All Chapters of 雲城市の黒い契約 ~追放花嫁と檻の帝王~: Chapter 101 - Chapter 105

105 Chapters

第101話 神崎怜の値打ち(下)

入り組んだ隠し通路の先に、佐伯のアジトはある。「世話になったな」怜は佐伯に声をかけながら、身体に巻いていた爆弾を外した。「爆弾……」凛は固まったように呟く。「こんなもの巻いて……どうするつもりだったのよ……」その声は震えていた。顔は青ざめている。(まただ。いつも、オレは、一条凛に、こんな顔をさせている)自分の不甲斐なさを自覚すると、怜は、舌打ちをした。「想像の通りだよ」「危ないじゃない!!」「君の方こそ、危ないだろう!!トラックで事務所に突っ込むなんて、正気の沙汰じゃないぞ?!」怜は凛を怒鳴りつけた。(違う。そういうことが言いたいのではない)怜は眉根を寄せて、訂正した。「……もっと、自分を大切にするべきだ」「はあ?! その言葉、そっくり返すわ!!」凛はドサリとソファに腰掛ける。青い顔に、目をくりくりとさせ、全身で怒りを表している。「……何をそんなに怒っているんだ?」そう問いかけてから、怜は気付いた。(まさか、久世との会話を一条凛も聞いていたのか?そうだとしたら、また、失礼なことを言ってしまった……)本心ではないと、弁明するつもりはなかった。彼女は、自分のことなど、どうとも思っていないかもしれない。それでも「利用していた」と聞けば、嫌な気分にもなるだろう。凛は、めいっぱい怜を睨みつけていた。「だから言っているでしょう? あなたが、自分を大切にしないから怒ってるの
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第102話 コードネームは太太

 雲城市一の格式を誇るホテル。そのバンケットルームでは、新聞社の創立祝賀会が催されていた。「本当に、老藤原は来ているのかしら?」 凛は、手元の扇を広げて一人呟く。 雲城市の財界人や企業経営者、資産家たちが集う華やかな宴。(なんだか、私だけ場違いな気がするんだけど) パチパチと扇を開けては閉じていると、背後から声が聞こえる。「大丈夫だ。垂水の影はない」 振り返ると、眼鏡をかけたウェイターが立っていた。「怜……」 凛は扇をパチンと閉じた。(垂水さんの動向を追って、こんなことをしているけれど——) 凛は自分の姿を見下ろした。 身体にぴったりと沿うドレス。胸元には大粒のジュエリー。手には扇。 普段の自分とは似ても似つかない装いだ。(なんで私がこんな格好を——!) 凛は怜を睨むように見上げた。「ターゲットに集中しろ。老藤原は、あの奥だ」「あの、いかにも高級そうなスーツを着ている人?」「違う。その隣。チェックの上着を着ている男がいるだろう?」 凛は目を凝らした。「うそ?! あんなヨレヨレのジャケットを着ている人がそうなの?! どう見ても雇われ人って感じじゃない」「見た目で金持ちだと示す必要がないんだろう」 怜は手にしていたシャンパングラスを凛に差し出した。「上手くやれよ」 凛はグラスを受け取る。「分かってるわよ」 優雅な笑みを浮かべ、老人のもとへ歩き出した。* * * 凛は人混みを縫って、会場の奥へと進み、老人に声をかけた。「古いものには、価値があると思われますか?」 凛は扇を少しだけ傾けた。老人の目が、わずかに細くなる。「古いだけでは駄目だ。手入れをして、使い続けてこそ価値がある」「ええ。おっしゃる通りですわね」 老人は凛を見つめた。「なるほど。君が太太か」「お会いできて光栄です」凛は優雅に一礼した。「それで、今日は何の用かな?」「少し、お話をさせていただければと思いまして」「わしと?」「はい。雲城市の企業に長く関わっていらっしゃる藤原様に、きっと喜んでいただけるお話が出来ると思いますわ」「これは、ずいぶんと大きく出たものだ」 老人は小さく鼻を鳴らした。「君たちは何者だ?」「マオタイは個人投資家集団です」「代表者は?」「いません」「出資者の名簿は
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第103話 マオタイのアジト

