《君のことを忘れたいから遠回りしてきた》全部章節:第 11 章 - 第 20 章

46 章節

第十一話

「來くん、ほんと顔がいいよね」 ある日のこと、西流ガールズNeoのメインメンバーにそう言われた。「またまたぁ。おだてが上手だね。でも僕を褒めたって、君の売り上げに貢献できるわけじゃないよ」「わかってるってば。関係者による貢献ポイントは、もう無効なんだし」 彼女の言う通り、最近は不正が相次いで、スタッフやテレビ局関係者による“裏支援”は禁止された。体の関係や金銭の授受まで発覚したらしい。 來は彼女たちと仲良くはなったが、女性には興味がない。お気に入りの子もいない。 強いて挙げれば、初日にメイクを直してあげた研究生の子くらいだ。だが彼女は一ヶ月ほど前から体調を崩して休んでいる。人気が出ていたが、それでもこの世界は心身が健康でなければ続かない。最近ではメインメンバーの一人も活動休止に入った。 それを見るたび、來は思う。この世界で生きるって、本当に大変なんだな。 マンションのローンも抱えている來は、貢献はしていなかった。だから関係者貢献禁止令が出たとき、どこかで少しだけ安堵した。「僕はこうやって、君たちが“可愛い”って言ってもらえるように、メイクやヘアスタイルを整えるだけ。それしかできないのが残念だよ」 そう言うと、周りのメンバーたちは笑った。「またまた~!」 彼女たちが來の口調を真似してはしゃぐ。 24歳の來は、10代半ばの女の子にからかわれても、もう笑って受け流せる。『來は優しいよ』 ふと、也夜の声が蘇る。 なぜこんなタイミングで思い出すのだろう。髪を触っているからか。いや……整髪剤の匂いのせいだ。 匂いは記憶と深く結びつく。どんなに忘れようとしても、香りひとつで一瞬にして時間が巻き戻る。 人から優しくされた記憶がなかったから、來は「せめて自分が優しくなろう」と決めていた。 それがどれほど大変なことか、誰よりも理解してくれていたのが也夜だった。 ふとした拍子に思い出すのは、いつものこと。 そして也夜はまだ“生きている”。事務所は定期的に彼の過去の出演作やショーを発信し続けていた。 ファンは今でも復帰を願っている。自分は、もう家族ではないのに。「來くん、也夜くんにはもう会ってないんだって?」 その一言に、來の心臓が一瞬止まる。 話しかけてきたのは、宇津々リカ。ツンとした態度が特徴のメンバーだ。「ちょっとリカ、それは言っ
last update最後更新 : 2026-07-10
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第十二話

 地方アイドルたちの公演が終わり、片付けもひと段落ついたころ。 楽屋裏のドアが開き、大輝が姿を見せた。「來、お疲れ」「お疲れ様です」 差し出されたのは、來の好みに合わせた甘さ控えめのコーヒー缶。 手に取ると、ほのかに温もりが残っていた。 胸の奥に、さっきリカに言われた言葉がまだ刺さっている。だがライブの熱気を裏から見ているうちに、少しずつ気持ちが戻ってきていた。 彼女たちを最後まで輝かせるために、自分ができることをやる。動揺している暇なんてない。 コーヒーを開け、一口。緊張の糸がゆるみ、ようやく深い息を吐く。「すごく疲れたか?」「疲れたというか……まぁ、参りました」「若い女の子の相手は大変だろう。年が近くても、あの子たちはあの子たちの世界があるからな」「そうですね」 また一口、二口。苦味が心地いい。「今日は、話があって来たんだ」「話?」「そこ、座って。ほんと疲れただろ」「はい」 ふたりは会場裏のベンチに腰を下ろした。 夜風が少し冷たくて、ライブのざわめきの余韻が遠くに聞こえる。 大輝はカフェオレの缶を開ける。普段、接客中はコーヒーや香辛料の強いものは避けている二人にとって、こうして飲むのは珍しい。「……そろそろ、お前の店を出さないか」「えっ……っ!」 唐突な言葉に、來はコーヒーを詰まらせた。むせて咳き込む來の背を、大輝が軽く叩く。「だ、大丈夫か?」「……はい、すみません」 しばらく呼吸を整えたあと、ようやく落ち着く。大輝は申し訳なさそうに笑いながら、それでも真剣な目で話を続けた。「今の店からの、のれん分けみたいなものだ。來にも後輩ができて、ステップアップしただろう。それに……お前のファンも増えた」 ファン。 ……それは、也夜のファンが大半を占めている。 大輝は元々、也夜の専属美容師だった。來がまだ学生の頃、シャンプーの練習台を頼んだり、メイクのアシスタントをさせてもらったりして、それが縁で二人は付き合うようになった。 來もモデルに引けを取らないスタイルの良さと手際のよさで、自然と注目を集めていた。だが本人にはその自覚がない。「ファンって……いや、紹介で来てくださる方や常連さんはいますけど、それを“ファン”って呼ぶのは……。 それに店って、お金がかかりますよね」「そりゃそうだ」 來はコーヒーをぐび
last update最後更新 : 2026-07-11
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第十三話

