All Chapters of 夫と息子に捨てられた私、大物の子を授かった: Chapter 61 - Chapter 70

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第61話

サミット当日。紗和たちが入場証を下げて展示ホールへ入ると、会場はすでに大勢の人でにぎわっていた。参加しているのはテクノロジー企業だけではない。一般来場者も多く、皆チケットを提示して入場していた。展示ホールは非常に広く、製品の種類も豊富だった。ドローン、ヒューマノイドロボット、空飛ぶ車など、数多くの製品が並び、それぞれ異なるコア技術を売りにしている。テクノロジー好きの紗和は、会場へ入った途端、次々と目に飛び込んでくる展示に目を奪われた。伊織は知名度が高く、到着して間もないうちから、何組もの人々が挨拶に訪れた。名門大学の准教授として、これまで指導してきた学生も大勢この会場を訪れていた。さらに、テクノロジー企業の社長として築いてきた人脈もある。伊織はそのたびに、紗和と面識のない相手へ、面倒がることなく、彼女を丁寧に紹介した。フォトンテックの現CEO兼CTO。そうした肩書と実績を聞き、挨拶に来た者たちは皆、紗和に敬意のこもった眼差しを向けた。御堂テクノロジーにいた頃、どれほど望んでも得られなかった評価と敬意を、伊織は惜しみなく紗和に与えてくれた。まるで伊織の目には、紗和が最も美しく咲き誇る薔薇であり、誰よりも大切に扱うに値する女王のように映っているかのようだった。紗和が笑顔で来客と話していたとき、正面にある展示ホールの入口へ何気なく目を向けた。ちょうど入ってきた莉乃たちと、視線が重なった。ここで顔を合わせること自体は、紗和も莉乃も予想していた。だが、莉乃はその場で足を止めた。紗和の首から下がっている入場証に、思いがけない肩書が記されていたからだ。【フォトンテックCEO兼CTO】最高経営責任者と最高技術責任者を兼任している。伊織はフォトンテックの大株主だ。紗和が御堂テクノロジーを離れてから、まだ1か月余りしか経っていない。そんな悪評を立てられた紗和を、自分の会社へ迎え入れた。しかも伊織自身が博士号を持っている一方で、紗和は学部卒にすぎない。社内で何も言われないはずがなかった。それなのに伊織は、紗和を無条件に信頼したばかりか、CEOとCTOの地位まで与えている。ほかの株主は反対しなかったのだろうか。莉乃には、この露骨な肩入れは男女の関係によるものとしか思えなかった。
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第62話

怜央が展示ホールへ入ると、主催者側はすぐに担当者を迎えに寄越した。怜央はこの街を代表する有力者だ。そんな人物が今回の展示会に足を運ぶとあって、主催者側がひときわ沸き立つのも当然だった。前夜、怜央の来場が正式に決まると、わざわざ特別な出迎えまで手配していた。また、関係者を通じて、怜央と莉乃の関係も把握していた。怜央との距離を縮めようと、主催者たちはすぐさま二人を出迎え、莉乃には特別に用意した贈り物まで手渡した。紗和たちの前を通り過ぎる際、莉乃は怜央の手を取り、自分の腰へ回させた。紗和を傷つけられると思って見せつけた光景だったが、紗和はまるで目に入っていないかのようだった。怜央と莉乃が席に着いてから、主催者側はようやく伊織のもとへ挨拶にやってきた。そして二人にも、来賓席へ移るよう案内した。席に着いてからも、紗和は先ほど展示ホールで見た新しく興味深い製品について、伊織と話し続けていた。これほど多くの先端技術に一度に触れられたことが、よほど嬉しいらしく、紗和は興奮を隠せずにいた。御堂テクノロジーで働いていた頃は、仕事に加えて晴翔の世話もあり、業界の交流イベントへ参加したくても、会社と家庭のどちらも紗和なしでは回らなかった。ようやく入場券を手に入れた直後に、残業を命じられたこともある。晴翔から、手料理を作ってほしいとせがまれることもあった。自分を踏みつけにしてきた会社と家庭のために、紗和はいつも自分の時間を犠牲にしてきた。だからこそ、初めて思う存分好きなものに触れられた今、これほど夢中になっていたのだ。どれほど時間が経った頃だろう。伊織がふいに、ある方向を示した。40代前半ほどの男性が会場に姿を現した。背が高く細身で、金縁の眼鏡をかけている。身につけているのは、上質さが一目で分かるクラシカルなオーダースーツで、胸ポケットには金色のシルクチーフが挿されていた。伊織が言った。「あの方が今日の投資責任者だ。以前、海外で一度お会いしたことがある。世界最大級の投資グループ、サンダーボルト・キャピタルの投資代表で、高城勲(たかしろ いさお)さんという。皆、高城さんと呼んでいる」伊織は高城に挨拶しようとした。しかしその前に、莉乃が席を立ち、自ら高城のもとへ歩み寄った。「高城おじさま!」
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第63話

