢20名ほどが参加する歓迎会。人数の関係で店の2階を貸し切りにしてもらった。「……予約名、財閥一族ってなんだよ」呆れ顔の神楽に質問される。「……病院名は出さないほうがいいかなって思って」「気が利くな。こういう飲食店で病院名を連呼されるのはあまりよろしくない」褒められたけど……財閥一族というふざけた団体名にしたお咎めはないのだろうか。「人数分のコップとお箸、取り皿、置いときま〜す!」「おしぼりでぇ〜す」階下から次々に運ばれるそれらを、神楽はテキパキとテーブルに並べていく。「集まってから配るんじゃ、時間のロスだ」「はぁ……」後について、紅もおしぼりを席に置いて行った。ひと通り終わると、スタッフが置いていったメニューを手に取り、紅を呼ぶ。「こういう場合、定番料理は先に注文しておくと楽だ」「はい、」階下に降りる神楽についていくと、スタッフにスラスラと注文をした。「唐揚げとシーザーサラダ、だし巻き玉子とキムチチャーハン、お新香を各10人前」そんなにたくさん頼んで残らないか心配になるが、神楽はそんな表情を察して独自の理論を展開した。「こういう場所では、メニューを開いて注文するという行為を、人は面倒に思うものだ。なぜなら、食べに来ているというより飲みに来ていて、更にコミュニケーションを取りに来ているからな」「あぁ、確かに……そうかもしれませんね」「かもしれない、じゃなくてそうなんだよ」肯定に気分を良くしたらしい神楽は、料理とは別にバナナジュースを頼んで2階に上がっていく。そして運ばれてきたジュースを、紅の前に置いた。「酒を飲む前にこれを飲んでおきなさい。ミルク成分が胃に膜を張ってくれて悪酔いを防げる」素直にストローを差しながら、自分だけ飲んでいいのかと思う。「明日、試験だろ」「……覚えてたんですか」「覚えてますよ。記憶力に自信はあるのでね」クスっと笑う紅に、サッと視線を向ける。「……なんだよ、」「高校時代のこと、綺麗に忘れてたくせに!……記憶力に自信とか、笑っちゃいます」「……それは、」どんな言い訳が飛び出すかと、少しワクワクして神楽に目を向ける。けれど彼は意外にも、目を伏せて、顔をこわばらせていた。「やだ神楽さん、冗談ですよ?」「いや、」こちらに向
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35.暗闇の2人

「いや……なん、なんで何も見えないの、やだ、やだ……明かり、明かりをつけてっ!」落ち着こうと思うのに、苦しいほど動機が激しくなる。目を閉じても開けても変わらないという状況は、紅をパニックにさせた。「……落ち着け」バタバタと手を振り回す紅の手を素早く掴み、強く抱きしめる神楽。「目を閉じて、胸に顔を埋めてろ」返事の代わりに、何度も首を縦に振る。……震えてしまって、もう声も出ない。「大丈夫だ、俺がいるからな」浅い呼吸を繰り返す紅の背中を落ち着けるように撫で、耳元で声をかけてくれた。神楽の心臓の鼓動、後頭部に感じる手のぬくもり……紅は少しずつ落ち着きを取り戻す。「……確か、診察用のライトがあるはずだ」ポケットを探り、神楽はカチッという音と共に弱い光をぼんやり灯す。できるだけ光が広がるような位置に安定させ、紅を見つめた。「大丈夫か……?」自然と脈を取る神楽。顔を覗き込む表情は紛れもなく医者で、紅に深い安心感を与える。「ごめんなさい、取り乱して」「いいよ。急に真っ暗になったら、そりゃ怖いだろ」「……子供の頃、父親に納戸に閉じ込められてすっかりトラウマになってしまって」そんな話をするつもりはなかった。……男が関心を持つのは自分の外側だけ。胸の内を話して喜ぶ人がいるわけない。「な、なに話してるんだろ、私……」閉められたドアを確認しようと神楽の腕から離れようとしたのに、再び抱きしめられた。「納戸に閉じ込められたのか、かわいそうに……怖かったな」紅はその優しい言い方に違和感を覚えた。こんなに話し方をする人じゃない。今度は自分から神楽の目元を覗き込む。「……なんだよ」「いえ、ずいぶん優しいので……」「ちょっと前から……俺は優しくなったんだよ」「そうなんですか?それは……次の標的を手中に収めるために?」「……標的とか、何の話だ?」女……?という紅に、呆れ顔で首を横に振る神楽。ふと……2人の間に静寂が訪れた。「もう一度確認してみるか」神楽はドアをつかんで回し、揺すってもみた。が、状況は変わらない。「ベランダはどうだ?」さっきは確認する前に明かりが消えてしまい確認できなかった。「……ん」立てかけた診察用ライトを手に持ち、紅に手を差し出す神楽。明かりが移動して暗くなるから、という配慮だろう。紅は素直にその手を握った。
