「ああ、そうだ、卵……」白石は、はっとしたように足元を見た。「やば。これ、すぐ拭かないと」彼はスーパーの袋を廊下の端に寄せ、申し訳なさそうに頭を下げた。「すみません、ちょっとここ置かせてもらいますね」ぱたぱたと自分の部屋に戻り、すぐに雑巾を持って戻ってきた。しゃがみ込むと、手際よく床を拭き始める。「こういうの、放置すると地味に臭うんだよな……」独り言のように呟きながらも、割れた殻を一つ一つ丁寧に拾っていく。その姿が、妙に優しく見えた。「……手伝います」気づけば、凛はそう言っていた。「え、いやいや、全然大丈夫です!」白石は慌てて顔を上げ、人懐っこい笑顔を向けた。「俺がやらかしただけなんで。本当にすみません……」それでも、彼はテキパキと片付けを続けながら、時々こちらを気遣うように視線をくれる。凛は、その優しい視線に、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。(…気遣いができる人なんだなあ)「うわ〜」スーパーの袋を覗き込み、白石は本気で落ち込んだ顔をした。「パックの中の卵も全部割れてる……食べ物を粗末にするなんて、農家の方に申し訳無さすぎる……」その素直な表情に、思わず凛の口元が緩んだ。「あの……」凛は自分でも驚くほど柔らかい声で言った。「卵を一度にたくさん使えるなら、オムレツとか作れますよ」「オムレツ……?」白石はぱっと顔を輝かせ、すぐにしゅんとした。「ええ。良ければ作りましょうか?」「え!そんな!!」申し訳ない、という言葉とは裏腹に、瞳が子犬みたいにキラキラしている。凛はふわりと微笑んだ。(本当に……素直で可愛い人)他愛のないやり取りなのに、こんなに心が穏やかになるのは、久しぶりだった。白石はおずおずと申し出た。「よければ……作り方を教えてもらえませんか? 作ってもらうのはさすがに悪いので」「ええ、良いですよ」凛が答えると、白石は嬉しそうに笑った。その笑顔が、あまりにも純粋で。凛の胸の奥で、何かが小さく、温かく芽吹いた。
آخر تحديث : 2026-06-14 اقرأ المزيد