その光景に、伊織は強い不快感を覚えた。どうして、これほど倫理に欠けた二人が何の報いも受けずにいられるのか。そして、紗和のように優しく善良な女性が、なぜ追い詰められなければならないのか。「本当に、ご主人に挨拶しなくていいのか?」紗和と怜央は、まだ正式には離婚していない。ここで紗和が御堂家の妻だと明かせば、怜央と莉乃がどんな顔をするのか、伊織は見てみたい気もした。紗和には、伊織の意図が分かっていた。だが、首を横に振った。「やめておくわ」その必要がないというのが一つ。もう一つは、怜央と結婚した際、夫婦関係を公にしないと約束していたからだった。間もなく、プレゼンテーションが始まった。エントリーした企業は300社を超えていたが、勲に与えられた時間は限られている。そのため主催者側は、勲が求める投資分野に合わない企業を、あらかじめ選考から外すことにしていた。今回の投資対象はAI分野だった。そのため、関連性のない製品は、この時点でプレゼンテーションの機会を失った。残った企業の発表順を決める際、主催者側は怜央の影響力に加え、莉乃と勲が親戚らしいことも考慮した。その結果、莉乃が率いる御堂テクノロジーが、最初の発表企業に選ばれた。莉乃は得意げで、自信に満ちていた。司会者による紹介が終わると、莉乃は会場中央のメインステージへ上がった。その姿に、客席の若い男性経営者たちが一斉に目を奪われた。「すごいな。あんな美人がいるのかよ。下手な女優よりずっと綺麗じゃないか」「本当だな。でも、もう御堂怜央のものだろ。地元随一の大富豪に惜しみなく金をかけてもらってるんだから、そりゃ輝いて見えるよ」莉乃は製品資料をスクリーンに映した。マイクの前に立つと、長い髪を耳にかけ、入念に選んだダイヤモンドのイヤリングと、白く艶やかな首筋を見せた。この発表を機に、一躍名を上げられる。テクノロジー業界の新星となり、紗和のような年増の女など足元に踏みつけられる。莉乃は、そう確信していた。マイクを通して、莉乃が自ら開発したという製品の説明を始める。会場からは、次々と驚きの声が上がった。「すごい製品だな。これを本当に彼女が作ったなんて信じられない」「実用化できたら、リリースと同時に市場を席巻するぞ。ユーザー
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第64話

