All Chapters of 夫と息子に捨てられた私、大物の子を授かった: Chapter 71 - Chapter 80

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第71話

紗和はそれを聞き終えると、冷ややかに笑った。怜央は、自分の最も大切な利益を守るために、今だけ紗和を宥めようとしている。だから今さら、夫婦の情などというものを持ち出したのだ。その程度のことは、紗和にも分かっていた。でも莉乃には、成功してもらうためなら、自分の大事な事業まで惜しまず与えてきた。それで莉乃が会社を潰し、彼の財産を食い潰しても、怜央は情がないなどと責めたことも、文句を言ったことも一度もない。それなのに紗和には、莉乃の尻拭いをして当然だと思っている。少しでも条件を出せば、今度は情がないと責めるのだ。以前の自分は、どうして怜央がこれほど打算的な人間だと気づかなかったのだろう。怜央の耳に、紗和の笑い声が響いた。たしかに笑っていたはずなのに、やがて紗和の目から涙がこぼれた。紗和は涙を拭いながら言った。「怜央、私たちって、ずっと私だけがあなたを愛して、私だけが尽くしてきたのよ。でも今は……もう、あなたのことを愛してない」怜央は一瞬、動きを止めた。「今、何て言った?」「もうあなたを愛していないって言ったの」紗和は、はっきりと答えた。怜央には信じられなかった。そんなはずがない。紗和が自分を愛さなくなるなど、あり得るはずがなかった。怜央の胸に、わずかな後悔が浮かんだ。あのパーティーで、自分が紗和を傷つける言葉をいくつも口にしたことを思い出したのだ。「この前のパーティーでは、お前と白河先生が親しそうにしてるのを見て、つい頭に血が上がった。言いすぎたことは認める。でも、自分の妻がほかの男の会社に何十億もの利益をもたらしてるのを見て、平気でいられると思うか?それに、俺はまだお前を責めてない。何の相談もなく会社を辞めて、噂になってる男の会社へ移ったんだぞ。夫の俺を、いったい何だと思ってる?」紗和は深く息を吸った。「怜央、私はもうあなたを愛していないの」「そんなはずはない」怜央の胸が、突然大きく震えた。絶対にあり得ない。正確に言えば、怜央はこれまで、紗和が自分を愛していることだけは疑ったことがなかった。だが自分から紗和を愛そうとは、一度も考えたことがない。言葉で奮い立たせ、尽くさせれば、それで十分だった。今に至っても、紗和を愛そうなどとは考えていなかった。た
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第72話

資料には、御堂テクノロジーの破産についての説明は一切なかった。記されていたのは、フォトンテックへの出資計画だけだった。そして、フォトンテックの主要株主として記載されていたのは、怜央の妻――望月紗和だった。それまで一部の株主たちは、怜央の妻は莉乃だと聞かされていた。ところが突然、資料には妻が別にいると書かれている。株主たちは一様に驚いた。御堂怜央の妻は莉乃ではなく、紗和だったのだ。社内外で広まっていた噂とは、まるで違っていた。しかも、その妻である紗和は、すでに一社のテクノロジー企業を実質的に支配していた。その会社は御堂ホールディングスと提携し、上場へ向けて動き始めている。フォトンテックの業績資料は、目を疑うほどの内容だった。わずか数か月で、売上高は100倍に伸びている。資金調達の発表後は、フォトンテックの成長期待が御堂ホールディングスの株価にも波及し、2,000億円規模の資産価値上昇が見込まれていた。短期間で、巨大な収益源が新たに加わるようなものだった。今年度のグループ全体の利益は減少していたものの、株価は13%前後上昇すると予測されている。資料を読み終えた株主たちは、すっかり満足した様子だった。あとは出資と提携が正式に成立し、グループの企業価値とともに自分たちの資産も大きく増えるのを待つだけだ。だが、そこで誰もが同じ疑問を口にした。「御堂社長の判断力と経営手腕に疑いはありません。しかし、これほど重要な会議なのに、フォトンテックの主要株主である奥様が、なぜ出席されていないのでしょうか?」その疑問をきっかけに、ほかの株主たちも次々と不審を抱き始めた。怜央に妻がいること自体は、間違いない。だが、その妻が本当に紗和なのか。そして本当に、フォトンテックの主要株主なのか。それは極めて重要な点だった。肝心の妻本人が姿を見せない以上、この計画書そのものが作られた話ではないかという疑念も生じる。そのときだった。株主総会の会議室の扉が開いた。瀬川に案内され、紗和が株主たちの前へ姿を現した。怜央はそこで初めて、株主たちに紗和を正式な妻として紹介した。以前の紗和なら、この瞬間を夢が叶ったように感じていただろう。ようやく怜央と肩を並べ、すべての人の注目を浴びながら、彼の妻として紹介
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第73話

