馬車が王宮へ到着した。 「着きましたわね」 御者が扉を開ける。 その瞬間だった。 「シーラ、こちらへ」 ゼクス殿下が当然のように右手を差し出す。 だが、それより一瞬早く。 「……シーラ様、こちらへ」 ネスト様の手が、静かに私の前へ差し出されていた。 ……え? 一瞬だけ。 馬車の中の空気が凍った。 殿下の笑顔がぴくりと引きつる。 「ネスト」 「はい」 「その手は何だ」 「護衛として当然の職務ですが」 「護衛なら私がいる」 「ですが、ここまでの護衛は私の任務でしたので」 淡々と返すネスト様。 しかし二人の視線は、一歩も譲らない。 ……何かしら。 二人とも降りたいなら先に降りればいいのに。 狭い馬車で出口を塞がないでほしいわ。 「殿下」 ネスト様が静かに告げる。 「先ほどヤミー子爵邸に到着された時には、間に合いませんでした」 「……」 「ですので、せめて最後まで私が職務を全ういたします」 殿下は黙ったままネスト様を見る。 しばらくして、小さく鼻を鳴らした。 「……ふん。今回だけだ」 「ありがとうございます」 ネスト様は一礼すると、改めて私へ手を差し出した。 「……シーラ様、こちらへ」 馬車から降りる際、差し出されたネスト様の手。 その動きはこれまで以上に恭しく、完璧な騎士の礼儀を保っていた。 だが、私の耳に届いたその「言葉」に、思考がフリーズする。 「……様?」 「はい。先ほどのヤミー子爵への見事な裁き、感服いたしました。……今まで、あなたのような気高き方を『さん』などと、馴れ馴れしく呼んでいた非礼、お許しください」 そう言って、彼は爽やかに笑った。 ……笑った? 冗談じゃないわ。それは判決を下された死刑囚に見せる慈悲かしら!? (ちょっと待ちなさいよ! 『様』!? 何よその鉄壁のソーシャルディスタンスは! 前の『さん』の方が、まだ法的有効期限が残っていたはずよ! 契約更新の通知もなしに、勝手に呼び方を変えるなんて……不当だわ、不当よ!!) 心の中でハサミを乱舞させ、法律全集を投げつけたい衝動に駆られるが、表向きは鉄の仮面を維持する。 「……そうですか。ご丁寧に、どうも」 精一杯の冷徹さを
آخر تحديث : 2026-07-11 اقرأ المزيد