《君のことを忘れたいから遠回りしてきた》全部章節:第 21 章 - 第 30 章

46 章節

第二十一話

「昨日のことで迷惑かけたね」 也夜から携帯番号をもらっていた來は、その夜すぐにお礼のメールを送った。 返事は驚くほど早く、次の休みに会いたいと書かれていた。 そして二日後。二人は駅近くの老舗の喫茶店で待ち合わせた。 店内には昭和の香りが残り、壁には古いジャズのポスター。 名物の鉄板スパをそれぞれ注文し、運ばれてきた瞬間、同じものを頼んでいたことに思わず笑い合った。 也夜は色の薄いサングラスを外し、胸ポケットにしまう。 店内の柔らかな照明に、整った顔立ちがいっそう際立った。「いえ……僕のほうこそ。あそこまで切っちゃって」「マネージャーには怒られたけど、社長は“いいんじゃない?”って言ってくれたよ」「そうなんだ。じゃあ、仕事に影響はなさそう?」「大丈夫、大丈夫。君も大輝さんに搾られた?」「絞られましたよ、ほんと……参りました」 そのタイミングで鉄板スパが運ばれてくる。 香ばしいソースの香りに、ふたりの笑顔が自然とこぼれた。 店員は五十代くらいの女性で、也夜のことには気づいていないようだった。「ここ、よく来るの?」「子どもの頃、親に連れて来られてね。老舗だし、若い人はあんまり来ないだろ?」 周りを見渡すと、確かにスーツ姿のサラリーマンや年配客が多い。 來も以前、大輝に連れられて一度だけ来たことがあったが、それ以来だった。「でも、也夜さんくらい有名だと、すぐ見つかっちゃいません?」「……そうだね。ありがたいけど、怖いときもある。 こういう仕事って、どれだけ長く愛されるかが勝負だから」「なんか……僕には想像できない世界です」 フォークを動かしながらそう言うと、也夜がゆっくりと來を見た。 その視線が、まっすぐに心を射抜く。 少し前のシャンプー台での眼差しを思い出し、來の胸がざわついた。「……來くんってさ」 也夜は少し笑い、フォークを皿に置いた。「目を逸らすの、下手だよね」 來は思わず息を呑んだ。 何かを見透かされているようで、顔が熱くなる。「來くんも、こっちの世界に入ったら絶対モテるよ。背も高いし。百八十は超えてるよね?」「はい……一八五あります」「僕よりあるんだ。てっきり同じくらいかと思ってたけど、僕は一八三」 モデルとして活躍する也夜より背が高いと知って、來は少し驚く。 だが、猫背ぎみのせいでそう見え
last update最後更新 : 2026-07-23
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第二十二話

 互いにシャワーを浴びてから也夜のベッドで再び絡み合う。 ずっと今までモデルと美容師、客と店員の関係だったのに気づけば裸同士になっている。「抵抗もせず受け入れてくれるなんて嬉しい」「抵抗だなんて……也夜が僕と同じだなんて思わなかったよ。だからこうして君と体を合わせているんだよ」 也夜はその言葉を聞いてニヤッと笑った。「……來っ」「あっ……」 大輝以外の男の体は知らない來。しかし自然と身体は也夜に密着していく。「ああ、こうしたかったよ……來……」 來も何かを発したかったがその発したい口は也夜の唇で塞がれる。 2人は自然と形がはまり、愛し合っていく。來は興奮と錯乱の中で思い出す。 也夜の視線、あれは気のせいかと思っていたが今思えば自分を見ていたのだと。 強く握られる手と手。 汗ばむ身体。 2人はほぼ同時に果てた。 その後も互いを求め合う。それまで全くこうなるとは予測もしていなかったのだろう。 だが一気に火がついたら止まらなかった。 來は久しぶりに、でも大輝とは違った愛し方を知って笑みが溢れる。「どうしたんだい? 笑って」「ううん、なんでもない」「なんでもないわけでもないだろ?」「なんでもないって」 2人は鼻と鼻をくっつけて笑い合う。手も何度も組み合って見つめ合ってまた笑って。 來はすごく幸せを感じた。 大輝も來を愛してくれたがそれ以上の愛を感じた。「ねえ、來」「なに? 也夜……」 也夜は少し照れた顔をしてしばらく言葉を発しない。來は首を傾げる。「……僕とお付き合いしてください」「このタイミング?」「ダメ?」「えー」 参った、と也夜は顔に手を当てる。來は以前大輝と付き合った時は互いが同性愛者と言うことを知ってから付き合い、一ヶ月ほど付き合ってからセックスをしたのを覚えている。18歳の誕生日を過ぎてからだった。「ねぇ、セックスしてから付き合うのって……身体の相性見てからだったの?」 來は不安になりそう聞いてみた。「違うよ」 也夜は即答した。來の頭を撫でる。「今までもそんなのだったの?」「……んー、その」 言葉を濁す也夜。「正式にお付き合いするのは、來が初めて」「嘘……」「本当だよ。嘘なんて言わない……」「でもキスとかセックスの仕方とか慣れてる感があったし」 たしかに先ほどまでのキスやセ
last update最後更新 : 2026-07-24
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第二十三話

