私の名前を知っている人が、私の知らない顔で陽斗の隣に立っている。 それだけで、答えはほとんど出ていたのかもしれない。 それでも私は、まだ聞かないふりをしたかった。何か事情があるのだと思いたかった。今日の主役は陽斗で、ここは彼の大切な仕事の場で、私は婚約者なのだから。 婚約者。 その言葉が、急に遠くなる。 陽斗は私の前に立った。背後では小さくグラスが鳴っている。誰かの笑い声も聞こえた。でも空気はもう完全にこちらへ傾いていた。 皆、見ないふりをしながら見ている。 「琴葉。驚かせたよね。でも、今日ちゃんと話しておきたかったんだ」 ちゃんと。 その言葉が胸の奥に引っかかった。 ちゃんと話すなら、どうしてこの場なのだろう。どうして莉愛さんが隣にいるのだろう。どうして私だけが何も知らないのだろう。 「琴葉には、本当に感謝してる。大学の頃からずっと一緒にいてくれたし、君が優秀な人だということも僕はよく知ってる」 褒められているはずなのに、足元が冷えていく。 こういう時の陽斗はいつもそうだ。優しい言葉を選ぶ。誰にも責められないような順番で話す。けれどその奥にある結論は、たいてい私の方へ押しつけられる。 「でも、僕の立つ場所が変わったんだ。これからは事業だけじゃなく、人脈も社交も家同士のつながりも必要になる。莉愛は、これからの僕を支えてくれる人なんだ」 莉愛さんがそっと目を伏せた。 申し訳なさそうな仕草だった。けれど彼女の指先は陽斗の袖に触れている。細く白い指が、ここが自分の場所だと示すみたいに。 「琴葉さんには本当に申し訳ないと思っています。でも陽斗さんがこれから進む場所には、私の方が力になれると思うんです」 柔らか
Last Updated : 2026-07-01 Read more