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第7話

Author: 安田徹
「掻いちゃ駄目だ、我慢してくれ!おい、早くアレルギーの薬を!」

使用人が慌てて薬を持ってきたが、日奈が飲んでもまったく効かず、苦しそうに体中を掻きむしり続けた。

その様子を見た凛久は激怒し、勢いよく顔を上げて知夏を睨みつけた。

「ピーナッツバターを入れたのか?!」

「ええ......」

知夏は訳がわからず答えた。

「好きだって聞いたから」

「誰がそんなことを言った!日奈は子どもの頃からピーナッツアレルギーなんだ!日奈の世話を任せたのが気に入らなくて、こんな真似をしたのか?ひどすぎるだろう!」

怒りに我を忘れた凛久は、テーブルの上にあった熱いそぼろ煮をつかみ、そのまま知夏へ叩きつけた。

煮えたぎるそぼろ煮が全身に降りかかり、粘り気のある汁が髪や服を伝って流れ落ちる。

皮膚は火傷した。

けれど、それ以上に痛かったのは心だった。

彼女はその場に立ち尽くし、言葉を発することさえ忘れてしまう。

「苦しい......凛久......」

日奈は再び意識を失った。

その瞬間、凛久の理性は完全に吹き飛んだ。

彼は振り返り、背後のボディーガードへ鋭く命じる。

「二人とも、この女を押さえろ!」

「何をするつもり?!」

知夏は必死にもがいた。

「日奈がピーナッツバター好きだって言ったのは優衣よ!」

「まだ言い逃れする気か?優衣はお前の親友だったんだぞ。そんな嘘をつくはずがない!日奈がピーナッツアレルギーなのは、俺たち全員が知っていることだ!」

一瞬で、すべてが繋がった。

優衣はわざとだった。

日奈の芝居に合わせるため、彼女を陥れたのだ。

「誰か、イチゴジャムを持ってこい!こいつの口をこじ開けて飲ませろ!」

知夏は耳を疑った。

「あなた、正気!?私が重度のイチゴアレルギーだって知ってるでしょう!」

彼はそのことを誰よりもよく知っていた。

彼女がイチゴアレルギーだと知ってからというもの、イチゴが入っている可能性のあるものには細心の注意を払ってくれた。

キャンディーも、ケーキも、あらゆるスイーツも――

少しでもイチゴを使う可能性があれば、事前に必ず店へ伝え、絶対に入れないよう頼んでいた。

以前、一人のパティシエが誤ってケーキにイチゴを使ってしまい、知夏がアレルギーを起こしたことがあった。

あの時の凛久は、怒りのあまり店を壊しかけるほどだった。

それなのに今、彼は日奈のために、自分を罰しようとしている。

その瞬間、彼女の心は粉々に砕け散った。

弁解する暇もなく、使用人はスプーンでイチゴジャムを何度も無理やり口へ押し込んでくる。

彼女は必死に顔を背けたが、拘束から逃れることはできなかった。

ほどなくして、激しい不快感が全身を襲う。

喉が急速に締めつけられ、呼吸さえ苦しくなっていく。

体を折り曲げ、激しく咳き込み続ける。

だが、凛久の目には日奈しか映っていなかった。

「すぐ家庭医を呼べ!急げ!」

彼は日奈を抱き上げ、そのまま2階へ駆け上がっていった。

知夏の視界は次第にぼやけていく。

そして、そのまま意識を失った。

――

病院。

再び目を覚ました時には、もう翌日になっていた。

凛久はベッド脇に座っており、彼女が目を開けると、目にはどうしようもない苦しさが浮かんだ。

「目が覚めたか?まだどこか苦しいところはない?」

知夏は彼を見ようともせず、黙って顔を背けた。

「知夏、そんな態度を取らないでくれ。ごめん......あの時は頭に血が上っていた」

彼は彼女の手を取り、その甲にそっと口づけを落とした。

「本当にごめん。もうそんなことはしないよ」

それでも知夏は何も答えなかった。

凛久はため息をつく。

「日奈は出産したばかりなんだ。何か思うところがあっても、産後の間だけは我慢してくれ。できるだけ早く住み込みスタッフを見つけるから」

その時、彼のスマホが鳴った。

「日奈、どうした?」

「どこにいるの?会いたい......赤ちゃんも凛久に会いたがってるよ。いつ帰るの?」

「もうすぐだ。いい子だから待ってて。あと十分で着く」

電話を切ると、凛久は言いにくそうに口を開いた。

「知夏、また後で様子を見に来る。俺は――」

知夏は彼の手を静かに振りほどいた。

「行って」

「ちゃんと休めよ。明日、退院の迎えに来る。その後はもう日奈の世話はさせない。ひとまず俺たちの家へ戻っていてくれ。日奈の産後が落ち着いたら、すぐにもう一度結婚しよう」

彼はそう言って立ち去ろうとした。

その背中を見つめながら、知夏は静かに呟く。

「凛久、さようなら」

もう二度と会うことはない。

「それじゃあ」

凛久は足早に病室を出て行き、ドアは「バタン」と音を立てて閉まった。

知夏は頭上の点滴を見つめ、最後の一滴が落ちるまで静かに待つ。

そして自ら針を抜き、立ち上がった。

新居へ戻ると、自分と凛久の結婚指輪だけを元の場所へ置いていく。

空港へ向かう途中、優衣からメッセージが届いた。

【ごめんなさい......ピーナッツバターのことは、本当にわざとじゃなかったの。日奈に脅されたの。協力しなければ、矢野さんに私をクビにさせるって。私がお金をどれだけ必要としてるか、あなたも知ってるでしょう。だから......】

そのメッセージを読んでも、知夏は返信しなかった。

そのまま優衣を、そして凛久も連絡先から削除し、完全にブロックした。

何年にもわたる友情も。何年にもわたる愛情も。

彼女はすべて捨てた。

飛行機が離陸した瞬間、窓の外に広がる雲海を眺めながら、青白い唇にかすかな笑みを浮かべる。

「もう行くわ。これから先、人混みの中で巡り会ったとしても、あなたと私は、ただの他人でしかない」

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