焼き菓子は、社内で予想以上に好評だった。 上品な甘さですね、と総務の人が言い。 どこのお店ですか、と隣の部署の人が聞き。 部長は三つ目を手に取りながら、「朝比奈さんの知人、センスがいいね」と笑った。 私は笑うしかなかった。 知人。 便利な言葉だ。 水族館に行っても知人。 夕食をしても知人。 家族と昼食をしても知人。 会社に焼き菓子が五袋届いても知人。 便利すぎて、そろそろ言葉の方が悲鳴を上げている気がする。 終業後、エレベーターホールで朱音に捕まった。「琴葉」「はい」「知人って言葉、酷使しすぎじゃない?」「そんなことは」「ある。今、知人が肩で息してる」「知人は人ではなく概念です」「概念が疲れてる」 朱音は真顔だった。 こういう時の朱音は、妙に強い。 私はバッグを持ち直し、エレベーターの表示を見上げた。 早く来てほしい。 できれば誰か乗っていてほしい。 第三者の存在でこの尋問を薄めたい。 けれど、エレベーターはなかなか来なかった。「で、次は?」「次?」「その知人さんと」「何も決まっていません」「本当に?」「……たぶん」「たぶんが出た」 朱音が楽しそうに目を細める。「琴葉さ、嫌じゃないんでしょ」「嫌ではないです」「困るけど?」「困ります」「でも、嫌じゃない」「……そうですね」 認めた瞬間、胸の奥が少し落ち着かなくなった。 嫌じゃない。 その言葉は、思ったより重い。 玲央さんといると、毎回何かしら規模がおかしい。 車。 ホテル。
ปรับปรุงล่าสุด : 2026-08-03 อ่านเพิ่มเติม