All Chapters of 雲城市の黒い契約 ~追放花嫁と檻の帝王~: Chapter 81 - Chapter 89

89 Chapters

第81話 撃つ権利

病室には静寂が流れていた。 「……私を、撃ったの?」 凛の問いに、怜はしばらく何も答えなかった。 やがて小さく息を吐く。 「……一条凛。」 「何よ?」 「オレのズボンのポケットに銃が入っている。」 「……え?」 凛は思わず聞き返した。 「取ってくれ。」 「じゅ、銃って……。」 怜は静かに頷く。 「警察にはまだ渡していない。」 凛は恐る恐るベッド脇に置かれたズボンへ手を伸ばした。 冷たい金属の感触が指先に触れる。 (……本当に、銃。) ずしりと重い。 映画でしか見たことのない黒い拳銃だった。 凛は息を呑みながら、それを両手で抱える。 怜は淡々と言った。 「スライドを引いて。」 「え?」 「そうすると弾が薬室に入る。」 「ちょ、ちょっと待って!」 凛は慌てて銃口を床へ向けた。 「危ないじゃない!」 「安全装置は掛けてある。」 まるで仕事の説明でもするような口調だった。 「外して引き金を引けば撃てる。」 (銃って……こんな感じなんだ……。) 凛は背筋が冷たくなる。 結婚式の日。 教会で、この無機質な凶器が自分に向けられた—— 凛はその重さに、思わず息を呑んだ。 「……それで?」 凛は顔を上げる。 「撃ったの?」 怜は真っ直ぐ凛を見つめた。 逃げることも、ごまかすこともなく。 「……そうだ。」 短い返事だった。 「オレが撃たせた。」 凛の胸が締め付けられる。 怜は静かに両手を持ち上げた。 「君には、オレを撃つ権利がある。」 その言葉に、凛の思考が止まる。 「……は?」 「撃たれて当然のことをした。」 怜の表情には後悔も恐怖もなかった。 ただ、事実を述べているだけだった。 「だから——」 そこまで聞いた瞬間だった。 パンッ! 乾いた音が病室に響いた。
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第82話 心の傷


凛の平手打ちが怜の頬を打ち抜いた。

怜は目を丸くした。 頬にじんわりと熱が広がっていく。 何が起きたのか理解できないまま、無意識に頬へ手を添えた。 
「人が人を撃つ権利……?」
 凛は震えていた。 怒りとも、悲しみともつかない感情を押し殺すように、小さく肩を震わせている。 「そんな権利……。」 掠れた声が病室に響く。 「そんな権利、あるわけないじゃない!」 怜は黙って凛を見つめる。 「人が人を撃っていい権利なんて……。」 凛は拳を握り締めた。 「あるわけ、ないでしょ!」 病室は静まり返る。 心電図だけが一定のリズムを刻んでいた。 怜はゆっくりと口を開く。 「……そうか。」 その一言に、凛は思わず顔を上げた。 まるで今、初めて知ったことのような返事だった。 「何よ、その反応……。」 思わず呆れた声が漏れる。 怜は少し困ったように目を伏せる。 「いや……そういう考え方もあるのか、と。」 凛は思わず額を押さえた。 (この人、本気なんだ。) 責められていることすら、ちゃんと理解していない。 ただ、自分とは違う考え方を聞いている。 そんな顔だった。 凛は小さく息を吐く。 「頬、痛いよね。」 怜は黙って聞いていた。 「血が出るのって、もっと痛いんだよ。」 その言葉に、怜の表情がわずかに変わる。 凛はまっすぐ怜を見つめた。 「でもね。」 静かな声だった。 「もっと痛いのは、心の傷。」 怜は言葉を失う。 「どうして、あんなことしたの?」 「……。」 「何がしたかったの?」 凛は一歩近付いた。 「私のことなんて、どうでもよかった。それは知ってる。 ……だから責めたいんじゃない。」 首を横に振る。 「あなたが何をしたかったのか。
私が何に巻き込まれたのか。
……ちゃんと知りたいの。」 病室に沈黙が落ちる。 怜はしばらく俯いていた。 そして、ゆっくりと息を吐く。 「……オレは。」 言葉が止まる。 「君を……。」 その先が続かない。 凛は静かに待った。 
(守りたかった……?)
 「……いや。違うな。」 苦笑する。
 凛は首を傾げた。 怜は凛を真っ直ぐに見つめた。 「正直に言うと……自分でも、よく分からないんだ。」

