両者が力なくその場に崩れ、水飛沫みずしぶきを上げた。「葵っ‼」 佐藤は凜が走っていくのを見届けてから、強引に身体を起こし、半ば引きずるように歩く。 生き残った人達は、泣き、笑い、喜びを分かち合っている。 その光景に久方ぶりの温かさを感じ、自然と口が綻ぶ。 彼等を通り過ぎ、少し行ったところで脚を止めた。 見つめる先には、今も母の命令を守る三十羽の黒鳥。 佐藤は満身創痍の身体で、敵であった者達の前に立ち塞がった。 ――黒鳥は理解していた。 自分達の長が死んだことを。 自分達が負けたことを。 ……自分達が、恐怖を抱いていることを。 今、目の前に立つ男はボロボロで、見るからに死にそうだ。 もし襲いかかれば勝てるのだろう。 しかし、動かない。 脚が進むことを拒否している。「……早く、行ってくれませんかね、」 男が何を言ったかは分からなかった。 分からなかったが、この場を離れたくてしょうがなかった。 一羽、また一羽と、夜の闇へ飛び立っていく。 もはやこの者達は敵ではない、生存競争に敗れた只の敗者である。「……助かります、」 佐藤は眼鏡を正そうとして、 ……視界が暗転した。 時間にすれば、一時間にも満たない。 失った命は計り知れない。 それでも、彼らは勝った。 襲い来る命のやり取りに、彼らは勝ったのだ。
最終更新日 : 2026-07-09 続きを読む