矢野凛久(やの りく)の誕生日当日、宮坂知夏(みやさか ちなつ)は彼に内緒で、6時間もかけて彼の住む街までやって来た。彼が以前から世界限定モデルの腕時計を欲しがっていたことを知っていた彼女は、ある女子大学生と対面で取引する約束をしていた。待ち合わせ場所に現れた女性を見て、知夏の目に驚きがよぎる。大学生だというのに、お腹は大きく膨らみ、どう見ても妊娠後期だった。「こんにちは。松元日奈(まつもと ひな)です。この腕時計をご希望だった方ですよね?」彼女は丁寧に包装された腕時計を取り出し、何気ない様子で知夏へ差し出した。知夏は嬉しそうに受け取り、「はい。主人がずっと欲しがっていたんです。おいくらでお譲りいただけるんでしょうか?」と尋ねた。「100円です」「100円?」知夏は眉をひそめる。「この時計、少なくとも200万円はしますよ」「はい。100円でいいんです。今日は主人の誕生日だから、本当は誕生日プレゼントにするつもりだったんです。でもあの人、本当にケチで、私がアイス食べたいって言っても全然許してくれないんです。もう頭にきちゃったから、お仕置きのつもりでこれ、売っちゃうことにしました!」そう言い終えた途端、彼女のスマホが何度も鳴り始めた。それでも彼女は出ようとせず、赤い唇を尖らせる。「きっと主人からです。でも絶対出ません!そうだ、お姉さん、このあと予定ありますか?よかったら私たちと一緒に遊びません?主人の凛久がこのクラブのオーナーなんです」知夏は思わず固まった。「え......?あの、ご主人のお名前、もう一回伺っても......?」女性は屈託なく笑い、あっさりと言った。「凛久です。私たち結婚してもう3年になりますし、もうすぐ子どもも生まれるんですよ」――凛久?彼女の夫も凛久という名前なのか。彼も、この限定モデルの腕時計が好き?知夏はその場に立ち尽くし、全身が冷え切っていくのを感じた。何度も何度も、自分に言い聞かせる。きっと同名なだけ。凛久はあんなにも自分を愛してくれている。浮気なんてするはずがない。だが次の瞬間、すらりとした長身の男が遠くから歩いてきて、手を伸ばして日奈を腕の中へ抱き寄せた。「もう、まだ拗ねてるのか?機嫌直せよ。悪かった、謝るから。な?」凛久がそう言い
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