 次の日、2人が目を覚ましたのは、すっかり日が高くなってからだった。 也夜は夕方からウォーキングのレッスンとジム、來は仕事が休みだった。 ベッドの上で、ゆるく伸びをする也夜の身体は、驚くほど整っている。 ジムに通っているというだけあって、無駄のない締まった筋肉に、全身脱毛された肌が滑らかで……まるで彫刻のようだった。 その肌を、來は思わず指先でなぞった。「くすぐったいよ」 笑いながら也夜が身をよじる。 そんなやりとりをしているうちに、時計の針はもう十時を指していた。「そうだ、今日さ。後で一緒に来てほしいところがあるんだけど」「夕方って、レッスンだろ?」「まぁね……その前に少しだけ」 來はベッドを降り、床に落ちたシャツを拾い上げて着る。 也夜は上体を起こしながら、さらりと言った。「事務所のスタジオなんだけど」 言葉の響きが、少し現実に引き戻す。 來が台所からグラスに水を注いで差し出すと、也夜はそれを受け取り、一気に飲み干した。 その喉仏の動きに、來は思わず見惚れる。 「ありがとう」と微笑んだあと、也夜はそのままシャワー室へと消えた。 水音が聞こえ始める中、來はベッドのシーツとタオルケットを剥ぎ取り、昨夜脱ぎ散らかした服と一緒に洗濯機に放り込んだ。 家にあった冷食で簡単に昼を済ませると、2人は外へ出た。 也夜はサングラスをかけ、來はオフの日用のメガネをかける。「目、悪いんだね」「うん。普段はメガネ。也夜はいいの?」「少し悪いけど、矯正するほどでもないかな。これ、ちょっと度が入ってるけど」「コンタクトは?」「怖いんだよね」「ちゃんとメガネとかしないと、怪我するよ」「はい」 急に敬語になった也夜に、來は思わず噴き出した。 そんな他愛ないやりとりをしながら、車を走らせる。 也夜の指示で車を進めると、やがて都心の大きなビルが見えてきた。 來はその看板を見て、ハッとする。 也夜の所属事務所だった。 助手席の也夜がシートベルトを外す。「着いたよ」「……なんで事務所?」「いいから」「まさか、マネージャーさんとか社長さんに呼び出し喰らった? 僕」「違うって。はい、降りて」 渋々ドアを開けた。 ガラス張りのエントランスを抜けると、すれ違う人々の多くがどこか見覚えのある顔ばかり。 來は無意識に背筋を伸ばす。
last update最後更新 : 2026-07-25
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第二十四話