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第83話 卒業研究発表

「正直に言うと……自分でも、よく分からないんだ。」 怜は、あっけらかんとそう言った。 憑き物が落ちたかのように、爽やかな表情をしていた。 凛は呆れたようにため息をつく。 「分からないって……。」 怜はしばらく考え込む。 やがて、不意に顔を上げた。 「一条凛。」 「はい。」 「君は、大学のゼミの卒業研究発表で、オレの論文に質問しただろ?」 「……え?」 あまりにも唐突だった。 「大学の卒業研究?」 凛は記憶の糸をゆっくりと手繰る。 (神崎さんとは四歳差だから……神崎さんが四年生なら、私が一年生?) 「そんなこと……ありました?」 「あった、あった。」 怜は即答した。 照れ隠しなのか、前髪をくしゃっと掻き上げる。 「くそ。やっぱり覚えていたのは、オレだけか。」 その仕草が妙に年相応で、凛は思わず目を瞬いた。 (……え、この人……) いつもの神崎怜とは別人だった。 
(かわい……) 凛はハッとする。 (か、かわいい訳ないでしょ?目の前にいるのは、神崎怜よ?!) 怜の前髪がぱらりと落ちる。 その自然な姿が、六年前の青年と重なった。 「あ……もしかして。」 怜が黙って続きを待つ。 「A国の鉄鋼業界をモデルに、専業化と多角経営化を比較した研究?」 怜の表情がぱっと明るくなる。 「やっと思い出したか!」 「あ。」 凛は目を丸くした。 「あの発表……あなただったの?」 「そうそう。」 その瞬間だった。 怜は微笑んだ。 太陽の光を集めたような、弾ける笑顔。 病室の空気までキラキラと輝く。 (……え、笑った?) 凛は息を呑む。 (こんな顔をする人だったんだ……。) 「でも。」 凛は首を傾げる。 「あの発表と、私との契約結婚……どんな繋がりがあるの?」 怜はサラリと言った。 「ああ、あの時思ったんだよ。 結婚するなら、君以外考えられないな、と。」 「え?」 それはあまりに唐突だった。 目の前の男は、相変わらずキラキラしている。 ここは病院で、窓からは昼下がりの光が入って来ているだけだというのに。 (相変わらず、話が見えない……) 凛はこめかみを押さえた。 (でも、前より
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第84話 問題はそこじゃない

「あの発表は、A国のモデルを引き合いに、神崎グループの御曹司が、鉱物採掘から非鉄金属加工まで一本足打法でやってきた既存の経営路線を捨てて、金属業でもITや金融業やるべきですよ、っていうプレゼンだったんだよ。」 神崎怜は飄々と言った。 「……あ!」 凛は、当時覚えた違和感を思い出した。 「だから、みんな、あんな反応だったんだ……。」 発表者が論文の要旨を説明し終わった後、会場は騒然としていた。教授陣からも厳しい意見が次々に浴びせられた。 (うわー、卒業論文の発表って、こんなに真剣なんだ。) 凛の印象に残っていたのは、侃侃諤諤の議論が繰り広げられていたこと——それだけだった。 手元に配られたレジュメを眺める。 (あれ、この数式——) 凛はしばらく考え込む。 (うん、ここをスッキリさせたら、もっと良くなる。) 目の前では、なおも議論が続いていた。 議論というよりは難癖に近い印象だった。 それでも、発表者は建設的に意見を受け止めていた。 (なんか、応援したくなっちゃうな。ああいう人って。) 凛はスッと手を挙げた。 会場はどよめいたが、凛は自分のこれからの発言を整理することに集中していた。 「一年の一条凛です。発表を聴講させていただきありがとうございます。 経営戦略上、重要な視点を投げかけていて、大変勉強になりました。 数式の展開についてアイディアがあるので、後ほど声をかけさせてください。」 会場はシンと鎮まり返り、発表は終わった。 「思い出したか?」 怜の言葉に、凛は現実に引き戻される。 「はい、私は確かにあの時、研究の内容だけを見て、その発表を支持する質問をして……周りの人たちは、学術的な問題じゃなくて、立場上の問題から、神崎さんに反対していた……ってこと?」 「その通り。君は昔から、気付かずに危ない橋を渡るタイプだったんだな。」 「そんなこと……!」 「あるだろう?教授陣から相当にらまれたはずだぞ。」 「ぐう……」 (教授たちが私にだけ厳しかったのは、そういうこと?!) 凛の胸に苦い思いが浮かぶ。 「でも、それと、あの契約結婚に何の関係が? 生意気なことを言ったとは思うけど……。」 (それで、恨まれたの?プライドを傷付けたから?) 「い
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第85話 契約結婚?

