《君のことを忘れたいから遠回りしてきた》全部章節:第 41 章 - 第 46 章

46 章節

第四十一話

「ねぇ、分二……?」「……もうダメだ。これ以上は言えん。來は知りたいかもしれんが、もう話せん」「どうして……無理しなくていいよ。だったら、また今度でも」「今度も、その次も……言えん!!」 分二の声が、弾かれたように荒くなる。「……そう。じゃあ……二人が別れたこととか、そこには触れないよ。そこまで声を荒げられたら」 來が少しだけ距離を取ろうとする気配に、分二は慌てたように首を横に振り、來の手を強く握った。「違う、來。そうじゃない。……仕事で無理してたのも、過酷なことを続けてたのも、お金のためだけじゃなかった。俺たちを……仲を引き裂くためだった。 也夜が同性愛者だってこと、同性と付き合ってるってこと……それが外に漏れないようにって、事務所が」「……」 酷い……その言葉は喉の奥にまで出かかったのに、來は結局飲み込んだ。 自分も同じ偏見を向けられてきた。あの痛みを知っているからこそ、簡単に「酷い」と切り捨てられなかった。「今の事務所社長が也夜のことを知って……前の事務所から逃してくれた。 だけど、その条件は……僕が也夜から離れることだった」「……」 來の胸に、冷たいものが落ちた。 あの社長が二人を引き裂いた……信じがたい。 自分と也夜の関係は、同性愛者同士でも受け入れ、むしろ守ってくれたはずなのに。「僕は……それが也夜のためになるならって、離れた。同性愛だからって理由じゃないって言われたし……社長は海外でモデルの勉強をさせるって。 也夜は戸惑ってたけど……結局、決意して……」 分二の声は、どこか上ずっていて、呼吸まで乱れているのがわかった。「そしたら、彼はもう……すっかり立派なモデルになって。社長の腕もあるんだろうけど……也夜は自分の殻を破って、アイドルだった頃とは別人みたいに……」「それから、会ったの?」 來が問うと、分二は電流でも走ったように体を震わせ、言葉を飲み込んだ。「無理なら、もう言わなくていいよ」「……ううん。もう言う。言わなきゃ……」「分二……」 分二は來に身を寄せるようにして続けた。「会わずに……見守ろうと思った。もっと稼いで、彼の活動を支えようって……匿名でファンになって、ずっと支援してた。……まぁ、事務所にはすぐバレたけどね」「……僕らが付き合ったことを知った時は?」「……そうか、そうなのかっ
last update最後更新 : 2026-08-12
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第四十二話

 分二が子どものように泣きじゃくっているのに、來には涙が出なかった。 也夜は、自分たちの結婚式の前夜…… かつて仲を引き裂かれた恋人である分二に会いに行こうとしていた。 その事実には確かに驚いた。けれど、それはもう過ぎたことであり、変えようのない過去だ。 問題は、その結果として也夜が事故に巻き込まれ、戻ってこなかったという事実だけだった。 なぜ言ってくれなかったのか。 もし聞かされていたら、止めた。それは明らかだ。 だから言えなかったのだろう……頭では理解できた。 それでも來は、言ってほしかった。 知らされたかったという気持ちだけが、胸の奥でじんわりと広がっていた。 自分は、過去の恋を全部曝け出したのに。 初めての相手が大輝で、恋人同士だったこと。 自分はネコで、タチの経験がないこと。 大輝以外の男も女も知らないこと。 也夜はそれを、あの柔らかい笑顔で聞いてくれた。 照れたように笑いながら、でも肯定するように頷いて。 思えば也夜は、アイドル時代のこと以外はほとんど語らなかった。 性癖のことや経験人数みたいな、表面的で軽い話はするのに…… 肝心な“過去”は、ふと目を逸らすみたいにして話さなかった。 來はその理由を、今ようやく突きつけられている気がした。 しかし思えば、分二のことは、也夜が「何人かいた恋人」の話をするときに混じっていたのだろうか……。 そう考え始めたものの、來の記憶に該当するエピソードは浮かばなかった。 どれが分二のことだったのか……思い出そうとして、來はすぐにその手を離した。もう追わなくていい、と自分に言い聞かせるように。 アイドル時代の記憶は、也夜にとって“忘れたい過去”だったのだろうか。 辛い別れをした分二との思い出も含めて。 その瞬間、來はふと自分に重なるものを見つけた。 ……同じだ。 自分も、也夜が事故に遭い「別れろ」と言われたあの時、忘れるために必死で走り続けた。 也夜も、分二も、それぞれのやり方で“忘れようとしていた”のではないか、と。「分二も……也夜とのこと、忘れようとした?」「ああ……。でも、忘れようなんてできなかったよ。 彼のために物理的に距離を置いたけど……結局、離れるほど思いが濃くなるだけでね。 也夜が通ってる美容院なんぞ知ってしまったら、そこに通うようになったし。
last update最後更新 : 2026-08-13
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第四十三話