莉乃は目を見開いた。紗和は一夜にして怜央の隣の座を奪い返したばかりか、社員たちにまで「奥様」と呼ばせている。それこそが、莉乃を最も取り乱させた。莉乃は甲高い悲鳴を上げ、泣きながら訴えた。「私は不倫相手なんかじゃない!違うわ!」怜央は一瞬驚いたあと、騒いでいた社員たちを怒りに満ちた目でにらみつけ、黙るよう促した。まだ会議室に残っている株主もいたが、怜央は気にも留めず、大股で莉乃のもとへ向かった。莉乃はその胸に飛び込み、涙をこぼしながら言った。「怜央くん、私は不倫相手なんかじゃないわ。愛されてないほうが不倫相手なんでしょう?だったら、紗和さんのほうじゃない」怜央はうなずいた。「ああ」瀬川は、理解できないという顔で二人を見ていた。上場企業を一社潰し、怜央が株主から責任を追及されたときには何の役にも立たなかったくせに、今さらそんな肩書にこだわるのか。これ以上、面倒を増やしてどうするつもりなのだろう。そう呆れながら、今度は紗和へ視線を向けた。気の毒に思ったが、当の紗和は波一つ立たない水面のように落ち着き払い、淡々と発表文を確認していた。まるで、こうなることまで最初から分かっていたかのようだった。紗和が欲しいのは、上場後も自分が経営権を握り続けられるだけの持株比率だった。怜央が莉乃と好きなだけイチャイチャしたいのなら、勝手にすればいい。御堂ホールディングスのビルを出た紗和が、車へ乗り込もうとしたときだった。どこから現れたのか、莉乃が行く手を遮った。歯を食いしばりながら言った。「紗和さん、これで満足でしょう?」紗和は眉を上げた。「何に満足するの?」離婚が正式に成立しない限り、本当の意味で満足することなどない。紗和があまりにも平然としているため、莉乃はますます苛立った。「どうしてそんな、何とも思っていないような顔ができるの?全部あなたが仕組んだことでしょう?」「自分の考え方で、私まで決めつけないで」紗和は静かに問い返した。「仕組んでいるのは、本当に私?それともあなた?」胸の内に隠していた思惑を見透かされたようで、莉乃は息を詰まらせた。深く息を吸い、紗和をにらみつける。「自分が勝ったつもり?愛されてもいないあなたのほうが、よっぽど惨めよ。何があっても、怜
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第74話

