紗和は、はっとした。あの夜のことは、今もまだ征臣の中にわだかまりとして残っているのだ。「違うの。本当に違うの」紗和は慌てて説明した。「私はあなたの妻でしょう。ほかの人だと思うはずがないじゃない」「ようやく、自分が俺の妻だと分かったのか?」「うん」紗和は真剣な顔で頷いた。今になってこの話を持ち出したのは、ずっと二人の間に残っていたわだかまりを解く機会を、征臣のほうから与えてくれたのかもしれない。そう思い、紗和は改めてきちんと説明しようとした。「あの日、本当にそう聞こえたのなら、たぶん意識が朦朧としていて、うまく喋れなくて、名前を呼び間違えただけだと思う。怜央のことを考えていたわけでも、連絡を取ろうとしていたわけでもない。本当に誤解なの。もしそれであなたを傷つけて、プライドまで傷つけたのなら……ごめんなさい」「どうやって謝る。言葉だけか?」征臣は静かに目を瞬いた。「じゃあ……どうしてほしいの?ごめんなさい」恥ずかしさで赤く染まった耳と、わずかに潤んだ目元。そこへ、今にも泣き出しそうな声でこぼれた「ごめんなさい」が重なり、征臣の心を大きく揺らした。征臣はしばらく紗和を見つめた。「謝るっていうなら、俺に返すべきものがあるんじゃないか?」「何を返すの?」「俺に口づけられながら、御堂怜央の名前を呼んだだろ。謝るっていうなら、あのとき台無しにされた分を、全部返してもらう」征臣は少し間を置いた。「あの夜、俺がお前に残した痕と同じ数だけ、一つ残らず俺にも返せ。俺の名前を呼びながら」紗和は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。征臣は、本気で言っているのだろうか。冷酷で口が悪いだけではなく、こんな子供じみた一面まであったなんて。いつも年齢以上に落ち着いて見える人なのに、今の征臣は、紗和がこれまで抱いていた印象とはまるで違っていた。「どうした。嫌なのか?」征臣は手を伸ばし、紗和の頬に触れた。その大きな手なら、片手だけで彼女の顔を包み込めそうだった。指の腹で赤く染まった頬をゆっくりなぞりながら、低い声で告げる。「なら、この件を俺が許す日は来ないと思え。俺が気を変えて、謝る機会さえやらなくなるかもしれないぞ……」紗和は小さく息を呑んだ。せっかく勇気を振り絞って、
Read more