 真実が判明してからも、來と分二の生活は変わらなかった。來はいつものように店を開き、分二は自分の美容室の経営に加えて他店の管理にも追われている。 どこを切り取っても“いつも通り”。 ただひとつ……也夜が目を覚ましたという事実だけが、二人の静かな日常の上に新しく重ねられた。 美園は変わらず職場で働いているが、主治医の判断でまだ家族以外の立ち会いは禁止のままだ。「私もだけど、父も母もね……正直、戸惑ってるのよ。もう目を覚まさないかもしれないって覚悟してたから」 その言葉は、來には意外だった。「生きていてくれたのは、本当に嬉しいのよ。だけど……」「もちろんだよ。それは、わかる」 美園はそこで來をじっと見つめた。 眼差しは優しいのに、どこか探るようでもある。「……來も戸惑ってるよね」「……」「お兄ちゃん……來のこと、話してるみたい。事故から二年経ったことも、少しずつ受け入れているみたいで……」 それ以上は話すつもりがないのか、美園は口を閉ざした。 來は胸の奥がきゅっと縮むのを感じる。 “会いたい” でも、“会えない”。 意識を取り戻した也夜がすぐそこにいる。 けれど、自分は家族ではない。その一点で、病室の扉は固く閉ざされたままだ。 やっぱり、永遠に越えられない壁なのか。 來は俯き、指先に力が入った。「他には?」「他に……?」「……誰と会う予定だったとか」 美園は短く息を飲み、視線を落とした。 そして、ゆっくりと首を横に振る。「お兄ちゃん、誰に会おうとしてたんだろうね。その人に会おうとしなかったら……なんて考えちゃう」「それは……知ったところでどうにもならないよ。彼が轢いたわけじゃない。あくまで事故だよ」 來は知っている。 也夜が最後に会おうとしていた相手が、元恋人である分二だったことを。 だが、詮索しても仕方がない。だから、最後にそう付け加えた。「轢いた人だって、ちゃんと罪を償ってるし……」「……かといって、その“会おうとした人”は謝罪も何もしてないんですけど」「……そうだよな」 分二のことだ。 彼は何度も「すぐにでも病院へ行きたかった」と來に話していた。 けれど、行けなかった。 もしあの時病院に駆けつけていたら—— 也夜と交際していた事実を唯一知っていた事務所の社長に気づかれてしまうかもしれない
last update最後更新 : 2026-08-14
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第四十四話

 分二の告白があっても、來との関係に劇的な変化はなかった。 身体を重ねる頻度も、どこかいつも通り……いや、むしろ増していた。 性欲の強い分二の愛情表現は、來から見るとどこか“異常”と言えるほど執拗だった。 來にとって理想だったのは、也夜のときのように、互いを触れ合うだけでじゅうぶんに満たされる関係だった。 インサートを避け、それでも寄り添うことで得られる温度のほうが心地よかった。 だが分二にとっては、それでは足りない。 也夜が目を覚ましてからというもの、彼の欲求は露骨に強くなった。 まるで……來を自分の色に染め、二度と離れられないように刻みつけようとしているかのように。 分二は來を激しく求め、來もまた、応えるように身を預けていた。 親に愛されなかった來には、たとえ苦しい行為でも、愛されることで埋まる穴があったのかもしれない。 しかし、こんな生活が続くはずがないことは、來も薄々気づいていた。 選択の時は刻一刻と近づいている。 美園が自身の店に勤めている以上、也夜との縁は切れない。 それに也夜の目覚めは、彼を信じて待っていた多くの人々にとって朗報であり、再会と未来の再構築を期待する声すらあった。「來と也夜は、また結婚するのでは」 そんな噂が一部のファンや関係者の間で囁かれ始めていた。 來が分二と交際し、結婚手前まで来ていることは、ほとんど知られていない。 知られないままでよかった……もし知られれば、真っ先に也夜の耳へ届くだろう。 それだけは避けたかった。 だが現実には、來は分二のプロポーズを受け、結婚目前という事実がある。 これが公になればどうなるのか。 あの「リカとの関係」でさえ噂が流れたように、何がどう広がるかわからない世界だ。 重大な選択が迫っているというのに、來はそれを直視しようとしなかった。 むしろ分二の腕の中に逃げ込むように、快楽と熱に溺れた。 このまま世界が破滅すればいい。 ……でも、也夜のことが好きだ。 矛盾が胸の中で軋み続ける。 もし也夜の元へ戻ると決めれば、來の店を後押ししてくれた分二は離れるだろう。 経営はどうなるのか……想像しただけで冷たい汗が滲む。 けれど分二には、忘れてはならない事実がある。 結婚式前に也夜を呼び出し、その帰り道で事故に遭わせ、二年も眠らせてしまった……そんな負い目
last update最後更新 : 2026-08-15
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第四十五話

