All Chapters of 捨てたのはそちらなので、私は年下御曹司と婚約契約します: Chapter 121 - Chapter 123

123 Chapters

第121話 線を引いても嫌われない

 別部署からの相談は、少しずつ増えていた。 増えていたと言っても、一日中呼ばれるほどではない。けれど、資料の構成で迷った時、住民向けの文言が固くなりすぎた時、現場向けと管理者向けの説明が混ざった時に、「朝比奈さんに一度見てもらおう」という声がかかるようになっていた。 頼られることは、嬉しい。 でも、嬉しいだけでは済まないことも、私は少しずつ分かってきていた。 その日、相談されたのは事業者向けの説明資料だった。 最初に見る約束だったのは、説明会の冒頭で配る一枚だけだったはずだ。けれど会議室に入ると、机の上には分厚いファイルが置かれていた。「すみません、朝比奈さん。ついでにこの想定問答も見てもらえますか。住民向け案内ともつながるので」 担当者は急いでいる様子だった。 月末の説明会に間に合わせたいのだろう。焦りは分かる。私も、以前ならその焦りを見ただけで、引き受けなければと思っていた。 けれど、私はファイルに手を伸ばす前に一度止まった。 想定問答には、制度の判断が入る。 問い合わせ対応には、担当部署としての責任がある。 私が言葉の順番だけを見ているつもりでも、うっかり内容に踏み込めば、後で誰かを困らせるかもしれない。
last updateLast Updated : 2026-09-11
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第123話 二件目の記録

 結和ケアの定例打ち合わせは、前回より少しだけ空気が柔らかかった。 もちろん、すべてが順調というわけではない。机の上には、職種別に分けた確認カードの修正版と、現場から届いた指摘の一覧が並んでいる。連絡先の書き方は少し分かりやすくなったけれど、緊急性の判断はまだ揺れていたし、家族連絡欄を入れるかどうかも決まりきっていない。 それでも、宮坂さんの表情には、最初の頃とは違う温度があった。「朝比奈さん、二件目が出ました」 その言葉に、私は資料から顔を上げた。「二件目、ですか」「はい。今回は配食ではなく、訪問支援側からです」 宮坂さんが共有資料をこちらへ向ける。個人が特定される情報は伏せられている。そこにあるのは、記録の流れと、誰がどこで迷ったかだけだった。「訪問支援のスタッフが、利用者さんの室内でいつもと違う様子に気づきました。すぐに緊急対応が必要というほどではありません。ただ、服薬の確認が少し曖昧で、ご本人の説明も日によって違っていたようです」 私はペンを握り直した。「その場で記録してくださったんですね」「ええ。確認カードの通り、対応したことを一つだけ残しました。ただし、ここで迷いが出ています」 宮坂さんは資料の下部を指した。
last updateLast Updated : 2026-09-13
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