All Chapters of 無くした恋のその先へ ~この恋を忘れたふりはもうできない~: Chapter 41 - Chapter 50

51 Chapters

第41話 再燃②

『もう一度……朱莉のことを好きだと言わせてほしい』 あの日、蒼也は熱を帯びた眼差しでそう言い、少しだけ笑みを浮かべた。それから、「だからと言って、朱莉に今すぐ俺を好きになってほしいとは言わない」そう静かに続けた。「俺が、朱莉を好きでいることは迷惑かな」――この感じ、どこかで似たような会話をした気がする。「迷惑……では、ないけど」「じゃあ、時々は連絡を取ってもいい?」「それは、別に……」その後、彼は「今は、自分の気持ちを知っておいてもらえたら十分だ」と言い、なぜか満足げな表情を見せて、食事を始め、なぜだか旧友とあった時のような最近のようすを聞いたりした。 「…つきさん、冬月さん。大丈夫ですか?」その声に、はっと我に返る。横から東畑さんが心配そうに覗き込んでいた。「さっきから何度も呼んでたんですよ? キーボードに手を置いたまま固まっていたから、具合が悪いのかと」「いえ、ちょっと……どう返事を書こうか悩んでいただけ」取り繕うように笑い、再び画面に視線を落とす。 画面には『エスモードデザイン 篠宮 行程変更に伴う懸念点について』というメールが開いていた。 定型文を貼り付け、社長の個人メールに転送する。昨夜は、あの後いろいろ混乱して言葉少なだった私を蒼也が送ってくれた。 家に着いて少し落ち着いた頃、スマホに「おやすみ。今日はありがとう」とメッセージが届いた。 短く「おやすみなさい」と返事を打ち、画面を見つめているうちに、時計の針は午前1時を回っていた。――いったい、何が起きているのか。 気持ちの整理が追いつかない。朝になって出社しても、心はまだ昨夜の余韻に引きずられていた。蒼也は言った。「朱莉のことをずっと好きだった」と。 ……本当に?8年という月日は、決して短くない。 そんなに長く思い続けるなんてあり得るのだろうか。 もし本当にそうなら、なぜ一度も連絡をくれなかったのだろうか?悶々とした思考が堂々巡りをする。ふと気づけば、また手が止まっていた。 少し離れたデスクから東畑さんが怪訝そうにこちらを見ている。 ――いかん、いかん。結局、一日中、自分を叱咤しながら仕事に向かうことになった。◇◇◇帰宅途中の電車で、窓に映る自分の顔を見て思わずため息がこぼれた。 仕事で疲れた三十路女の顔
last updateLast Updated : 2026-07-25
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第42話 再燃③

「で? 結局さ、これって“両想いだった自慢”の話なの?」PCの向こうで、菱本があきれたような表情で眉を上げる。「いや……蒼也には、私の気持ちは、まだ言ってないから」「は? なんで言わないの?」「なんか……これでいいのか、踏ん切りがつかないのよ」「結婚してるかもって、まだ疑ってるとか? そんなの調べればすぐ分かるでしょ」「それだけじゃなくて……。もしまた昔みたいに、何も言わずに突き放されたらどうしようって。だいたい、8年だよ? ずっと思い続けてるなんて、ありえる?」「いや、朱莉がそうでしょ。それ、自分のこと棚に上げて言う?」「それは......なんていうか。一度、手ひどく振られてる分、どうしても信じきれないの」菱本はため息をつき、画面に近づいた。「拗らせてるねぇ。もう赤い糸が絡まりすぎて、どこが端っこかわかんなくなってるじゃん」そのたとえに、思わず笑ってしまう。「確かに、絡まりまくってるわ。何を糸口にして解決したらいいかわかんなくなってる」「まぁ、あれだね。あんたたち姉弟が拗らせちゃうのは、親の呪いもあるでしょ。やっかいだよね」――否定できない。蒼也は、今も昔も誠実な人なのだろうと思う。 けれど、一度見てしまった“何も言わずに去った背中”が、記憶の底にこびりついて離れない。「ねぇ、朱莉。たぶんさ、蒼也さん、気づいてるんじゃない? 朱莉の気持ち。だから、自分の気持ちだけをまっすぐ伝えて、朱莉の気持ちはあとからでいいって思ったんじゃないかな」「……そうかな。そんなふうに都合よく考えていいのかな」「いいのいいの。自分に都合よく考えてるうちに、都合よくなってくるもんだよ」菱本は横目で笑いながら、娘のアナスタシアを膝に乗せてあやしている。「流されてみれば? どうせ、自分で動けやしないんでしょ? だったら流されてる方がどこかに辿り着くよ」「そんなのでいいの?」「むしろ考えすぎて損してるよ、朱莉は。人生、もっと肩の力抜いていいんだって」菱本の娘のアナスタシアが退屈して、画面に顔を近づけてきたので、つい笑って手を振る。 「バイバイ、アンちゃん」菱本はにやりと笑い、「とりあえず、流されておきなさい」と締めくくった。――そうだ、どうせ拗らせてる自分には、今すぐ答えなんて出せない。 だったら、もう少し流れに任せてみて
last updateLast Updated : 2026-07-25
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第43話 再燃④