第85話 契約結婚? 凛は大きく息を吸い込んだ。 「ええっと……。」 両手を軽く前へ出し、頭の中を整理するように指を折る。 「整理しますね。」 怜は黙って頷いた。 「私たちは実は大学時代に知り合っていた。」 「そうだな。」 「神崎さんは、その頃から私のことが嫌いではなかった。」 「まあ、そうだ。」 「それで、五年後に再会して、契約結婚をした。 ——こういうこと?」 怜は、きょとんとした。 「契約結婚?」 「え?」 今度は凛が固まる。 「契約書、作ったわよね!?」 「作った。」 怜はあっさり頷く。 「結婚するときには作るだろ?普通。」 「ええぇ!?」 思わず素っ頓狂な声が病室に響いた。 怜は不思議そうに首を傾げる。 「何かおかしいか?」 「おかしいわよ!」 凛は思わず身を乗り出した。 「結婚に条件を付けるなんて!」 「そうか?」 「期間だって、一年間。一年間の結婚なんて、あり得ないでしょう!?」 「自動更新にしておいただろ?」 あまりにも即答だった。 「え?」 凛は言葉を失う。 怜は当然のように続ける。 「……いろいろ考えたんだよ。 結婚なんて、君の人生において重要な事項だ。 だから、君が見直したければ——オレや、神崎家と合わなければ、いつでも自由になれるようにしておきたかった。」 「……自由?」 「それでも——母親の治療費は神崎グループが負担する。 弟の学費も最後まで支援する。 離婚した場合の生活保障も入れた。 一度、オレと歩もうと思ってくれたのだからな。 オレも君の人生を背負う——全部、君の権利だ。」 凛は瞬きを繰り返す。 「でも……。」 怜は淡々と言った。 「もちろん、書面にまとめていなくても払う。口頭でも成立するからな。」 その声に迷いはなかった。 「だが、やはり文書に残した方が良いだろう? 万が一、オレが死んでも、お前が困らないように。」 凛は軽く目眩を覚えた。 (え……。) 頭の中で何かが音を立てて崩れていく。 ずっと、ずっと、契約結婚だと思っていた。 一年だけ。利害関係だけ。 だから、終われば他人に戻るものだと。 そう思っていた。
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第86話 神崎怜

