澪は自分の肩に掛けられた上着を見下ろした。 ダークグレーのカシミヤ。裏地にはまだ彼の体温が残っていて、信じられないほど温かかった。彼女は無意識に襟元をきつく握りしめ、指の関節が柔らかな生地に沈み込んだ。 「あなたは?」 「俺は君の代わりに奥さんに付き添って、介護士が来たら帰るよ。ついでに奥さんの入院手続きも全部済ませておく」 「でも、それじゃあなたに迷惑がかかるんじゃ……」 鷹斗は微笑み、手を伸ばして澪の寝癖で跳ねた毛先を整えてやった。 「迷惑だなんて言うなよ。 君から友達だって言ってくれたんだろ。友達なら、そんな水臭いこと言うもんじゃない」 彼の手は大きかったが、その動きはとても優しく、言葉では言い表せないほど自然で親密だった。澪が反応する間もなく、その手は素早く引っ込められた。 返す言葉が見つからず、澪は上着を抱き抱えるようにして立ち上がったが、足が痺れてよろめいてしまった。 鷹斗が手を伸ばし、彼女の肘の下をしっかりと支えた。 「歩けるか?」 「ええ」 彼はそう言って、ドアの方へ少し顔を向けた。 「よし。家まで送るよ」 明け方の道路は閑散としており、人っ子一人見当たらなかった。澪は助手席に座り、眠気で体を左右に揺らしていた。頭がこっくりこっくりと揺れるたび、今にも窓ガラスにぶつかりそうになる。 赤信号が灯った。 鷹斗は手を伸ばし、手の甲でそっと彼女の額を支えると、彼女の頭を反対側――シートのヘッドレストの方へと導いた。
Last Updated : 2026-08-25 Read more