そのとき、リゾートのオーナーである桐生拓真(きりゅう たくま)が駆けつけてきた。「申し訳ありません、御堂社長。こちらの手違いです。御堂社長と花宮さんのお部屋は、反対側にご用意しております」そこで紗和も事情を察した。拓真はこの土地の出身ではなく、最近になって富裕層や有力者の人脈に加わった人物だった。今回の提携関係者全員を盛大に招待した際、怜央は妻の紗和と一緒に来るものだと思い込み、二人に最上級の客室を用意したのだろう。まさか怜央が紗和とは別に来ただけでなく、莉乃まで連れているとは思わなかったのだ。ネットで発表された内容とは、どうも話が違う。妻の目の前で不倫相手を連れ、温泉旅行にやってくる。長年、さまざまな業界の大物を取り持ってきた拓真でさえ、これほど気まずく、露骨な場面に出くわしたことはなかった。だが、先に口を開いたのは紗和だった。「この部屋はお二人に譲ります。桐生さん、私は別の部屋へ案内してください」紗和が立ち去ってから、怜央はようやく我に返った。もともと温泉に来る気分ではなかった。だが莉乃が、最近ネット上で自分を攻撃する人が増え、うつ症状も悪化しているため、温泉で気分を落ち着かせたいと言ったのだ。莉乃の甘えた声が響いた。「紗和さんは気にしないって言ったでしょう?ほら、怜央くん。こんなにいいお部屋まで譲ってくれたわ」莉乃は怜央の腕を引いて中へ入り、ドアを閉めた。紗和はリゾートの前にある天然温泉へ向かった。湯に浸かって間もなく、少し年上に見える女の子が、子ども用エリアにあった小さなボートを、紗和のいる広い露天風呂まで引っ張ってくるのが見えた。女の子の身長は、まだ120センチにも届かないように見える。だが、この天然温泉は奥へ行くほど深くなり、深い場所では少なくとも180センチほどあった。紗和は声をかけた。「そっちへ行って遊んだら危ないわ。水が深いから」しかし女の子はボートに乗り、どんどん速く漕いでいった。紗和が中へ戻り、監視員を呼ぼうとした瞬間、激しい水音がした。女の子が本当に水へ落ちたのだ。水面でもがいており、泳げないことは明らかだった。紗和は考えるより先に泳ぎ出した。深い場所まで向かい、女の子を抱き上げて岸へ運んだ。陸へ上がると、女の子は紗和にしがみつき、
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第75話

「さっき水を飲んじゃったけど、まだ鼻は痛い?」夢は、また首を横に振った。しばらくして、拓真が戻ってきた。皿の一つを夢の前に置き、ナイフとフォークを渡す。夢はおとなしく、小さな口で少しずつ食べ始めた。拓真は紗和を見てから、娘に言った。「さっき助けてくれたのは、このおばさんだよ。ちゃんとお礼を言いなさい」「おばさん、ありがとう」どうやら、娘に礼を言わせるために連れてきたらしい。紗和も優しく返した。「どういたしまして」そのまま座っていると少し気まずく、紗和は話題を探すように口を開いた。「夢ちゃん、身長が120センチくらいありそうですね。もう7歳ですか?」「いえ」拓真は答えた。「まだ5歳です。母親がアスリートで、背が高かったので」夢が晴翔と同い年だとは、紗和も思わなかった。晴翔が莉乃だけを慕い、自分には懐いていなかったと知らなければ、育児について話せることも多かっただろう。だが今は、あの滑稽な子育ての日々について、少しも触れたいとは思わなかった。紗和はそこで話を終わらせようとした。一方の拓真も、何か言いたげにしていた。本当は、妻の不貞が原因で離婚したのだと話したかった。そうでなければ、自分だって娘から母親を奪いたくはなかったのだと。そのとき、声が響いた。「紗和!」紗和が顔を上げると、伊織がいた。すぐに手を上げて応え、その機会に席を立つ。「桐生さん、私はパートナーと一緒に食事をしますので、これで失礼します。またあとで」拓真には、紗和が自分を前にするとどこか不自然になるのが分かっていた。理由も、おおよそ見当がついていた。自分は怜央側の提携先として、フォトンテックの上場支援に加わっている。直接の取引相手も、怜央が率いる御堂ホールディングスだった。そのため紗和には、自分も怜央側の人間だと思われているのだろう。それに、怜央と莉乃へ別室を用意したことも、紗和を不快にさせたのかもしれない。紗和が自分から席を立つと言うなら、拓真も無理に引き留めるつもりはなかった。しばらく食事をしたあと、拓真も娘を休ませるため、部屋へ戻ることにした。先ほど紗和が「パートナー」と言っていたため、拓真はフォトンテックで一緒に働く単なる仕事仲間だと思い、振り返りもしなかっ
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第76話

