朝の空気は、少しだけ冷たかった。カーテンを開けると、昨日までと同じ街が広がっている。(……世界は何も変わってない)それが、少しだけ救いだった。朱里は支度をしながら、何度も昨夜の会話を思い出していた。嵩の声。川沿いの灯り。「選ぶのは君だから」という言葉。(選んでないけどね、まだ)駅へ向かう途中、スマホが鳴った。《起きてる?》美鈴だ。《起きてるよ》 《昨日は……聞いた》《だと思った》 《朝、コーヒー奢るから時間ちょうだい》断る理由はなかった。◆社内カフェ出社前の社内カフェは、まだ人が少ない。美鈴はすでに席にいて、朱里の分のカップを置いていた。「ブラックでよかった?」 「……ありがとう」一口飲む。少し苦くて、目が覚める。「で」 美鈴は、前置きなしに言った。「何も決めなかったんでしょ」朱里は、少し驚いてから頷いた。「……決められなかった」 「正直に言うと、逃げたい気持ちもある」美鈴は、眉ひとつ動かさなかった。「うん。正常」即答だった。
Last Updated : 2026-09-27 Read more