「私も当時びっくりしたよー。あの也夜が同性愛者って」 湯気の立ちこめるバスルームで、リカと來は向かい合って湯船に浸かっていた。 先に髪を洗い合い、リカの指が來の髪を泡立てる。白い泡が來の鼻の頭に落ち、ふっと笑いがこぼれた。 本当は也夜のことなんて話したくなかった。けれど、リカがどうしても馴れ初めを聞きたがるものだから、來は観念して話していた。 彼女と付き合うなら、ちゃんと向き合って話さなくちゃ……そう思っていた。「隠しててもよかったんだけど、也夜は“嘘のままじゃ嫌だ”って言っててさ」「ふーん……でもそれって、來、利用されてたんじゃない?」 その言葉に、來の手が止まる。泡がゆっくりと指の間をすり抜けていった。「利用って……?」「だってさ、本当は自分が同性愛者だって言いたかったけど、言うタイミングがなかったんでしょ? で、ちょうどその頃、熱狂的な古参ファンにストーカーまがいのことされてたって噂もあったし。事務所も困ってたみたい。 そこで“僕には恋人がいる、しかも男”って言えば、近づけないじゃん? 來との交際は、ちょうどいい口実だったんじゃないの?」「……そんな話、初めて聞いた」 來は苦笑いを浮かべたが、胸の奥がざらついた。 たしかに、あのときの也夜は何かを背負っているように見えた。 けれど、それが“僕を守るため”ではなく“自分を守るため”だったのだとしたら……。「でも、付き纏われるとか……芸能人だと多いのかもね。僕も、似たような経験はあったけど」「えっ、なにそれ。自分もモテるアピール?!」「違うってば!」 リカが泡を掬って來のほっぺにバッとつける。來も笑いながらやり返した。 ふたりの笑い声が、湯気の中に柔らかく溶けていく。 だが、その後のリカの一言に、空気がふっと止まった。「……もしもさ。也夜が、來が女の子とキスして、セックスしてるって知ったら……どう思うんだろうね」「……」 來は黙った。 笑いの余韻が消えて、湯の中で心臓の音だけがやけに響いていた。「もし私も同じように事故で意識なくなって植物状態になったら……恋人には他の人と幸せになって欲しいって思うよ」「リカ……」「あくまでも私は、よ。也夜はどうかわからないけど……何年も何年も自分のことを思い続けてくれるのは嬉しいかもだけどそれは本当にいいことなのか。いつ目が覚
last update最後更新 : 2026-07-26
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第二十五話

 店に行くと、カヨが慌ただしく開店準備をしていた。イレギュラーなことが起こるとすぐテンパってしまうのが玉に瑕な彼女は、リカがいないことで不安になったのか、いつもより早めに出勤してきたようだった。  そんな様子を見ると、來は一瞬「この子を自分の店に入れて大丈夫だろうか」と不安になる。顔つきもいつもより険しい。たぶん、生理の時期も重なっているのだろう。  女性にはそういう波があるのは分かっているが、男性としてはどうにも苦手で、來は心の中で「困ったものだ」とため息をついた。 「まったくさぁ、あの子まだ仕事ちゃんと覚えてもないのに、いきなり“仕事なんで休みます”って! なんじゃそりゃって感じよ。大輝さんも研修で遅番だっつーのに。  それに“仕事”って、こっちだって仕事じゃねーのかって!」  忙しくなると口調まで荒っぽくなるカヨをなだめつつ、來は予約帳を開いた。大輝が遅番だったことなど、すっかり頭から抜けていた。  そこには、自分の指名、新規客、そして午後二時の枠に……上社美園の名前。 「さっき朝イチで電話があったの。ネットでは予約できなかったからって。どうしても入れてほしいって言われたから、新規の後ほぼ休憩なしになっちゃうけど……」 「大丈夫」 「上社って……也夜さんの妹さんじゃん!」  カヨの声に、來は苦笑した。  (無理にねじ込んだな……)と思いつつも、ここ数日、美園からのメールを無視していた自分を思えば、仕方がない展開でもあった。 「そう。美園さん。一年前にも来てたけど、久しぶりだよ。あ、朝はしっかり食べてきたし、なんとかなる」 「ならいいけど……リカちゃんいない分、頑張らなくちゃ~!」  語尾を高音で伸ばしてテンションを上げるカヨを見て、來は小さく笑った。女性の気分の変化にはついていけない、と苦笑いしながら。  開店と同時に、最初の客が来店した。  新規の男性客は、この店では珍しい平日休みの中年フリーター。生活習慣の乱れが見て取れる少しだらしない姿で、髪も伸び放題。  カヨが受付を済ませ、若手スタッフにシャンプーを任せている間に、男性は來のもとへと案内された。 「ちょっと、さっきの新規を來さんに頼んでもいい?」 「んー、いいけど。二十五歳って書いてあるけど……三十後半に見えたな。任せて」 「さすがぁ、來さん~」  カヨはにこ
last update最後更新 : 2026-07-27
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第二十六話