「御堂社長が構わないなら」拓真はそう答え、自分の気持ちを隠そうともしなかった。短い時間を共にしただけだが、紗和が素晴らしい女性であることは十分に分かった。美しくて優しく、それでいて仕事もできる。これほど素晴らしい妻を、なぜ大切にしないのか、拓真には理解できなかった。大切にする気がないのなら、そんな女性を自分が望んで何が悪い。万が一にも紗和が自分と結婚してくれるなら、これ以上ないほど嬉しいことだった。しかも紗和は、あれほど優れたテクノロジー企業の筆頭株主だ。上場すれば、その資産は2兆円を超えるだろう。怜央の顔が、たちまち険しくなった。拓真が本気で言っているとは、彼も思っていなかったのだ。拓真まで紗和を振り向かせようとしているのか?怜央は、財力でも社会的地位でも、伊織は自分には遠く及ばないと思っていた。自分は名家の御曹司だが、伊織はせいぜい学者の家柄に生まれたにすぎない。それに大学時代、伊織は自分の立場を失う危険まで冒して、紗和に留学枠を与えようとした。それでも最後に紗和が選んだのは、名家の御曹司である自分ではなかったか。裕福な家に嫁ぎたくない女などいない。女は誰だって、自分より優れた男に惹かれるものだ。だから紗和が伊織と親しくしているのを見ても、仕事のために決まっていると自分に言い聞かせることができた。腹立たしく、面白くはなかったが、紗和と伊織が結ばれる可能性などないと、ほぼ確信していた。自分ほどの名家の男を捨てて、大学教授と結婚するはずがない。拓真も名家の出身で、表に出ていない一族の資産まで含めれば、怜央とほとんど遜色がなかった。そんな拓真の探るような言葉に、怜央は耐えられなかった。「俺は構う」拓真は一瞬きょとんとしたあと、笑った。「そうですか。では、諦めるしかありませんね。残念だな。娘の夢は、望月さんのことをとても気に入っているのに」怜央はそれ以上この話を続けたくなかったのか、グラスを置くと、そのまま立ち去った。拓真は遠ざかっていく背中を眺めながら、呆れたように舌を鳴らした。「本当に欲深い人だな。外の女も大事にしたい、家の妻も手放したくない。どちらも諦める気はないらしい。だが、いつまでも二股をかけていれば、いずれすべてを失うことになる」紗和は部屋へ戻ると、バルコニー
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第77話

怜央は答えた。「離婚の話をすると言った覚えはない。おじいさまの誕生日が終わってから話すと言ったんだ。お前には必ず来てもらう。来なければ、おじいさまに聞かれたとき、俺が何と説明すればいい?俺たちは一蓮托生だということを忘れるな。俺が御堂家の実権を握れなければ、どうやってお前のテクノロジー企業を上場させる?提携を持ちかけたのはお前なんだから、最後まで夫婦のふりをしろ」話を聞き終えた紗和は、淡々と答えた。「分かったわ」そう言うと、返事を待つことなく電話を切った。スマホを脇へ置き、気持ちを落ち着かせる。その夜、紗和はぐっすり眠った。翌朝早く、拓真に挨拶をして帰ることにした。怜央と莉乃がその後どう過ごしたのかなど、知ろうとも思わなかったし、気にもならなかった。荷物をまとめてホテルの廊下を出ると、ロビーで夢が一人で遊んでいるのが見えた。帰る前に、夢にも声をかけておこうと思った。すると、夢は紗和に向かって両手を広げた。「おばさん、抱っこ」まだそれほど親しくもない自分に、突然抱っこをせがむとは思わなかった。だが、夢はまだ5歳だ。まだ幼いのに母親がそばにいないことを思うと、断る気にはなれなかった。紗和は夢を抱き上げた。夢は背が高いものの、細身だったため、それほど重くはなかった。その姿を見た拓真は、慌てて近づき、夢を受け取ろうと手を伸ばした。夢は紗和から離れたくないようだったが、パパにも抱いてもらいたかったらしく、片腕だけを拓真へ伸ばした。拓真が夢を抱き取ったものの、夢のもう片方の手は、まだ紗和の襟をつかんだままだった。そのまま拓真が引き寄せたため、夢は反射的に強く握りしめ、紗和の服の襟元が少し開いてしまった。白い肌が、拓真の目の前にあらわになる。紗和は頬を赤らめ、ひどく気まずそうに、夢につかまれていた襟元を慌てて直した。拓真の目が一瞬だけ暗く揺れた。我に返ると、すぐに背を向けて視線を外した。彼ほどの地位にいれば、さまざまな女性を見てきたはずだった。それでも顔はすぐに赤くなり、耳までうっすら染まっていた。紗和は素早く襟元のボタンを留め、何事もなかったかのように振る舞った。それでも表情には、まだ気まずさが残っていた。「桐生社長、会社で少し用事がありますので、先に戻ります
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第78話