 美園が辞表を差し出してきたのは、それから半月ほど経った頃だった。 ちょうど分二が「そろそろ一人か二人、美容師を増やしてもいいんじゃないか」と話していた矢先のことだ。 來は一瞬、手元の辞表が冗談か何かに見えたほどだった。「どうして……」「……じつはね」 美園は視線を少しだけ伏せる。 そういえば以前、急に三日ほど休みたいと言ったことがあった。体調を崩した様子もなく、也夜の見舞いも仕事終わりや休みのタイミングを選んで行っていた彼女だからこそ……今回の突然の辞意は、來にとって衝撃だった。 自分が何かしてしまったのだろうか。 それとも、他のスタッフとの間で何かあったのか。 だが美園の仕事ぶりはいつも通りテキパキして、不仲など聞いたことがない。 思い当たることは一つ。 也夜のことだ。それしか……。「もしかして……也夜のことか」「いいえ」 即答だった。その声に迷いはなく、來は胸を撫で下ろす。「何ホッとしてるのよ。で、お兄ちゃんにはいつ会うの?」 突然の話題転換に來は言葉をつまらせた。「……また会いたいけど……もう会えるの?」「そうね、もうそろそろかなって言ってたけど。……でも分二さんとは、別れる気はなさそうね」「……それが店を辞める理由と関係するのかい?」 美園はゆっくりと首を横に振った。 否定の動きは強いのに、その表情には、言えない何かを抱えているようなもどかしさが滲んでいる。「そうよね、別れないよね……」 美園は自分に言い聞かせるように呟いた。 來は返す言葉を探せず、ただ黙る。「別れちゃったら、この店……潰れるよね」「潰れるというか……なんというか」 はっきり否定も肯定もできない。 部屋の空気は、どちらが動いても崩れてしまいそうなほど気まずかった。「だよね……だよね」「也夜にはなんて伝えれば」「いや、それもあるけどさ」 美園が來を見た。 その目は、いつもよりずっと弱くて、悲しげで……來には理由が分からないまま胸がざわつく。「前、お休みもらったじゃない。三日くらい」「……そうだね。也夜のことかなって思ってた」「そうだと思ってたのね。違うのよ」「なんだったんだ?」「……お見合いだったの」 來が言葉を返す前に、美園は続けた。「お兄ちゃんが事故に遭う前にも、一度お会いしてたの。しばらく連絡は取ってなか
last update最後更新 : 2026-08-16
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第四十六話

「元気ないな、來」「そんなことないよ」 シャワーを浴びて戻ってきた分二が、濡れた髪をわざとらしく來のほうへ向ける。 乾かして、という無言の甘えである。「美園ちゃんがまさか結婚かぁ。それに仕事も辞めちゃうって……いい人材失ってしまったなぁ」「だね……」 來がドライヤーを手にすると、分二は鏡越しにじっと彼を見つめた。「まさかぁ、美園ちゃんが辞めることで元気ないとか」「……それもある」「こないださ、スタッフが言ってた。美園ちゃんと休憩一緒になったら、彼女すごく泣いてたって」 來は苦笑して、分二の頭をわしゃわしゃ掻いた。「宥めるの大変だったってさ。來が何か言ったんじゃないかって話してたぞ」「特に僕は何も言ってないよ」「でもその後、お前も目を真っ赤にして出てきたって聞いた」「……」「美園ちゃん、綺麗な子だもんな。もしかして……結婚することがショックだったか」「……ショックというか、その……」「僕という相手がいるのに、美園ちゃんが結婚したことにショック受けるってのはさ……」 來の手がぴたりと止まった。「違うっ……ただ、その……」「その?」 分二はゆっくりと來の手を握る。 大きくて温かいその手は、逃げ道を塞ぐようでもあり、支えてくれているようでもあった。「お前も男だな……リカちゃんのときもそうだった」「だから違うって」「リカちゃんと美園ちゃん、タイプ全然違うのに……」「だから……!」 來は珍しく声を荒げた。 分二は、くつくつと喉で笑った。「冗談だよ。……まぁ、美園ちゃんがお前に好意抱いてるのは知ってたし」「……」「で、知っちゃったんだろ? それを。……悲しかったねぇ」 その一言で、來は息が詰まった。 分二の声は、責めるでもなく、ひやかすでもなく、ただ優しくて。 図星を刺されただけなのに、胸の奥がじんと熱くなった。 分二に頭を撫でられ、來はわずかに肩をすくめた。「もし知ってたら……どうしてたのかな。美園ちゃんと付き合ってた? 也夜のDNAも持ってるし、子供を望まれたら……來、君なら応えてあげたんじゃない?」「……分二!」「あの子、外はしっかりしてるけど心は弱い。守ってあげたくなるタイプだ」「分二、美園ちゃんに何を……」「変なこと言うなよ。僕は何もしてない。ああいうツンとした子、僕ちょっと苦手だからさ。
last update最後更新 : 2026-08-17
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