 ようやく新規の客、そして常連の女性客のカットも終わり、來は控え室に戻った。 ドアを閉めると、静寂が戻る。 ふぅ、と深く息を吐き、椅子に腰を下ろした。「……どんだけバレてんだよ」 独り言のように呟いた声が、狭い部屋に沈む。 新榮といい、リカの古参オタクといい……。 リカと付き合っていることが、じわじわと知られている。 それは本来、あってはならないことだ。 表では決して交際を匂わせず、デートも日中は避け、もっぱら來の部屋で会うだけ。 まるで芸能人同士の密やかな交際のようだった。 そういう生活には慣れている。 也夜のときも、そうだった。 夜だけの逢瀬。人目を避け、声も潜めて……。 あの頃と何が違うのか。 ため息がもう一度こぼれた。 なんとなく、手持ち無沙汰のままスマホを取り出し、ふと頭に浮かんだ。 エゴサーチ。 自分の名前を検索するなんて、これまで一度もしたことがなかった。 少し怖い。けれど、確かめずにはいられなかった。 検索欄に自分の名前を打ち込むと、すぐに美容院の情報が表示された。 そういえば……大輝に言われて、プロフィール用に横顔の写真を撮ったことを思い出す。 下の名前と、柔らかく光を受けた横顔。 あの何気ない一枚が、こんなふうに誰かの目に留まっているのかと思うと、妙な気分だった。 そこからの指名もある。 けれど、中には“來が也夜の元恋人だ”と知った上で来る客もいる。 レビュー機能もあるが、大輝が個人名では評価できないよう設定してくれていた。 その配慮が、ありがたくもあり、怖くもあった。 カヨが朝礼で時々読み上げるレビューの中には、自分の名前が出てくることもある。 けれど、悪いものはなかった。 「優しい」「話しやすい」「丁寧」……そんな言葉に安堵しながら、どこか他人事のように聞いていた。 五目おにぎりの包みを開き、ひと口かじる。 味がしない。 スマホの画面をもう一度開くと、案の定、也夜の記事がいくつも並んでいた。 写真付きの記事、舞台の告知、ファンたちのコメント。 どれも明るく、眩しい。 少しスクロールして、也夜の所属事務所のホームページを開く。 ……笑っていた。 あの頃と同じ笑顔で。 でも、その笑顔の奥に自分はいない。 胸の奥に、静かに痛みが広がった。『上社也夜への応援メッセージを
last update最後更新 : 2026-07-28
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第二十七話

 大輝とめずらしく、來の部屋で夕飯を食べた。 來が手料理を振る舞うと、大輝は目を丸くした。「すっご、來はやっぱり器用だな。やらないだけであって」「最後の一言はいらないよ」「ははは、そうだな。……相当、祐さんに仕込まれたか」「……はい」 祐の名前が出た瞬間、胸の奥がひやりとした。 大輝も祐と付き合っていた。けれど、そんな話をしても、彼は一定の距離を保つ。 そこに、昔の湿り気はもうない。ただ線を引かれた関係。 それがかえって、來には少し寂しくもあった。 テーブルには、來が作ったカルボナーラ。二人でフォークを回しながら食べる。「めっちゃうまい。先週食べたレンチンのやつより全然いい」「先週もカルボナーラ食べたの?」「うん、でも全然いい。好きだから」「……だよね、知ってて作った」「ふふふ」 大輝は笑いながら、最後のひと口まで丁寧に味わった。 どうして今日、急に来たのか……來はまだわからなかった。 食後、食器を流しに運んだところで、大輝が口を開く。「……來。お前あんまりネット見ないから言うけどさ、リカちゃんとのこと、ちょっと噂になってる」「……え?」「リカちゃん、芸能の仕事でって言ってたけど……事務所が勝手に動いてるみたいだ。美容師辞めさせて、単独で売り出そうとしてるらしい」 初耳だった。 ついこの間まで、ほとんど毎日のようにリカと会って……身体を重ねて……それでも、肝心なことは何も話していなかったのだと気づく。「こないだ来てた新規の客、あれリカのファンらしい。ブログに“リカの男のところで髪切ってきた”って書いててさ……也夜ファンがそれ拾って、拡散されて炎上してる」 來はスマホを手に取り、久々にSNSを開いた。 どう操作すればいいかもわからないほど久しぶりだったが、それでも自分の名前に向けられた罵声の多さだけは、一目でわかった。 最近、カヨやスタッフたちの表情が硬かった理由も、それで合点がいった。「……也夜を捨てて女に逃げた、だってさ。馬鹿だろ、そもそもその前に別の男いたんだよって言いたいくらいだよ……まあ、冗談だけど」 來は黙ってスマホを見つめた。 リカからの連絡は、もうしばらく来ていない。「リカちゃんはもう店には来ない。お前とも連絡取らないようにしてるし、明後日の西流ガールズNeoの仕事もなし。あっちの事務所も
last update最後更新 : 2026-07-29
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第二十八話

