彼女は真正面を見据え、舞台の果て――闇に溶けた虚空を見つめる。 やがて、静かに口を開いた。 それは、台本にはない台詞だった。 本来の美佳子なら、この場面で取り乱し、狂ったように言い訳を重ね、暴露された末に群衆の罵声の中で崩れ落ちるはずだった。 だが、澪の声は深い淵のように静かだった。 「私はずっと、十分に悪くなって、十分に憎まれる存在になれば、あなたたちは私を忘れないって、そう信じていたわ。 どんな悪事でもやったのは、ただ……私が悪人になった時だけ、あなたたちの視線が彼女から離れて、私へ向くと分かっていたから」 一歩前へ踏み出す。 紫色のドレスの裾が、光の中でゆっくりと燃え広がる炎のように揺れた。 「でも、今なら分かるの。誰かの光を奪っても、自分が光になれるわけじゃない。それに私……もう、あなたたちに見つけてもらわなくてもいいわ」 その声は、かすかに震えていた。 「直樹。あなたの幸せを願っているわ。心から」 最後に修へ視線を向ける。 そこには恨みも、未練も、愛もなかった。 ただ、すべてを手放した者だけがたどり着ける、底知れない静かな安らぎだけがあった。 そして彼女は背を向け、舞台の端に広がる闇へ向かって歩き出す。 紫色のドレスの裾は、スポットライトの中で少しずつ小さくなり、まるで深い海へゆっくりと沈んでいく影のようだった。 会場は三秒間、完全な静寂に包まれた。 次
最後更新 : 2026-07-31 閱讀更多