「今夜の料理も美味いな」「本当ですか?嬉し……」「玉ねぎが入ってなきゃね。言わなかったっけ?俺、玉ねぎが苦手だって」ピリっと張りつめる空気……とても仲良し夫婦の夕食風景には見えない。射抜くように向けられた視線から逃れたくて、反射的に下を向いた。ガラスのダイニングテーブルは透明で……夫が足を組み替えたのが見える。「そうでしたね。……ごめんなさい」「いやいいよ。普通の男なら満足する味だ。……普通の男ならね?」頬杖をついて私に向ける視線は……確実に不愉快だと伝えている。「明日は必ず……満足していただけるように頑張ります。私、料理は得意なので、今度こそ」リベンジを誓う私を見つめ返す瞳の色が、明らかに変わった。唇の端を歪めたのは、笑顔を作ろうとしたのか……口元のホクロが際立つ。「明日なら無理だ。夕方から手術が入っている」「……それじゃ、冷めても美味しい夜食を作っておきますね」「無理するな。期待はしていない」口元をナプキンで拭い、席を立つ夫……二階堂神楽《にかいどうかぐら》、31歳。外科医。「……恐れ入ります」聞こえても聞こえなくてもいいひと言をつぶやく私は二階堂紅《にかいどうべに》、29歳。主婦。私たちは、1年間の契約で結婚した偽装夫婦だ。同居して間もなく半年になる。「明日の手術の準備がある。君は先に休みなさい」「はい。ありがとうございます」神楽は長い足を見せつけるように動かし、書斎へ向かう。ドアを開けながら、さり気なくこちら向いて……嫌味なほど整った顔を紅に向けた。「おやすみ。俺の美しい奥さん?」「……おやすみなさい」ずっと目で追っていて良かった。振り向いた時自分を見ていないと、神楽は少し不機嫌になる。機嫌を損ねたお仕置きは、夜中の呼び出しか……翌朝の朝食に持ち越されるかのどちらか。何度か経験して知ったが、そのどちらもひどく、面倒くさい……「どうしても腕が痛いんだ。……ちょっとマッサージしてくれないか?」すでにベッドに入っていた私を、携帯で呼び出す神楽。「……わかりました」どんなことがあっても、嫌な声は出さない。嫌な顔はしない。契約妻になって、心に誓ったこと。けれど、契約結婚をするにあたり、夫婦としての体の関係は無しと言っていたはずだ。だから私たちの寝室は別なのだが、呼び出されたのは……神楽のベッドルーム。
Last Updated : 2026-06-08 Read more