All Chapters of 夫と息子に捨てられた私、大物の子を授かった: Chapter 261 - Chapter 270

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第261話

「母さんが心を病んでいても、御堂家は母さんの尊厳を守るべきです。おじいさま、俺と莉乃のことは、ただの過ちで――」怜央が言い終えるより先に、宗一郎の平手が頬へ飛んだ。「ふざけるな!御堂家を潰すつもりか!」先ほど挨拶に来ていた要人たちは、いずれもそれぞれの地域で大きな影響力を持つ人物ばかりだった。そんな人々の前で、孫が九条家の令嬢にこれほど恥をかかせたのだ。この先どんな影響が出るのか、宗一郎には考えるだけでも恐ろしかった。怜央が呆然としている間に、宗一郎はすぐに人を呼び、清美を連れ出させた。清美の胴と両脚には、暴れて自分や周囲を傷つけないよう、拘束具がつけられていた。抵抗することもできないまま運ばれていきながら、ただ息子の幼い頃の愛称だけを何度も呼び続けている。宗一郎は険しい顔で怜央を睨みつけた。「さっさと着替えてこい。莉乃がとっくに用意している」怜央は絶望したまま、言われるがまま控室へ向かった。宗一郎がここまで激怒する姿を、怜央はほとんど見たことがなかった。御堂家が、ここまで九条家の力を恐れていることにも驚いた。確かに、自分のやり方が度を越していたことは分かっている。だが、望んでいるのはただ一つ。この結婚式を中止することだけだった。莉乃が望むものなら、ほかのものはいくらでも与えられる。だが、結婚だけはできなかった。結婚するつもりはないと、すでにはっきり告げている。離婚してからというもの、怜央はずっと塞ぎ込んでいた。紗和と別れたことが、これほど自分を苦しめるとは思ってもいなかった。昨夜は、紗和がほかの男とキスを交わす姿まで目にした。苦しくて眠ることもできず、自宅のシアタールームで、紗和との結婚生活を映した昔の映像を一人で見返していた。今日ここへ来たのも、宗一郎に無理やり出席させられたからだ。執事が迎えに来たとき、何とか式を止められないかと考え、清美を一緒に連れてくることを思いついた。だが、何をしても、この馬鹿げた結婚を止めることはできないらしい。怜央は用意された衣装に着替えた。やがて、式の開始が正式に告げられた。美しい音楽が流れるなか、莉乃は勝ち誇ったような完璧な笑みを浮かべていた。怜央の腕へ自分の腕を絡め、花びらを敷き詰めた階段を上っていく。大勢
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第262話

「やめて!もう流さないで!」莉乃は取り乱し、悲鳴のような声を上げた。巨大なスクリーンには、莉乃と6人の男たちの姿が、はっきりと映し出されている。完全に冷静さを失った莉乃は、何とか映像を止めようと、スクリーンの操作盤へ駆け寄ろうとした。だが慌てるあまり、長いウエディングドレスのトレーンを自分で踏んでしまった。細部まで自ら指示して作らせた螺旋階段の最上部から、そのまま転げ落ちた。何段も続けて転がったものの、階段には白い布と柔らかな緩衝材が敷かれていたため、幸い大怪我には至らなかった。ただ最後に、中央の大理石へ額をぶつけ、皮膚が切れた。血が額を伝っても、莉乃はそんなことに構っていられなかった。半狂乱のまま叫び続けた。「消して!早く消してよ!」その姿は、みじめという言葉だけでは足りなかった。額から流れた血で、丁寧に仕上げた化粧は崩れ、身につけていた宝飾品も、高価なウエディングドレスもすっかり乱れている。会場のあちこちから笑い声が上がった。助け起こそうとする者は一人もいない。誰もが、目の前で繰り広げられる騒ぎを見世物でも見るように眺めていた。中には、「自業自得だ」と口にする者までいる。妻のいる男と関係を持ち、その妻がいなくなったあとに堂々とその座へ収まろうとした莉乃のやり方を、快く思っていない者は多かったのだ。誰も莉乃に手を差し伸べず、かばおうともしなかった。その頃、怜央は巨大なスクリーンを凝視していた。画面に映っている女は、間違いなく莉乃だ。それなのに、自分が知っている莉乃とはまるで別人だった。あまりにも奔放で、歯止めが利かず、恥じらいも節度もない。何もかも忘れて快楽に溺れるその姿は、まるで娼婦そのものだった。自分だけを一途に愛し、自分にしか心も体も許さない――怜央がずっとそう信じてきた、清らかな莉乃の面影などどこにもない。これが同じ女だなど、到底信じられなかった。怜央はしばらくの間、呆然と映像を見つめ続けた。これ以上見ていられないと思うほど、不快だった。突然、胃が激しく縮み上がった。怜央はたまらず傍らの薔薇へ顔を背け、堰を切ったように激しく吐き続けた。胃の中のものを吐き出しても、あまりにも淫らな光景が頭から離れない。吐きながらも、その映像は容赦なく脳裏に焼き
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第263話