「それってもう、元サヤってことじゃないの?」綾香の家に遊びに来て、最近の出来事を話す。蒼也に食事に誘われたこと、ずっと想っていたと告げられたこと。ある程度の近況は、メッセージでも伝えていたけど、「最近は週末のたびに会ってる」と話すと、目を丸くして見つめられた。「菱本にも同じこと言われた」「まぁ、わからなくもないけど。どこからを“恋人”って言うか、って話よね?」綾香が子どもを授乳させながら聞く。抱かれている子どもは授乳用のケープの下で小さく手を動かしている。「そう、それ。『私の気持ちは返さなくていい』って言われたから、なんだか……」「でも、毎日メッセージして、週末は一緒にごはん食べて、昨日は部屋に呼んだんでしょ?」「うん」「健全に、食事だけ?」「……健全にね」綾香がニヤニヤしてくる。満足した子どもが、すぽんとケープの下から顔を出す。「朱莉はさ、それが健全だったのが気になってるんじゃない?」「そんなんじゃ……ないことも、ない、かも」そう。蒼也が『朱莉に今すぐ俺を好きになってほしいとは言わない』なんて言うから、自分も「ずっと忘れられなかった」と伝えるタイミングを逃してしまっている。昨夜も、食事をしに来ない?とかなりドキドキしながら部屋に誘った。スーパーに一緒に行って、昔みたいに並んで買い物して、自然と寄り添って歩いた。台所で料理していると、後ろから覗き込む彼の気配に、胸が高鳴る。食後は、近況を語り合って、いつも通りの雰囲気のまま、「帰り着いたら連絡するね」と言って、あっさり帰っていった。「弄ばれてるのかな」ぽつりと呟くと、ベビーベッドに子どもをそっと寝かせながら、綾香が考えながら返事をする。「蒼也さんって真面目な人でしょ? 人の気持ちを弄ぶようなことはしないんじゃない?」試されてる感じはしない。ただ、うまくかわされてる気がするのだ。「朱莉は先に進みたいのよね?」綾香が微笑みながらそう言う。たしかに、そう。でも、それだけじゃない。「そりゃ、まあ。健全な大人ですから」綾香が笑いながら温かい紅茶を入れてくれる。「私も蒼也さんに会ってみたいな。朱莉にそんな顔をさせる人なんて、めちゃくちゃ興味ある」そんな顔って、どんな顔なんだろう――自分では、わからない。「おかあさ〜ん、ただいまぁ〜!」玄関から元気な子どもの声
last updateLast Updated : 2026-07-27
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第44話 再燃⑤

