怜司は、五年前の記録を調べ始めた。 詩乃が妊娠を知らせようと会社を訪れた日。 秘書に取り次ぎを拒まれた日。 それが本当にあったのか。誰が対応したのか。どの部署が記録を残していたのか。怜司は部下へ命じ、当時の来訪者記録、受付端末のログ、秘書室の通話記録まで洗わせた。 最初、彼は自分が事実を確認しているだけだと思っていた。 だが、本当は違った。 詩乃の言葉が胸に刺さっていたのだ。 知らせようとしました。五年前に。 若さまが、断りもなく会社に踏み込むなと仰っています。 その声が、何度も耳の奥で蘇る。 怜司にとっては、記憶にも残らないほど小さな出来事だった。会議前の忙しい時間。予定外の来客。名ばかりの妻。大した用件ではないと決めつけ、秘書に処理させたのかもしれない。 けれど、詩乃にとっては違った。 奏音を一人で産む決意へ繋がった夜。 父親に知らせる最後の扉が閉じた夜。 当時の秘書は、すでに退職していた。 怜司は、その居場所を探させた。退職後の勤務先、連絡先、住所変更の履歴。部下は数日かけて、都内から離れた小さな法律事務所で事務員として働く元秘書へ辿り着いた。 会った場所は、ホテルの小さな応接室だった。 元秘書は、怯えていた。 年齢より老けて見えた。きちんと整えた髪も、膝の上で握りしめた手も、どこか落ち着きがない。怜司が向かいに座るだけで、彼女は深く頭を下げた。「お久しぶりでございます、怜司様」「五年前のことを聞きたい」 怜司は前置きをしなかった。 録音機が机の上に置かれている。元秘書の目がそこへ揺れた。「神澤詩乃が、会社へ来た日だ。覚えているか」 元秘書の唇が、わずかに震えた。 沈黙。 その長さが、答えに近かった。「……覚えております」「何をしに来た」「奥様は、怜司様へ直接お話ししたいと仰っていました」「内容は」 元秘書は目を伏せた。「詳しくは聞いておりません。ただ……体調が悪そうで、何度もお腹のあたりに手を添えていらして。とても大事なお話だと。ご家族に関わることだと」 怜司の喉が、静かに詰まる。 妊娠について話したかったのだ。 詩乃はその時、奏音を抱えた身体で会社の下に立っていた。冷えた足を擦りながら、父親である怜司には伝えなければならないと、何時間も待っていた。 その姿が、今さら怜司の中で形を持
Last Updated : 2026-08-08 Read more