そう言ったのは、紗和だった。莉乃は紗和の結婚生活に割り込み、婚外子まで身ごもったうえ、婚姻中に授かった紗和の子どもを死なせた。そんな卑劣で悪意に満ちたことをする人間に、守るべき名誉などあるはずがない。紗和はよく分かっていた。莉乃は極端に利己的で、虚栄心が強い女だ。莉乃は目を大きく見開き、鬼のような形相で紗和をにらみつけた。今にも襲いかかってきそうな、猛毒を持つコブラのようだった。先ほどまで莉乃の美しさを褒めそやしていた男性経営者たちでさえ、その形相には思わず身をすくませた。自分のプレゼンテーションを中断されたことに、莉乃は激怒していた。だが、業界ではまだ新参者にすぎない。そこで、助けを求めるように怜央へ視線を向けた。怜央はすぐに莉乃をかばい、紗和を叱責した。「紗和、いい加減なことを言うな。莉乃を陥れるために、根拠のない話をするな」紗和は怜央を相手にしなかった。そのままステージへ上がると、自分たちの製品をスクリーンに映し出した。会場は一瞬で騒然となった。紗和の製品と莉乃の製品は、本質的には同じものだった。だが、コア技術の独創性でも、ユーザー体験でも、紗和の製品は莉乃のものをはるかに上回っていた。さらに紗和は、AIにありがちな無機質さを取り除き、製品に「WOW」という親しみやすい名前をつけていた。現代の若者の感覚にも合っており、製品を使ったときの驚きや高揚感も表現している。それを見た莉乃の顔から、明らかに血の気が引いた。だが、この製品の基本構想を持ち込んだのは美咲のはずだった。怜央が将来性を見抜くと、すぐに美咲へ秘密保持契約を結ばせ、その企画を莉乃へ渡した。紗和が関わっているはずなどない。しかも、その頃には紗和はすでに会社を辞めていたのだ。莉乃は紗和と正面から対峙した。「これは私が自分で設計したものよ。盗用なんて絶対にしてない!むしろ盗んだのは、あなたのほうでしょ。私の製品を真似したのよ!あなたは前に御堂テクノロジーの技術部門で働いてたけど、素行に問題があってクビになった人間じゃない。そんな人に、ここへ立つ資格なんてないわ。業界の害悪で、技術者の恥なのはあなたのほうよ!」莉乃は先ほどから溜め込んでいた怒りに任せ、悪意に満ちた言葉を次々と吐き出した。まるで、主催者に向か
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第65話

莉乃は目を真っ赤にし、か細く息を乱しながら、いかにも哀れげな様子を見せていた。勲は眼鏡を外してレンズを拭くと、再びかけ直し、ゆっくりと立ち上がった。投資責任者本人が立ち上がったのを見て、主催者側も当然のように莉乃の側へ傾いた。司会者は会場を静めると、自ら勲をステージへ案内した。勲は莉乃を一瞥したあと、紗和の姿に目を留めた。そして、かすかに笑みを浮かべた。紗和は驚いた。勲と莉乃が親戚だという話は、以前から耳にしていた。正月には一緒に茶を飲み、食事をするほどの間柄だという。それに対して、紗和は田舎出身のただの女にすぎない。それなのに、勲は紗和へ笑いかけた。普段は厳格そうな顔に、若い才能を見守る年長者のような、穏やかな親しみがにじんでいた。やがて勲は司会者からマイクを受け取り、会場全体へ向けて宣言した。「サンダーボルト・キャピタルが出資するのは、こちらの望月紗和さんです」その言葉が響いた瞬間、莉乃は雷に打たれたように、その場で固まった。紗和も、勲が突然出資先を発表するとは思っていなかった。しかも、選ばれたのが自分だとは、想像すらしていなかった。紗和はこれまで、勲ともサンダーボルト・キャピタルとも、何の接点もなかった。それでも勲は、迷うことなく紗和への出資を決めたのだ。伊織も驚きを隠せなかった。応募製品は300件を超え、事前審査で大半が落とされたとはいえ、まだ40件以上が残っている。にもかかわらず、最初のプレゼンテーションを見ただけで、勲は出資先を決めた。それ以上に驚いたのは、勲が莉乃をまったく特別扱いせず、結果的に容赦なく恥をかかせたことだった。勲は宣言を終えると、マイクを司会者へ返し、そのまま会場を後にした。だが、勲が出資すると口にした以上、必ず実行される。契約や資金についても、後日正式に手続きが進められるだろう。会場の人々は、羨望と感嘆の入り交じった目を紗和へ向けた。そして、真の天才エンジニアは紗和なのだと、いっそう確信した。投資家の目はごまかせない。莉乃があの程度の製品を持ち出しても、恥をさらすだけだった。親戚である勲でさえ肩入れしなかったのだから、赤の他人が遠慮する理由などない。周囲の視線が変わったことを察し、怜央もようやく事態を重く受け止めた。
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第66話