驚いた蒼也が、彼女の二の腕を掴んで体を引き離した。 顔を上げたところで私と目が合い、わずかに目を見開く。選択肢は二つ。 ――踵を返して立ち去るか、それとも事務所に入って事情を確かめるか。あまりにも芝居がかった彼女の態度に、迷いはなかった。後者一択だ。蒼也は掴んだ手を離し、「沙耶さん、どうしたんですか。なんでこんなことを」と問いかける。 すると彼女は「先生…先生のことがずっと好きなんです」と泣き始め、再び胸に縋ろうとする。それを、蒼也はじりじりと下がって避ける。「沙耶さん。あなたの気持ちは受け入れられません。悪いけど、帰ってください」その言葉に、沙耶がこちらを振り返った。「この人のせいですか? 私、ずっと先生を思ってきたのに。うちの父だって! 先生が私と結婚して会社を継いでくれたらって」「そんなことはあり得ないって、わかっているでしょう。私はあなたとどうこうなる気は一切ありません」蒼也の冷たい口調に、ショックを受けたような表情を浮かべたあと、沙耶は手を下ろし、両拳を握りしめて叫んだ。「なんなのよ! ちょっと名前が売れたからっていい気になって。それもこれも父が口をきいたからじゃない」「あなたのお父さまには本当に感謝をしています。ですが、それとこれとは関係ありませんよ」「うちの父の支援がなかったら、今ごろ借金まみれで落ちぶれてたくせに! この恩知らず!」――バチン。 目の前で頬を押さえる彼女を見て、はっとした。 耐えきれず、思わず甲高い声を上げる彼女を平手で打ってしまっていた。「ご…ごめんなさい」思わず自分の手と彼女を交互に見つめて、言葉を失っている彼女に謝った。 でも、どうしても黙っているわけにはいかなかった。「どういうつもりでそんな発言をしているのか知りませんが、あまりにも失礼でしょう?」彼女は、頬を手で押さえ驚いた表情を浮かべた後、目に再び涙が溜め、声を上げて泣き出す。「なによ! 急にしゃしゃり出てきて、偉そうにぃ!」肩を震わせる沙耶の頭越しに、眉間に皺を寄せる蒼也の顔が見えた。 泣き声が落ち着くのを待って、蒼也が穏やかに声をかける。「沙耶さん、タクシーを呼びますから」顔を上げ、縋るように蒼也を見つめる彼女の赤くなった頬に、急に罪悪感が湧く。「蒼也、タクシーで家まで送ってあげたら? ショックを受けているみたい
last updateLast Updated : 2026-07-28
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第45話 相思①

結局、例の“沙耶さん”は、その後会社に顔を出すことなくそのまま辞めてしまったらしい。彼女の父である西脇建設の社長が、菓子折りを持って事務所へ謝罪に来たそうだ。その話を聞き、正直、暴力沙汰で訴えられるような事態にならなくて良かったと、心底胸をなで下ろした。「朱莉が心配することじゃないよ。むしろ、あの場に来てくれなかったら、俺は彼女と二人きりで“責任を取れ”って言われかねなかった。それを思うと、ぞっとする」その言葉に、事態はそれなりに深刻だったのだと改めて実感する。 人のことは言えないが、拗れた恋心とは本当に厄介なものだ。さて、今、隣に蒼也が緊張して立っている。 品川駅の改札前。「俺、ここで殴られるのかな」いい歳をした大柄な男が、強張った表情でそんなことを言うものだから、思わず笑いがこみ上げた。年末、蒼也とのことを聖に打ち明けた。電話口から近所に響き渡るほどの声で、「信じられない!」「ありえない!」「あーちゃん、ちょろすぎ!」と散々な言われよう。挙げ句の果てに「会ったら絶対あいつをぶん殴ってやる!」と息巻いていた。「そう思うなら来なきゃいいのに」強張った口元を無意識に手で撫でる蒼也を見上げ、からかうように言う。「いや、けじめだからな。それに、人目のある場所の方がいいだろ?」 「なんで?」 「だって、周りに人がいたら全力では殴らないでしょ」思わず吹き出した。「けじめだから思いっきり殴られておこう、とかは無いの?」と笑うと、蒼也は「俺は平和主義なの」と真顔で返す。 普段から現場を手伝うことも多い彼は、胸板も厚く二の腕も太い。返り討ちあったら聖がボロボロになるだろうに。そうこうしているうちに、改札の向こうに背の高い美形の男性と、スラリとした美女が現れた。「……目立つなぁ」隣で蒼也が思わずこぼす。確かに、立ち姿からしてオーラが違う。周囲の視線が「芸能人?」と訝しんでいるのがわかる。 私に気づいた聖が満面の笑みで手を振り、その直後、蒼也に視線を向けて魔女のような顔をした。改札を抜けた聖が私に抱きつく。 「あーちゃん、ただいま」 「おかえり、ひーちゃん。キヨくんも久しぶり」 「お久しぶりです。お噂はかねがね。神谷清《かみやせい》と申します」 キヨがニコニコとして、蒼也に手を差し出す
last updateLast Updated : 2026-08-02
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第46話 相思②