「援助……?」「そうなんです」  來は市役所内にある喫茶のカウンターで隆と話す。カウンター越しには祐がいる。「援助してくれる人がいるのならそれに乗っちゃいなよ」 と祐は來にランチのカレーを出した。「祐、そう簡単にいうなよ。……援助してもらえるのは確かにいいかもだけど……なんかそれなりの見返りがないと怖い」 ネガティブな隆も祐からカレーを受け取る。肉の代わりにシャケや野菜をたくさん入れ込んだカレー。 週末はこども食堂にもなるこの喫茶店では老若男女が好む料理からこういう創意工夫のされた料理までメニューがある。 市役所職員の隆の昼休みの時間に今日は休みの來が訪ねた。 大輝に昨晩持ちかけられた独立の話を隆に話したらランチしないかと誘われたのだ。 喫茶では以前身体の関係を持ってしまった祐はいるものの、彼はあっさりしているため特に行きたくはないわけではないが複雑なのは間違いないだろう。「來くんのファンとか? 君のためなら自分の財産を使ってもいいって……相当な入れ込みよう……ホストでもないのに」 隆の相変わらずのネガティブ妄想にカウンター越しに祐が笑った。來も少し苦笑いする。「誰か心当たりあるの?」「うーん……お客様もお陰様で指名とかもいただいて。名前も知ってもらえたし。でもあまり見当がつかなくて」「也夜のファンとか」「ああ、それもあるかなと……也夜のファンが繋がりのある僕にって……一瞬思ったけどやはりないかな」 そう考えた來だが実際に今は繋がりはない。自分から断った。 相変わらず美園からは近況連絡らしいメールは不定期にくる。 忘れたい、忘れているのに美園は來にメールを送ってくる。 すこしばかり美園や也夜の家族が支援者なのでは? 自分が美園からのメールを開こうともしないから大輝を介して支援を申し出たのだろうかと昨晩久しぶりに美園からのメールを來は開いた。『お兄ちゃん、血圧安定してきた』  短文であった。 安定してきた、ということはそれまでも安定しなかったのかと思って來は気にしてしまう。そしてさらに前のメールを開いてしまった。同じように短文で『最近顔のむくみがひいてきた。やっぱりイケメン』 と。 確かに事故後は包帯で巻かれ、覗かせる彼の表情は少しいつもの也夜とは違った、と思い出す。 写真はないのに來の記憶の片隅に保管されていた
last update最後更新 : 2026-07-13
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第十四話