美咲は以前、紗和のパソコンに保存されていたプロジェクトを、すべて自分のもとへ移していた。紗和は御堂ホールディングスを裏切ったのだから、外へ出たところで行き詰まるに決まっている。そう考え、いずれ自分で使うために取っておいたのだ。その後まもなく、社内では、紗和を雇う者は御堂ホールディングスを敵に回したものとみなすと、怜央が言い渡したという噂が流れた。美咲が得意でいられたのも、ほんの数日だった。紗和が「ヴァルサンダー」を取り戻したと聞き、周囲のエンジニアたちが次々と退職を促されていく中でも、美咲にはこの恵まれた地位を手放す気などなかった。莉乃には、これまで多額の金をつぎ込んできた。普段から食事をおごるだけでなく、200万円以上もするシャネルのバッグまで贈っている。あと少しで昇進できるというのに、ここで解雇されては、あまりにも割に合わなかった。そこで美咲は、あることを思いついた。「ヴァルサンダー」を取り戻した紗和は、どうせ海外へ行く。パソコンに何気なく残していた小さな企画など、今さら気にも留めないだろう。そう考えて、その企画を怜央のもとへ持ち込んだ。すると狙いどおり、美咲は解雇を免れただけでなく、多額の秘密保持料まで受け取り、主任エンジニアに任命された。社内では毎日のように幅を利かせ、主任エンジニアの立場を満喫していた。サミットで資金調達に成功すれば、一気に2,000億円規模のプロジェクト責任者になれる。そんな未来まで思い描いていた。そしてサミットが終わると、予想どおり怜央から呼び出しがかかった。美咲はドアを開け、胸を張って社長室へ入った。だが、少ししてようやく、室内の空気がおかしいことに気づいた。莉乃は目を赤くして美咲をにらみつけ、怜央は険しい顔のまま、彼女を見ようともしなかった。先に口火を切ったのは莉乃だった。「小野寺さん、よくも会社を騙して、あれを自分の製品だと言えたわね。あなたのせいで、私は大勢の前で笑いものになったのよ。本当に最低だわ」美咲の顔から、笑みが消えた。すぐに何が起きたのかを察し、必死に言い訳を始めた。「花宮社長、誤解です。本当に誤解なんです。わざとではありません。望月紗和、あの女がわざと会社の共用USBに残して、私を陥れたんです!」咄嗟に言い逃れを考
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第67話

莉乃は、会社が破産したことをすでに知っていた。どれほど愚かでも、このまま好き勝手に会社を壊し続ければ、怜央が黙っているはずがないことくらいは分かっていた。自分が紗和の地位を奪おうとしなければ、紗和は会社を辞めなかった。ましてや、紗和の特許まで強引に奪おうとしなければ、紗和が権利を取り戻すこともなかった。今回のサミットでより問題だったのは、美咲の盗用そのものより、莉乃が自分を売り込むため、あの製品を自分で開発したものだと堂々と言い切ったことだった。莉乃は、御堂テクノロジーそのものを代表していた。美咲一人の問題であれば、会社は担当エンジニアを交代させれば済んだ。だが、会社の経営者自身があれほど愚かで、業界中の反感を買うような真似をしたのだ。そんな相手と取引を続ければ、いつどんな問題に巻き込まれるか分からない。誰も協力しようとは思わないだろう。御堂テクノロジーは、本当に莉乃の手で潰されたのだ。莉乃の名義には、再び何も残らなくなった。怜央も内心では、自分を責めているに違いない。それでも今後も、怜央に支えてもらわなければならない。あれこれ考えた末、莉乃は自分の体で埋め合わせをしようと決めた。怜央が部屋へ入ってきた直後こそ、少し気まずい空気になった。それでも、セクシーランジェリーを身につけた莉乃は、すぐに怜央へ近づいていった。そのまま、怜央の目の前まで歩み寄る。怜央は目を伏せ、莉乃を見下ろした。こんな光景を目にする日が来るとは、思ってもみなかった。だが、莉乃が会社を倒産させたことで自分に責められるのを恐れ、必死に機嫌を取ろうとしていることは分かっていた。女として屈辱的な姿で、男の前に跪いてまで。豊胸手術を受けた胸は、下着からこぼれそうなほど豊かだった。普通の男なら、欲情してもおかしくない。だが怜央の脳裏に浮かんだのは、別の女だった。紗和。自分でも不思議だった。紗和を愛しているわけではないはずなのに、欲情すると、頭の中はいつも紗和で埋め尽くされた。怜央にとって、初めて体を重ねた相手も紗和だった。あの夜、紗和はウェディングドレスを着ていた。怜央は静かに背後へ回り、ベールを外した。そのときの紗和は、嬉しそうで、恥ずかしそうで。まるで熟れた桃のように、白い肌を
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第68話