「本当に手を出した相手を間違えたね」 再び喫茶店。今は夜。ディナーで仕事終わりの隆とカウンターでご飯を食べる來。 カウンターの中にいる祐がそう來に投げかけた。 來は項垂れている。そんな彼に湊は肩を叩く。 大輝からしばらく休むようにと言われたあと色々わかったことがあったのだ。 リカが來と付き合っていたことが公に露呈し、他のツートップのメンバーたちの結婚引退も抱き合わせですぐに卒業公演、西流ガールズNeoの解散に向かっていくのだが……。 リカはそもそも親が大輝の店と取引のある美容有名メーカーの社長であり、西流ガールズNeoではツートップが抜けてから猛プッシュして稼いでいこうと目論んだものの今回の交際発覚と、更なる事実で崩れてしまったのだ。 なんとリカはSNSの裏アカを所有しており、もともと也夜のファンだった彼女はそのためにアカウントを作っていた。也夜のことを推す呟き、也夜が事故にあってから復帰を祈る呟きが多かった。 しかしアイドル活動や美容学校での人間関係の愚痴(固有名詞は無かったが)、オタクたちのことが増えていき、來と関係を持ってからは推しであった也夜の恋人と関係を持てたことをもちろん固有名詞を書かず投稿していた。 そしてさらに加熱していき、寝ている來の背中、脚……それはまだしもよかった部類だが行為の後のシーツに付着した体液のシミや粘液、付けられたキスマーク、そして……使用した避妊具が並べられ『今日はこんなにもした。推しもこんなふうに何度も突いてもらったのかなー』 だなんて投稿がされてしまっては來には参ったものである。 しかし、リカにとって致命的だったのは……。 リカがオタクたちの容姿をあざ笑う投稿、メンバーのありもしない悪口。 その数々が裏アカから掘り起こされ、事務所は即座に契約解除を発表した。 そして「海外留学」という名目で、リカは芸能界から静かに姿を消した。 その報道が出たあと、なぜか來には“同情”の声が集まった。 被害者のように扱われた。 けれど來には、そのどの言葉も刺さらなかった。 初めての女性との関係。その結末が、こんな形になるとは。 自分がどこで間違えたのか、いまだにわからなかった。「……リカって子さ」 沈黙の中、隆がぽつりと言った。「推してた也夜と、ほんの少しでも繋がりが欲しくて……君に近づいたのかもしれ
last update最後更新 : 2026-07-30
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第二十九話