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36.変わっていく想い

「……な、何を言ってるんですか、」言葉を切ったのは、腕に触れていた手が、首筋を通って頬に触れたから。……そして、指先がそっと唇を撫でていく。ゴクリと喉が上下する。いつ触れてくるのか、自分の胸に手を当てた瞬間、神楽が唇をふさいだ……触れた唇は、角度を変えて何度も触れ合い、粘膜を舌がやさしく這う。それは官能的とは少し違うキス……優しくて、甘くて……涙が浮かぶ。まさか神楽に、こんなキスをされるなんて。「嫌がられる前に、終わっとく……」長いキスはついばむようなキスに変わって終わった。少し息が乱れている神楽。どうしてか、それが嬉しかった。「暗闇の思い出、塗り替わったろ?」キスの前より遠慮なく紅を抱き寄せ、神楽はいたずらっぽく耳元に唇を寄せ、呟く。「そう、ですね」甘噛みされる耳たぶ……流れるように唇が頬に移り、チュッとキスをして自分の肩に紅の頭を寄せる。「……ちょっとくすぐったいぞ」首を回して神楽の首元に顔を向けた。暗闇で距離感がわからないが、どうやらまばたきをするまつ毛が首に当たるらしい。「……それじゃあ、」少し上にズレてみれば、唇が首に当たった。……イタズラ心を起こして、チュッとキスをしてみれば……「こんなところでやめろ……俺はいつでも狼になれるんだからな?」「狼って……言い方が古いです!」まるでじゃれ合うようなやり取り。言葉も仕草も、神楽に見せる自分じゃない……「意味がわからない?……それじゃ、ここを出たら教えてやるから、覚悟しとけよ?」明るい笑い声を聞きながら思う。真っ暗闇なのに、パニックにならない。それはさっきからずっと、神楽が配慮してくれているからだ。納戸に閉じ込められて、声が枯れるほど泣き叫んだ思い出が、本当に変わっていく……神楽の優しいキスと、抱きしめてくれた甘い思い出に。抱きしめられて安心して……しばらく眠ったらしい。ふと目を覚ますと、トイレの個室から光が漏れていることに気づく。「……夜が明けたな」「そうみたいですね」神楽は寝ていなかったようだ。目覚めるのを待って声をかけた?立ち上がり、トイレのドアを開ける神楽。そこに小さな窓があるのが、神楽の後ろにいる紅にも見える。確認すると、すぐ下に降りられそうな足場があり、そこから地面にも難なく行けそうだとわかった。「この窓から、出られないか?」「え
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37.Side.神楽 膨らむ想い

紅をトイレの小窓から出して1時間もしないうちに、店の外が賑やかになった。覗いてみると救急車に消防車、パトカーまで停まっていて驚く。「……ここで気づいてもらえば解決じゃないのか?」声を上げようとした次の瞬間、ずっと開かなかったドアがノックされた。「二階堂さん、大丈夫ですか?」男性の声がして、答える前に響き渡る機械音。特殊な工具を使い、魔法を解くようにドアが開いた。警察と消防に事情を聞かれているうちに、店のオーナーらしき男性が血相を変えてやって来た。「こ、この度は、従業員のミスで店内に取り残されたとのことで……」「えぇ。恐ろしくて精神を病むかと思いました」「そ、それは……大変申し訳ありません!改めましてお詫びに伺いたく……」「二階堂総合病院の外科医です。何かあったらどうぞ」頭を下げ続けるオーナーの肩をポンと叩き、その場を立ち去る神楽。……救出を呼んだのは紅だな。「……バカだな。俺なら平気だと言ったのに」とりあえず昨夜持ち逃げされた携帯を取り返さなければならない……神楽の足は、二階堂総合病院へと向かった。「悪ふざけが過ぎました……大変申し訳ございません」外科病棟ナースステーションに顔を出せば、そこにいた全員が整列して頭を下げた。……そのなかに、颯真の姿もある。