以前の紗和は、青いダイヤモンドに強く憧れていた。映画「タイタニック」の影響で、ブルーダイヤは永遠の愛を象徴するものだと思っていたのだ。以前、怜央に贈ってほしいと頼んだイヤリングも、ブルーダイヤのものだった。だが怜央は彼女には贈らず、競り落として莉乃にプレゼントした。そのとき紗和は、自分にはそれを受け取る価値すらないと、怜央に思われているのだと知った。紗和は指先で、そっとネックレスをつまみ上げた。怜央がくれなかったものに、もう執着する必要はない。御堂家の本邸へ戻ることになっていたため、午後4時になると運転手から電話がかかってきた。紗和がフォトンテックを出ると、御堂家のロールス・ロイスがすでに玄関前に止まっていた。後部座席のドアを開けて乗り込むと、車はすぐに走り出した。本邸へ着いた頃には、すっかり日が暮れていた。誕生日の宴が開かれるのは明日なので、今日の本邸には使用人のほか、宗一郎と妻の千鶴子(ちづこ)しかいなかった。紗和が戻ったと聞き、千鶴子は自ら出迎えに来た。だが、紗和が一人なのを見るなり、その顔がたちまち険しくなった。「怜央は?」紗和には答えられなかった。昨日の電話以来、怜央からは一度も連絡がなかった。今日一日どこにいたのか、なぜ本邸へ戻っていないのかも、紗和は何も知らない。わざわざ尋ねる気にもならなかった。千鶴子が自分を責めようとしているのを感じ、紗和は説明した。「二人も、もうすぐ着くと思います」そうは言ったものの、今夜本当に来るかどうかは分からなかった。怜央が彼女を無視して思い知らせようとするときは、いつもこうだったからだ。千鶴子はさらに顔をしかめた。「あなたは何をぼんやりしているの?電話くらいかけられるでしょう。怜央たちが来ないのに、あなただけ早く来たって何の意味もないわ。早く電話しなさい」紗和は仕方なくスマホを取り出し、怜央に電話をかけた。相手はすぐに出た。怜央も、紗和が電話をしてきた理由を察していたらしい。彼女が何か言うより先に口を開いた。「もうすぐ出る」紗和がそのまま電話を切ろうとしたとき、向こうから晴翔の声が聞こえてきた。「莉乃おばさん、バイバイ!」紗和の動きが止まった。怜央と莉乃が一緒にいて、三人で名残惜しそうに別れを
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第79話