 夜。『ごめんなさいね、うちの湊音が』「いえ……きっと湊音さん、心配してくれてのことだと思います」 來のもとに祐から電話が来た。「うちの」という言葉が、胸の奥で小さく疼く。 以前まで身体を重ねていた相手なのに、祐は平然と会い、こうして電話もしてくる。 やはり彼にとって自分は、“隆の相手”ではなく、“一時の関係”だったのだと、思い知らされる。『隆も元高校教師じゃない。生徒くらいの年の子が将来ぼんやりしていると、ついおせっかいを焼きたくなるのよ。許してやってね』「いえ。ああして言ってもらわなかったら……きっと僕は、止まったままでしたから」 そう話す來は、也夜と一緒に選んだソファーに腰を下ろしていた。 本当なら、二人で並んで座るはずだったソファー。 今はそこに、一人。 時に仲間や友人、隆や祐、大輝が来ることもあったが、こうして一人で過ごす時間にも、ようやく慣れてきた。 かつては、一人が怖くて、誰かを呼ばずにいられなかったのに。「隆さんも、今まで僕に言いたかったんだと思います。でももう一年ですし、きっと心配してくれてたんですよね」『何言ってるの、ずっと心配してたわよ。隆だけじゃない。私も大輝も、みんなあなたのことを案じてる』「……」『まぁ、“死にはしないでしょ”とは思ってたけど』 冗談めかすような祐の声に、來は思わず微笑んでしまう。「死ぬことはないです、確かに」『そうよね』「……忘れて、僕はまた一から頑張ります。みんながこうして僕の将来を心配してくれる。それも……也夜の家族から離れろと言われたのも、僕のため、ですよね」『かもね。いつ也夜が目を覚ますかなんて、誰にもわからない。明日かもしれないし、来年、十年後、何十年後かも』「そんなにですか」『冗談じゃないわよ』 何十年後。 その頃、自分はいくつになっているのだろう。三十を越え、四十に近づいているかもしれない。「……」『もし十年後に目を覚ましたとして……あなたがただ美容師を続けているだけじゃ、也夜はきっと喜ばない。 お店を持って、後輩を育てて、もっと高みを目指しているあなたを見たら、嬉しいと思うわ』 祐の声は、甘くて、優しくて。 かつてベッドの上で、耳元で囁かれ、何度もその声に堕ちていったことを思い出す。 受話器越しに聞こえるその響きに、來は不覚にも身体が反応して
last update最後更新 : 2026-07-14
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第十五話

「どう? 考えたか」「……はい。お受けしたいと」「そう、じゃあ連絡するよ」 これは数日後の店じまいし、鍵を閉めた後の別れ際前の話であった。 他のアシスタントたちも來の独立の話は聞いてはいたから返事がどうなるかも興味津々のようだった。「來さん、独立しちゃうんですね」 カラー担当のカヨがそう言うと「うん、まだ何をどうするとかまとまってないけど」 來はそう返事して店から去った。一人だけ別の帰宅路。 独立を決めたからにはと思い立ってからいろんなことを考えなくてはいけないことが一気に押し寄せてきた來だが、同じ職場のメンバーから誰かと……の方が彼にとっては安心だが一番信頼がおける人間は実の所大輝くらいしかいない。 カラーリングの技術に長けているカヨも、と思うが彼女は大輝の完全たる右腕であり、結婚してからもスタッフが多い方が産休育休でも融通がきくし、安定して働き続けるとなると長く続けている大輝の店で、となるだろうと思って來は声をかけづらかった。 他にも最近手伝いに行ってる店に数人が後輩がいて話は苦手だが細やかなところに気を配れる新卒の男性やネイルもできるアシスタントの女性もいる。 またできればカヨと同じように今後のライフプランの変化に柔軟に対応できる男性の技術者が欲しいところだがそれぞれやはり店を持ちたい、まだ年長者の元でスキルを磨きたいというものが多い。 也夜の婚約者だったという知名度を活かせばもっと集まるのだろう、そう思いながらももう忘れたい人の名前を使って集めるのも、そんな葛藤もある。 そんなこんなで考えながら一人歩いていた。帰路が一人でよかった、來が思っているとふと通りがかった美容室に目がいった。 普段はここに美容室がある、それくらいにしか思ってもいなかったのだが。「……あれ、あの子」 見覚えのある人がいた。美容室でもこんな夜遅くにいるのは客としてではない。普段この時間は閉まっているか……技術の練習に残る店員だけだ。 その見覚えある人はリカであった。あの西流ガールズNeoの。 彼女たちは地方アイドルだけでは当然食ってはいけない。様々なバイトを掛け持ちしたり学生をしながらだったり……。 來は思い出した。リカは専門学校に行ってるのは聞いてはいたが、何のかは教えてくれなかったもののメイクやセットをする際にチラチラと道具や來の手つきを見て
last update最後更新 : 2026-07-15
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第十六話

