「……姉ちゃんは、陽光さんのことが好きなんじゃなかったの」飛鵬の言葉が落ちた瞬間、中庭の空気がわずかに沈んだ。梅鈴の指先は、干しかけの布をつまんだまま止まり、風だけがその布を揺らしていた。その揺れは、彼女の胸の奥でほどけかけていた記憶をそっと呼び起こすようだった。陽光――その名は、彼女にとって決して軽く触れられるものではなかった。彼が見せた一瞬の微笑み、ふとした仕草に宿る優しさ、そして、誰にも言えなかった別れの影。それらが、まるで薄い膜のように梅鈴の心の奥に張りついていた。飛鵬は、姉の沈黙を見つめながら、その名が持つ重さを理解していた。陽光という存在は、ただの思い出ではなく、梅鈴の心に影を落とし続ける“何か”だった。中庭の陽射しは明るいのに、二人のあいだには、その名が落とした影だけが静かに横たわっていた。微かに、梅鈴の手は震えていた。けれどもその震えを悟られまいとするように、彼女は再び洗濯物を干す作業へと手を戻した。「……どうしたの、飛鵬。いきなりそんなこと言い出して」声は努めて平静を装っていたが、その背中には、風に揺れる布よりも細い緊張が走っていた。飛鵬は唇を噛みしめ、中庭の土を見つめたまま、絞り出すように言った。「……店のお客さん達が噂してる。姉ちゃんは、最近よく来るあの茂栄って若旦那さん
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