咳の痛みが引いたあと、リュゼリアはゆっくり目を開けた。 窓の外は夕方に近い色へ変わっている。部屋の隅ではヴィルレオがまだ椅子に座っていた。彼は彼女が目を開けたのにすぐ気づき、身を起こす。「水は」「大丈夫」「熱は」「少し、落ち着いたわ」 そう答えると、彼はほんのわずかに息を吐いた。その安堵があまりにも露骨で、リュゼリアはかえって少しだけ困ってしまう。「旦那様」「何だ」「そこにいてくださるのはありがたいけれど」 言葉を選ぶ。責めたいのではない。けれど、その張りつめ方の中にいると、自分のほうまで余計に息が詰まりそうになる。「そんなに苦しそうなお顔をなさらないで」 ヴィルレオの眉がわずかに寄る。「していたか」「ええ」「……そうか」 それだけしか返ってこない。だが、それが彼なりの精一杯なのだろうともわかる。 リュゼリアは少しだけ目を伏せた。「咳が消えたわけではないの」「……」「ここへ来たからって、急に治るわけでもない」「わかっている」「ええ。頭では、ね」 その一言で、ヴィルレオが黙る。 そうなのだ。彼は頭ではわかっている。医師の説明も聞いている。余命半年という言葉も聞いた。けれど実際にこうして、穏やかな暮らしの中でなお咳が消えない現実を見せつけられると、身体のほうが受け止めきれていないのだろう。 リュゼリアはそのことを責められない。 自分ですら、こうして静かな館で花を見て、ひとり分の食卓で少しずつ食べ、土の匂いのする午後を知ってもなお、体が確実に蝕まれていることに時々ひどく驚くのだから。 穏やかさは、病を止めない。 ただ、苦しみの中で少しだけ呼吸をしやすくするだけだ。 それだけなのに、その“それだけ”がどれほど大きいかも、今の自分にはわかっている。「わたくし」 リュゼリアは小さく言った。「ここへ来て、少しだけ生きている気がするようになったの」 ヴィルレオが顔を上げる。「ええ。咳もするし、熱も出るし、立っていられない日もある。……でも、それでも、前よりは“生きている”の」 言葉にして、自分でもその真実味に少し驚く。 病んでいるのに。 弱っているのに。 たしかに少しずつ身体は遠ざかっていくのに、それでも前より“生きている”と感じる。 それはきっと、王都での時間がどれだけ生きている実感から遠かったかと
Last Updated : 2026-09-10 Read more