 來はそれからちょこちょことリカの元に行くようになった。 ライバル店でもあってあまり良い目で見られるものではなかったがあくまでもリカの様子を見るため。 その店の店主や先輩のプライドもあるだろうからあくまでも見ているだけ。 たまに先輩がリカに教えるのだがなぜか來をチラチラ見ている。 來はすかさず横に来て「こう、もう少し手首から動かして」 とつい前に出てしまった。リカは飲み込みが早かった。さすがたくさんの曲を歌って踊るアイドルである。「來のおかげで試験も余裕で受かったよ」「僕はほとんど見ていただけ、ちゃんと先輩や店長さんにもお礼言わないと」 來はいつしかリカを家まで送る、という役割をしていた。 なぜなら終わった後、リカ一人で別方向で帰っていたからだ。「やめてよ、男の人と歩いてたらアレだし」「ファンの人に見られるって? それよりも身の安全を最優先すべきだな。それに君の先輩たちも君が拒否してでも送っていくのが普通だよ」「……だけどさぁ」 リカは距離を置きながら歩く。「アイドルは踏み台と言ったのは誰? そりゃ今ついているファンの人の存在は大事だけどさ。彼氏と歩いているのを見られると気にしているなんて変な矛盾」「……んっ」 過去の踏み台発言がこうも自分の重荷になるとはとリカは口をぐっと噤む。「ごめんごめん。まぁそうやって深く帽子被ったりサングラスかけたりしてカモフラージュしてるわけだし……僕も……って君ほど有名な人ではない。そもそも僕は同性愛者の方では有名だし」「そうね、友人てことで」「もしなんかそう言われたらそう言ってね」「……」 リカは來をじっと見る。「どしたの」「同性愛者ってガチなんだ」「そうだよ。異性とはお付き合いしたことがない」「ふぅん、お付き合いしたことないけどセックスは?」 急なリカのセンシティブな発言にびっくりする。「……したことはない。ダイレクトなことを言わないでよ」「ふふふ、からかっただけよ」「年下に揶揄われるのは辛い」 二人は笑い合い、あっという間にリカの家の前に着いた。彼女は一人暮らし。実家は近くにあるらしいが同じマンションに西流ガールズNeoのメンバーが住んでおり、メインメンバーは一人または二人一緒に暮らし、研究生たちは数人で親元を離れて暮らすことがルールのようだ。 近くに事務所兼スタジ
last update最後更新 : 2026-07-16
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第十七話

來は、部屋に入れていいのか一瞬ためらった。 けれど、リカの勢いに押されるようにして「まぁいいか」とドアを開けた。 女性を部屋に上げるのは、ほとんど初めてだ。也夜の事故のときに友人が来て以来、誰も入っていない。 「広いねぇ。ここが……」 リカは途中で口をつぐんだ。 「うん。也夜は結局、ここで暮らすことはなかった」 「勿体ない。こんな広い部屋、どうやって毎月払ってるの?」 ずけずけとした質問に、來は苦笑するしかなかった。 「たしかにね。でも一応、也夜の家族が家賃の半分を負担してくれてるんだ」 「へぇ……でも、いつ戻ってくるか分からないんでしょ? それに戻ってきても……」 「……そうなんだ。だから引き払おうと思えばできるんだけど」 來は定位置に荷物を置き、ソファの上の雑誌をどかしてリカを座らせた。 リカはふかふかのクッションに体を沈め、軽く弾むように笑う。 「いいソファー。家具もおしゃれだし、これ全部也夜のセンスでしょ?」 「一応、二人で選んだんだけどね」 「……そうなんだぁ」 リカの視線が部屋の隅々まで動く。 來は台所に立ち、マグカップをレンジで温めて彼女の前に置いた。 「ありがとう。……ごめんね、勝手に上がっちゃって」 「最初からそのつもりだったろ? リカちゃんが也夜のファンなのは知ってる。でも、也夜のものはもう何も残ってないよ」 家具も食器も、二人で選んだものは確かに残っている。 けれど、也夜そのものを感じさせる物はすべて、家族に返してしまった。 今この部屋にあるのは、來のものだけだ。 「だったら、自分はなんで私を部屋に入れたの?」 「その……んー、なんとなく」 「なんとなくって。來くんは同性愛者だし、もし誰かに見られても“そういう関係じゃない”って言えるかなって思ったの」 「……はぁ。つまり、同性愛者の男の家なら入ってもいいってこと?」 「うん」 「安易すぎる。……まだ僕だったからよかったよ」 「……まぁね。來くん以外の同性愛者の男性の部屋には、もう出入りしません」 「そうして」 來もリカの隣に腰を下ろし、湯気の立つお茶を口に運ぶ。 「こうして並んで話すの、初めてだね」 「いつも君が僕の正面に座ってるからね」 リカは、ふと來の横顔
last update最後更新 : 2026-07-17
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第十八話