あまりにも常軌を逸していて、理解しがたい行動だった。怜央が婚約式に姿を見せなかったからといって、婚約用のドレスを着たまま、その日のうちに何人もの男を呼び集める理由にはならない。絵里香も呆然としていた。莉乃を助けたい気持ちはあった。だが今ここで下手に動けば、自分にまで怒りの矛先が向く。しかも、この一件には自分も深く関わっている。しばらく考えた末、絵里香は誰にも気づかれないうちに会場を抜け出そうとした。歩きながらアシスタントへ電話をかけた。「一番早いマレーシア行きの便を取って……」その瞬間、手首に冷たい感触が走った。振り返るより早く、銀色の手錠がかけられた。スマホが音を立てて床へ落ち、絵里香の顔から血の気が引いた。「どうして私が……」会場へ入ってきた警察官たちが、立ち去ろうとしていた絵里香を見つけたのだ。警察はすでに、あの場にいた複数の男たちから事情聴取を行っていた。その中で、絵里香が莉乃との一件に深く関わっていたという証言も出ている。警察にはすでに、数人の御曹司が自ら出頭していた。彼らはいずれも、絵里香にそそのかされ、怜央の婚約者である莉乃と関係を持ったと供述している。複数人が関与したわいせつ行為の一件として、警察もすでに捜査を始めていた。警察官は手元の端末に表示された資料を確認した。画面に映っていたのは、レッドカーペットを歩く絵里香の写真だった。つい先ほど、ネットで検索して見つけたものだ。絵里香は以前から芸能界入りを狙っており、有名人という肩書きを利用して、権力や財力のある男たちに近づこうとしていた。そのために、世界規模のミスコンで19位になったという経歴まで金で手に入れていた。ネット上には彼女の写真がいくらでも出回っている。中には、胸元が透けるような服や、肌を大胆に露出した格好で撮られた写真も少なくなかった。だから絵里香が会場に姿を現した瞬間、警察官たちはすぐに本人だと確認できた。その場で取り押さえられ、手首に手錠をかけられた。警察官たちの厳しく静かな眼差しに射抜かれ、絵里香は身じろぎすらできなかった。手錠をかけた警察官が、淡々と告げた。「複数人が関与したわいせつ行為の件で、確認したいことがあります。署まで同行してもらいます」絵里香の目から、
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第264話