紗和は、胸の奥に苦いものが込み上げた。そもそも、彼女はここへ来たくなどなかった。怜央に、二人の老人の相手をするため呼びつけられただけだ。それなのに、結局こんな気まずいことになっている。「おばあさま、少し気にしすぎではありませんか。私と怜央が別々に来たからといって、おばあさまに何か困ることでもあるんですか?」千鶴子は失望に満ちた顔で紗和を見た。先ほど電話越しに聞こえた女の声を思い返す。七、八十年も生きてきた千鶴子に、何が起きているのか分からないはずがなかった。ましてや、怜央の父である御堂誠一が、これまで数々の愚かな真似をしてきたのだ。千鶴子は呆然としながら、紗和をじっと見つめた。「紗和、御堂家に嫁いでもう5年になるのに、夫の心ひとつつなぎ止められないの?まさか、あの流産でもう子どもを産めない体になったんじゃないでしょうね。結婚して5年も経つのに、子ども一人授かれないなんて、あなたはいったい何ができるのよ。怜央の機嫌を取ることさえできないの?自然にできないなら、今はいくらでも治療法があるでしょう。子どもができないからって、何もしないで済むと思ったら大間違いよ。怜央に頭を下げてでも、もっと夫に尽くしなさい。あなたが妻としてきちんとしていれば、怜央だって、こんなふうに人前で恥をかかせたりしなかったでしょうに。本当に情けない。女としてそんな惨めな人生を送るくらいなら、死んだほうがましだわ。5年も夫婦でいながら、実家へ一緒に来ることさえ嫌がられるなんて、怜央はよほどあなたが嫌いなのね。ほかの女に好き勝手されても、全部あなたの自業自得よ」千鶴子は息つく暇もなく、紗和を責め立てた。その罵声を、紗和は一つ残らず聞いていた。そばで千鶴子の世話をしていた家政婦だけが、同情するように紗和を見つめていた。これほどひどいことを言われて、若奥様はどれほどつらいだろう。流産したことも、体を悪くしたことも、夫に顧みられないことも、外に別の女がいることも。どれ一つとして、若奥様のせいではないことを、家政婦はよく分かっていた。紗和をかばおうとも思ったが、雇い主に逆らうのが怖くて、結局何も言えなかった。紗和の顔から血の気が引き、指先が手のひらに食い込んだ。千鶴子は、初めから紗和を気に入っていなかった。何かにつけて、
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第80話

「あなた……どういうつもりなの!」千鶴子は勢いよく立ち上がり、紗和を叱りつけようとした。だがそのとき、背後から執事の足音が聞こえてきた。千鶴子は何歩か後ずさった。ここで騒ぎになり、宗一郎の耳に入れば厄介なことになる。これほど大きな御堂家の事業を、婚外関係に溺れる危険性の高い後継者に任せるわけにはいかない。宗一郎が生涯、妻に迎えたのは千鶴子一人だけだった。それは千鶴子を深く愛していたからではない。家庭を築き、事業を成し遂げるには、男が女に多くの気を取られれば、そのぶん仕事に注ぐ力が削がれ、大事業など成せないと理解していたからだ。家庭を持ちながら外で不倫をし、愛人まで作れば、いずれ家の中は収拾がつかなくなる。そうなれば、その男には事業を維持し、さらに発展させていく余力も残らない。だからこそ宗一郎は、誠一の行いをひどく嫌悪し、彼に与えていた権限や取り分をすべて取り上げ、毎月決まった小遣いだけを渡すようにしたのだ。現時点で、怜央はまだ宗一郎の見極めを終えていない。もしこのことを宗一郎に知られたらと思うと、千鶴子には想像することさえ恐ろしかった。そこまで考え、千鶴子はようやく紗和に向ける表情を少し和らげた。それでも腹立ちは収まっていない。「とにかく、先に食事にしましょう。何を言ってよくて、何を言ってはいけないのか、そのくらいはわきまえなさい。こんなことすらまともにできないなら、次からはもう顔を見せなくていいわ」紗和はうなずいた。次など、もうない。千鶴子は鼻を鳴らした。「孫に免じて、今回は見逃してあげる」紗和はそれを聞いて、かすかに笑っただけで、何も答えなかった。食事を終えると、紗和は千鶴子に言いつけられた用事に取りかかった。すべて終わった頃には、すでに夜中になっていた。部屋を出て初めて、怜央と晴翔がとっくに戻っていたことに気づいた。怜央は宗一郎と向かい合い、茶を飲みながら話していた。晴翔もそばで遊んでいた。紗和の姿を見ると、一度は駆け寄ってこようとしたものの、なぜか途中で気が変わったらしい。まるで紗和が見えていないかのように、わざと無視した。だが紗和も、もうそれほど気にはならなかった。すべての用事を片づけると、自分で客室を一つ選び、休もうとした。ところが
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