つまり、「父親のような男にはなりたくない」というのは、莉乃にまったく欲情しないことをごまかすための言い訳にすぎなかった。だが、莉乃には、それが耐え難い屈辱だった。紗和を追い出してしまえば、性欲の強い怜央が求める相手は自分しかいなくなる。そう思っていた。ところが怜央が求めているのは、今なお紗和だけだった。自分ではない。それは女として、あまりにも耐え難い屈辱だった。自分は彼の足元に跪き、ベルトまで外したというのに、怜央は自分に触れるくらいなら、一人で済ませることを選んだ。これほどあからさまに拒まれて、平気でいられる女などいるはずがない。死んだほうがましだと思うほど、惨めだった。しかも、怜央があれほど慌てて二階へ駆け上がってきたのは、自分を紗和だと勘違いしたからだ。莉乃は悔しさに歯を食いしばった。目を細め、静かに切り出す。「怜央くんがお父様のような男になりたくないのは分かるわ。でも、あなたが紗和さん以外の女に手を出さなくても、紗和さんも同じとは限らないでしょう?」怜央の顔がたちまち険しくなった。「紗和はそんなことをしない。俺はあいつのことをわかってる」「紗和さんって、一見おとなしそうに見えるけど、本当はそんな人じゃないわ。そもそも、あれだけ必死になってあなたの気を引こうとしてた人が、そんなに純粋なわけないでしょう?怜央くんだって、大学で広まってた噂を聞いたことがあるでしょう。紗和さんは白河先生とただの師弟関係じゃなくて、教授に取り入ってたって。そうでもなければ、公費留学の枠なんてもらえるはずがないって、みんな言ってたわ」怜央はわずかに眉を寄せた。だが、紗和が自分と結婚したとき、初めてだったことをふと思い出した。「莉乃、二人にやましい関係はない。俺はそう信じている」「信じてるの?騙されてるだけよ。今どき、処女膜の修復なんて簡単にできるでしょう。それに、何年経っても紗和さんは白河先生と縁を切ってない。二人には絶対、何かあるわ。あなたが海外にいる間だって、ずっと関係が続いてたかもしれない。前のパーティーでも、あんなに親しそうにしてたじゃない」莉乃は、何としてでも紗和を貶めるつもりだった。怜央に自分を抱かせることが目的だった。紗和は汚れた女だと思わせれば、もう理想の妻として扱うこと
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第69話