……警察車両に押し込まれた瞬間も、莉乃の頭の中では耳鳴りが鳴りやまなかった。何もかも、完璧に計画したはずだった。薫子の後ろ盾を得て九条家の令嬢を名乗り、御堂家へ嫁ぎ、誰もが羨む御堂家の嫁になる。成功まで、あと一歩だった。それなのに、すべてが壊された。たった一本の映像によって、自分が積み上げてきたものをすべて失ったのだ。莉乃の顔が憎悪に歪んだ。紗和だ。絶対に紗和に違いない。あの日、グランシエル・クラブにいた者の中で、自分を敵視していたのは紗和だけだった。ほかの誰にも、あの映像を流出させる理由などない。きっと紗和が、あの部屋の隠しカメラに残っていた映像を、何らかの方法で手に入れたのだ。悔しさのあまり、莉乃の目から涙があふれた。結婚式場での光景が、何度も頭の中に蘇る。もうすぐ夫になるはずだった男は、薔薇の植え込みに向かって吐き続けていた。何より自分を支持してくれていた薫子は、杖で床を強く突くと、そのまま振り返りもせず去っていった。会場を埋め尽くしていた招待客たちは、まるで汚物でも見るような目を自分に向けていた。警察官が人混みをかき分け、目の前で銀色の手錠をかけたときには、拍手まで聞こえた。「自業自得だ」そう口にする者までいた。莉乃は、あの拍手を一生忘れないだろう。留置施設へ着くと、額の傷には簡単な処置が施されただけだった。ガーゼの下がずきずきと痛み、こめかみを小さな金槌で絶え間なく叩かれているようだった。これからどのような処分を受けることになるのかは、まだ分からない。それでも莉乃は、留置室の中で壁を睨みつけながら誓った。紗和。ここを出たら、必ず殺してやる。一方、披露宴会場の混乱は、まだ完全には収まっていなかった。招待客が次々と帰っていく。御堂家の者たちは青ざめた顔で、最後まで残っていた要人たちを見送った。広大な会場に残されているのは、床一面に散った花びらや紙片、倒れたシャンパンタワーだけだった。金色の酒が辺り一面に流れ、つい先ほどまでの華やかさが嘘のような惨状になっている。ホテルの従業員たちは慎重に後片づけを進めていた。誰も怜央の顔をまともに見ようとはしなかった。怜央は会場の隅の椅子に座っていた。スーツの前は開き、ネクタイも片側へずれてい
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第265話

先日、病院で伊織と殴り合って以来、怜央は職を解かれ、邸宅に一人で閉じこもっていた。その間、何度も考えた。愛するとは、いったいどういうことなのか。伊織には、愛というものを何も分かっていないと言われた。確かに、自分には分からないのかもしれない。それでも一つだけ、今の怜央にははっきりしていた。自分は、本当に紗和が好きだった。顔も、体も、人柄も、気の強さも、仕事に向き合う姿勢も、家のことを何でもきちんとこなすところも。そのすべてが好きだった。怜央は紗和に、本能的なほど強く惹かれていた。姿を見るだけで抱きたいと思う。彼女を目の前にすると、どうしても体が反応し、触れたい、もっと深く求めたいという欲望が湧き上がってくる。以前は、紗和が無条件に自分を受け入れ、求めれば応じてくれるからなのだと思っていた。だが莉乃が何度関係を求めてきても、自分は少しもその気になれなかった。そこでようやく気づいた。自分が紗和を求めていたのは、紗和が応じてくれるからではない。たとえ拒まれても、触れたい。近づきたい。受け入れてほしい。それほどまでに、紗和と触れ合うことそのものを求めていたのだ。彼女の体を求めるこの気持ちも、愛の一部なのだろうか。伊織が尋ねた。「何を話したい?」「白河社長は、ずっと紗和を愛していたのか?」伊織はすぐには認めなかった。「私が紗和を愛しているかどうか、お前にとやかく言われる筋合いはない。人の真心を弄び、踏みにじってきた報いは、いずれ自分で受けることになる。お前はこれから先、空虚さと孤独、そして後悔を抱えたまま生きていくんだ」怜央の眉間がかすかに揺れた。「それなら……紗和は本当に俺を愛していたのか?」しばらく黙ってから、続けた。「何か見返りを求めていたわけでも、虚栄心を満たしたかったわけでもなく、本当に何の打算もなしに俺だけを愛していたのか?同級生ならほかにも大勢いた。それなのに、どうして俺だった?俺が名家の人間だったからじゃないのか?」伊織は呆れて笑いそうになった。「利益目当てだったというなら、お前は紗和にいったい何を与えた?あれだけ長く一緒にいたのに、数億円の金すら自由にできず、ほんのわずかな株を買うために、私と業績連動型の契約まで結ばなければならなかったんだぞ。虚
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第266話