「ひーちゃん、ど、どうしたの?」凍り付いた空気の中、縋りつく聖の顔を見ると、唇をぎゅっと嚙みしめていた。 その可愛い唇に傷がつきそうで、胸が痛む。「ずっと考えてた。あーちゃんと結婚したいって」聖は、私の腕にしがみついたまま、ぽとりぽとりと膝に涙をこぼし始めた。「このまま、あーちゃんが誰とも付き合わず、ずっと一人のままだったら、絶対に言おうって思ってた」キヨが我に返ったように声を上げた。「ちょ、ちょっと待って。聖は、姉ちゃんのこと好きやったん?」 「あたりまえじゃん。あーちゃんが世界で一番好き」――聖の「好き」って、そういう意味だったの?「え?じゃあ、 俺のことは?」 「……恋人として好き」場の空気が再び固まる。「ごめん。俺、頭悪いから整理させて。聖は、自分の姉ちゃんと結婚したいってこと?」 「そうだよ。こんな“おっさん”にあーちゃんを渡せるわけない」聖が、蒼也の方をキッと睨みつけた。 なんともいえない空気の中、カタカタとふすまが開き「お鍋のご用意をしますね」と店員が声をかける黙って鍋の準備を見つめていると、ふと蒼也の沈痛な表情が目に入る。 店員が去り、私は聖を見つめ直した。「ひーちゃん……私と結婚したかったの?」 「そうだよ。だって……」聖の瞳がまた潤む。「あーちゃんと僕は、本当の家族じゃないじゃん」言いながらボロボロと涙を流す。涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔さえ愛おしい。「あのクソ野郎とクソばばぁがちゃんとしてないから、僕とあーちゃんには繋がりなんてない」真っ赤な顔でグズグズと鼻をすすりながら泣く聖を見て、胸が締めつけられる。進学や就職のたびに書類に記される、遠い母親の名前。 私と聖の間には法的な繋がりが何もない。 もしどちらかが大病をしたら――そう考えては、ずっと胸の奥で不安を抱えて生きてきた。「だから、あーちゃんがこいつと結婚し
last updateLast Updated : 2026-08-03
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第47話 相思③