 凛を乗せたセダンが、雲城市のベイフロントに建つ高級マンションに停まる。その一室が、個人投資家集団マオタイの活動拠点となっていた。「お帰りー! どうだった?!」 玄関の扉が開くなり、美玲が顔を出した。「やったわー! 老藤原の関心事は黒川計器の経営権でビンゴ!!」 凛は弾んだ声で答えた。「工場を市外に移転する話題まで出ているからな。早々に手を打ちたいだろう」 凛の背後から佐伯が付け加える。祝賀会が開かれたホテルから凛をこのアジトへ届けたのは、佐伯だった。「ええ。あの様子なら、こちらの話にも乗ってくると思うわ」 凛は満足げに頷いた。そして—— ポイッ。右足のヒールを脱ぎ捨てる。 ポイッ。続けて左足も。「あー、もう、ドレスって本当に肩が凝る! 着替えてくるわ!」「着やすいタイプを貸してるつもりだけれど」 美玲が少し不思議そうに首を傾げた。「美玲さんはスタイルが良いから! 私が美鈴さんのドレスを借りると、お腹をずっと引っ込めなくちゃいけないのよ!」 そう言い残すと、凛はベッドルームの扉を閉めた。 しばらくして、凛が着替えを済ませ、リビングに戻ると、怜も帰ってきていた。 眼鏡をかけ、ソファに腰掛けている。「メガネ姿の怜さまもステキ……」 美玲がうっとりと呟いた。「美玲さんは、憚らなくなったよね」 佐伯が苦笑する。「後輩にも、よく言われます」 美玲は頬に手を当て、涼しい顔で答えた。 凛は二人のやりとりを眺めてから、怜に向き直った。「それで、これから、どうするつもり?」 怜はテーブルの上に置かれた資料を手に取った。「黒川計器の現状を整理しよう」* * *「黒川計器は、外資系ファンドに買収された。 創業家の黒川一族は経営から退き、現在は生え抜きの利根川修一が社長を務めている」 怜が資料をめくる。「社内での評判は悪くない。むしろ、利根川社長を慕う社員は多いようだ。 経営陣も、彼と近しい人間で固められている」「創業家に代わって、社内の人間が会社を立て直している。そういうこと?」 凛が尋ねた。「ああ。少なくとも、表向きはな」「……理想的な経営刷新に見えるけれど」「ところが、そうとも言い切れない」 怜は資料の一枚を指で叩いた。「まず、資金がどんどん社外に流れている。 貸付金ではあるが、
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第104話 二人のミッション(1)

「利根川社長のアキレス腱——それは医学部生の息子、利根川智司だ」 大学の正門を眺めながら、怜が言った。 「それは聞いたわ。でも、なんで? 家族を人質に取られているってこと?」 「利根川智司は医学部に裏口入学した。そう言われている」 「うそ——?! え、でも待って。だからって、なんで、大学に?!」 「噂は本当か、息子を見極めに来た」 「見極めるって……大学まで来て?」 「そうだ。行くぞ」 怜は何でもないことのように構内に入って行った。 凛は周囲を見回した。講義を終えた学生たちが、連れ立って中庭へ出てくる。笑い声が聞こえ、スマートフォンを見ながら歩く者もいる。 そんな中に、二人だけで紛れ込んでいる。 「……すっごく場違いなんだけど」 凛はバッグの肩掛けを握る。 スニーカーにジーンズ。ラフな格好ではあるけれど、大学生に見えるかと言われれば、そうではない気がした。まして、怜は、どこからどうみても、教わる側ではなく教える側だ。 (謙虚さのかけらもないのよ。学生さんを見習って欲しいわ) 二人は中庭のベンチに腰を下ろした。 怜はタブレットを取り出し、操作しはじめる。 何をしているのか。不思議そうに凛は覗き込んだ。 「株価の推移なんて、今、チェックする?!」 「利根川智司が出て来るまで、あと十分はかかる。時間のあるときに、やっておいた方がいいこともある」 「……今、待ち時間なのね。そういうことは早く言ってよ」 凛は、呆れながらスマートフォンを取り出した。 しばらくすると、怜が顔を上げた。
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第105話 二人のミッション(2)

「一口……?」「味見よ、味見。美味しいわよ」 凛はモンブランをフォークにすくった。 クリームを乗せたフォークの先端を怜の方へと差し出す。 すると、怜の顔が——火が吹き出そうなほど、赤くなった。(え?! 一口味見って、そんなに恥ずかしいこと?!) 怜は顔を片手で覆って、窓の方に背ける。(ちょっと?! そんな顔されると、急に悪いことしてる気分になるんだけど?!) 凛は、怜に向けたフォークの先を、自分の方へ戻した。「冗談よ。冗談。美味しかったから、つい——」 そう言って、自分の口元へと運びかけたとき。「いや、もらうよ」 机の向こうから伸びて来た厚い手のひらが、凛の手首を掴んだ。 怜はそのまま、凛の手をグイッ引っ張り、モンブランを自分の口へと運ばせた。 口元に付いたシャンティクリームを拭って、怜は言う。「たしかに、あれば食べたくなる」「…………っ!!」 本当に、本当に、なんなのよ! この男は!! 今度は、凛の顔がボッと燃えるように赤くなった。 怜は何事もなかったように背もたれに身を預けた。 凛は、フォークを持ったまま彼を見つめる。(何事もなかったように、なんて…… そんな顔、できるわけがないじゃない!!) もはや、何をやっているのか、分からなくなってきた。「ねえ、これって……」 小声で尋ねる。「任務だろ。立派な」「……そうよ、ね」 凛は紅茶に口をつけた。 改めて、向こうの席に目を向ける。 昼下がりのカフェ。利根川智司は、爽やかな交友を——自分たちより着実に、育んでいた。 すると、突然、向かいの席からうめき声がした。「うぅ……胸が……」
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