 コンドームは祐が出入りしていた頃使っていたからその残りがソファーの横の引き出しに入っていた。「ねぇ、來くん、ひとつ聞いていい?」「なに?」 理性が溶けていくように、來とリカはソファーの上で抱き寄せ合っていた。肌が触れ合うたびに息が混ざり、時おり唇が触れる。「……也夜って、ネコだった?」「なっ、そんな……こと、さぁ」「だって、どう考えてもそうでしょ?」「……そんなことは教えられないよ」 來が言葉を濁すと、リカはそのまま彼の上に跨るように身を移した。「そんなことしても教えないよ。こういう性的なことはプライバシーに関わる。也夜は今、物言わぬ体だ。だから僕の口から他人のそういうことを言うべきじゃないと思う」「ふぅん……」 リカは小さく息を吐くと、力が抜けたように來の胸の上に倒れ込んだ。「ひとつだけ言えることは――」「ん?」「僕は……どちらでも、いける」「也夜がどっちかわからないじゃない」「はははっ」 來が楽しそうに笑うと、リカはむっとして頬をふくらませた。 そんな無邪気な表情も、ファンの前では決して見せない。裸のまま、甘えたように絡みつく姿も……來にとっては、そのどちらもが小さな優越感だった。「也夜と、本当にお似合いだったんだろうね……」「そうだったのかな」「前にも言ったけど、あんなに強く想ってくれる人がそばにいたなら、きっと幸せだったと思うよ」 そうなのか……來は一瞬考えたが、頭を横に振ってリカに口づけた。 こうして異性と肌を寄せることで、也夜の記憶も少しずつ遠ざかる気がした。 異性と触れ合うのは初めてで、世界の色が違って見えた。 思えば、最初に教えてくれたのは祐だった。 彼から「与えること」と「受け入れること」の両方を学んだからこそ、來はあのときリカに「両方いける」と言えたのだろう。 けれどいざ触れてみると、肌の柔らかさも、息の熱も、どこか違っていて……それが不思議なほど心を揺らした。 若いリカに触れられるたび、理性が溶け、本能が目を覚ます。 どこかで、也夜に抱かれた夜を思い出してしまう。 それでも今、目の前にいるのはリカで、彼女は確かに自分を選んでいる。 リカもまた、也夜の影を重ねていたのかもしれない。 求められることで、愛されることの証を確かめようとするように。 ふたりの呼吸は何度も重なり、夜の静
last update最後更新 : 2026-07-18
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第十九話