病室には、しばらく沈黙が流れていた。 (契約結婚じゃなかったら……私たちの結婚はなんだったのか?) 凛は頭を抱えたまま、じっと怜を見つめる。 一方の怜はというと、どこか吹っ切れたような顔をしている。 やがて、小さく息を吐いた。 「……なんだったんだろうな。」 あまりにも、あっさりとした口調だった。 凛は思わず身を乗り出す。 「『なんだったんだろうな』じゃないわよ!?」 「そうか?」 怜は首を傾げる。 「じゃあ、なんだったと思う?」 「私に聞かないでよ!」 凛は即座に突っ込んだ。 怜は肩をすくめる。 「君にとっては、契約結婚ってやつだったんだろ?」 「ぐう……。」 痛いところを突かれ、凛は言葉に詰まる。 確かに、自分はそう思っていた。 一年限りの結婚。互いの利害が一致しただけの関係。 そう信じて疑わなかった。 「……実際、そうだったんだろうな。 オレも、事業のことしか考えていなかった。 ——大学の頃から、ずっと。」 怜は苦笑した。 「君がいてくれたら、もっと事業を発展させられる。 君が共に歩んでくれたら、オレはどこまでも頑張れる。 そのくらいしか考えていなかった。」 その言葉は、不思議なくらい飾り気がなかった。 まるで、今になってようやく自分の過去を理解した人のようだった。 (……え。) 凛は目を瞬かせる。 (もしかして、この人……。本当に、私のことが好きだったの?) 今さらになって、その可能性が胸をよぎる。 そういえば。 大学時代——。 卒業研究発表が終わった後、教室を出ようとしていた凛を、怜が追い掛けてきた。 「ありがとう、助かったよ!」 あの時も、太陽みたいな笑顔だった。 「君みたいな人に出会いたかった。」 照れくさそうに頭を掻きながら、続ける。 「就職する時には、ぜひ連絡してくれ。」 あの爽やかな先輩の名前は——。 「神崎……怜だ……。」 凛は小さく呟いた。 あの時の爽やかな先輩と、目の前の不器用な青年が、ようやく一人の男として重なった。
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第87話 巡り会う思い

凛は、目の前の怜をまじまじと見つめた。 大学時代の爽やかな青年と、神崎グループ副社長。 頭の中では同一人物になったはずなのに、まだどこか信じられない。 「え……。」 怜が不思議そうに首を傾げる。 「神崎さんって……あの神崎怜さん?!」 「なんだよ、急に。」 「いや……。」 凛は思わず笑ってしまう。 「大学時代の神崎さんって、キャンパス中にキラキラを振りまいていたなって。」 「はあ?」 怜は心底くだらない話を聞いた、というような顔をした。 しかし、一拍置いて。 「……君は、オレのこと気になってた?」 そう言うと、嬉しそうに身を乗り出してくる。 「え?」 「見てたんだろ?」 その顔は、どこか期待に満ちていた。 凛は思わず視線を逸らす。 「気になってたっていうか……。」 頬が熱くなる。 それは大学時代を思い出したからではない。 目の前にいる神崎怜が、急に「神崎グループの重役」ではなく、一人の人間に思えてきたからだ。 「……雲の上の人、って感じ。」 「なんだ、それ。」 怜は肩を揺らして笑った。 病室に明るい笑い声が響く。 その笑顔は、不思議なくらい眩しかった。 まるで大学時代と同じように、部屋中へ光を振りまくようだった。 その笑顔を、凛は知っていた。 (……そうか、そうだったんだ。) 凛はようやく分かった。 神崎怜という人は、こういう人だったのだ。 太陽みたいによく笑い。 誰よりも自分を信じ。 時には傲慢なくらいの自信を見せながら、それに見合う努力を決して怠らない。 そんな青年だった。 だからきっと——あの日も、結婚式の日も、そして今も——真っすぐに、自分の信じた道を歩いてきたのだ。 凛の胸にぽつりと一つの仮説が浮かぶ。 「……神崎さん。」 「ん?」 「神崎さんは、ちゃんと私のことを愛してくれていたんですね。」 怜は少し目を丸くした。 「愛……?」
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第88話 不器用な人