「君ら、昨夜泥酔してたように見えたが、勤務に支障はないのか」「ウコンを飲みましたから、大丈夫です」「は?ウン……」「ウコンですっ!」看護師の1人が、昨夜拉致した神楽の携帯を手に乗せ、うやうやしく差し出す。力任せに奪いながら颯真に声をかけた。「片桐さんの携帯、持ってきてるんだろうな?」ちゃんと返せ、と言おうとして……意外な返事に口をつぐむ。「さっき来て、返しました。それで、閉じ込められていたのを知って……」えへへ、とウィンクしながら笑う颯真の手首をつかむ。「さっき……?あいつは今日試験のはずだが?」……先にこっちに来たのか、消防に連絡をしただけじゃなく?「そうみたいだね。この恨みは一生忘れないって凄まれてビビった……」「あいつ、ものすごく怖いからな?……せいぜい首を洗って待っとけ」ニヤリと笑って、ナースステーションを後にする。まぁ、携帯がなければ消防に連絡するのも難しいか。公衆電話を探す方がタイムロスだ。何とか、間に合っていればいいが。この日は結局、
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38.芹沢専務の自宅で鉢合わせた人

私はまだ、ホテル暮らしをしている……試験が終わったら、ホテルを出て一番はじめに目についた不動産会社で、一番はじめにおすすめされた物件に住むと決めていた。結局試験は受けられなかったけれど、終わったらすぐに芹沢専務の部屋に置きっぱなしの荷物を引き取りに行くつもりだった。今夜、それを実行に移すべく、芹沢専務のマンションにやって来たところ。遅くなるから別日を指定されるとか、そういうことは避けたくて、連絡せずにマンションに来た。……あいにく、雨が降ってきた。まだカードキーを預かっていることから、マンションのエントランスに入らせてもらうことにする。雨はどんどん激しくなり、やがて横殴りの雨に変わっていったから。紅はソファに腰掛け、駐車場に入っていく車のヘッドライトをぼんやり見つめた。だが、雨のせいで車種はまったくわからない。深いため息と頬杖をつく紅。……実は自分の行動を後悔していた。それは、すべてを与えて興味を失わせ、芹沢専務の好意をなかったことにする作戦のこと。あの日、芹沢専務に体を任せてしまったことを、親友の亮子に言えないでいる。この間2人で会った時、彼女の言葉の端々から、専務に対して特別な気持ちが芽生え始めているのを感じた。……こんなことなら、よけいなことをしなければよかったのに。本当は、この年になって経験がないことは、紅の大きなコンプレックスだった。どこか大人になり切れない自分との決別……そして、誰にも言えない本音。神楽と京香がそういう関係なら、私だって。……そんな気持ちがあったことは、誰にも言えない。そこへ、あらぬ方向から話し声が聞こえた。駐車場から直接上がって来られるドアが開いてとっさにそちらを見る。話し声の主は、芹沢専務と……思わず身を隠してしまったのは、一緒にいる相手がひどく思いがけない人だったから。……どうしてあの人がここに?紅は物陰から2人の様子をうかがった。2人を乗せたエレベーターは、芹沢専務の部屋がある階で停まった。その場で腕組みをして、少し考える。部屋に入って5分?それとも10分、あるいはそれ以上……経験の無さは、これまであらゆる人から聞かされた体験談を思い出して補う。「……よし。行くわよ」時間を見計らい、芹沢専務の部屋まで上がる。エレベーターを降りると……そこに人影はない。間違うはずもない部屋
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39.負けた気がするのはなぜ