 分ニが美容院に通っていた頃も、毎回かなり話し込んでいたが、それは久しぶりに会った今も変わらなかった。 相変わらずの長話に、來はどこか懐かしさを覚える。「僕が仕事を頑張らないと、推しを推したくても推せないでしょー。西流ガールズNeoはね、僕が海外にいる間も定期的に動画チェックしてSNSで拡散したり、他の同担仲間にも協力してもらったりしてたんだよ。取引先でも推しの話して、さりげなく宣伝してたくらい」「でも、推してた子……」 來が口にしかけると、分ニは「ああ」と小さく頷いた。 そう、彼が推していた子は妊娠が発覚し、結婚を機に引退してしまったのだ。 本来なら静かに幕を下ろすはずだったその出来事も、リカの裏アカ騒動の余波で少しばかりかき回されることになった。 それでも大きな騒ぎになる前に、ひっそりと終わっていった。「火消し大変だったよ。あの子、子どもも生まれるしさ。精神的にも身体的にも負担が大きいでしょ? だからこそ、またこの世界に戻ってこられるよう支えてあげるのがオタクの宿命ってやつよ」 分二はそう言いながら、どこか誇らしげに笑った。「正直、アイドルとして踊って歌うよりも、あの子はモデルとかインフルエンサーのほうが向いてると思うんだ。出産したら、多分“ママ友枠”でカムバックするんじゃない?」 どうやら分二は、その道筋を自ら整えているらしい。どうしてそんなことができるのか……來は不思議に思ったが、深くは聞けなかった。「リカちゃんに関しては、僕は知ったこっちゃない。……ごめんね、って、ごめんねは変か、はははっ」 分二は大声で笑いながら、來の背中を軽く叩いた。その無邪気さに、來は苦笑いする。推し以外には本当に興味がないらしい。「大輝さんにも言われたよ。『來をよろしく頼む』って。師弟関係ってさ、つい甘やかしちゃうから、いまは崖から子を突き落とす虎のように距離を置きたいんだって。だから第三者の僕に任せた、ってさ」 あの最後の夜は、そういう意味だったのか。 自分を嫌わせるための行為。大輝はわざと突き放したのだ。 あれから、二人は直接会っていない。 メールや電話で、時々業務的なやり取りを交わす程度。 一応まだ大輝の店の所属ではあるが、來の中ではもう決意が固まっていた。 早く独立の準備を進めよう、と。「そういえばさぁ……あれだなぁ」 分ニの笑
last update最後更新 : 2026-07-31
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第三十話

 分二と再会してから、來の人生はまるで加速していくようだった。すべてがとんとん拍子で進む。店舗の内装も、ロゴデザインも、驚くほど短期間で決まっていった。 祐の紹介で、デザイナーのリンという人物に出会った。見た目は女性だが中身は男性。分ニも立ち会い、三人でコンセプトを詰めていく。 新しい店のテーマは「ジェンダーレス」。男女の垣根を越えたヘアスタイルを提案する美容院だ。女装や男装の相談にも応じ、メイクが得意な來は希望者にはメイクだけを施すこともある。 リンのセンスは、何故か來の感覚にぴたりと寄り添っていた。二度目の打ち合わせで見せられた設計書には、來が思い描いていた理想の空間がそのまま形になっていた。 少しクセのある態度のリンだったが、來にとっては初めて出会うタイプのゲイで、どこか刺激的だった。 男性でありながら、男性の目線に留まらず、女性の感覚も自然に理解している。來が気づかない部分を、ズバズバと遠慮なく言い当ててくるその鋭さが、心地よくもあり、少し怖くもあった。「仕事とか相談したい時にはいいけど、普段から一緒にいるのは無理だな……」「うん……あの人、すごくエネルギー強いもんね。リンさんのパートナーも、きっと相当すごい人だろうね」 自宅に戻った來と分ニは、來が作ったビーフシチューを食べていた。 いつの間にか、二人はすっかり恋人同士になっていた。ビジネスパートナーでもあり、恋人。 特に隠すこともなく、展示会や業界の集まりにもいつも一緒に行く。ときには手を繋いで歩き、恋人だと口にすることはなくても、もう周囲は自然と察していた。 店のスタッフは來を含めて六人。状況に応じて他店舗から応援も来る。結婚して子育て中の女性スタッフ二人は午前から夕方前までの勤務で、人数的にはいつもギリギリだ。 それでも來は以前応援に行った際に出会った凄腕のスタイリスト二名を引き抜き、さらに美容専門学校を主席で卒業したコスプレ好きの男性を採用した。 スタッフ全員が性の多様性に理解を持っているが、全員が同性愛者というわけではない。そのあたりのバランスは、かつて職場でいろいろな人間関係を経験した來らしい慎重さだった。「六人で回していくの、大変じゃない?」「なんとかやっていけるよ」「僕は経理とか得意だし、税理士さんと繋ぐこともできる。デザイン関係はリンさんの会社に任せるとし
last update最後更新 : 2026-08-01
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