蒼也は、ためらいがちに、世話を焼くように聖に話しかけたが、聖は一切無視して黙々と食べ続ける。返事をするのは、私かキヨの言葉にだけ。重苦しい空気の中で、それでも料理はどれも美味しかった。「さて、美味しいもんも食べたし。聖、ちょっとは落ち着いたんちゃう?」お茶が運ばれてきた後、キヨの声に、聖がふぅっとため息をつき、顔を上げた。「さっきの話やけど……聖はホンマに姉ちゃんと結婚したいんか? やけくそで言うたんちゃうの?」「やけくそなんかじゃないよ。ずっと考えてたって言ったでしょ」一切の視線を蒼也に向けることなく、聖は真剣な表情でそう言う。「ひーちゃんは、私のこと、そんなふうに思ってたの?」私にとって聖は、可愛い弟で唯一の家族。本当の家族になれたらいいのに、と願ったことはあっても、夫婦になりたいと考えたことはなかった。もし聖がずっとそんな気持ちを、私に対して抱いていたのだとしたら……私はあまりにも鈍感すぎる。「別に、あーちゃんをエロい目で見てたわけじゃない。でも、そういう選択肢もあるなって思ってた」そう言って、この店に来て初めて視線をやり蒼也を睨む。「あーちゃんを捨てたクセに。そんな奴が、今さら何を言ったって許せない。だったら、あーちゃんは、僕と結婚したらいい。本当の家族になればいいと思う。あんたなんかにやるもんか!」蒼也の表情に苦悩がにじむ。「僕とあーちゃんがどうやって生きてきたか、蒼さんに話したことあるよね。僕たちがどんなふうに捨てられてきたか、どれだけあーちゃんが苦しんできたか。あんたには、教えたのに」聖が呼吸を整え、鋭い目で言葉を突きつける。「あんたがいなくなった時、あーちゃんがどんな思いでいたか知らないだろ。今度はあんたが捨てられたらいい。人を簡単に捨てる奴は、また同じことをするよ。絶対に信じられない!」言い捨てて立ち上がると、聖は泣きながら個室を飛び出していった。 腰を浮かせた私に、キヨが目配せをして聖の後を追う。「……ひーちゃんの気
last updateLast Updated : 2026-08-06
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第48話 相思④

店を出て、「家の前まで送る」と言う蒼也と並んで歩く。「ねぇ、蒼也。さっきの話だけど……なんで、あんなタイミングであんな大事なこと言うの?」寄り添って並木道を歩きながら、思い出したように尋ねた。「……はぁぁぁ」蒼也は、深いため息をついて立ち止まった。また、眉間に皺が寄っている。「聖ちゃんが、本当は朱莉のことをそういう目で見てたんだと思ったら……先に言わなきゃって、焦ってしまって」「ふぅん」普段は落ち着いている彼が混乱している姿が、妙に新鮮で少し楽しい。「今日は何の準備もしてなかったのに……あぁ、もう、俺はほんとにどうしようもない」 「ぷっ……あははは」 「笑い事じゃない」 「だって、蒼也が面白いんだもの。あははは」普段は、何事にも動じないような雰囲気を出しているのに、自分の前でだけこんな姿を見せる彼に、どうしようもなく愛しさが込み上げてしまう。「とにかく……聖ちゃんが俺を許してくれたら、その時にちゃんとする」自責の念に駆られて落ち込んだ表情を見せる蒼也の腕に、そっと自分の腕を絡める。「そうねぇ。何年後になるか分からないけど、待ってるから」 「その時は……いい返事を聞かせてもらえる?」 「それは……今のところ、なんとも。ひーちゃんに先にプロポーズされちゃったしね」蒼也がまた立ち止まり、真剣に顔を覗き込んでくる。その表情が普段の冷静さを欠いていて、再び笑いがこみ上げる。「ねぇ、蒼也。ひーちゃんも冷静になったら、気持ちに変化があると思う」蒼也は小さく息を吐き、絡めていた腕を滑らせて私の手を取ると、自分のコートの中に押し込んだ。「……ゆっくり待つよ。大丈夫、耐えられる」最後の言葉は、自分に言い聞かせているように聞こえた。「ほんと、こういうのは……殴られるより堪えるな」電車に揺られながら、並んで夜景を眺める。 黙って寄り添っているだけで十分だった。 最寄り駅に着いて外に出ると
last updateLast Updated : 2026-08-10
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第49話 相思⑤