「古滝リカです。よろしくお願いします!」 明るい声でそう言い、リカは大輝やスタッフたちの前で深々と頭を下げた。 彼女は前の美容院を辞め、大輝の店で働くことになった。 もちろん、來もまだこの店にいる。 大輝は西流ガールズNeoの現場に関わっていたことがあり、リカとは顔馴染みだったが久しぶりに会った彼女が美容師を志していると聞いて、少なからず驚いたようだった。「学生のうちから働くなんて、來と同じだね。がんばって」 大輝はやわらかく笑う。「はい。來くんのお店ができる頃には、免許も取って一緒に働けたらなって思ってます」「その頃にはもう、アイドルはやめちゃうのかな?」「……んー、美容師アイドルってなかなかいないし。最近はアイドルも楽しいんです」 まだ“卒業”や“解散”の話を公にはできない。 けれどツートップの結婚や妊娠の噂、スタッフの不祥事……現場には少しずつ影が落ち始めていた。 そんな中でも、リカは人気を伸ばしていた。 体調を崩したルリの代役として出演した東海ローカル番組で、人気芸人との掛け合いが話題になったのだ。 彼女の自然体のトークが評判を呼び、SNSでも再生回数が伸びていた。「最近、アイドルの仕事がちょっと増えちゃって……。学校も休みがちですけど、頑張ります」「そうか。リカちゃんが抜けても大丈夫なように、シフトは組んであるよ。美容師試験も大事だけど、アイドルの方も今が正念場だね」「ありがとうございます。ご迷惑かけるかもしれませんが、よろしくお願いします!」 リカは再び深く頭を下げた。 その仕草ひとつひとつが、画面の中のアイドルそのものだった。 やがて彼女は女性スタッフに案内され、店内の設備を見て回りに行く。 その背中を見送っていると、大輝が來の肩を軽く叩いた。「來、ちょっとスタッフルーム来て」「……はい」 リカの笑顔の余韻が残るフロアを後にしながら、來の胸の奥では小さなざわめきが広がっていった。「なんか以前会った時よりもリカちゃん雰囲気変わったよね」 まさかまたバレているのか、と來はドキッとする。昨晩も仕事帰りが夜遅くになり、リカは來の部屋に泊まって朝にセックスをした。 あの時以来、外でデートはしたことはないしリカが來の部屋に行くのも夜遅くであり、帰る時も翌朝一人で帰って行く。 正直付き合ってるか付き合ってない
last update最後更新 : 2026-07-21
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第二十話

 來はいまでもはっきりと覚えている。 今は内装も変わってしまったが、この個室は也夜がよく利用していた場所だった。 あの頃の來は、大輝と別れたばかりで、気持ちの整理もつかないまま仕事を続けていた。 そんな様子を見かねた大輝が、ある日ぽつりと言ったのだ。「ヘアセットを君に頼みたいと、也夜くんからご指名があってね」 その名前を聞いたとき、胸が少しだけ跳ねた。 也夜は当時、タレント事務所に所属するモデルで、雑誌では“知る人ぞ知る”存在だった。 常連客の話でも名前を耳にすることはあったし、誌面で見たこともあった。 まだブレイク前とはいえ、独特の雰囲気と存在感を放っていた。 本来、彼の担当は店長である大輝だった。 けれど、也夜は來のシャンプーやブローの練習にも快く付き合ってくれるようになった。 その柔らかな笑顔と、少し気だるげな声を思い出す。 初めて、個室に入った日。 來がドアを開けると、長い脚を組んで鏡越しにこちらを見ていた也夜が、ゆっくりと椅子を回転させた。 脚をすらりと床につけ、立ち上がる。 照明が髪に光を落とし、その影が頬のラインをより際立たせていた。「來くんだね」 その声に、胸の奥が一瞬だけ熱くなった。「來くん、よろしくお願いします」「よろしくお願いします……」「えっと、こないだ成人式だったみたいだけど」「あ、はい。ハタチになったばかりです」 成人式の朝、この店で髪をセットしてもらって出たあと、偶然すれ違ったのを來は思い出した。「僕の方が三つ上だけど、タメ語でいいからね」 少しキザな言い方だな……モデルってこういう人なんだ、と來は思う。「いつもシャンプーとかブローしてもらってるけど、君の指遣いが好きでね。気持ちよくて」「いえ……そんな、ありがとうございます。僕みたいなペーペーが、也夜さんの髪に触らせてもらえるなんて」 也夜は小さく笑った。その笑みが、どこか人懐っこくもあり、上品でもあった。「僕はそんなに偉い人かい?」「い、偉いというか……お店ではお得意様ですし……」「敬語」「あっ」 ふふっと笑う也夜の声に、來は胸の奥が少し跳ねた。 普段は大輝が主に接客をしていて、來は補助に回ることが多かった。だから二人きりで会話をするのは初めてに近い。「シャンプー、して。いつも通りで」「はい」 大輝が個室を出て
last update最後更新 : 2026-07-22
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