怜央はますます驚き、すぐには伊織の言葉を否定できなかった。反論しようにも、その根拠が見つからない。莉乃が金や権力に執着する人間であることは、怜央自身も否定できなかった。だが、人の命まで軽んじるような女だとは思っていなかった。これまで莉乃は、怜央の前ではいつも心優しい女を演じていた。もっとも、その善意のほとんどは口先だけのものだった。金があれば慈善団体を作りたいなどと語る一方で、生活に困っている人間を見かければ、無意識のうちに蔑むような目を向ける。自分の金を差し出して、実際に誰かを助けようとしたことなど一度もなかった。そう考えているうちに、怜央自身の記憶まで次第に揺らぎ始めた。そもそも自分は、何を根拠に、命を救ってくれたのが莉乃だと確信したのだろう。目を覚ましたとき、助けてくれた相手の顔は見ていない。ただ、車に乗り込んでいく後ろ姿だけが、強く記憶に残っていた。だからこそ、その車の車種とナンバーだけははっきり覚えていたのだ。調べてみると、その車は九条家が所有するもので、国内に1台しかない特別な車だとすぐに分かった。その後、莉乃がその車で学校へ通っている姿を見て、怜央は助けてくれたのは彼女だと思い込んだ。だが今になって考えてみれば、確かにおかしい。莉乃は紗和より何学年も下で、年齢も数歳離れている。18年前まで遡れば、莉乃はまだあまりにも幼かった。あの急流へ飛び込み、自分を助け出せたとは到底思えない。そんな基本的な矛盾に、怜央はこれまで一度も目を向けようとしなかった。ただあの車を見ただけで、ようやく命の恩人を見つけたのだと信じ込んでいた。莉乃も、それを否定しなかった。むしろ自分から認め、その後もことあるごとに当時の話を持ち出しては、欲しいものを怜央に買わせていた。とはいえ、莉乃ではなかったと今すぐ断定することもできない。莉乃は九条家で唯一の令嬢とされている。当時、あの車を自由に使える立場にいた少女といえば、九条家の養女が産んだ、たった一人の娘しか思い当たらなかった。やはり、この件は改めて詳しく調べる必要がある。怜央はふいに、ひどく寂しそうな目をした。「紗和は、こんなに長い間ずっと俺を避けている。本当に、もう俺とは会いたくないのか。あれほど本気で俺を愛していたなら……少
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第267話

「結婚式の最中に、ある映像が流されました。お嬢様は当時、明らかに様子がおかしかった。遠目に見た限りでも、正常な意識のままで取れる行動とは思えません」再び沈黙が流れた。今度は先ほどよりも長かった。振り子時計が7、8度、規則正しく時を刻んだあと、ようやく老人が口を開いた。声は先ほどより低く、わずかな怒りを押し殺しているようだった。それでも、口調は落ち着き払っている。「事情を調べろ。どう対処すべきかは、分かっているな」「承知しました」中年の男は電話を切り、式場をあとにした。ホテル裏の路地から、冷たい夜風が吹き込んでくる。男はジャケットの襟を寄せると、東都ナンバーの車へ乗り込んだ。エンジンをかけ、そのまま夜の闇へ紛れていった。同じ頃。東都にある広大な和風邸宅。その東棟の一室では、古い卓上ランプが灯っていた。白髪の老人は受話器を置き、重厚な木製の机を指先で二度、軽く叩いた。それから別の赤い電話機を取り上げ、ある番号へ電話をかける。その番号へ連絡するのは、何年ぶりかも分からなかった。誰に何を伝えたのか、知る者はいない。ただ、その夜、警察本部のある執務室では、一晩中明かりが消えることはなかった。留置施設にいる莉乃は、そんなことなど何も知らなかった。硬いベッドの上で、体を丸めている。突然、金属製の扉が大きな音を立てて開き、眩しい白い光が差し込んだ。莉乃は反射的に手を上げ、目を覆った。入口には、二人の女性警察官が立っていた。だが、取り調べのときとはどこか雰囲気が違う。何が違うのかは分からない。ただ、張りつめた警戒心も、こちらを値踏みするような冷たい視線も消えていた。代わりにあるのは、あくまで職務として淡々と接する、よそよそしいほどの丁寧さだった。「花宮莉乃さん、出てください」莉乃はまた取り調べだと思い、サンダルを引きずりながら二人のあとをついていった。だが途中で、取り調べ室とは違う方向へ向かっていることに気づく。連れていかれたのは、小さな事務室だった。中には、制服姿の中年女性が座っている。机の上には莉乃の書類袋と、公印の押された通知書が置かれていた。「捜査の結果、事件当時、あなたは薬物の影響により正常な判断ができない状態にあり、自らの意思で行ったものでは
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第268話