「ひーちゃん。ちょっとは落ち着いた?」うつむく聖にそう声をかける。沈黙が流れ、リビングの壁掛け時計の秒針の音ばかりが妙に響く。「さっきは、ごめんなさい」ようやく聖が口を開いた。抱えていたクッションを強く抱きしめ、視線を落としたまま続ける。「僕……あんなこと言うつもりじゃなかった。ずっと、思ってたことは本当なんだけど……でも、あんな風に言ったら、あーちゃんを困らせるだけだって、わかってたのに」どう言葉をかければいいのか迷う。弟として大切にしてきた存在に、思わぬ形で向けられた告白。驚きと戸惑い、そして彼を傷つけたくない気持ちが胸の中で絡まる。「さっき、聖と話してて。オレももっと聖の気持ちを聞く時間を持ってやれば良かったって思った。悪かったな」キヨが聖の頭を撫でながら、ぼそりと呟く。「でもな聖。姉ちゃんに言うてしもたってことは、もう自分の中で整理せなあかん。逃げずにな」「……わかってるよ」聖は唇を噛み、頷いた。 その姿に、そっと声をかける。「ひーちゃん。私にとって、ひーちゃんは大切な存在。弟とか、家族とか、そういう言葉で表せないくらい大事な存在なの。でもね……結婚して夫婦になる相手かっていうと、私の中ではちょっと違うな」聖の瞳が揺れた。「じゃあ、僕は、あーちゃんの家族にはなれないんだ。一生」その言葉にゆっくりと首を横に振る。「ひーちゃんは、私のたった一人の家族だよ。 お互いに支え合ってきた大事な大事な家族」言葉を選びながら、どうか、この気持ちが聖に伝わって欲しいと思いながら話す。「家族になるって、ひーちゃんと私が結婚することだげが、最善の方法じゃないんじゃないかな」その言葉に聖は、顔をクッションに埋めた。「……でも、あーちゃんをあんな男に奪われるくらいなら、僕の方がいいって……そう思っちゃうんだ」抑えた声が呟く。「聖」私は、手を伸ばして聖の頬をそっと両手で挟んだ。
last updateLast Updated : 2026-08-13
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第50話 相思⑥

翌朝。台所で味噌汁の湯気に気持ちを慰められる。 こういう時こそ普段通りの朝食を整えた方がいい気がして、炊きたてのご飯と卵焼き、焼き鮭を並べた。普通過ぎてお正月とは思えないのが残念だが。「朝ごはん、できたよ」聖の部屋に向かって声をかけると、ぼんやりとした様子の聖とボサボサ頭のキヨが出て来た。 小さく、おはよ、と言いながら聖が席に着く。 瞼の赤みは引いていて、まだ少し腫れぼったいけれど、表情は幾分落ち着いて見えた。「……お腹、すいた」ぼそりと呟く声に、少しだけほっとする。「ほらな」 キヨが肩をすくめて笑う。 「オレが言った通りやろ。飯食わんと気持ちも整理つかんから」三人で食卓を囲んだ。しばらくは箸の音だけが響いたけれど、やがて聖が口を開いた。「……あーちゃん。昨日はごめんなさい」ご飯を見つめたまま、ぽつりと言葉を落とす。「ちょっと子どもみたいな拗ね方だったと思う」 「子どもなんかじゃないよ。ひーちゃんは、自分の気持ちを言っただけ。大事なことだったと思う」 「……でも、あーちゃん、ものすごく困ってたじゃん」そう言って俯く聖の横顔を見て、私は小さく首を振った。「私は、ひーちゃんが正直でいてくれてよかったって思ったよ」その言葉に、聖は少しだけ顔を上げる。「本当に?」 「うん。大事なことを隠したままでずっといたら、すごく悲しかったと思う」 「あーちゃん。怒ってない?」 「怒るわけないじゃん」聖の表情に笑みが浮かぶ。その様子を伺っていたキヨが声をあげる。「よーし、昨日の重い空気はこれで終わりにしよ」そして、茶碗を置き、にかっと笑う。「オレ、チョー久しぶりの東京やし、観光したいねんけど。 三人でどっか出かけへん?初詣とか。 聖、甘いもんでも食べに行ったら元気になるんちゃう?」 「……子ども扱いしないでよ」聖がむくれたように
last updateLast Updated : 2026-08-17
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