凛は怜の瞳をまっすぐ見つめた。 胸の奥で、小さな仮説がゆっくりと確信へ変わっていく。 「……神崎さん。」 「ん?」 「神崎さんって、私のことをちゃんと愛してくれていたんですね。」 「愛……。」 神崎怜は、ぽかんとしたように目を丸くした。 窓の外を見つめる。 午後の穏やかな光が、怜の瞳に輝いていた。 「……そうだな、愛していた。」 凛の胸が、どくりと鳴る。 怜はポツリと付け加える。 「それは——今もだ。」 ふわりと笑う。 その柔らかな笑顔から、まるで光がこぼれるようだった。 「神崎さん……。」 凛は思わず言葉を失う。 怜はそんな凛を、じっと見つめていた。 (何を見て……?) 凛は視線を追いかける。 その先には——着古したジーンズにスニーカー姿の自分がいた。 (あ!この格好!!) しかも、凛は、昨夜、怜を見つけてから、ずっと病院に付き添っていた。 つまり—— (私、昨日の服のままなんだけど!?) 凛の頬が一気に赤くなる。 怜はそんな凛の慌てぶりを見ても、ただ静かに微笑んでいた。 「……一条凛。」 「え?」 「君は強いな。」 凛はきょとんとする。 「しっかり、自分の足で歩いている。 どんな時も。」 怜はどこか眩しいものを見るように目を細めた。 そして、静かに表情を引き締める。 「話そう。君の身に起こったことを。」 「……っ!」 凛も自然と背筋を伸ばした。 怜は淡々と語り始める。 一条凛が神崎家の花嫁となった瞬間から、黒蛇会の標的になっていたこと。 神崎グループの弱点として利用される危険があったこと。 だからこそ、敵に『切り捨てられた花嫁』と思わせる必要があったこと。 結婚式での銃撃も、その計画の一部だったことを。 凛は息を呑む。 「あの銃撃は……。私を守るためだったの……?」 怜は答えなかった。ただ、ゆっくりと目を閉じる。 病室に静寂が広がる。 やがて、小さく息を吐いた。 「……君を傷付けたことを、今でも悔やんでいる。」 その言葉はどこまでも誠実だった。 ——あの日差し出された、白い薔薇のように。 (……そういうことだったんだ。) 頭の中で、ばらばらだった記憶が一本の線になっていく。 神崎怜との結婚は、愛のない契約ではなかった。 結婚式で撃たれたのも、自分を守る
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第89話 行く当て

「行く当てはあるの?」凛は何気ない口調で尋ねた。目の前の男は地位を失い、家を失い、傷まで負っている。放ってはおけなかった。「ああ、ある。」怜は穏やかに頷くと、ふっと口元を緩めた。「それに——君はオレと出会ってから、ずっと危険な目に遭っているんじゃなかったか?」「……!」凛は思わず目を見開く。トレーラーから脱出した夜、自分が叫んだ言葉だった。「心配して損したわ。なんでそんなこと覚えてるのよ。」「感心したんだよ。」怜は楽しそうに笑う。「自分をそんな危険な目に遭わせている男には、敬語は使わない——そう宣言した女性は初めてだった。」「はあ?」「面白い女性だよ、君は。」心の底から愉快そうに笑う怜を見て、凛は呆れたように肩をすくめた。「面白いって……まあ、いいわ。行く当てはあるのね。」「ああ。知り合いの家に行くつもりだ。」その時、着信音が病室に響いた。「電話じゃない?」「ああ、失礼。」画面には佐伯の名前が表示されていた。「どうした?」『悪い。家、見つからなかった。』「……そんなわけないだろ。」『本当なんだって。だからさ、誰か泊めてもらえる人いない?』(……こいつ、病室の話を聞いてたな。)怜は確信した。「お前の家は。」『ムリムリ。ほら、誰かいるだろ?』怜の視線が、無意識に凛へ向く。「え?」目が合った瞬間、二人ともすぐに逸らした。「……ないな。」「は?」『は?』凛と佐伯の声が重なる。『お前、よく考えろよ。一条凛だって、まだ安全なわけじゃない。二か所守るより、一か所にまとまった方が合理的だろ?』怜は低い声で言った。「——その名前を軽々しく口にするな。」『はいはい。一条さんによろしく。』通話は一方的に切れた。「……。」怜はしばらく黙り込む。やがて凛へ向き直った。「家探しの電話だったの?」「ああ……知り合いの家へ転がり込むつもりだったが、駄目になったらしい。」「まあ、みんな都合はあるわよね。」凛は包帯の巻かれた怜の肩へ視線を落とす。まだ一人で生活するには無理があるだろう。怜はしばらく黙っていた。そして意を決したように凛へ向き直るとゆっくりと頭を下げる。「……迷惑をかけるが、少しの間、世話になれないだろうか。」その声はどこかぎこちない。責任を背負い続けてきた男の背中は、どこか不器用だ
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