どれだけ考えても、答えは出なかった。だが、今はそれでいい。いずれ分かるはずだ。最後の書類に署名し終えた頃には、空がうっすらと白み始めていた。莉乃は留置施設の玄関を出ると、外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。自由になったのだと、ようやく実感が湧いてくる。額にはまだガーゼが貼られ、顔はすっぴんのまま。唇は乾燥して皮がむけ、ひどくやつれていた。それでも、両目だけは異様なほどぎらついていた。憎しみに研ぎ澄まされた刃のような目だった。そのとき、一台の黒いセダンが音もなく莉乃の前へ滑り込んできた。タクシーでも、配車サービスの車でもない。真新しい黒のフェートンだった。外見は驚くほど控えめで、ひと目見ただけでは特別な車には思えない。だが莉乃は、こういう車がどういう人間に好まれるのかを知っていた。本当に力のある者ほど、人目を引かずに移動できる車を選ぶ。後部座席のドアが自動で開いた。奥に人影はない。運転席も助手席も濃いプライバシーガラスに遮られ、中の様子はまったく見えなかった。莉乃はためらうことなく身をかがめ、後部座席へ乗り込んだ。ドアが閉まった瞬間、外の音がすっと消えた。車内は、外界から完全に切り離されたかのように静かだった。革張りの座席には、茶封筒と新品のスマホが置かれている。莉乃はまず、封筒を手に取った。中に入っていたのは、親子関係を示すDNA鑑定書だった。目を通してみると、鑑定対象となった二人の氏名は黒く塗りつぶされている。だが運転手から事情を聞き、莉乃はすぐにその意味を理解した。鑑定に関わる二人のうち、一人は東都にいる正体不明の権力者。もう一人は、莉乃が成り代わった九条家の令嬢の実父だという。相手は、莉乃が偽物だとは知らない。本物の孫娘だと信じている。だからこそ、一族の孫娘として、留置施設から自分を救い出したのだ。莉乃の胸に、一気に喜びが込み上げた。思いがけないところから、とてつもない幸運が転がり込んできた。東都の大物に、孫娘として認められたのだ。ただし、伝えられた話によれば、その人物と莉乃の父親との関係は、公にはできないらしい。表沙汰にすれば問題になる事情があるという。この件は、絶対に口外してはならない。莉乃は素直にうなずいた。理
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第269話