「紅さんってぇ、美人でモテるけど男に声はかけられなかったものね!」口元に、手入れされた長い爪の指先をかざし、勝ち誇った笑みを浮かべる香織。……なによ、最後までシテないって。経験ないからわかんないんだけど?!複雑な胸中を隠し、それでも負けない紅。「そうね。香織さんはとてもモテてたわよね?」とりあえず余裕の表情は崩さず、穏やかな笑顔で褒めてやる。「ただし、たいしたことない男にばっかり口説かれてたわ……それですぐに股を広げて夢中になっちゃうのよね?」「な、なんてこと言うの!たいしたことない男も確かにいたけど……ここにいる芹沢専務は?若くして大企業の役員にまで上りつめた、ハイスペックな方よ!?」紅はあからさまにため息をつき、香織の正面に立つ。「芹沢専務は確かに社会的に成功した人かもしれないわ。でも間違いなくクズよ?私にプロポーズしておきながら、上司に勧められた女とも上手いことやろうとしてたんだから」「プロポーズしてる人がいるなんて、そんなこと……知らなかったもの」視線を泳がせる香織と、少し離れたところに立ち、耳の痛い話を聞く専務。「香織さんは昔から物事を深く考える事ができない人だったわよね。……だから契約結婚だったのに体の関係になって、更にセフレ扱いされて。挙句の果てに、しばらくしてまた会ったみたいじゃない?」「え、それって……」途中から、自分しか知らないはずの話が出てきて、香織は驚いて紅の顔を見た。「神楽。……二階堂神楽先生よ。あなたのかつての契約夫、そしてその後、都合のいいセフレにされて泣かされたくせに……ついこの間も関係を持ったそうね?」「どうして……知ってるの?」芹沢専務も視線を紅に向け、驚いている。ここで神楽の名前が出てくるとは思わなかったのだろう。「私は彼の3人目の契約妻だったの。……ただし、1年間の契約期間中、私は神楽の口車には乗らなかったわ。おかげで欲求不満になった神楽は、そのはけ口をあなたに求めた。正直にそんな話を聞かせるから、契約違反で金額をプラスさせたの」「……それは、本当の話なのか?」香織より先に、芹沢専務が神妙な面持ちで尋ねてくる。「……専務には関係ないです」ニコっと笑顔を作り、紅は視線を香織に向ける。「まさか……全部話しちゃうなんて」「神楽にとって、あなたとの関係はそれほど薄っぺらいものだったと
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40.バレた……

「……今ICUに入った牧田さん、呼吸と心拍、特に注意して」ナースステーションでパソコンに向かう背後で、神楽が看護師に指示を出す声がする。何気なく振り返ると、紫色の上下を着てマスクをした神楽と目が合った。……オペだったのかな、少し疲れが見える。そんな風思いながら、紅は正面に向き直り、作業の続きで手を動かす。雨の中、芹沢専務のマンションを出てホテルまで帰る途中、意外な人に出くわしてから数日……今日はあの日、三田洋平に約束を取り付けられていた。今日はその約束の日だ。「二階堂総合病院の近く?それならいいところ知ってるよ!?」短い時間で巧みにホテル住まいだと白状させられ、住まいを探しているならいい物件を紹介すると、改めて食事に誘われた。「……そこに車停めてるから」使わないからどうぞと傘まで渡されて、返さないわけにいかない……巧みにおびき出された気がしながら、紅は定時に仕事を終えて病院を出る。「お母さん、体調はどう?」時間の許す限り顔だけでも見たくて、洋平との約束の前に訪れた母の病室。担当の看護師によると、最近また、ホールには出ていけなくなったらしい。「……大丈夫よ。少し薬を変えてもらって、何とか夜は眠れるから」きちんと受け答えができることにホッとして、紅は明るい話題を出す。「そういえばみっくん、結婚するみたいよ!」みっくんこと、片桐光世は、紅の父方の従兄弟だ。父のあとにトオキ屋を継ぐ跡取りで、紅とは子供の頃から仲がいい。「……やめて、」「……え?お母さん、」そこへ看護師が入ってきて、面会は一旦終わりとなる。また来ると声をかけ、紅は病室を後にしながら……久しぶりに見る母の不穏に心がざわめいた。洋平が待ち合わせに指定したのは、おしゃれな雰囲気のイタリアンバル。約束の時間を少し過ぎて入ってきた紅をめざとく見つけ、満面の笑みで手招きをする。「もう、気づいてるんですよね?」「ん?神楽の3番目の契約妻以外の正体のこと?」返事の代わりにジッと見つめれば、少し体を仰け反らせ、洋平は大げさに怖がってみせた。運ばれてきたグラスワインをひとくち飲み、紅は観念したように白状する。「高校時代の2年後輩です。……三田さん、当時の神楽さんの取り巻きにいました?」「あー……傷つくなぁ。いたよ?!これでも結構告られたんだから、神楽目当てで!」言い方
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