「若旦那様。旦那様は今朝、大変お怒りでございました……グループの株価が一晩で急落し、午前8時の時点で時価総額が100兆円を割り込んだそうです。主な原因は、御堂テクノロジーの株価下落に引きずられたことだと。午後には臨時株主総会が開かれます。旦那様から、株主の皆様にどう説明するつもりなのか、よく考えておくようにとのことです」怜央の表情が一変した。御堂ホールディングス全体の規模から見れば、御堂テクノロジーは主力事業というほどではなかった。特に「ヴァルサンダー」の海外版がリリースされる前は、昨年度の純利益も360億円程度にすぎなかった。だからこそ怜央も、莉乃へ簡単に譲り渡したのだ。だが、海外版「ヴァルサンダー」が配信されると、評判の良さを追い風にテクノロジー関連株が急上昇した。その会社が突然問題を起こし、破産を発表した。当然、市場心理にも大きな影響を与えた。その結果、グループの株価は6%も急落したのだ。これを株主たちにどう説明すればいいのか。6%の下落は、株主の資産が実際に大きく目減りしたということだった。臨時株主総会が開かれること自体、怜央の経営手腕に疑問が向けられている証拠でもある。納得できる説明ができなければ、グループ社長の座を追われる可能性が高かった。もっとも、テクノロジー子会社の破産そのものが、グループ本体の収益へ与える影響はそれほど大きくない。重要なのは、市場の不安を鎮め、御堂怜央には今後もグループを成長させる力があると、誰もが信じられる材料を示すことだった。そこまで考えた怜央は、すぐに起き上がり、車で外へ出た。向かったのはグループ本社ではない。まず有名なカフェへ寄り、そのあと紗和の暮らすマンションへ向かった。紗和の住まいは、以前から知っていた。「少し話がある。会社まで送る」紗和は怜央の姿を見た瞬間、何のために来たのか察した。目を伏せ、小さく返事をする。「ええ」御堂テクノロジーが破産し、その影響で御堂ホールディングスの株価が急落したというニュースは、紗和も朝のうちに見ていた。紗和は根っからのテクノロジー好きで、業界の動向には常に目を配っている。今日はどの企業が上場し、明日はどの企業が破産したのか。そうしたニュースがあれば、必ず原因を掘り下げ、失敗から教訓を
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第70話

怜央は明らかに不機嫌そうだった。ここまで自分から折れ、言葉も尽くしたのだ。紗和が少しも心を動かされていないとは思えなかった。紗和が真剣な目で離婚したいと言ったことを思い出すたび、普段は冷静に抑えているはずの胸の内が、どうしようもなくざわついた。名家の妻として何不自由なく暮らせるのに、貧しい家庭で育った紗和が、なぜ突然そんな生活を捨てようとするのか、怜央には理解できなかった。あれほど望み、夢にまで見た自分との結婚を叶えたというのに。命の恩人である莉乃の多少のわがままに目をつぶってほしいと言っているだけなのに、なぜそれすら耐えられないのだろう。怜央は一つひとつ噛み砕くように、紗和へ説明したつもりだった。自分のもとを離れれば、たとえ「ヴァルサンダー」で利益を上げられたとしても、将来、御堂ホールディングスから得られるものには到底及ばない。階級を越え、誰もが見上げる立場になれる暮らしを、なぜ手放そうとするのか。たしかに怜央は普段、仕事に追われ、紗和へ十分に心を配ってきたとは言えなかった。それでも、妻としての紗和には満足していた。家庭でも会社でも、紗和は一度も厄介事を持ち込まなかった。何を頼んでも応じ、従順だった。何から何まで先回りして整えられるのは、正直なところ鬱陶しく感じることもあった。だが、それが当たり前になっていたことも否定できない。怜央は、紗和が自分なしではいられないと確信していた。晴翔のことをすぐには受け入れられず、さらに祖母の件と、莉乃に付き添ってほしいと頼まれたことが重なった。それで、こんな形で自分に反抗しているだけなのだと考えていた。怜央はこれまで、莉乃以外の女に頭を下げたことなどなかった。今回は自分にも非があると思ったからこそ、折れて宥めることにも抵抗はなかった。だが、そこまでしてやったのに、なお条件を持ち出されるのは、ひどく不愉快だった。それでも怜央は、ひとまず我慢して聞くことにした。紗和が一体、何を望んでいるのか。「協力してほしいなら、私の会社の上場を支援して。それと、私の持株比率は下げないで」怜央の目がわずかに揺れた。「出資して上場を後押しすることはできる。だが、お前の持株比率を維持するとなれば、その分まで俺が資金を負担することになる。それでいて、こちら
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