だが、莉乃は心の中で笑っていた。地獄の底から這い上がってきた者だけが浮かべるような、冷たく毒を含んだ笑みだった。手の甲で乱暴に涙を拭い、ゆっくりと姿勢を起こす。車窓の向こうには、夜明けとともに少しずつ輪郭を取り戻していく街が広がっていた。この街で自分を陥れ、傷つけた人間を、一人たりとも許すつもりはない。紗和。あの御曹司たち。九条家。御堂家。そして、闇に隠れてすべてを操ったハッカー。一人残らず、必ず報いを受けさせる。自分は地獄の底まで落ち、それでも命を拾って戻ってきたのだ。これから自分に手を出そうという人間は、相手にしていい女なのかどうか、よく考えることだ。莉乃が行き先を告げると、車は滑らかに大通りへ入り、そのまま怜央の邸宅へ向かった。あの映像を見た怜央が、今の自分をどう思っているのかは分からない。だが、莉乃はもうそんなことさえ気にしていなかった。今日からはもう、後ろ盾もなく、誰にでも好き勝手に扱われる莉乃ではない。手に入れた強大な後ろ盾をうまく使えば、自分の手を汚すことなく、邪魔な人間を消すことだってできる。必ず紗和を、この世から跡形もなく消してやる。遠い空が、うっすらと白み始めていた。街も少しずつ目を覚まし始めている。誰にも予想できない新たな嵐が、今まさに生まれようとしていた。一方、邸宅へ戻った怜央は、一晩中、伊織の言葉を反芻していた。男の直感で分かる。伊織は間違いなく、紗和に思いを寄せている。伊織の立場なら、莉乃が命の恩人ではないなどと、わざわざ怜央に教える必要はない。むしろ、莉乃が怜央の命を救ったという話が本当であるほうが、伊織にとっては都合がいいはずだ。それでもはっきり否定したということは、この件には本当に大きな疑問があるのだろう。怜央は、18年前に自分を救った人物が本当に莉乃だったのか、一から徹底的に調べ直すことにした。莉乃でなければ、いったい誰だったのか。もっとも、今となっては、それが誰であろうとどうでもいい気もしていた。莉乃は相応の報いを受け、その場で警察に連れていかれた。結婚式で見た映像はあまりにも刺激が強く、不快だった。もう二度と思い出したくない。考え続けるうちに疲れ果て、怜央はいつの間にか眠りに落ちていた。だが、
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第270話

「正気か?」怜央は、莉乃に心底うんざりしていた。「あんなことをしておいて、よく俺の妻だなんて言えるな。街中に、俺がどれだけ間抜けな男か見せつけたいのか?そもそも、俺たちは婚姻届すら出していない。結婚式のことはもういい。二度と俺の前に現れるな。誰とでも寝るような女を、妻にする気はない」怜央も、ずっと怒りを溜め込んでいた。結婚するつもりはないとはっきり告げたのに、宗一郎と莉乃は無理やり結婚式を挙げさせようとした。その結果、自分までこの上ない笑いものになった。これからネットやメディアで、どれほど騒ぎ立てられるか分からない。紗和を捨て、あれほどふしだらな愛人を選んだ男として、一生消えない汚名を背負い、ネット中から嘲笑されるのだろう。その怒りをぶつける相手は、莉乃しかいなかった。すべて、彼女が招いたことだからだ。莉乃の目から、たちまち涙がこぼれ落ちた。「違うの、怜央くん。私は潔白よ。何も悪くない。どうしてそんなことを言うの?」「潔白?何も悪くない?本当に被害者だったなら、どうしてあの日、警察に通報しなかった?どうして連行された?……そういえば、お前、どうやって出てきたんだ?」怜央は、あまりにも馬鹿げた言葉を聞いたとでもいうように冷たく笑った。言葉は容赦なかったが、怜央が疑うのも無理はない。あの映像を見る限り、莉乃が無理やり関係を持たされたようには、とても見えなかった。むしろ、自分から積極的に応じているようにしか見えない。男たちが、莉乃はかなり遊び慣れている、これまでにも相当な数の男がいたはずだと話していたことも、耳にこびりついて離れなかった。自分は一度どころか、莉乃の甘い言葉の陰で、何度も何度も騙されていたのではないか。そう考えれば、怜央の口調がきつくなるのも当然だった。ただ、莉乃が本当に命の恩人なのか確かめるまでは、すぐに報復するつもりはなかった。別れを告げることさえ、今の彼女のためだと考えていた。怜央には、莉乃が複数の男との一件をめぐる事件の渦中にいることも分かっている。それなのに、いったいどんな手を使ったのか、すでに釈放されていた。すると莉乃は、突然狂ったように怒鳴った。「釈放されたのは、私に何の罪もないからよ!捜査結果だって、すぐ正式に発表されるわ。私は陥れられたの!」
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